"にわか"は言う「だから『推しの子』だって言ってんだろ!」 作:あるミカンの上にアルミ缶
四月も半ば。
社長の迎えで、三人揃って事務所へと向かう。
「じゃっ、二人とも仕事頑張ってね」
俺とルビーを事務所前に下ろし、社長が
ルビーと共に、事務所に入る。
事務員らと挨拶を交わしながら、奥へと向かう。
「先輩っ、MEMちょ! おはよー!」
ルビーが明るく挨拶をしながら駆けよれば、ソファーに座っていた二人が振り返った。
「おはよ」
「おはよールビー、アクたん」
その声に、こちらも軽く返事を返した。
ルビーが二人の横に座ったのを見て、俺は別の場所を目指す。
「あらアクア、おはよう」
歩いた先で、こちらに気付いた人物が挨拶をしてくる。
斉藤ミヤコ。
苺プロの社長夫人である。
こちらも挨拶を返して、今日のスケジュールを確認する。
「今日は午前中に雑誌の撮影と、午後から"深掘れワンチャン!"の収録ね」
その言葉に、壁にかけられたスケジュール表を見て頷く。
「もう少ししたら送っていくから、時間になったら声かけるわね」
その言葉に礼を述べて、ミヤコさんの下から離れた。
雑誌のモデル。
そして"深掘れワンチャン!"。
どちらもが、鏑木を経由して得た仕事だった。
鏑木と改めて再会出来たのは、年が明けて一か月程経ってから。
以前と同じ寿司屋で、落ち合った。
そこで話した内容。
「"東京ブレイド"。中々の成功だったみたいだね」
挨拶もそこそこに、席に座った開口一番で告げられた言葉。
「ええ、まあ」
そう返せば、鏑木が苦笑する。
「裏方は結構、大変だったみたいだけどさ」
その言葉に思い出すは、脚本の件。
原作者たるアビ子先生が、出来上がっていた脚本の作り直しを言い渡したから。
それを思い出し、口を開く。
「それも仕事の内だと思いますけど」
俺の言葉に、苦笑が変わる事はなかった。
「確かに。納期に合わせてちゃんと纏められなかったのが原因みたいだしね。原作者が納得しないなら、例え嘘を並べてでも納得させたままにすれば良かったのに。それをしなかった彼らの失態さ」
鏑木の言葉に、僅かに逡巡。
思うは、"今日あま"のドラマ。
あの時に、今言った様な方法を執ったのだろうか。
漠然とそんな事を考えた。
熱燗を呑んだ鏑木が口を開く。
「こっちもビジネスでやってるんだ。互いに折り合いが付かないのなら、どんな形であれ折り合いを付けさせた方が正しい。後から言われても問題無い様にしておくまでが、責任者の仕事。舞台やドラマや番組を無事に成立させる。嘘でも何でも、使える物は使って成立させるのが、僕らの仕事なんだよ」
鏑木の言葉を聞いて、口を開いた。
「……それって結局、後から色々言われません?」
俺の問いに、鏑木は笑みを向けた。
「言った通り、それも含めて責任者の仕事さ」
そして続ける。
「……それに後からなら、"数字"が答えになってくれるからね」
思わず、鏑木を見た。
「動員数でも視聴率でも、数字が良ければ"これで良かった"と言える。反対に数字が悪ければ、"申し訳ありませんでした"って言えば、その後は関係無い。数字の悪い"作品"は二度と、作る事は無いんだから。収益もまた、"数字"でしょ?」
笑みのままに、鏑木が続ける。
「前に言ったと思うけど、この世界は貸し借りで出来ている。僕等は原作者にドラマ化や映画化、舞台化という"貸し"を作って、作品を"借りる"。だからその"作品"が公開された時点で、貸し借りは完了してるんだよ」
その言葉を、ただ聞く。
「それともう一つは、"数字"が全て。貸し借りの結果、次に繋げるかは"数字"が教えてくれる。数字が良ければ次回作を作るし、原作者もそれを望む。だから"貸し借りが終わった後"は何を言われようと、数字で対応を判断すれば良いだけ」
鏑木の話には、一定の説得力を感じた。
それは彼がこの業界で長く、ある程度の影響力を持っているから。
だからこその視点と持論が確立していると思えた。
あくまでも、鏑木視点だけで見れば、合理的だと判断出来たのだった。
故に、異論は無い。
この問題や事柄は、俺の領分じゃないから。
鏑木が言った"貸し借り"と"数字"。
これだけを記憶に留めた。
再び熱燗を呑んだ鏑木が、再び口を開く。
「……だから、"数字"を持ってる君には、期待してる訳さ」
笑顔で告げられた言葉に、顔を正面に戻した。
ちょうど、寿司を乗せた皿が目の前に置かれる。
それを見つめながら、返した。
「……"カズヤ"を持ってくる、の間違いじゃないですか」
俺がそう呟けば、苦笑した声が聴こえる。
「いやいや、君自身にちゃんと可能性を感じてるよ」
その言葉に、当たり障りの無い礼を述べる。
鏑木の言葉。
社交辞令として受け取っておく。
そもそも、こんな話をする為に来たのではない。
置かれていた湯呑を掴み、お茶を一口啜る。
やがて、口を開いた。
「鏑木さんって、カズヤと仕事した事あるんですか?」
名前を出したついでに、それに関して問い掛ける。
鏑木の回答次第で、攻め方を変えるつもりだった。
まずは鏑木がカズヤ君についてどの程度知っているのかを、確かめる。
「カズヤくんかい?」
問いを返してきた鏑木に頷く。
やがて、鏑木が言った。
「……カズヤくんとはまだ、繋がりを持ててないんだよね」
その言葉で、鏑木への攻め方を確定させた。
カズヤ君の事は対して期待しない。
そんな俺に、鏑木が続けた。
「彼には――この業界随一の、フィクサーがいるからね」
僕なんかじゃ手も足も出ないよ。
鏑木の言葉に、確定させた攻め方を崩した。
言われた内容が、頭から離れない。
だから、それを訊ねる。
「フィクサー、ですか?」
そう訊けば、鏑木が頷く。
浮かぶ表情は苦笑。
だがどこか、諦念を感じさせる様なものにも思えた。
「ああ。映画やCMの監督を始め、ドラマやバラエティーのプロデューサー、舞台の演出家まで全て手掛ける……芸能界で横にも縦にも誰よりも広い人脈を持つ男さ」
鏑木の話に、思わず目を瞬かせる。
そんな超人の様な人間が、実際にいるのか。
だが鏑木の表情から、決して嘘ではないと思えた。
多少尾鰭が付いている可能性もあるが、ある程度の真実味はあると理解出来た。
「それもほぼ全て、カズヤくんの為に行ってるらしいから、全く敵わないよ……」
その言葉に、新たな突破口を見出した気がした。
二月現在でカズヤ君と会う目途はまだ立っていない。
仕事が立て込んでいると、毎回そう返されていた。
確かに、彼が出演している諸々を鑑みればそれは嘘だとは到底思えない。
故に待っている事しか出来なかった。
仕事を紹介してもらっても、現場で気軽に話せる内容ではなく、どちらにせよ彼の身体が空くタイミングを待つしかない。
だからこそカズヤ君については保留状態となっていたが、ここで新たな情報を入手出来たのだ。
それを上手く使えないかと考えた。
「……その人と、会う事って出来ますか?」
俺の言葉に、鏑木は僅かに驚きを示す。
やがて口を開いた。
「アイくんの事で、探りを入れたいのかな?」
その言葉に僅かに視線を向けるが、すぐに逸らす。
「……まあ、そんな感じです」
横からの視線を感じつつ、再び茶を啜る。
やがて、視線を逸らされた。
「同じプロデューサーでもあるあの人に君を紹介したくない気持ちもあるけど……会ってくれるかは別として、君を紹介する事だけは出来るよ」
言われた内容に「お願いします」と返せば、溜息が聴こえた。
再び、視線を感じる。
「……それで君は僕に、何を"返して"くれるのかな?」
言いたい事は、理解出来た。
鏑木がその男を紹介してくれる見返りは何か。
貸し借りの世界。
だから俺の答えは、決まっている。
「前と同じ、鏑木さんが俺をキャスティングした物に、必ず出ますよ」
今まで通り"数字"で、見せるだけ。
視界の端で、満足そうな頷きが見えた。
「なら、交渉成立だ」
視界に映ったのと同じ感情を乗せた声が聴こえる。
これで、停滞していた部分も進捗するに違いない。
そう思い、この場に来た労力をある程度回収出来た。
「でも、すぐには無理だと思うよ」
続けられた言葉に、思わず顔を向ける。
そこには苦笑した鏑木の姿。
「どうやら来月から映画の撮影があるみたいだからね。早くてもそれが落ち着いてからじゃないと、厳しいだろうね」
業界内の情報は鮮度が命さ。
そう締めた鏑木から静かに顔を逸らして考え込む。
映画の撮影。
先程の話からすれば、その男は監督もしている。
ならば、撮影期間中は作品に付きっきりになるだろう。
そう考えれば、鏑木の言い分も納得出来た。
だが、多少のやるせなさが来るのもまた事実。
ある程度の突破口が見えたと思ったら、すぐ奥が土で埋まっていた様な感覚。
けれど無いもの強請りをしている時間は無い。
仕方なく思考を切り替える事にした。
とにかく、新たな道を作る事は出来たのだから、今はそれだけで満足しておくしかない。
だからこそ、ここに来た本題へと移る。
心の激情を活性化させた。
視界の端に映る鏑木は、再び熱燗を呑んでいた。
「鏑木さん」
名前を呼べば、こちらを見たのが分かった。
本題を、口にする。
「――――アイが、誰かと共演NGになってたとか、何か知ってますか?」
俺の声に、鏑木が驚いた様に目を開いた。
そんな鏑木をただ、見つめる。
やがて驚きから覚めた表情で、口を開いた。
「……確かに、聞いた事はあるね」
その返答に、内心で頷く。
この"
それを確信したから。
鏑木を上手く操れれば、その手広さを活かしてスムーズに事を進められる様になる。
だからこそ、本題の一つである"
そしてもう一つの本題である、鏑木へと伝えた言葉。
その内容を、鏑木が肯定した。
つまりは何かしらの情報を持っている。
それが分かった。
「――――誰と共演NGとか、いつ頃とかって分かりますか?」
俺の言葉に、鏑木は考える素振りを見せる。
どこまで真相を知っているのかは分からない。
だが、この情報を得た雷田よりは、内容を把握しているだろうとは思えた。
鏑木が、口を開く。
「相手は、確か――カズヤくんだった様な気がするな」
その言葉に、痛みが走る程に心臓が跳ねた。
カズヤ君。
この名前が、この内容で出てくるとは、思いもしなかった。
カズヤ君が……アイに関係している。
思考の片隅に、その言葉が強くこびり付いた様な気がした。
……カズヤ君……まさか、君が……。
徐々に黒さを増していく思考。
そこに、声が聴こえた。
「約……四、五年前だったかな」
「……え?」
思わず、声を上げてしまった。
計算が合わなかったから。
瞬く間に思考が、霧散していく。
……カズヤ君じゃ、ない?
それは果たして安堵だったのか。
そんな考えが浮かんだ。
鏑木の言葉を鑑みれば、
だがその時系列では、辻褄が合わない。
けれど、気になるのはその理由。
「――――何で共演NGにしてたかって、知ってますか?」
俺の言葉に鏑木は再び考える素振り。
やがて口を開いた。
「いや、確かアイくんだけでなく……他に何人かの女優とかタレントが一緒にNGにされてた筈だよ」
流石に誰だったかまでは憶えてないけどね。
そう言った鏑木に、考え込む。
共演NGの時期は理解出来た。
だが何故、そうしたのか。
その理由が分からなかった。
何か
それとも、事務所側でNGにする基準を何か設けているのか。
考え得る理由を思い浮かべるが、やはり確定的な答えが見当たらない。
これもまた、直接会った時に聞かなければいけない。
そう頭の片隅にメモを残すのだった。
「まあ、それらも気になるなら……"会えた"時に、聞いてみれば良いんじゃないかな?」
鏑木の言葉に、理解する。
会えた時。
それが誰を指すのか。
カズヤ君のフィクサーである男。
その人物に聞けという事だと、理解出来た。
頷きを返せば、鏑木が笑みを浮かべる。
「なら早速――"借り"を清算してもらおうかな」
そう言って、紹介された仕事――。
「――おにいちゃん!」
その声に、我に返る。
意識を視界に向ければ、眼前で頬を膨らませた妹がいた。
如何にも不満気なその表情。
「悪い、考え事してた」
「へー、可愛い妹からの呼びかけに答えないくらいの考え事なんだぁ……」
じとっとした目付きで見つめてくる妹から、静かに視線を逸らした。
今日の仕事。
雑誌のモデルと、番組収録。
そのどちらもが鏑木への"清算"。
それを見て、過去の記憶を思い出したのだった。
暫くとこちらを見つめていた妹が、自身の背後へと指を差す。
「先輩がおにいちゃんと話したい事あるんだって!」
その言葉に、妹が指し示した方向へと視線を向ける。
ちょうどこちらへと顔を向けた、有馬と目が合った。
「……は? 別に話す事ないんだけど」
無表情で告げられた言葉に、思わずルビーを見返す。
有馬を指し示したままに固まり、汗を流す妹の姿。
やがてハッとした様に表情を変える。
「ま、間違った! MEMちょがおにいちゃんと話したい事あるんだって!」
その言葉に、妹が指し直した方向へと視線を向ける。
こちらを見ながら苦笑を浮かべるメムと、目が合った。
「あはは……えっと、じゃあアクたん。仕事行くまでの間話でも、する?」
何故か俺が気を使われているかの様な口調。
再び妹へと視線を戻せば、先程よりも汗を多く流しながら、何度もメムを指差した。
……あんま人に指差すな。
そう言おうと思ったが、出たのは溜息だけだった。
仕方なく、メムの下へと歩く。
同じソファに座っている有馬と一瞬目が合うが、すぐに逸らされた。
メムを挟んで、有馬とは反対側に腰を下ろす。
有馬へと顔を向けたメムは何故か、妹の様に汗を流しながら、俺へと顔を向けた。
「え、えーと……なに話す?」
「知らん」
反射的に返した言葉に、メムは大袈裟なまでに肩を落とした。
こちらも話題が無かったから、正直に答えただけである。
やがて、再び苦笑を貼り付けたメムがこちらへと口を開く。
「まー正直、私もこれっていう話題はないんだけどねぇ……」
その言葉に、僅かに顔を動かす。
視線の先には、有馬の奥へと座った妹の姿。
何やらこちらに向けて、口の前で片手を閉じたり開いたりするジェスチャーを必死に向けてくる。
それを見て再び、溜息を吐いた。
……何でも良いから話せって事か。
仕方なく、口を開く。
「最近、どうだ?」
口から出たのは、そんな要領を得ない言葉。
俺の言葉にメムがきょとんと首を傾げた。
やがて言葉を返す。
「最近って……B小町のこと?」
メムの言葉に、頷く。
相手から話題の具体性を持たせてくれたんだ。
何でも良かったから、その提案に乗る事にした。
僅かに考える様な素振りを見せるメム。
「んー……まぁいつも通りって感じだけど、前にMV撮ってからは一気に反響が多くなったから順調って言えば順調かも?」
それを聞いて思い返す。
昨年末に宮崎で撮った、そのMVの内容。
特に二日目の新曲を撮った時。
メムはいつも通りに、撮影に臨んでおりその仕上がりも上々。
だが俺と目が合うとどこか恥ずかしそうに逃げていく事だけが、妙に印象的だったのを憶えている。
前日に多少の問題が発生した有馬だったが、初日の撮影も含めて変わらずに輝きを放っていた。
俺への勝ち負けを言わなくなった事だけが唯一の相違点だと思えた。
そして、ルビー。
正直、妹の変わり様に驚いて、それだけが何よりも強く印象に残っている。
ある時は完璧な笑顔。
ある時は完璧な仕草。
そのどれもが、"アイドル"にしか思えなかった。
撮影風景を見ているだけの俺ですら、一挙手一投足に目を奪われた。
だが、何よりも。
他との対比で見たせいだろうか。
一か所だけルビーが、違う姿を選んだ。
無表情で涙を流しながら、カメラを見つめる。
その光景に、惹き込まれた。
俺だけではなく、その場に居た誰もが、心を惹き込まれたのだった。
何もしない。
無表情で涙を流しているだけの姿。
存在感が無いのに、圧倒的な存在を感じる。
ただただ、目を離す事が出来なかった。
カットが掛かれば、それまでが嘘だったかの様に完璧な笑みへと変わる。
その姿にまた驚き、そして目を奪われたのだった。
だから、こうして出来上がったMVはユーチューブ上に配信され、瞬く間に驚異的な再生数を叩き出した。
動画を見た誰もが、完璧な笑顔のルビーに目を奪われ、対比である姿に――心を奪われた。
その甲斐あってB小町のチャンネル登録数も鰻登りになったらしい。
メムの言葉から、その記憶を思い出したのだった。
だが、全てがルビーだけの功績ではないのも、知っている。
有馬にもファンがおり、それも徐々に増えているのは知っていた。
メムも自身のファンを徐々に増やしつつも、自分のチャンネルよりもB小町のチャンネルに注力して寝食を惜しみながら編集や投稿を行っているのは、知っていた。
同じく裏方の大変さを知っている事から、真の立役者はメムだと思っている自分がいた。
何故なら、MVが爆発的にヒットしたとて、他が駄目なら登録しようと思わず一過性に終わってしまう。
登録している者も、内容や編集がしっかりしているコンテンツを提供されなければ、幾らルビーの輝きが大きくても、動画自体に飽きられる可能性が高い。
ルビー見たさに閲覧する者もいるだろうが、編集がしっかりとしていなきゃ登録者数が伸び続ける根拠にはならない。
素材と編集。
それが合わさって初めて人は、そのコンテンツを見る事をルーティーンにしたいと思うのだ。
その証拠に、顔が良い女優やタレント、他のアイドルもユーチューブのチャンネルを開設しているが、うち程の伸びは見せていない。
だからこそ、メムの陰ながらの努力が、人気チャンネルとしての土台を保っているのだと思えた。
故に、だろうか。
「お前がちゃんと編集してるから、順調なんだろ」
本心を口にした。
「えっ……」
俺の言葉を聞いたメムが、驚きに目を開く。
そんな彼女に続ける。
「"見れる"モノを作ってるだけじゃこんなに登録者数が安定して増えない。メムが"見たい"モノを作れてるから、再生数も安定してんだろ」
これもまた、本心。
"見れる"モノならば、B小町で言えばメンバーそれぞれの素材を垂れ流しとけば良い。
それでもある程度登録者は増えるだろう。
だが"見たい"モノを作れれば、素材に魅了された人だけじゃない。
純粋に"面白い動画"や"楽しい動画"を見たいという層も取り込める。
メムの努力は間違いなく、後者を安定して取り込む力になっていた。
呆然と俺を凝視していたメムだったが。
「……えっ……ちょ、ちょっとっ……そんな、急に褒めるとかっ……!」
我に返って、顔を真っ赤にして俯いた。
忙しなくその身体を揺らす合間から見える奥の景色。
こちらへと満面の笑みでサムズアップした妹の姿が、何故かウザく感じてしまった。
「……ばかっ……アクたんの、ばかっ……急に褒めるとか、反則じゃんっ……」
俯いたまま何やら独り言を呟き続けるメム。
ミヤコさんから呼ばれるまでの僅かな時間、やる事も無くただ眼前のプリンヘアーを、その間から見える角の下にある真っ赤な耳を見ていたのだった。
気付けばもう、五月に入っていた。
今日は隔週でスケジュールを押さえられている"深掘れワンチャン!"の収録日。
挨拶をしながらスタジオ入りして、準備を済ませる。
ここまでの間、父親捜しに目ぼしい進捗は無かった。
カズヤ君のフィクサーと会う予定は、今の所未定のまま。
以前の鏑木との会食で、
前もって知っていた情報。
それは、アイの出産年齢。
アイの誕生日は、事務所のホームページに載っている。
ファンだったからこそ年齢も理解していたし、前世で社長がアイと共に病院へと来た際に、説得の為に俺の前で言った言葉。
――本気で産むのか? 一六歳で出産なんて世に知られたら、お前もウチの事務所も終わりだぞ。
そこに俺達の誕生日を当て嵌めれば。
言い換えれば、俺が死んだ日を当て嵌めれば。
恐らく、一五歳で"妊娠"した可能性が高い。
一六歳で妊娠の可能性もあったが、来院時のエコー検査から妊娠期間を判断すれば、一五歳の方が確率は高かった。
ワークショップの時期を知った事で、想定通りの妊娠時期を逆算すれば、ワークショップが始まった頃が大体、着床時期に相当すると思えたのだ。
よって、金田一からの言葉と"東京ブレイド"で得たララライの鑑定結果から、ワークショップ中に俺達の父親に出会ったという可能性が、考察と証拠からかなり低いと見積もる。
故に対象となるのはワークショップ前。
そこまでで、
これだけでも昔と変わらず関係者は膨大な人数になるが、"声の力"を手に入れて、ソートの仕方を改める事にした。
これ程の"力"があるんだ。
現在も売れてないままの奴や、下っ端の人間である可能性は低いのではないか。
そう思えた。
最たる根拠は、金田一からの言葉。
――確かに言うだけはタダだが……何か企んでそうなお前に教えたら、何か損失が起こりそうだから教えねえよ。
この言葉を思い返して、根拠になった。
金田一を今でもそう思わせる程の人物。
単純に俺の"力"よりも上で、そのせいで俺の力が拒まれたという可能性もある。
だがそれでも、教えない理由が損得勘定から来るものならば、金田一が恩恵を感じる程度には上の人物なんだろうと思えた。
故に
仕事が多忙になり、五反田監督に半ば頼んでいる状況ではあるが。
だからまだ集計と分析が完了していない。
「本番五秒前!」
その声が聴こえ、意識を収録へと戻す。
鏑木のキャスティングで得た仕事。
"深掘れワンチャン!"。
想定通り冷静な毒舌が好評の様で、今ではレギュラーとして役割を求められるまでになった。
カメラの奥に、プロデューサーである鏑木の姿を見つける。
この男はまだ利用できる。
だからもっと、手を貸してやる。
だからもっと、お前の知る全てをよこせ。
スタッフの声が消えて、指を折って残りのカウントダウンが進む。
キューサインが出て司会がタイトルコールと、進行を始めた。
それを見ながら思う。
早く、父親を見つけださなければと。
後何かのピースさえあれば、チェックメイトまで行けそうなのにと。
そのもどかしさを、必死に自分の中から追い出す。
急いでは事を仕損じる。
素早く、けれども慎重に進めなくてはいけない。
焦りはあれども、それに呑まれたら全てが水の泡になるかもしれない。
油断を生まずに父親を捜さなければならない。
だからこそ、分かっている候補は早く潰していきたい。
少なくとも、その頃から今にかけて大きな影響力を持つ様になった人物。
それぞれを上からソートをかけていくと。
そのどちらにも上位に――カズヤ君が入っていた。
だから早く、カズヤ君から話を聞きたい。
彼の無罪を証明する為にも、早く父親かもしれないと思って対峙したい。
カズヤ君か、そのフィクサーのどちらかにでも早めに会えれば。
"声の力"を使ってでも、早くカズヤ君から聞き出せるのに。
「では中継を繋いでますので、そちらをご覧ください!」
司会の言葉に合わせて、出演者用の画面に目を向ける。
コメントを求められるので俺もまた、意識を前方へと向けた。
手前のモニターに、リポーターの姿が映し出される。
思考が、飛んだ。
「このたび深掘りリポーターに任命された星野ルビー
……声の力で、妹を降板させる事は出来るんだろうか。