"にわか"は言う「だから『推しの子』だって言ってんだろ!」   作:あるミカンの上にアルミ缶

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第176話

 気付けば新年明けました。

 いやはや、年末年始は本当に忙しすぎた。

 正月三が日を終えても仕事は終わらず、番組用の衣装でしか新年を感じられなかった思い出。

 まあ年末の前辺りから正月用の収録も増えて、何だかんだ毎日袴を履いていた様な気がする。

 とりあえず事務所で毎年恒例の集合写真を撮ったのが最早少し懐かしいまである。

 そんでもって、結局まだまだ忙しい昨今。

 けれども年が新しくなって一か月程経てば、漸くと従来の落ち着きを取り戻してきた感じ。

 まあ、もう少ししたら改変期で放送が始まるドラマ撮影がスタートし、また他にも映画の撮影も控えている今日この頃。

 珍しく我、休みなのである。

 直前に仕事が入りそうになったけど、それは断った。

 何故か。

 

 

「カ、カズヤさん! えっと、し、新年明けましておめでとうございます!」

 

 

 あかね黒川が俺の前にいるのが、答えである。

 やたらと緊張した様に声を震わせる茜ちゃん。

 会って早々に「ほ、本日はお時間をいただきありがとうございます!」と恭しく頭を下げた後に案内され、部屋の中で告げられた新年の挨拶。

 

「こちらこそ、明けましておめでとうございます。今年もよろしくね?」

 

 そう告げれば「こっ、こちらこそっ、よろしくお願いします!」と慌てて頭を下げ直していた。

 新年の挨拶は、チャットでは既に行っていたが、彼女なりに対面でも言いたかったのだろう。

 既に二月に入ったこのタイミングではあるが、これだけで彼女の真面目さや律義さが見て取れる。

 座る様に促し、俺の正面に茜ちゃんが座った。

 ここは、初めて来た喫茶店。

 年を越して間もない頃、茜ちゃんからあけおめメッセージが届き、こちらも返す。

 その後のやり取りの中で、話したい事があるんで時間をもらえないかと相談された。

 内容を聞けば、今後の相談と言っており、女優業について何かあるのかと想像。

 まあ、それならば力になれるかは分からないが、何かしら手を貸せるならば貸したいと思った俺。

 仕事が少ない日で、午前中に一本。

 午後から一本だけの収録があったが、午後の仕事がバラシとなり、これ幸いとそこを休みにしたのである。

 そんで茜ちゃんに日程を伝えれば「空いてます! 空けておきます! 絶対に埋めません!」という力強い言葉を受けて、今日に至った。

 午前中に仕事を終えて、天使ちゃんと共に帰宅。

 午後からちょっと出かけると告げれば、天使ちゃんも事務所に用があるので、その間に行ってくるとなり二人で早めの昼食を食べた。

 タクシーを呼んで一人、目的地へと向かう。

 集合場所は茜ちゃんが喫茶店の個室を無理やり予約して押さえたとの事で、その店へと行ったのである。

 個室を無理やり予約するとか、随分と豪胆な子で何より。そんな子には思えなかったけども……。

 そして店に着けば、帽子とサングラスを装備した茜ちゃんが外で待っていた。時間通りを目指した事を後悔した。

 目立つのも、これ以上立たせているのもアレだったんで、茜ちゃんからもらった挨拶もそこそこに中に入る事を提案し、個室へと案内されたのだった。

 そんで、再びの新年の挨拶。

 それが終わり、茜ちゃんが座った事で何か注文しようかと思えば。

 

「カ、カズヤさんは何をお飲みになりますか……?」

 

 テーブルに備え付けられていたタブレットを、いつの間にかその手に持っていた茜ちゃんが俺に訊ねてきたのだった。

 何という俊敏さ。俺でも見逃しちゃったね。

 とりあえず、彼女の言葉に甘えるとしよう。

 

「んー……じゃあ、ブラックで」

 

 そう告げれば茜ちゃんは頷き、やがて僅かに俯く。

 

「えっと……ブラックだけど、今日は晴れで今の気温は八度だから、そしてタクシーで来たしこの豆がいいかな……あっ、でも、ちょっと外で少し待たせてしまったから、もしかしたらこっちの豆の方が……」

 

 ……やばいやばい。

 彼女の生真面目さに慌てて動く。

 

「あっ……」

 

 テーブルに身を乗り出し、茜ちゃんが持つタブレットを掴んで、僅かにこちらへと傾けた。

 彼女に近付く様にして、一緒にタブレットを覗き込む。

 

「あっ、ああああのっ、カ、カズヤさんっ……?」

 

 何やら慌てふためいている茜ちゃんに顔を向けた。

 

「俺の注文だからさ、俺にも選ばせてよ」

 

「はうっ」

 

 そう笑いかければ何故か彼女は、耳まで顔を真っ赤にして俯いてしまった。解せぬ。

 茜ちゃんの頭から湯気が出ている様に思えるのは、俺の錯覚だろう。

 彼女の姿に首を傾げつつも、タブレットへと再び顔を向ける。

 そして気付いた。

 この喫茶店、中々やりおる。

 豆の種類やある程度のブレンドまでを揃えており、濃さも選べる優れもの。

 それがタブレットで選べるってんだから、すげー時代になったもんだと感心してしまった。

 とりあえず、何となくで選んでいく。

 もう何年も豆の種類や淹れ方を考えてないのだ。

 全部天使ちゃんがやってくれる様になったから、今では全く憶えてない。

 故に、どうせ飲めるから何でもいいやと選択し、やがて茜ちゃんへとタブレットを向け直す。

 

「はい。じゃあ後は、茜ちゃんが飲みたいやつ選んでね」

 

「……えっ……あっ、は、はい!」

 

 俺の言葉に漸く我に返ったのか、顔の赤さはそのままにしつつも自分の飲み物を選びだした。

 その姿を見ながら、乗り出していた態勢を戻す。

 

「え、選びましたんで……こ、これで注文しますね?」

 

 自分の分めっちゃ早いじゃん?

 思わずそんな事を考えながらも頷きを返せば、何やら安堵の息を吐きながら茜ちゃんがタブレットを再び操作し、やがてテーブルへと戻した。

 僅かな沈黙。

 視線を向ければ、茜ちゃんが何やらソワソワした様子。

 僅かに視線を上げて俺と目が合う、そしてすぐに逸らした。

 ……トイレか?

 そう思うが、女性に言える筈も無く。

 

「まあ、飲み物来るまでちょっと寛いどくよ」

 

 独り言の様に呟き背凭れへと背を預ければ、視界に映る茜ちゃんがハッとした表情で俺を見た。

 そして俯き、静かに目を閉じる。

 やがて、目を開けた。

 何も変わらない、黒川あかね。

 

「カズヤさんに、お聞きしたい事があります」

 

 けれど、その態度は変わって見えた。

 背筋を伸ばし、先程までの挙動はまるでない。

 どこか人が変わった様。

 だが、それが茜ちゃん以外の人には思えなかった。

 別にトイレじゃなかったのね……。

 そんな感想を抱きながら、こちらも茜ちゃんを見つめた。

 

「いいよ、何でも聞いて」

 

 そう告げれば、茜ちゃんは真剣な表情のままで頷く。

 まあ、答えられるかは分からんけれども。

 早速本題に入りそうな雰囲気の為、僅かに姿勢を正す。

 茜ちゃんが口を開いた。

 

「……アクアくんの事です」

 

「……ふむ」

 

 彼女の言葉に、思わず考え込む。

 アクアとは、現在もまだ会っていない。

 というか暫くはまだ会えない。

 彼からの連絡も全て、まだ予定が空きそうにないと返しており、保留にしたまま。

 茜ちゃんが、アクアの事を聞きたいとは。

 やがて、結論が出た。

 

「……なるほど、恋愛相談って訳か」

 

「…………へ?」

 

 俺の呟きに、やや間を置いてから茜ちゃんの表情が崩れた。

 そして、徐々に変化していく表情。

 真っ赤に染まった頬に、慌てだした顔。

 

「ちっ、違いますっ!」

 

 慌てて否定を述べた彼女だったが、残念。

 俺の目は誤魔化せない。

 明らかにその表情は図星をつかれた時のそれであり、その姿に偽りは無し。

 ならばこのカズヤ、その相談に真剣に乗ろうではないか。

 

「よし、茜ちゃんがアクアを堕とせる様に俺が何でも力を貸そう!」

 

 寧ろそうなれば、アクアが父親を捜す理由の鈍化になる可能性もある。

 高くは無いが、ゼロでも無いと思えた。

 かなちゃんから暫くアクアに勝ったとか、彼の攻略を進めている連絡が来なくなったのだ。

 もしかしたらかなちゃんとアクアの間には何かあったのかもしれない。

 それで、という訳ではないが。

 一番はもちろん、茜ちゃんの恋を全力で応援したいという気持ち。

 かなちゃんの事も気になるが、それもまた何かあれば力を貸したいと思う。

 手を貸したいという最も確かな理由はどちらも、幸せになる為に頑張って欲しいから。

 幸せを掴む為なら、俺はどちらも応援する。

 背中を押す程度しか出来ないが、どちらも幸せを目指して進んで欲しいという気持ちが、一番強かった。

 だから茜ちゃんにも全力で手を貸したい。

 それがきっと茜ちゃんだけじゃなく、アクアの幸せにも繋がるかもしれないから。

 故に遠慮など無用!

 何でも相談してみなされ。

 そう思い茜ちゃんを見ると。

 何故か目を潤ませながら、俺へと両の頬を膨らませていた。

 それはまるで、何かに抗議を示しているかの様。

 如何にも不服だと思えるその表情に、思わず首を傾げる。

 そんな茜ちゃんが、口を開く。

 

「……違いますっ!」

 

 断言する様に、俺へと告げた。

 慌てる様子はない。

 まるで何かを決意した様な姿。

 

「……わっ、私が好きなのは」

 

 潤む瞳をそのままに、俺へと視線を固定した。

 その口が、再び開かれる。

 

 

「カズヤさんですっ!」

 

 

「…………へ?」

 

 今度は俺が、変な声を出してしまった。

 しかし、以降の言葉が思い浮かばず、黙ってしまう。

 茜ちゃんもまたハッとした様な表情を浮かべ、やがて顔を両手で覆ってしまった。

 髪の間から見えるその耳は、真っ赤。

 沈黙だけが、部屋の中に流れた。

 不意にノックの音が聴こえ、扉が開かれる。

 

「失礼します、ご注文の品をお持ちしました」

 

 その言葉と共に、女性店員が入ってきてテーブルの上に二人分の飲み物を置いていく。

 やがてそれが終われば。

 

「以上で、注文の品はお揃いでしょうか?」

 

 こちらへと問い掛けてきたので、何とか頷きを返す。

 そして女性店員が「ごゆっくりお寛ぎください」とだけ告げて、静かに扉を閉めた。

 再びの沈黙。

 だが、俺の思考は漸く動き始めた。

 店員が来てくれたお陰で、我に返れた。

 思考を埋め尽くす内容。

 それは。

 

 茜ちゃんは、俺の事が好き。

 

 その、衝撃の事実だった。

 理解するまで、あまりに時間がかかった。

 ルビーから言われた時よりもずっと……いや、あれは、あの場面が俺に思考の停止を許さなかっただけか……。

 正に青天の霹靂。

 あり得ないが、あり得てしまった。

 同時に、思い浮かぶ記憶。

 それはいつぞやの、幼女と再会した時の記憶。

 幼女から言われた内容。

 

 ――あれ、でも四方向から好きって矢印を向けられてるだけだし、それが三方向からになったんだっけ? なら良いのかな?

 

 言われた時は、全く気にも留めなかった言葉。

 けれど今になっては、当て嵌まる言葉。

 俺を好意を持ってくれた人を考えれば。

 アイ。

 ルビー。

 そして多分だけど、天使ちゃんを指していたんだろう。

 そこに……茜ちゃんもいたのだ。

 だから四方向と言っていた。

 そこから、俺の力でルビーは、俺をキライになった。

 だから、三方向からになったと、言ったんだ。

 あの時の幼女は、これを指していたんだと思えた。

 けれども、記憶内の疑問は解消されど、現実問題が解消された訳じゃない。

 届いた飲み物を互いの近くへと動かしながら、口を開く。

 

「……えっ、と……俺の事、好きなの?」

 

 視界に映るその肩が、大きく震えた。

 赤かった筈の耳が、更に赤みを増す。

 やがて、暫く間を開けた後。

 小さな頷きが見えた。

 

「……なるほどなぁ」

 

 思わず、無意識的にそんな言葉を溢していた。

 何というか……。

 予想外。

 それに尽きた。

 いや、だってさ……そうだろ?

 俺の事が好きになるって、どういう事だよ。

 確かに昔から憧れてたとか研究してたとか言ってくれてたけどさ。

 それって、俺の演技についてだったろ?

 決して俺の事が異性として好きだから憧れを抱いたり、研究した訳じゃないだろ。

 俺が何か、思わせぶりな事でもしたか……?

 彼女が俺に好意を抱く何かを、してしまったのか……?

 そこで、思い出した。

 俺が何か、彼女にそんな影響を与えてしまったかもしれない出来事。

 

「……いつ、好きだって気付いたの?」

 

 静かに、彼女へと問い掛ける。

 茜ちゃんの肩が、また震えた。

 だが、沈黙のまま。

 そんな彼女を見つめる。

 やがて、彼女の手が下ろされた。

 

 

「……カズヤさんに、助けられた時に気付きました」

 

 

 優し気な、嬉し気な笑顔で、俺に言った。

 その言葉に、心臓へと痛みが走る。

 ……間違いない。

 彼女の言葉は、俺の予想を現実だと思わせた。

 茜ちゃんが俺を好きだと思ったタイミング。

 それは、自殺しようとした彼女を助けた時。

 その後、茜ちゃんに向けた、ユーチューブを生配信した。

 多くの視聴者からのコメントを見ながら、元々考えていた言葉を、そこで言った。

 

 

 ――そんな黒川茜は俺の――――推しの子なんだ。

 

 

 その言葉は、声だった。

 その声は、力だった。

 その()で、告げた言葉だった。

 これが、茜ちゃんに影響してしまったのだと、理解出来た。

 俺が力を使ったせいで、彼女の気持ちを歪めてしまった。

 俺のせいで、茜ちゃんは俺を好きになってしまったのだ。

 その事実に、再び心臓が痛む。

 これは、俺のせい。

 その思いが強くなる。

 だから、俺が解決しないと。

 その思いが強くなる。

 俺が、正しく直さないと。

 その思いに、なった。

 

「……茜ちゃん」

 

 名前を呼べば、彼女は笑みを浮かべたままに、俺を見つめる。

 今、君が抱いている感情は間違いだ。

 それを告げる、知ってもらう為に、口を開いた。

 

「……その気持ちは、正しい感情じゃ」

 

 だが、最後まで言う事が出来なかった。

 

 

「カズヤさん。私は、あなたの"声の力"で……好きになったんじゃありません」

 

 

「……え?」

 

 茜ちゃんの言葉に、思わず声を返す。

 彼女の言葉が、理解出来なかった。

 優し気な笑みを変えぬまま、彼女が言葉を続ける。

 

「確かにカズヤさんの事が好きだと気付いたのは、その時です」

 

 でも。そう言って、茜ちゃんが続ける。

 

 

「その時に好きだって気付いただけで……それは、今までの私の感情を言語化してくれただけに過ぎないんです」

 

 

 驚愕に目を見開いた。

 それは、あまりに予想外の話だったから。

 そして、俺の"()"についてあまりにも理解が深かったから。

 彼女の言葉に、何も返しが浮かばなかった。

 ただただ、見つめるのみ。

 茜ちゃんが、再び口を開く。

 

「何より、私が最初にカズヤさんに憧れたのは幼い頃にドラマで観た――カズヤさんの"死んだ(存在を消す)"演技なんですよ?」

 

 その言葉に、記憶が蘇る。

 茜ちゃんと舞台の稽古で出会い、そこで話しかけられ、聞いた話。

 彼女が俺に興味を抱いたのは、昔のドラマで観た俺の演技。

 俺の"死んだ"演技が、何故、他の人と違うのか。

 "死ぬ"演技ではなく"死んだ"演技が出来るのか。

 それについて訊ねられた。

 そしてそれを出来る様にずっと研究や分析をしてると。

 確かに、そう言っていた。

 

「それに、もう……カズヤさんの"()"は、私には効かないと思います」

 

「え?」

 

 彼女の言葉に、思わず返す。

 俺の"()"が、効かない……?

 それをすぐには理解出来なかった。

 茜ちゃんは嬉し気の中にどこか楽し気を含めた笑顔になる。

 そして、言った。

 

 

「だから今、私に使ってみてください――全力の"()"を」

 

 

 心臓が、高鳴った。

 それは決して良いものではなく、悪いもの。

 嫌な予感と呼ぶべき感覚が、全身を駆け巡った。

 笑みを浮かべたままに、彼女は俺を見つめていた。

 ()が、効かない……?

 再び、嫌な予感が駆け巡った。

 そして僅かな恐怖が、訪れた。

 けれど、浮かぶ思い。

 ……全力で、茜ちゃんを元に戻す。

 その思いだけが唯一、俺の原動力として存在していた。

 だから、決めた。

 ルビーの時の様に、使うと。

 ルビーの時の様に、元に戻すと。

 きっとその方が幸せになるはずだから。

 俺なんかを好きになるよりも、彼女にはもっと素晴らしい未来がある筈だから。

 決めた。

 一度、深呼吸。

 気持ちを整える。

 元に戻す、と。

 それだけを自分に言い聞かせて、茜ちゃんを見た。

 静かに、口を開く。

 

 

「――――茜ちゃんは、本当は俺の事を好きじゃない」

 

 

 言った。

 言って、しまった。

 僅かな後悔、だがそれもすぐに消える。

 これで良かった。

 こうしなければ、いけなかった。

 そんな思いが、俺の中に湧き起こる。

 俺を好きになって、幸せにはなれないから。

 だから、これで良い。

 俺の"声"を受けた茜ちゃん。

 彼女は変わらぬ笑みのまま。

 その姿に、僅かな違和感を抱く。

 やがて、彼女が口を開いた。

 

 

 

 

「――――黒川あかねは、カズヤさんの事が大好きです」

 

 

 

 

 思考が、その言葉に染まった。

 決して消える事無く、頭の中に残り続ける。

 幾ら消そうとしても、消えない言葉。

 そして、その微笑み。

 思考と視覚が彼女に――奪われた。

 我に返るが、消えない。

 俺の事を好きじゃない方が良いと言い聞かせても、消えない。

 俺の"()"が、効かない。

 そう思わされた。

 俺の全力を、破られた。

 その事実に、謎の既視感が訪れる。

 全力を以て行った事が、突破される。

 そんな、既視感。

 俺の"力"を乗り越えて、こちらへと迫ってくる感覚。

 そしてその姿に目を奪われるという、思い出。

 やがて、思い出した。

 

 

 ――私、カズヤを愛してますっ!

 ――自分が嫌われても私の幸せを願ってくれてるカズヤも好きっ! 私に気付かれない様に、私を守り続けてくれてるカズヤも大好きっ! でもそれ以上にっ、こうして一緒にいてくれるカズヤの方が好きでっ、大好きでっ――愛してるんですっ!

 

 

 アイ、だった。

 俺が逮捕されようと、全力を使ってまで挑んでいた取り調べの最中。

 アイが乗り込んできた。

 そして刑事は、おれの"()"ではなく、アイの(輝き)に奪われ、結果として逮捕されなかったあの時。

 その言葉を言ったアイの姿に、目を奪われた。

 そして思考を、奪われた。

 我に返り、アイへと否定の言葉を告げたが、結果として押し通された。

 その記憶と、どこか一致した様に思えた。

 だから、茜ちゃんにも目を奪われた。

 思考を、奪われた。

 彼女の気持ちが偽りでないと、俺に思い込ませたのだった。

 

「まだ……私はカズヤさんの事が好きじゃないって、言いますか?」

 

 その声に意識を向ければ、嬉し気な笑みを携えた茜ちゃん。

 彼女の表情は嬉しさを隠しきれておらず、瞳は僅かに潤み、頬は明らかに上気していた。

 その理由が、何となく分かった。

 俺の事が大好き。

 俺の"()"が効かない。

 その二つが叶った事により、自分の中にある感情が抑えきれないんだろう。

 彼女のそんな姿に、思わず苦笑してしまう。

 

「……言わないよ。参った、俺の負けだよ」

 

 両手を軽く上げて降参の意を示せば、茜ちゃんの表情が輝いた。

 誰も模倣していない、素の姿。

 なのにその姿は、俺の視線を逸らさせる事はなかった。

 まさか、こんな事になるとは……。

 そう思わずにはいられなかった。

 これが、長年の彼女の研究や分析の成果。

 これ程までに突き詰めるとは、思わなかった。

 恐れ入った。その一言に尽きる。

 その反面。

 ……どうしようか。

 今後の事を考え、思わずそんな感想が浮かぶ。

 アクアとの件。

 それが解決しない限り、彼女の想いを受け止める事はまず出来ない。

 それに、どんな結末になるかはまだ分からないんだ。

 だからこそ、もし俺がこの世界から存在しなくなった時、彼女を悲しませる事は出来ない。

 それは、俺が望まないから。

 だからこそ悩む。

 保険というか、頼みの綱とも思える"声の(忌むべき)力"。

 これが使えないのだから、すぐに代案は何も思い浮かばない。

 けれど、何かしら方法を考えないと、準備が整わないので、その場合に備えて考えてはおかなくてはいけない。

 だが、今は思い浮かばないなら仕方ない。

 

「そっかー、茜ちゃんは俺の事そんなに好きだったんだ」

 

 その言葉を受け入れた上で、彼女と接する事にする。

 俺の言葉に、茜ちゃんの顔が真っ赤に染まった。

 

「えっ、えっと……そのっ…………はい」

 

 やがて恥ずかしそうに、再び俯いてしまった。

 そんな姿に再び苦笑。

 

「もう言っちゃったんだから、そんなに恥ずかしがる事なくない?」

 

 思わずそう告げれば。

 

「ッ、は、初めて言ったんですからっ、まだ慣れてないんですっ!」

 

 キッと睨み付けながら、そう返された。

 けれども、羞恥満面とも言える表情のせいで、全く怖くない。

 

「ごめんごめん、茜ちゃんモテるだろうからさ。こんな場面慣れてんのかなって思ってね」

 

 言い訳の様にそう返せば、彼女の表情が変わる。

 

「……分かってて言ってますよね」

 

 羞恥が減り、代わりに怒りと不満気を大いに宿した表情。

 ジトっと睨み付けてくる目。

 そして感情を象徴する様に、両の頬を大きく膨らませていた。

 何やらぷくーっとでも擬音がつきそうなその表情で、俺を見ている。

 そんな彼女に浮かぶは、やはり苦笑。

 

「ごめんって。茜ちゃんの姿が可愛くて、つい揶揄っちゃったんだよ」

 

 そう伝えれば、彼女の頬の膨らみが消えた。

 僅かな驚きと、再び現れた顔の赤み。

 やがてその表情がどこかだらしない笑みへと変わる。

 だがそれは、途中で終わりを迎えた。

 再び不満気に、ジトっとした目で俺を見てくる。

 

「……なんか、手慣れてる」

 

 微かな呟きは、もしかしたら独り言かもしれない。

 それに返そうか迷ったが、やがて決めた。

 

「ま、大人なんでね?」

 

「むぅっ……!」

 

 俺の言葉に、両頬の膨らみが復活した。

 そんな姿を眺めつつ、漸くとコーヒーを一啜り。

 うむ、普通に美味い。

 俺の姿を見た茜ちゃんも、表情をそのままに手元のカップを掴む。

 彼女が頼んだのは、恐らく紅茶。

 一口飲んで、ほっと一息。

 幾分かリラックス出来た茜ちゃんの表情も、どうやら落ち着いたみたい。

 しかし、その目はまだ僅かに不満気を残した目付き。

 その姿に思わず笑ってしまえば、漸く自分の表情に気付いたのか茜ちゃんの顔が真っ赤に染まる。

 やがて、慌てた様に俺から僅かに顔を逸らして口を開く。

 

「で、ですからっ、カズヤさんを"大好き"なっ! 私からっ、聞きたい事がありますっ!」

 

 やたらと一部を強調した声に、苦笑しつつもカップをテーブルに置いた。

 そういや、本題は何かの相談だったな。

 それを改めて思い出した。

 暫くと俺から顔を逸らしていた茜ちゃんだったが、やがて目を瞑り、小さく息を吐く。

 再び開けられた時には、顔の赤みが無くなり、真剣な表情となっていた。

 彼女の顔が、静かに動く。

 さて、相談って事だし、こっちも聞く姿勢を整えるか。

 そう考えて、思考を真面目なものへと切り替える。

 茜ちゃんの目がまっすぐに、こちらへと向けられた。

 

 

 

 

「カズヤさんは…………アクアくんの、父親ですか?」

 

 

 

 

 その言葉に、思考が止まった。

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