"にわか"は言う「だから『推しの子』だって言ってんだろ!」   作:あるミカンの上にアルミ缶

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暫くと投稿出来ておらず申し訳ありませぬ……まさかこんなにも執筆時間が取れないとは……。








第178話

「カズヤさん! おはようございます!」

 

 背後から聴こえた声に振り返る。

 そこには笑顔の茜ちゃんがいた。

 挨拶を返せば、嬉しそうに微笑んだ。

 

「今日からよろしくね?」

 

 そう告げれば「はい! こちらこそよろしくお願いします!」と元気な返事が来る。溌剌で何より。

 ここは、映画の撮影現場。

 茜ちゃんとは、この映画で共演する事となった。

 四月現在、今日が映画撮影のクランクイン。

 この映画の主役は、俺じゃない。

 黒川あかね。

 彼女が、主演を務める。

 以前、茜ちゃんと再会して決めた事。

 俺が彼女を見続ける。

 茜ちゃんが少しでも俺やアイ達の事を知られない様に、時間を稼ぐ必要がある。

 だが、俺のスケジュールは結構埋まっており、容易に動く事は出来ない。

 よって仕事をブッキングさせる事で解決させた。

 しかし既に埋まっている仕事に茜ちゃんを組み込むのは、容易ではない。

 主演級は既に埋まっており空きが無い、かといって端役で出すには、彼女は目立ち過ぎる。

 それに、彼女の明晰さからして、端役を与える程度では然程時間を稼ぐことは出来ないだろうと踏んでいた。

 だからこそ、彼女を主演にする。

 

 そんな映画を、新しく作った。

 

 佐山さんに頼んで、スケジュールはめっちゃ再調整した。

 特に深夜ラジオは改編でちょうど良かったんで今月から無期限の休止、うちの事務所から別のタレントを格安で宛ててお得な番組を行って貰う事となった。

 その分深夜にCM撮影をほぼ埋め込む事で、映画のスケジュールは何とか確保。

 現在撮っている別の映画よりこの映画の公開時期を早める事で、話題性が被る心配もないのでその旨で、そちらの映画の制作も問題なし。まあ、まず渋られる事はないんだけどさ。

 スポンサーに関しても、全く問題無い。

 映画の配給先すら、お得意様である。

 俺が映画を作りたいと言ったら、諸手を上げて賛同してくれた。

 だから予算的にも全く心配ない。

 ならば次は、肝心の脚本。

 舞台設定は正直、何でも良かった。

 最も重要視したのは、主役のキャラクター性。

 人間的な奥深さと複雑な性格で、極力茜ちゃんの分析や考察に時間がかかるキャラクターが欲しかった。

 望むのはそれだけ。

 だが、茜ちゃんが分析や考察に時間をかける程のキャラクターを描ける人なんて限られている。

 でも、俺には宛があった。

 こちらへと近付いてきた人物に声を掛ける。

 

「今日からよろしくお願いします――吉祥寺先生」

 

「いきなり脚本の連絡もらって、完全オリジナルなのに納期は一か月切ってるとか……私じゃなかったら無理だと思うんですけどっ」

 

 腕を組みながらそっぽを向いたのは、"今日は甘口で"の原作者、吉祥寺頼子先生。

 その後ろから、僅かに顔を覗かせた人物。

 

「……私もいるんですけど」

 

 批難めいた口調で告げられた言葉に苦笑する。

 

「分かってるよ。アビ子も、よろしくな?」

 

 そう返せば、目が細められた。

 

「……舐めてますよね? 私も脚本手伝ったのに……構成も手伝ったのに、舐めてますよね?」

 

 不機嫌そうなオーラを全開にしたのは、"東京ブレイド"の原作者、鮫島アビ子。

 

「いやいや、本当に頼りにしてるよ」

 

 俺がそう本心を伝えれば「……じゃあ、許してあげます」と俯いてしまった。

 そして俺の隣から声が聴こえる。

 

「アビ子先生! お久しぶりです!」

 

 俺の横へと移動した茜ちゃんが、アビ子へと声をかけたのだ。

 それに気付いたアビ子。

 

「あかねさん! またお会い出来て嬉しいです!」

 

 目を輝かさせて、吉祥寺先生の後ろから飛び出した。

 楽し気に会話を弾ませる二人。

 へいへい、俺が悪うござんした……。

 苦笑しながらその光景を見ていると、同じく苦笑している吉祥寺先生が目に入った。

 思わず顔を向ければ、それに気付いた先生がハッとした様に再び顔を逸らす。

 

「……私も、演出や構成まで手伝ったんですけどねっ」

 

 そう言われたので、笑みを浮かべる。

 

「それも、心から感謝してます」

 

 思いの丈を伝えたが、結局吉祥寺先生は俺から顔を隠したままだった。

 そこに、横から視線を感じて顔を向け直すと。

 

「むぅ……」

 

「……なんか、私の時よりちゃんとお礼言ってませんか?」

 

 共に頬を膨らませた二名が、こちらへと半目を向けてきていた。

 その姿を暫くと見つめ、口を開く。

 

「……あっ、そろそろ撮影が始まりそうな予感」

 

 そう告げて踵を返したが、左右の腕をそれぞれに掴まれた。

 

「むぅっ……」

 

「……ちゃんとお礼言ってくれるまで逃がしませんよ?」

 

 脱出失敗。

 逃げられなかった為、二人に向けた応対に入る。

 とりあえず茜ちゃんの頭を撫でれば笑顔に変わり、何故かアビ子の視線が僅かに強まった気がした。

 だから手を離してアビ子に、誠心誠意の感謝を述べれば、頬を赤く染めて俯く。

 だが代わりに茜ちゃんが再びむくれてしまい、何故か吉祥寺先生の方からも鋭い視線を感じる様になった。

 だから茜ちゃんの頭を再び撫でながら、改めて吉祥寺先生へと感謝の気持ちを述べる。

 

 その結果。

 

「むぅーっ……」

 

「……ちゃんと、私が納得する様にお礼言ってください」

 

「たらしなんですね、カズヤさんって。色んな女性に同じ事言ってそうですよね」

 

 どうしてこうなった。

 

 結局、監督が呼びに来るまでの間、三方向からの視線が止む事はなかった。

 やっぱり俺には監督しかいないって、ハッキリ分かんだね。

 そう思った、撮影前の出来事だった。

 

 

「カット!」

 

 監督の声が、現場に響く。

 それに合わせて、カメラを向けられていた演者が芝居を止めた。

 監督が口を開く。

 

「中々いい感じだけど……」

 

 そう言って言葉を止め、視線を動かす。

 監督が目線を送ったのは一人、カメラを向けられていた演者。

 

 

「あかねちゃん。君がこの演技で満足なら、俺はこのシーンを使うよ?」

 

 

 この映画の主演女優、黒川あかねへと声をかけたのだった。

 対する茜ちゃんはその場で固まり、表情を曇らせている。

 表情を変えないままに、口を開いた。

 

「……いえ、もう一度やらせてください」

 

 その言葉に監督が頷き、スタッフ達に指示を飛ばす。

 茜ちゃんは時間が押してしまう事への謝罪を述べ、スタッフ達へと何度も頭を下げていた。

 リテイクが始まる。

 自宅のリビングで一人、椅子に座る少女。

 テーブルに置かれたスマホからは、着信音が鳴り続ける。

 それを生気の無い目で見つめる少女。

 着信音が鳴りやまない室内で、時間だけが流れていった。

 

「カット!」

 

 監督の声が響く。

 それは、先程よりも早いタイミングだった。

 

「君は、これで満足?」

 

 優し気な監督の言葉に、茜ちゃんが勢いよく椅子から立ち上がる。

 

「いえっ! もう一度やらせてください!」

 

 力強く告げたその言葉を、監督は黙って見つめる。

 やがて口を開いた。

 

「……よし。じゃあ別のシーン先に撮るから、次にまた撮る時まで考えといて」

 

 柔和な口調。

 優し気な表情で告げられたその言葉に、茜ちゃんは「……はい」と力なく返事をしたのだった。

 

「……申し訳ありません」

 

 悔しさと不甲斐なさに表情を歪めながら謝罪を述べれば、監督が軽く手を振る。

 

「いやいや、後はあかねちゃんの満足次第だから、満点だって思える演技を見つけてくれればいいよ」

 

 そう告げたのを最後に、監督はスタッフ達へと別の指示を出して、機器の移動を始めた。

 ぞろぞろと室内から出ていくスタッフ達。

 茜ちゃんはその背中を見送り、やがて俺の下へと歩いて来た。

 伏し目がちに、口を開く。

 

「……あの、カズヤさん……申し訳ありませんでした」

 

 頭を下げた彼女に返す。

 

「いやいや、監督が言ってた通り問題なく演技は出来てるから、後はほんとに茜ちゃん自身が納得出来るかだけだよ」

 

 だから気にしないで。

 そう本心を伝えるが、茜ちゃんの表情は晴れない。

 

「……はい、頑張ります」

 

 暗い表情のままに返答し、沢山の付箋が見える台本を手に取って静かに部屋を出て行ったのだった。

 室内には、俺と監督だけが残る。

 

「で、こんな感じで続ければいいのかな?」

 

 こちらへと振り向きながら言われた言葉に苦笑する。

 

「さっすが監督」

 

 そう返せば、向こうもまた苦笑を浮かべた。

 監督が口を開く。

 

「……でもまあ、カズヤ君も中々役者殺しの注文するね――主演のシーンは、(監督)が完璧だと思える映像が撮れるまで、絶対に妥協しないで欲しい、なんてさ」

 

 軽口の様に言った監督に返す。

 

「でも、その方がいいでしょ?」

 

 俺の言葉に「……確かに、監督冥利には尽きるかな」と苦笑交じりに言って、彼もまた部屋を出て行った。

 室内に残ったのは俺一人。

 部屋の中を何となく見渡せば、どこか懐かしさを感じる。

 この部屋のインテリアは、以前俺が住んでいた社宅の部屋を再現してもらっていたのだ。

 今回撮影する映画。

 その脚本は、ある種のドキュメンタリー。

 生まれながらに孤児であり、家族を全く知らない少女が主役。

 小学校で出会った美しい少年に目を奪われる。

 美しいだけでなく明るさもあり、学校の女子生徒から人気の少年。

 だが少女は、その少年を見たその時に……将来、その少年が刺されて死ぬという未来予知をした。

 だから少女はその未来を打破すべく、少年の為に人生をかけようと決めた。

 これは、ドキュメンタリーであり、フィクションの映画。

 主役の境遇は、俺の人生をある程度模倣され、性別を入れ替える。

 そして俺にとってアイに位置する人物は、反対に男性にした。

 だから、ドキュメンタリーでありフィクション。

 フィクションの部分は特に、成長してから。

 つまり先程茜ちゃんがリテイクしたシーンが映画の冒頭であり、大きなフィクションの開始ポイント。

 美しい少年と仲良くなった少女だったが、小学校も卒業かという頃、少年が芸能界にスカウトされた事により少女もまたそれを追いかける様に芸能界を目指した。

 子役ではあるが、デビューしてから順風満帆に人気となる少年に対して、少女はアイドルとしてデビューを果たすが、少年程の人気を博す事は出来ない。

 けれども互いに連絡を取り合ったりと、関係は良好のまま。

 しかし少女が中学を卒業して間もなく、事件が起こった。

 事務所の寮で一人暮らしをしていた少女の家に強盗が押し入り、アイドルとして遜色無い容姿をしていた少女は、強盗の男に無理矢理襲われてしまったのだ。

 それから数か月後、少女は体調の変化に見舞われ、まさかと思い妊娠検査薬を購入し検査したら、妊娠している事が発覚。

 その絶望に見舞われながらも、それを隠してアイドルを続ける。

 しかし今後、徐々にお腹が大きくなるであろう事から、このまま事務所にも隠し通す事は不可能。

 子供を産めば、それが世間にバレてアイドルとしての仕事は続けられなくなるだろう。

 けれど、幼少の頃の未来予知から、少年の命を救いたいという気持ち。

 これらが一気に押し寄せ、一人、自宅で椅子に座っている場面が、一番最初のシーンだった。

 鳴りやまない通知は、少女が助けたいという少年からのもの。

 妊娠した事が分かり、少年に対してどこか後ろめたさを感じた少女が、連絡を送れなくなったのだ。

 それが続き、心配した少年が少女へと安否の連絡をしている。

 こんな脚本になった。

 フィクション盛り沢山だが、その背景はある程度のドキュメンタリー。

 吉祥寺先生とアビ子が、こんな脚本に仕上げてくれた。

 俺が元々脚本の素材として渡していた情報は、主役は生まれながらに孤児の少女。

 小学校で同じ学年の美しい少年に一目惚れ。その少年が将来、刺されて死ぬ未来予知を得た。

 それを助ける為に同じ芸能界に入りアイドルになる。

 けれど一五歳で違う男に襲われて妊娠が発覚。

 これだけを、事前に伝えていた。

 それがまさかこんな素晴らしい脚本に仕上がるとは。

 吉祥寺先生様様である。あとアビ子も。

 何故、この作品に俺やアイの成分を含めたか。

 理由は二つ。

 一つは、茜ちゃんが俺とアイについてどこまで理解しているかを知りたかったから。

 その分析力のデータを得る為。

 もう一つは、俺の事を、どれだけ理解しているのか。それを知りたかった。

 孤児である事、アイという存在に出会い、その未来を変えたくて行動した俺への理解を、茜ちゃんがどの程度深堀り出来ているのかを知りたい。

 これらから、事実情報を混ぜた。

 それに、この程度なら茜ちゃんから聞いた分析の内容に既に当て嵌まっており、今更秘匿にしなくても良いという理由から。

 そしてフィクションを盛った理由。

 これは単純に、まだ茜ちゃんが気付いていない可能性が高く、こちらからは情報を出すべきではない事柄だから。

 だからこそ煙に巻く様な展開を用意する必要があった。

 更には映画自体の内容が誰かのドキュメンタリーだとバレるのを避ける為でもある。

 虚実混交にしたのもまた、茜ちゃんの役作りを混乱させる意図があった。

 どこか俺とアイと思える脚本だが、性別も違ければ展開も違う。

 茜ちゃんの考察に俺やアイが引っ掛かり続ければその分、この映画のキャラクター自体の役作りが纏まり切らないと思えた。

 そして駄目押しに、監督へのお願い。

 それも合わさり、茜ちゃんは茜ちゃんが思う完璧な主役を演じられなければ、何度もリテイクされる様になる。

 監督の手法は何度も見てるので、あの頼み方だけで十分だった。

 そして実際に今、茜ちゃんは自ら袋小路に迷う事となったのである。

 罪悪感は、勿論ある。

 けれども後悔はしてない。

 対茜ちゃん用に意地悪な役にしてしまったが、脚本のお陰で立派な主役のキャラクターになったんだ。

 俺史上最強のタッグにより作られた脚本のお陰で、キャラクターの人間性にも"今日は甘口で"に負けない程の深みがある。

 だからこそ、俺と一緒にいるけども、俺以外の事を研究する良い機会になるとも思えた。

 ……あの監督に自分から"納得の演技です"って言える様になればきっと、撮影が終わる頃には茜ちゃんは役者として一皮も二皮も剥けて、更に大きく羽ばたけるだろうし。

 そんな事を考えつつ俺もまた、懐かしさを感じる部屋を後にしたのだった。

 

 

「じゃあ、今日の撮影はここまで! 皆、お疲れ様!」

 

 監督の声に、演者やスタッフ達が声を返していく。

 撤収作業が始まり、スタッフらは慌ただしく動き始める。

 時刻は二二時。

 序盤の撮影は未成年組が多く、この時間で終了となった。

 監督もまたスタッフ達と共に撤収作業を行っている。

 演者達は思い思いに帰り支度を行いながら雑談をしていた。

 ただ一人、椅子に座ったまま動かない演者を除いて。

 パイプ椅子に腰掛け、脚本をきつく握りしめながら俯いている少女。

 そこに、一人の男性が歩み寄った。

 眼鏡をかけたスーツ姿の中年男性が、少女へと声をかける。

 

「あかね、今日はきっと偶々調子が合わなかっただけだから、切り替えて行こう」

 

 優し気に声を掛けたその男性は、茜ちゃんのマネージャーだった。

 空いた時間に名刺を渡されながら挨拶してくれたから憶えてる。

 心配そうに、しかし明るく務めて声をかけるマネージャーに、茜ちゃんは俯いたまま。

 

「次はきっと大丈夫だから、そんなに落ち込まなくても大丈夫さ」

 

 気遣う様に声を掛け続ける姿に、マネージャーが茜ちゃんをどれ程想っているのかが如実に分かった。

 けれど、茜ちゃんは更に強く脚本を握り締める。

 

「……次じゃ、ダメなんです。次、また失敗したら……次がなくなる」

 

 その言葉を聞いて、茜ちゃんへと歩き出す。

 ……ありゃ、思ったより重症だったか。

 落ち込みながらも、怒りを含んだ声色。

 それはマネージャーにではなく、自分自身に対して。

 駄目だったと、自分を追い詰める発言に、フォローしなければと思った。

 これは俺が起こした問題だから、マネージャーの手を煩わさせる訳にはいかない。

 俺の責任は、俺が取らなきゃいけない。

 近付いた俺に、マネージャーの男性が気付く。

 

「あ、カズヤさん……」

 

 男性の言葉に、茜ちゃんの肩が大きく震えた。

 それを無視して、マネージャーへと声を掛ける。

 

「ちょっと、茜ちゃんと二人で話しても大丈夫ですか?」

 

 俺の言葉に、マネージャーの男性が心配そうな表情を浮かべて俺と茜ちゃんを交互に見た。

 安心させる様に笑みを向ければ、やがて茜ちゃんへと口を開く。

 

「あかね、それでも大丈夫か?」

 

 その言動に、この人は信用出来ると思った。

 普通なら、俺がこんな事を言えば、マネージャーはすぐに引き下がる。

 自慢でも傲慢でも無く、それが事実だった。

 だがこのマネージャーは、茜ちゃんに最終確認をした。

 彼女が拒否をしたならば引くつもりはない。

 その姿勢に、茜ちゃんを守るという意思に、好感を覚えたのだった。

 俯いている茜ちゃんがやがて、小さく頷いた。

 それを見て心配そうな表情を浮かべた後、男性が俺へと顔を向ける。

 

「では、お手数をお掛けして申し訳ありませんが……あかねの事、よろしくお願いいたします」

 

 そう言って深く頭を下げた後、どこか後ろ髪を引かれる様な足取りで静かに離れて行った。

 男性の姿を見やり、茜ちゃんへと顔を向ける。

 

「良い、マネージャーさんだね」

 

 茜ちゃんへと告げれば、やがて頷きが返ってくる。

 

「……はい。迷惑ばかりかけてしまってますが……いつも、助けてもらってます」

 

 その言葉に、思わず笑みが浮かぶ。

 なるほど、良いコンビって訳だ。

 静かにしゃがんで、俯いてる茜ちゃんを僅かに見上げる。

 一瞬目が合ったが、すぐに逸らされた。

 

「今日は、何が駄目だったと思う?」

 

 そう問い掛ければ再び目が合い、やがて逸らされた。

 暫くの沈黙。

 

「……全部、です」

 

 茜ちゃんの呟き。

 それが、続けられる。

 

「今日までに、役作りがちゃんと出来てませんでした……なので、監督が求める演技が出来てなかったです」

 

 その回答に、僅かに逡巡。

 今日の撮影で、茜ちゃんが出るシーンは全て次回へと延期になった。

 どのシーンもが、駄目だったのだ。

 他の演者達には俺と監督が隠れて謝っておいたから何も問題無し。

 監督の拘りが強いせいにしといたから、茜ちゃんへのヘイトも無し。

 驚いていた監督には、心配無し。

 やはり茜ちゃんは、勘違いしていた。

 

「監督は、何て駄目だししてた?」

 

 俺が再び訊ねれば、茜ちゃんが口を開く。

 

「……私が満足出来る演技が出来たら、そのテイクを使うって言ってました」

 

 呟きに傾聴のままでいれば、茜ちゃんが続ける。

 

「……でも、やっぱりオッケーは出ませんでした」

 

 その言葉を聞いて、口を開く。

 

「茜ちゃんが満足出来る演技が、出来なかったって事?」

 

 俺の言葉に、茜ちゃんはゆっくりと首を横に振った。

 

「納得出来る演技はしたつもりです……でも、監督がそう言うなら、きっと監督が納得出来る演技じゃなかったって事なので」

 

 なるほど。

 茜ちゃんもまた、監督お得意の無限ループが見事に嵌ってしまった様だ。

 だがそれを、直させる発言はしない。

 それは茜ちゃん自身が直すべき事だから。

 茜ちゃんがもっと成長する為に、必要な事だろうから。

 だから俺が行うのは、あくまでもフォロー。

 つまりは息抜き……いや、ガス抜きとでも言うべきだろうか。

 茜ちゃんが抱え込み過ぎない様に、させるだけ。

 彼女が自信を持って、自分から"納得の演技です"と監督に言える様になるまで、抱え込むマイナスを減らすだけ。

 

「茜ちゃんはもしかして、この脚本のどこかに……俺の姿でも見えた?」

 

 そう訊ねれば、茜ちゃんは勢いよく俺へと顔を向けた。

 表情は驚きに染まり、見開いた目をこちらに向けている。

 

「えっ……何で」

 

 言葉にならない声を出す茜ちゃんに微笑む。

 

「何となく、茜ちゃんの演技見てたらそんな気がしてさ」

 

 無論、嘘である。

 演技見てもただ、上手いなぁってしか思わなかった。

 だから、俺が意図した設定からの推察に過ぎない。

 けれどもやはり、当たりだったらしい。

 ならば、この手で行こうか。

 

「茜ちゃんはさ、主役の様な女の子が俺の事好きだったら、俺は素直に受け入れると思う?」

 

「えっ……?」

 

 こちらを見つめる茜ちゃんに、言葉を続ける。

 

「例えば茜ちゃんが強盗に襲われて、妊娠されられた。そんな茜ちゃんを俺は、素直に受け入れるかな?」

 

 俺の言葉に、茜ちゃんの顔が青褪めた。

 まあ、例え話だとしても酷い事を言ってる自覚はある。

 青褪めた表情のまま、目線を左右へと忙しなく動かし続ける。

 だがその目は一切、俺と合う事はなかった。

 やがて答えが出たのか、茜ちゃんが俯いた。

 

「……多分……受け入れるかもしれないって、思います」

 

 絞り出す様に呟いた言葉に、思わず苦笑する。

 

「そっかぁ、俺ってそんなに甲斐性なく思われてたのかー……」

 

 どこか残念そうにそう呟けば、茜ちゃんが勢いよく顔を上げる。

 

「ち、違います! カズヤさんは甲斐性なしなんかじゃありません!」

 

 一番の大声。

 だが俺は苦笑したまま。

 

「でも、俺の事研究してくれてるのに、断定は出来なかったんだよね?」

 

「そ、それはっ……」

 

 俺の言葉に茜ちゃんが言い淀む。

 再び目を逸らし、やがて口を開いた。

 

「……その、私に置き換えたから……そう思った、だけです」

 

 意気消沈といった様相。

 悲し気に眉を下げた姿に、微笑みを向ける。

 

「なら、その気持ちが……その断定出来ない葛藤と苦悩が、主役の少女が抱いてる気持ちなんじゃない?」

 

「……え?」

 

 思わずと顔を上げた茜ちゃんに続ける。

 

「俺は男だからさ、主役の少女にはどう頑張ってもなれないよ。だから、茜ちゃんがそう思ったなら、俺を男の子の方で考えれば、もしかしたら役作りがしやすくなるかもよ?」

 

「あっ……」

 

 茜ちゃんが何かに気付いた様な声を上げる。

 

「茜ちゃんが主役の少女で俺が相手の男の子だったら、ちょうど良いんじゃない?」

 

 黙って俺の顔を見つめている。

 だがその表情は既に悲しみは存在しなく、純粋な驚きで占められていた。

 そんな彼女に、口を開く。

 

「ま、先に答えを言っとくと……例え茜ちゃんがそんな状況になっても、絶対に受け入れるけどね」

 

 これは何の誇張も無く、本音。

 まあそもそも、そんな状況にさせない訳だが。

 けれども、そうなって俺しか頼れる人がいないのならば、間違いなく受け入れる。

 茜ちゃんの顔が真っ赤に染まった。

 僅かに瞳が潤み、俺を見つめる。

 やがて我に返った様に、慌てて顔を逸らした。

 

「言ったでしょ? 隣に居て欲しいってさ」

 

 そう告げれば、茜ちゃんの身体が微かに震えるのが見えた。

 やがて、小さな声が聴こえる。

 

「…………はい」

 

 どこか上擦った様な声を耳にし、ミッションコンプリートだと思えた。

 俺が茜ちゃんの目を奪う。

 それは中々どうして、やってみると難しい。

 だからどんな風にするのが良いか分からなかったが、彼女の反応を見るに間違いではなかった様だ。

 それに、もう一つの目的も果たせた。

 もう一つの目的。

 茜ちゃんの中で主役のキャラクターから俺の成分を排除する事。

 これは彼女の演技の為というのもあるが、俺の過去の認識を主役の境遇から消すという目的もあった。

 彼女が少年の方へと俺を紐づければ、それに基づいて茜ちゃんの中で俺の過去が構築されていく。

 そうなれば、俺自身の過去を考察する時に、今作での分析が邪魔をして不一致を起こす様になると考えたのだ。

 だから茜ちゃんの想いを利用して主役を演じやすくする為と、俺の過去を正しく理解させない為のミスディレクションとして、こういった質問と答えを用意したのだ。

 茜ちゃんの真面目だがどこか卑屈さの混じった性格上、自分が当事者となって迷惑をかけるかもしれないという質問の場合、十中八九断定の回答は寄越さないだろうと踏んでもいたから、あの質問を行った時点でほぼこの結末に繋がると思っていた。

 最後のは茜ちゃんの意識を俺に向ける為に言ったから、具体的に彼女の中でどう影響したかは分からない。

 何せ初めての試みだ、自信はない。

 けれども彼女の表情から、少なくとも悪い印象や負の感情に至っていない事は見て取れたので、とりあえずは及第点と言って良いのかもしれない。

 よって、ミッションコンプリート。

 

「そんじゃ、次の撮影で茜ちゃんの"想い"が、見られるのを楽しみにしてるよ」

 

 そう告げれば、やや間をおいて頷きが返ってくる。

 

「……カズヤさんを想う様に、演じてみます」

 

 遅れて届いた声に、立ち上がって頭を数度撫でる事で答えた。

 顔を動かし、目的の人物を視界に入れて止める。

 心配そうな表情で遠くからこちらを見ている男性。

 その人へと笑顔で頷けば安堵した様に息を吐いて、やがて俺へと深く頭を下げた。

 茜ちゃんの頭から手を離せば、小さな声が耳に届く。

 

「心配や不安があったら……それだけじゃなくて、雑談でもしたくなったら俺にすぐ連絡する事。いいね?」

 

 そう伝えれば眼下で微かに震えるのが見えた。

 やがて頷いたのを確認し、挨拶をしてその場を離れる。

 次の撮影でもしかしたら茜ちゃんは、化けるかもしれない。

 それによって役作りをある程度完成させる可能性もある。

 でも、それでいい。

 この脚本には、俺が後から提案して直してもらった展開が、幾つかあるんだから。

 だから今は、これでいい。

 そんな事を考えつつ、監督に挨拶してから佐山さん達と共に、帰路へと着くのだった。

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