"にわか"は言う「だから『推しの子』だって言ってんだろ!」   作:あるミカンの上にアルミ缶

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第179話

 部屋の中。

 椅子に座ったままに、テーブルの上に置かれたスマホを見つめ続ける。

 画面に表示されている、電話をかけてきた相手の名前。

 その画面をただ、見つめた。

 でも気付けば、スマホへと手が伸びていた。

 でも……それに気付いたら、手を下ろしていた。

 視線は変わらずに、スマホを見つめたまま。

 また手が上がりかけて、下りた。

 その内に、自分でも何でか分からずに、涙が出てきた。

 電話に出たいのに、出られない自分。

 電話に出ていい筈なのに、出たくない自分。

 こんな自分が話をしてはいけないと思いながらも、声が聴きたいという思い。

 触れたくて、触れたくない。

 触れてほしくて、触れてほしくない。

 二律背反な想いが胸の中で入り乱れ、私の身体を動かさなかった。

 

「……ぁ」

 

 不意に、声が漏れた。

 画面が真っ暗になったのが見えたから。

 繋がりが消えたから。

 その現実を受け入れたくなくて、スマホから顔を逸らし俯いた。

 涙だけが変わらずに、流れ続けていたのだった。

 

 

「カット!」

 

 

 監督からの声が聴こえ、一度瞬きすれば涙が止まった。

 私を見つめる監督。

 

「君が満足なら、俺はこれを使いたい」

 

 その言葉に、私が返す。

 

「はい! これでお願いします!」

 

 私の言葉に監督が嬉しそうに微笑んだ。

 その姿に、今までに感じた事の無い達成感が湧き上がる。

 

「じゃ、後のシーンもそんな感じでよろしくね?」

 

 再びかけられた声。

 

「ありがとうございます!」

 

 言葉と共に頭を下げれば、スタッフの人達へと指示を飛ばす監督の声が聴こえた。

 機材を持ってぞろぞろと動くスタッフ達。

 

「すごい演技だったよ! 見てて鳥肌立っちゃった!」

 

「流石天才役者だなぁ。感心したよ」

 

「黒川さんなら絶対、この映画を素晴らしい作品に出来ますよ!」

 

 部屋を出る為に私の横を通り過ぎていくスタッフの人達が、口々に私へと言葉をかけてくれる。

 

「あっ、ありがとう、ございますっ……!」

 

 止まった筈の涙が、勝手に流れてきた。

 それを止めようと腕で拭うが、止まってくれない。

 

「お疲れ、茜ちゃん」

 

 かけられた声に顔を向けた。

 

「カズヤ、さん……」

 

 だが我に返って、慌てて俯いた。

 泣いてるし、メイクも落ちてるだろうから……こんな顔、カズヤさんに見せたくない。

 そう思い俯いていると、微かな笑い声が聴こえた。

 

「大丈夫だよ、茜ちゃんならどんな顔でも可愛いからさ」

 

 ……もっと、顔を上げられなくなった。

 涙ではなく、熱くなった顔を隠す事となった私に、カズヤさんが続ける。

 

「ビックリしたでしょ? 俺がよく一緒に仕事する人達なんだけどさ。良くも悪くも、作品を作るのが大好きな人達ばっかりでさ」

 

 その言葉に、先程の出来事を思い出す。

 ――すごい演技だったよ! 見てて鳥肌立っちゃった!

 ――流石天才役者だなぁ。感心したよ。

 ――黒川さんなら絶対、この映画を素晴らしい作品に出来ますよ!

 あんなにも暖かく、多くのスタッフから演技について称賛された事はない。

 前回の撮影では、監督以外の誰も、話してくれなかったのに。

 

「良いと思った演技は本心から褒める、相応しくないと思った演技には一切無視って感じの……まあ、職人気質な人達が殆どなんだよね」

 

 確かに、かけられた声や表情には、嘘や気を使うといった要素は見受けられなかった。

 私の演技に、満足してくれたんだ……。

 そう思うと心が暖かくなるのを感じた。

 同時に思う。

 監督を始め、ここのスタッフの人達は殆ど、カズヤさん専属と呼んでいい程に……ほぼ全ての作品に関わっている人ばかり。

 こんなにも凄い人達が、カズヤさんに集まっているんだ。

 それを肌で感じ、カズヤさんの凄さを改めて実感した。

 スタッフ達を束ねる監督は特に、CMから舞台までを網羅して、カズヤさんを担当している。

 

 ――あかねちゃん。君がこの演技で満足なら、俺はこのシーンを使うよ?

 

 前回は、カメラの前に立つ事が苦しくなる程に、怖かったその言葉。

 でも今日は。

 

 ――君が満足なら、俺はこれを使いたい。

 

 こんなにも、監督の言葉が嬉しく感じた。

 私の演技が監督の求める基準に達したのだと、実感させられた。

 そして前回の撮影から今日までの間で、自分の演技についても見直させてくれる貴重な機会だった。

 納得してもらえる演技をするのは当たり前。

 それ以上に、こちらから満足だと言える演技が出来なきゃダメなのだと、気付かされた。

 私が納得する演技じゃない。

 私が"満足"出来る演技じゃないと、いけないのだ。

 今の私には、監督からの言葉をもらわないと満足だって、まだ自分から言い切れない。

 でもこの映画の撮影を通して、自分から満足の演技だと自信を持って監督に言える様になりたいと思わせてくれた。

 それに良い芝居が出来れば、スタッフの人達も認めてくれるから、それも私の自信に繋げていきたい。

 

「この後の撮影も頑張ってね?」

 

 その言葉と共に、頭に訪れた柔らかい感触。

 優しく撫でられるのを感じていると、再び声が聴こえた。

 

「流石茜ちゃん。俺の――推しの子だ」

 

 手の感触が無くなり、カズヤさんが離れていくのが分かった。

 でも追う事も、顔を上げる事も出来ない。

 だって今。

 絶対、変な顔になってるもん……!

 絶対にやけてるもんっ。

 頬の熱さが全然消えない。

 一人となった室内で、片付けられてなかった椅子に腰を下ろす。

 両手で、顔を隠す。

 嬉しさと愛おしさが、心の内から溢れて止まらない。

 また……推しの子って、言ってくれた。

 画面越しじゃない。

 直接、私だけのために……言ってくれた。

 このままじゃ芝居にならないから早く落ち着かなきゃという私と、まだこの気持ちに浸っていたいという私がせめぎ合う。

 

「……えへへ」

 

 思わず、声から答えが漏れた。

 カズヤさんから……推しの子って、言われたっ……!

 二人きりで、私だけに言ってくれたっ……!

 嬉しすぎてどうにかなりそう……。

 顔の温度がまた上昇してしまった。

 でも、しょうがない。

 私、カズヤさんの事……大好きなんだもん。

 大好きな人から褒められて、頭を撫でられて、言って欲しい言葉を言ってくれたんだもん。

 こんなの、我慢できるわけがない。

 カズヤさんの声が、仕草が、存在が私の中に満たされる。

 この暖かさは、カズヤさんがくれたもの。

 悩む、落ち込む、苦しむ、絶望する、死にたくなる。

 そんな私をいつも救ってくれるのは、カズヤさん。

 興味を持つ、憧れる、目を奪われる、一緒に居たくなる、大好き。

 そんな私にさせてくれるのは、カズヤさん。

 カズヤさんだけが、私の"絶対"。

 絶対に、カズヤさんじゃなきゃ嫌だ。

 憧れるのも、好きになるのも、一緒に居たいのも。

 全部、全部、カズヤさんじゃなきゃ絶対に嫌だ。

 だから以前、カズヤさんと再会した時に言われた言葉が、悲しかった。

 

 ――……なるほど、恋愛相談って訳か。

 ――よし、茜ちゃんがアクアを堕とせる様に俺が何でも力を貸そう!

 

 だから以前、カズヤさんと再会した事に言われた言葉に、怒った。

 私が好きなのは、アクアくんじゃない。

 カズヤさん、あなただけ。

 カズヤさんの声の力、そして存在を消す力。

 その本当の意味が分かって、使える様になって、正面から打ち払った。

 それを出来る様になるまで、何年もかかった。

 十年以上もひたすらに考え続けて、漸く理解出来た。

 あれは、そのどちらもが、カズヤさんが思ってる様な力じゃない。

 私の想い、気持ち、その本気を知って欲しくて、家に連れてった。

 部屋にはずっと、付箋を貼り続けてた。

 一枚や二枚じゃない。

 カズヤさんの事を考えていたら、気付いたら全ての壁がカズヤさんで埋め尽くされていた。

 姿も、声も無い。

 カズヤさんの文字だけが、私を取り囲んでいた。

 写真も音声も動画も、そこにはいらない。

 だってカズヤさんの"存在"は、カズヤさんだけだから。

 "存在(カズヤさん)"の隣に"存在する(私が居る)"なら、その"全て(文字)"をくれない"カズヤさん(画像や動画)"はいらない。

 だって、カズヤさんも認めてくれたもん。

 私が作り上げた"存在(文字)"が、"本当だ(偶像じゃない)"って。

 だから私にとって"文字(カズヤさん)"が"絶対(真実)"。

 "偶像"じゃない、"真実"を私は欲しい。

 カズヤさんを誰よりも理解して、カズヤさんよりも理解して、ずっと隣に居たい。

 理解して、理解して、それを理解してもらって、一緒に居たい。

 そして心まで同じにして、一つに交わりたい。

 こんなにも想えるのはカズヤさんだけ。

 他の誰でもない、この世界でカズヤさん一人だけ。

 初めてカズヤさんを認識したあの時から、私はカズヤさんに惹き込まれているんだから。

 絶対に、絶対な、絶対。

 これが普通じゃない思考だって、理解もしてる。

 けど、やめるつもりはない。

 だってこれが……私だから。

 だから、これでいい。

 

 ――いいよ、あかねちゃんには俺の隣に居て欲しい。

 

 それが、私の"絶対"。

 誰に何をされても一切躊躇しない、私の"絶対"だから。

 だから……これでいい。

 静かに、椅子から立ち上がる。

 考えてたら何だか、カズヤさんに会いたくなっちゃった。

 次の出番までまだ時間があるし、カズヤさんが大丈夫だったらお話したい。

 カズヤさんの"本当()"に寄り添っていたいから。

 そう思い、一人きりの部屋を後したのだった。

 

 

 その後の撮影も、順調に進み本日の仕事が終わった。

 スタッフの人達は何度も演技を褒めてくれたし、監督からも私が満足だと返せる言葉を貰えた。

 家に帰り、ご飯を食べて自室に籠もる。

 脚本を開きながら思うのは、今日に至るまでの記憶。

 前回の撮影から今日の撮影に向けた、役作りの変更。

 脚本を貰ったその時からクランクインまでの間、考察していた主役の少女。

 親の顔を知らず、施設で育ったという境遇。

 愛を受けてこず、愛を知らず、けれども愛を求める様になった。

 小学校で出会った少年によって、少女の中に愛が生まれた。

 けれど、それが愛という感情だとは、少女は気付かない。

 愛という感情を知らず、愛という感情を求める事もなかった少女の中に生まれた愛。

 愛を知らない少女が愛を持ち、愛というものに向き合う物語。

 愛を持たなかった少女が、愛を抱くという葛藤と成長の物語。

 自分を顧みずに、少年へと献身する事の美しさと、残酷さを描いた物語。

 だから私は脚本を見た時。

 主役の少女に――アイを見た。

 主役の少女に――カズヤさんを見た。

 相手の少年に――アイを見た。

 相手の少年に――カズヤさんを見た。

 どちらとも違う筈なのに、何故か……二人を見た。

 二人を見たのに、どちらとも違った。

 だから考え直した。

 何度も何度も少女の考察をし直して、分析をし直した。

 でもやっぱり、二人の陰が消える事はなかった。

 なるべくその影を排除して、最低限自分が納得出来る形の役作りを仕上げて、本番を迎えた。

 けどやっぱり、ダメだった。

 その場で納得が出来る演技は出来たけど、満足かと言われればそうだと答えられる演技が出来なかった。

 

 ――あかねちゃん。君がこの演技で満足なら、俺はこのシーンを使うよ?

 

 監督から言われた言葉が、今でも忘れられない。

 

 ――君は、これで満足?

 

 まるでトラウマの様に、思い出すと心が締め付けられる。

 監督は笑顔で優しく言ってくれたのに、どうしようもなく心に深く刺さった言葉。

 次はそう言われない様に頑張ろう。

 この感情じゃないなら、次はこの感情でやろう。

 そう思って違う芝居をするけど。

 やっぱり、同じ事を言われた。

 納得の出来る演技をしたけどやっぱり、これで満足かって訊かれた。

 次第に、心が苦しくなる。

 少女を演じるのが。

 カメラの前に立つのが。

 芝居をするのが。

 今までも演技のダメだしは何回も受けてきた。

 でも、芝居を嫌になるって事はなかった。

 けれどこうして壁に当たって、気付かされた。

 他の現場では演出家が、正解を教えてくれてた。

 このシーンはこんな感情だと、こんな気持ちだと。

 だからそれに合わせて芝居を調整する事が出来た。

 演出家や監督がオッケーを出さない芝居はダメなんだと、思っていた。

 それが当たり前だって、今まで何も疑問を持っていなかった。

 けど、前回の撮影終わりにカズヤさんに言われてから気付いたんだ。

 カズヤさんからの問いに答えた時に、言われた事。

 

 ――なら、その気持ちが……その断定出来ない葛藤と苦悩が、主役の少女が抱いてる気持ちなんじゃない?

 

 その言葉で、視界が拓けた気がした。

 何者かになるんじゃない。

 自分をその人物に投影する事もまた演技なんだって、気付かされた。

 だから家に帰って次の撮影までの間、ずっと考え続けてた。

 私がもし、主役の少女の境遇になったら……。

 愛してくれてるお母さんやお父さんが、存在しなかったら。

 幼い頃に惹き込まれたカズヤさんが、存在しなかったら。

 自分にその全てを当て嵌めた時。

 今までに感じた事が無い程の、恐怖が襲いかかった。

 思わず胸を抑えて、ベッドに倒れ込む。

 心臓の痛みを堪えるのに必死で、身動きが取れない。

 私を愛してくれてる、見てくれてる人が……存在しない。

 それは気が狂いそうになる程の、恐怖だった。

 自分が死のうと思った時の気持ちよりももっと、ずっと深い絶望。

 大切な人が存在しなくなる、それが如何に怖い事なのかを、自覚してしまった。

 慌てて自己分析を止めなければ、どうなっていたのか分からない。

 浅い呼吸が断続的に繰り返され、過呼吸気味になる。

 視界が歪み、泣いているのを自覚した。

 五月蠅い程に鼓動が速鳴り……けれどそれが、私が黒川あかねである事を思い出させてくれたのだった。

 徐々に落ち着いてくる思考。

 けれどまた考えるのは、怖かった。

 分析をするのが、考察をするのが怖い。

 こんな事、初めてだった。

 そして気付く。

 今まで、自分以外の何かを演じるのが楽しくて、芝居を続けてきた。

 自分を見せるのが苦手だから、誰かを演じたかった自分。

 他の人間になる事で、漸くカメラや人前に立てていた自分に、気付いた。

 "今ガチ"の時もそうだ。

 炎上してしまう前までは、黒川あかねという役で出演していたけど、自分を演じる必要がなく、何も出来なかった。

 何をして良いのか、分からなかった。

 けどそのせいで、マネージャーが社長から怒られてるのを見てしまった。

 だからディレクターに、どんな"役"が良いのかを求めてしまった。

 結果、炎上。

 でもその後からは、アイを分析して考察して、アイとして残りの収録に挑んだ事で、上手くいった。

 私は……私を分析、考察した事がなかった。

 それに気付かされたのだった。

 だから今、そのツケが回ってきたと思った。

 今回演じる役。

 その少女からカズヤさんやアイを消すには、役柄に一致しない人物を消すには。

 他の誰とも完全に一致しないならば、少女の背景と境遇を自分に置き換えて整合性を取る必要がある。

 ゼロベースで、役作りをし直す必要があった。

 他のノイズを消す為に、私が比較対象となって、少女の人間性や感情のラインを探る必要がある。

 でもそれが、こんなにも怖い事だなんて思いもしなかった。

 ……でも。

 

 ――言ったでしょ? 隣に居て欲しいってさ。

 

 その言葉が、恐怖へ立ち向かう勇気をくれた。

 ううん……違う。

 この役を完璧に演じなければ、カズヤさんが私から離れてしまうかもしれない。

 私の前から、カズヤさんが存在しなくなってしまうかもしれない。

 自己分析以上の恐怖によって、行動出来ただけだった。

 大切な人が存在しなくなるという恐怖を必死に、必死に乗り越えて自分を分析し続けた果て。

 

 それは"虚無"だった。

 

 何故自分はこの世界に生まれ、生きているのかが全く理解出来ない。

 けれども死ぬという事すらも考えず、ひたすらに虚無だった。

 まるで世界から色が消え、全てがモノクロの様に思えてしまう。

 何故生きて、何故死なないのか……そこには何の理由も見出してなかった。

 果たしてこの世界に存在してるのか、存在していないのか。

 それすらも曖昧な認識。

 他の誰を見ても、自分とは違う存在とだけ認識し、そして自分はやはり他の人達とは違う存在なんだと、異物なんだと自覚させられる日々。

 そして相手の少年をカズヤさんに置き換えれば、その少年と出会った時の少女と私の感情のラインが一致した。

 私が幼い頃画面越しで見た、あの衝撃。

 目を奪われ、惹き込まれ、魅了され、その事だけを考える様になったきっかけ。

 それが少女の中に生まれた感情なんだと、理解出来た。

 愛情や恋心なんて、全く意識していない。

 少年を見た時に初めて、少女の世界が色鮮やかに映り出した。

 自分が異物だとは自覚しつつも、惹き込まれたその存在から目が離せず、その存在だけを強く意識する様になる。

 そして訪れた未来予知。

 世界を色鮮やかに映し出してくれた存在が、死ぬ未来。殺される未来。

 いや、違う。

 その存在が居なければ色鮮やかにならない世界から、その存在が消える現実。

 それを知った少女は困惑なんかせずにひたすら、怯えた。

 こんなの誰にも相談出来ず、言ったとしても信じてもらえない。

 張本人たる少年にもまた、信じてもらえない未来の出来事。

 だから少女は決めた。

 

 私が絶対に、その"未来(現実)"を変えてみせると。

 

 自分がどうなろうが、絶対に救ってみせると。

 だから、まずは少年に関わる事にした。

 いや、こちらからは挨拶程度を行っただけだけど、少年が少女へと興味を持ってくれた。

 そこから交流が始まり、仲良くなる。

 小学校の卒業が見えてきたある日、少年がスカウトを受けて子役として芸能界に入る事を聞かされた。

 それを少女は笑顔で応援。

 だって、こんなにも私の世界に色を与えてくれた、輝きを与えてくれた人なんだもん。

 誰よりも輝く存在なのは、私が一番知っているから。

 だからもっと大きく輝いて、幸せになって欲しい。

 そう思う心で、背中を押す事を躊躇しなかった。

 同時に思う。

 だから絶対に……死なせない(助けたい)と。

 その心から、少女もまた芸能界を目指すのは必然だった。

 だって近くにいないと、守れないから。

 離れるのが、怖かったから。

 色々なオーディションを受けて、唯一受かったのはアイドルとしてだった。

 養子縁組等様々な工程を経て、いよいよ少女もアイドルとしてデビューする。

 でも少女はアイドルの事なんか、何も分からない。

 少年以外の輝きを知らない少女は、少年以外に愛想を振り撒くという事も分からない。

 だから形だけでも、"正解"を取り入れ始めた。

 こう笑えば、客が喜んでくれる。ファンが出来る。

 こういう仕草をすれば、客が喜んでくれる。ファンが出来る。

 こんな時にはこう見せれば、皆が喜んでくれる。ファンが出来る。

 こうすれば目を奪える。

 それを繰り返し、繰り返し、"正解"をひたすらに自分の"表"へと貼り付け続けた。

 

 気付けば、いつでも笑顔で愛を届ける"偶像(アイドル)"が出来上がっていた。

 

 けれど自分に無頓着な所は変わらず、それを同じグループのメンバーに助けてもらったり、喧嘩になったりする。

 でも少女はそれにも"正解"を、出し続ける事しか出来なかった。

 そんな中で少女は徐々に、"表"と"裏"が乖離し始める。

 グループの中で一番多い自分のファン達は、他のスタッフや業界関係者のみんなは。

 "正解"を出せば喜んで笑顔になる。

 なのにグループのメンバーはみんな。

 "正解"を出してるのに、苦笑したり溜息を吐いたり、怒ったりしてくる。

 どちらも"愛を届ける正解"を出してるのに、この違いはなんだろう。

 

 "愛"って、なんなんだろう。

 

 そう思い始めた。

 これは、少女が初めて他者に(いだ)いた疑問。

 ファンは、メンバー以外の周りの人たちは"正解"に喜ぶ。

 でもメンバーは"正解"を出しても喜んでくれない。

 "正解"を届ける"表"と、"正解"に疑問を持つ"裏"。

 その板挟みに、無意識に苛まれ始める。

 そして、分からなくなる。

 "正解"が、"本当"なのか。

 "正解"が、"嘘"なのか。

 でも、少年を助けたいという気持ちは、間違いなく"本当"。

 だから、()を無視して……求められている()を届け続ける。

 それを繰り返していれば少女の中で、いつの間にか生まれた思考。

 

 

 "(正解)"を届ける"()"と、"(正解)"に疑問を持つ"(本当)"。

 

 

 本当の"(正解)"とは何かを、考える様になっていた。

 "正解"を得る為の手段だった"愛"。

 それがいつしか。

 "愛"を知る為の手段で"正解"を求める様になった。

 愛とは何か。

 本当の愛とは、一体何なのか。

 少年を救う事以外に、少女の中に生まれた欲求。

 そんな、ある日。

 次の誕生日を迎えれば一六歳になる、そんなある日。

 事務所の寮で一人暮らしをしている少女。

 他のメンバーはそれぞれ実感暮らしだった。

 だから寮に住んでるのは少女と、事務所の社員達。

 少女は休みだけれども社員は皆、仕事がある。

 だからこの日は少女だけが、寮にいた。

 

 よって、引き起こされた最悪。

 

 偶然であり、反対に必然とでも思えてしまう様な確率。

 リビングに座っていた少女の耳に聴こえたのは、玄関からの音。

 掛けられている鍵が、何かによって動かされる音。

 思わず首を傾げる少女だが、そこには何の緊張感も無い。

 何故なら少女は、少年の未来以外に危機感を抱いた事がなかったのだから。

 だから暫くと鍵がガチャガチャと動かされる音を静かに聞いているだけ。

 ここで警察か事務所へと連絡を入れていれば、未来が変わったかもしれない。

 でも、少女はそれをしなかった。

 それをする必要性を、感じなかったのだ。

 やがて、鍵が大きな音を立てる。

 施錠が解かれた音だった。

 それでもまだ不思議そうに首を傾げながら玄関の方へと顔を向けている少女。

 静かに、玄関の扉が開けられる音がする。

 そして静かに閉められ、小さな足音が徐々に近付いてきた。

 少女は未だに、危機感なんて持っていない。

 やがて、リビングの扉が開かれた。

 現れたのは、目深に帽子を被った中年の男。

 それを目にして、少女の表情が漸くと変化した。

 驚き。

 でもやはり、それだけだった。

 男もまた、家の中に住人が居るとは思わず、驚きに目を見開いた。

 だが、気付く。

 齢一五、六と思えるその少女の美しさに。

 男は一瞬で、本来の目的等忘れて、ただただ少女に目を奪われた。

 そして、驚きに固まる少女の無防備さを認識する。

 驚いてはいるが、決して逃げようとしないそんな姿。

 男の中で、目的が入れ替わった。

 驚いたまま呆然と見つめてくる少女へと男が近付き、やがてその腕を掴む。

 そうなって初めて、少女の顔が青褪めたのだった。

 少年とは正反対と思える容姿でにやりと嗤ったその表情。

 ここにきて漸く、これから何が起きるのかを少女は自覚した。

 慌てて振り解こうとするが、既に掴まれた腕が離れる事は無い。

 とにかく逃げようと必死にもがく少女の脳裏には何故か、少年の姿が映っていた。

 だが、現実は非情。

 男から逃げられないままに、椅子から下ろされて床へと組み敷かれる。

 両手を掴まれ床に磔にされても、必死に首を左右に振って抵抗を続ける。

 少年の姿が脳裏に浮かび、涙と共に拒絶の言葉を叫ぶが、眼前の男以外に聞く者はいない。

 

 望まぬ形で、少女の純潔は奪われたのだった。

 

 それを認識した少女の世界から再び、色が消える。

 だが行為の最中にも無意識に少女は、拒絶の言葉と……少年の名前を譫言の様に呟き続けていた。

 美しい少女が絶望した姿に興奮を覚えた男はやがて、最後を迎えた。

 瞳に何も映さなくなった少女から離れた男がそれを見て、我に返る。

 やがてその現実から目を背ける様に、元来た道を走り去ったのだった。

 一人残された少女は、乱れた衣服、男との行為で強いられた態勢のままに動かず、床に倒れたまま。

 天井を見上げ、半開きの口からは微かな吐息が漏れる。

 やがて何も映さないその瞳から流れ落ちた涙と共に一度だけ――少年の名前を呟いたのだった。

 

 次の日、ステージの上でファンへと"(正解)"を届ける少女の姿があった。

 その顔には昨日の出来事なんて微塵も連想させない完璧な笑顔。

 ファンは少女の笑顔に魅了され、その名前を、思いの丈を叫ぶ。

 メンバーもまた、変わった様に見えないが変わった様に思える少女の姿に驚く。

 ライブが終わり、控室。

 メンバー達が少女へとその疑問を投げかけるが、少女は"正解"を見せて"不正解"を教えた。

 ここで少女は初めて、自分から"嘘"を吐いたのだった。

 その少女を見て、メンバーはそれぞれいつも通りの態度に戻る。

 だから少女は、"正解"の"裏"で思った。

 

 じゃー、これが"正解"なんだね。

 

 "嘘"で"正解"を届ければ、隠し通せる事に気付いたのだ。

 昨日の出来事を。

 世界からまた、色が消えた事を。

 ……そして。

 何で、私があんな目に遭わなきゃなかったのか。

 笑ってるあなたが……狙われれば良かったのに。

 もうこっちに関心を示してないあなたが……狙われれば良かったのに。

 怒った顔を向けてくるあなたが……そんな目に遭えば良かったのに。

 これらを全て"笑顔(正解)"で、隠し通せる事に気付いた。

 そしてメンバーの姿を眺めながら、気付いた自分の感情。

 私の気持ちを知らないで、"正解"を押し付けてくるな。

 私の気持ちを知らないで、"正解"しか見てないクセに。

 私の"本当"を知らないで、"嘘"だけを求めてくるな。

 嫌悪感が、少女の心に宿った。

 "キライ"という感情を、少女は初めて知った。

 ならばその想いを、そのまま伝えれば良かったんじゃないか。

 それは、出来なかった。

 何故なら少女は――少年を助けたいから。

 少年を助ける事だけが唯一の、"本当"だったから。

 それだけしか残っていない、自分の"本当"。

 脳裏に浮かぶ少年の姿すらも、モノクロになった今。

 少年を助けたいという自分の思いだけが、少女をこの世界に繋ぎとめていた。

 いや、縛り付けていたのかもしれない。

 だから、少女は"正解"だけを見せつける。

 内なる気持ちを隠し通して、"(正解)"だけを届け続ける。

 少年を助ける為に、"(正解)"が必要だから。

 だから少女は……こう決めた。

 

 

 ()はとびきりの(正解)なんだって。

 

 

 そんな少女だったが、またしても変化に見舞われる。

 最悪の日から数か月が経ったある頃。

 その前からたまに吐き気や倦怠感、食欲不振の様な症状が出ていたが、それが頻繁に続く様になり仕事に支障が出るかもしれないと少女は思った。

 だからその症状の原因を、スマホで調べる。

 出てきた結果に、二度目の絶望を味わった。

 

 妊娠。

 

 その言葉に絶句し思い出したのは、思い出したくもないあの出来事。

 母親になるという実感なんか持てず、ただただ己の身に起こった不幸に顔面蒼白となる。

 お腹の中に、自分を襲った男の存在がある。

 それが酷く悍ましいものに感じ、強い吐き気を催してトイレへと駆け込んだ。

 最近はあまり食べれていないけれど、必死に胃の中の物を吐き出す。

 あの日の出来事を思い出す。

 こちらへと欲望の限りをぶつけてきた男の姿を思い出す。

 行為の全てを、思い出してしまった。

 まるで自分の中に宿った存在を消すかの様に、何度も何度も無理やりにでも吐き続けた。

 けれど頭に残り続ける"妊娠"の文字。

 再び強い吐き気に襲われたが、これ以上何も出る事はなかった。

 トイレの中で、崩れ落ちる身体。

 気付けばまた……少年の名前を呟いていた。

 けれど、脳裏に浮かぶ少年の姿は灰色のまま。

 異物が異物を取り込んだ様な感覚が少女の身を襲い、今まで以上にこの世界から隔絶された様に思ってしまった。

 でも、やはりというか。

 少年を助けるという思いが、少女をこの世界に縛り付けたのだった。

 だから思考が回り始める。

 "嘘"、だと。

 妊娠なんて、"嘘"だと。

 こんなの、"本当"じゃないと。

 "本当"であって、いい筈がないと。

 だから通販で妊娠検査薬を購入し、後日届いたそれを試す。

 その結果は――陽性だった。

 結果を目にして、少女は意識を失った。

 けれど、意識を取り戻した後に見たもの。

 それは、床に落ちた妊娠検査薬。

 そこから見える、陽性の反応。

 少女は漸く、これが"現実(本当)"なのだと、自覚してしまった。

 望まない妊娠をしてしまったのだと、自覚してしまったのだった。

 呆然自失となり、立ち上がって歩けば、リビングの椅子に腰掛ける。

 これが、最悪の出来事を引き起こした椅子という事を考える余裕は、少女の頭にはなかった。

 浮かぶは、絶望の思考。

 "嘘"じゃ、なかった。

 "本当"、だった。

 "嘘"であって、ほしかった。

 "本当"じゃない方が、よかった。

 そして、改めて確信した。

 

 嘘はとびきりの愛だって。

 

 本当はとびきりの地獄なんだって。

 だから、嘘であってほしかった。

 だから皆、嘘を求めるんだって、分かった。

 "嘘"が、"本当"なんだと信じたいんだって、思った。

 "嘘"が――"本当"になって欲しいんだと、気付いた。

 それに気付いて、涙が出た。

 だって、嘘が本当になって欲しいんだと思ってしまったから。

 それはつまり。

 

 "未来(ウソ)"が"現実(ホントウ)"になって欲しいって思ったのと、同じだから。

 

 自分が生きる意味。

 それを、見失った様な気がした。

 でもやっぱり、そんな"未来(ウソ)"は……嫌だった。

 "嘘"と"本当"が少女の中で分からなくなる。

 何が嘘で、何が本当なのか。

 その時、テーブルに置いていたスマホが点灯する。

 画面に映されたのは、着信を知らせる内容。

 表示される名前は……少年からだった。

 その光景に呆然とし、涙が止まる。

 ここ数か月、まともに連絡を返せていなかった少女を心配した少年から、電話がかかってきたのだ。

 映し出された名前に一瞬、脳裏の光景に色が戻った。

 でも妊娠という事実を思い出し、すぐに灰色へと変わる。

 少年を、助けたい。

 でも、妊娠してしまい、今後はお腹が大きくなるだろう事から、いつまでも事務所に黙っている事は出来ない。

 相手が誰かは、絶対に言えない。

 出産したら、アイドルとして続けられない。

 じゃあ、中絶するのか。

 最悪な男によって妊娠させられたけど、お腹にいる存在は……果たして最悪なんだろうか。

 こんな私が……勝手に命を奪うのは果たして、許される事なんだろうか。

 少年の名前が表示されている画面を見つめながら、そんな事を考える。

 電話がかかってきている少年との繋がりを思い出したから、少年が殺される未来を助けたい自分が、誰かの命を奪っていいのかという葛藤が生まれた。

 少年の声が聴きたい。

 声を聴いて安心したい。

 お腹に宿った"存在(本当)"なんか忘れて、楽しく話したい。

 ……でも。

 強姦されて汚された私なんかが、彼と接していいんだろうか。

 圧倒的に輝く彼の存在を、私が穢してしまうんじゃないか。

 いつの間にかまた、涙が流れていた。

 やがて、着信画面が消えて画面が暗くなる。

 彼との繋がりが消えた様に感じ、心に大きな穴が空いた様に思えた。

 無音となった室内で、何もしないという"嘘"を、繰り返すのだった。

 

 

 自己分析と少女への投影を続ける合間。

 私は何度も強い吐き気を催しては、トイレに駆け込んだ。

 ただひたすらに胃の中の物を吐き出しては、恐怖と得体の知れない悍ましさに身体を震わせた。

 脚本を見ただけ。

 それに合わせて考えただけ。

 なのに実際は、それを私が追体験したかの様に、当事者の様な感情と症状に苛まれ続けた。

 最初は、強盗の男に腕を掴まれた時点で、自己分析を続けられなかった。

 身の毛もよだつ恐怖に大声を上げて、お母さんに心配されてしまった。

 次に、強盗から襲われた時の自己分析。

 これを終えるのに、撮影の前日まで、かかった。

 想像上のその男に触れられる、身体を(まさぐ)られる、行為をされる。

 その一つ一つに本気で嫌悪し、拒絶し、絶望し、死にたくなった。

 自己分析を中断してトイレに駆け込み、吐く。

 何度も、何度も吐く。

 その後は力無く風呂場に向かって、シャワーを浴びる。

 いつもの温度でシャワーを浴びても、不快感や悍ましさが消えず、ずっと身体中に何かが這いずり回っているかの様な感触が消えない。

 だから温度を上げて、でもダメで。

 また温度を上げていく。

 痛いと感じるまで温度を上げれば、漸くと和らいだ。

 だからその温度で我慢しながら身体を洗った。

 でも、何度洗っても、された行為が残っている気がする。

 だから何度も何度も消す様に、剥がす様に洗い続ける。

 何時間もシャワーを浴びていて心配したお母さんが何回か声をかけにきたけど、構わずに洗い続けた。

 それが何日も続く。

 両親から顔色が悪いって心配されたけど、役作りだからと言って再び部屋に籠る。

 でもやっぱり耐え切れず、叫び声を上げては部屋から飛び出して、お母さんに抱きついてしまった。

 部屋に一人でいるのも怖くなり、夜はお母さんと一緒に寝る。

 でも夢にまで出てきて、何度もお母さんを起こしてしまった。

 けど……途中で投げ出さなかった。

 だって私には――"絶対"があったから。

 

 

 ――ま、先に答えを言っとくと……例え茜ちゃんがそんな状況になっても、絶対に受け入れるけどね。

 

 

 カズヤさんの"言葉(絶対)"があるから、頑張れた。

 必死に耐えて、苦しみ続けた。

 そして今日、漸く解放された。

 監督が、このテイクを使いたいと言ってくれた。

 私の分析が、合ってた証拠。

 私の苦労が、報われた証拠。

 だから私も監督に言った。

 

 ――はい! これでお願いします!

 

 それは絶対の自信を持って放った言葉。

 だってあんなにも苦しみ、恐怖しながら辿り着いた"正解"なんだ。

 これで違うと言われたら、私にはもう"正解"が分からなくなる。

 だから絶対に、あの芝居が完璧だった。

 監督も太鼓判を押してくれたから、間違いない。

 でも……そこで漸く気付いた。

 監督がずっと、私に"この演技で満足か"と訊いていた理由。

 私は、演出家や監督が合ってると思える演技をしてきた。

 違ければ、それに合わせて芝居を変更してきた。

 けど、それが甘えだって……思い知らされた。

 答え合わせをする様な考え方で、芝居を行っていたと、気付かされた。

 他の人達とは違う。

 

 この監督は――私に"正解"を求めていた。

 

 勿論、前提条件である最低限の演技力は踏まえた上で。

 他の人みたく、これが正解だと望んでいる訳じゃ無い。

 "(役者)"が心から"満足(正解)"と言える演技を、期待していたんだ。

 だから毎回、私に同じ事を聞いてきた。

 それが漸くと分かり、今日の撮影は最後まで……羞恥心を隠すのに必死だった。

 前回の撮影の時まで自分の中にあった思考が、恥ずかしくて仕方ない。

 確かに、普通は演出家や監督が求める芝居をするのが当然。

 でも、それに胡坐をかいて思考停止していた事に気付かされた。

 演出家や監督が求めるものを出すのは、当たり前。

 それを踏まえた上で、如何に自分が"満足"出来る正解を出せるか。

 これが、役者(プロ)としての仕事。

 更には"芝居を楽しむ"って事に、繋がるんじゃないか。

 そう思わされた。

 だから前回、芝居をするのが苦しくなった自分を殴りたい。

 役割を果たせず放棄した自分を、許せなかった。

 監督は私にダメだしをしてたんじゃない。

 監督は私を――信頼してくれてただけなんだ。

 だからその信頼を裏切る様な真似をした自分が許せない。

 だから、何とか苦しみを乗り越えて正解を導けた自分を褒めるつもりもない。

 ここからが漸く……役者(プロ)の仕事なんだから。

 だから、改めてカズヤさんの凄さを実感したんだ。

 監督の凄さは、これまでの作品を……CMも含めてほぼ全て見たから分かってる。

 実際にお会いして、その手腕を知って、更に凄いって思った。

 スタッフの人達もまた、仕事が早く完璧な実力。

 そんな監督が、スタッフの人達が集まるのは――カズヤさんだけ。

 カズヤさんの周りにはこんなにも素晴らしい人達が集まる。

 だから役者としても、人としても、改めて凄い人だって思った。

 それを感じて、自己分析をして少女に投影したからだろうか。

 

 カズヤさんの為に生きる。

 

 この思いが、より一層……強まった。

 今回の撮影で漸く解放された自分の心。

 監督から、スタッフから、カズヤさんから認められて、気付けた事柄。

 今日までの間に起こってた吐き気や食欲不振や軽い下腹部への違和感といった症状。

 これが、想像妊娠の様な症状だって、漸く気付けた。

 今は全く無い。

 自室で一人になっても、恐怖は訪れなくなった。

 撮影から帰ってきた私の顔を見た両親も、安心した様に微笑んでくれた。

 だからもう大丈夫。

 ベッドに腰掛け、部屋の中を見渡す。

 誰も居ない。

 でも。

 壁一面に貼られた"文字(カズヤさん)"が居る。

 だからもう、何も怖くない。

 ベッドに横たわり、布団にくるまる。

 静かに目を瞑れば、思い出される光景。

 

 

 

 

 ――流石茜ちゃん。俺の――推しの子だ。

 

 

 

 

 これが私の、"絶対"。

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