"にわか"は言う「だから『推しの子』だって言ってんだろ!」 作:あるミカンの上にアルミ缶
BGMの様にアイドルソングがテレビから流れるが、頭には入ってこない。
意識は全て目の前の少女に集中していた。
いつものだるそうな表情を浮かべつつも、彼女の一挙手一投足に着目し続ける。
固まっていた彼女は、やがて口を開いた。
「急に人を嘘吐き呼ばわりするっ?」
先程と変わらぬ笑みを浮かべ、少女は告げた。
そこには笑顔が似合う可愛い彼女がいるだけ。
だけど。
「仮にも初対面なんだよっ、酷なこと言うなあ……」
朗らかな笑みで受け流そうとするさりなの姿は正に、
そんな彼女を見やり、何気なしに返す。
「良いじゃん、嘘はとびきりの愛なんだからさ」
「えー、でも嘘吐きって面と向かって言うのは違くなーい?」
ジトっとした目で、こちらを見てくる。
「まあ、ちょっと話をしようか」
そう言って、彼女をソファに座らせ、隣に俺も腰掛けた。
とりあえず話は聞いてくれそうなさりなに向けて、口を開く。
「さりなちゃんは雨宮先生の事、大好きでしょ?」
「えっ? う、うんっ」
俺の言葉に、僅かに頬を赤らめながら頷く。
「俺もさ、今日会ったばっかだけど、すごい優しい人だなってのは分かったよ」
思った感想を述べれば、
「そうっ、せんせってすごく優しいんだよっ!」
明るい笑顔で、それを肯定してくれた。
本心からだろう言葉に、俺も笑顔になる。
そのままさりなから視線を逸らし、いつぞや彼が出て行った入り口に目を向けた。
彼へ抱いた気持ちを、ハッキリと告げる。
「俺には雨宮先生がお兄ちゃんみたいだな、って思ったんだ」
俺の方がまだ精神年齢高いから、見た目的な部分ではあるが。
「おにい、ちゃん……?」
予想外の言葉だったのか呆然とする彼女を尻目に、話を続ける。
「俺さ、家族っていた事ないんだよね」
「……えっ?」
「生まれた時から孤児でさ、施設で似た様な境遇の子たちと暮らしてたんだ」
淡々と話す俺に、さりなからの言葉はない。
彼女は今どんな表情をしているんだろうか。
構わずに続ける。
「俺よりも小さい子たちの面倒を見る事が多かったから、自分の事を兄だと思う様にしてたけど雨宮先生を見てさ、ああ、こういう人がお兄ちゃんなんだなって、なんとなく思ったんだよね」
顔をさりなへと向けた。
彼女の心境が如何ほどの感情で渦巻いているのかは分からない。
しかし、表情は驚きで固まっていた。
「さりなちゃんが雨宮先生に思う好きって、どういう好きなのかな?」
「えっ?」
問いかければ、ようやく言葉を発したさりな。
「異性としての好き、お兄さんとしての好き、はたまた他の理由で好き……色々あるけど、さりなちゃんはどれの好き?」
俺の言葉に、目を見開いて固まる。
子供に対して酷な事を言ってる自覚はある。
大人げない?
別にいい。大人げないって言葉は、子供には使わないんだから。
大人げなくなれるのは、大人だけの特権。
表情をそのままに、僅かに口を開けてはすぐに閉じる。
それを数度繰り返し、やがて力無く俯いた。
「…………分かんないよ」
絞り出された言葉を、胸の中で反芻する。
そりゃそうだ、目の前の少女はまだ子供なんだから。
具体性のない好きが、大人になるにつれて細分化され、やがて答えとなる感情の種類を認識する。
それが大人になる、という事の一つなんだろうから。
さりなは俯いたまま。
「……なんでそんな事言うの?」
大人げない人間で、ごめんな。
「せんせの事、好きなら好きだけでいいじゃん」
確かにその通り。
「せんせを好きってだけじゃダメなの?」
別にそれで何の問題もない。
俺のクズでエゴが問題なだけだ。
「……もお、わかんないよおっ」
ああ、こんな幼気な女の子を泣かせるなんて最低だな……。
両手で顔を隠して静かに泣く彼女を見ながら、かつておばちゃんに言われた言葉を思い出す。
――全く、本当に女泣かせな男だよ、カズヤ君は。
その通りだよ、おばちゃん。
あいにおばちゃんに、さりな。
何人の女性を泣かせりゃ気が済むのか、俺は。
そんな男の末路は、真っ当な訳がない。
けど、別にそれでもいい。
彼らにとって存在しない人間の末路なんて、彼らに見られるはずがないんだから。
存在しない人間が、やっと存在しなくなるだけなんだから。
さめざめと泣き崩れる少女を、何をする訳でも無くただ見やる。
「……カズヤ君って、酷い人だよね」
やがて、嗚咽を微かに残しながら彼女が口を開いた。
「言わなくてもいい事言うし、考えなくてもいい事考えさせてくる」
平坦な口調はまるで、独り言の様。
「人の心を苦しくさせる、酷い人」
「なら、雨宮先生に苦しいですって言ってみたら?」
さりなの嘘。
それは平気だという強がり。
しかしあいの様に無意識ではなく、意識をしている。
だが、隠すスキルはあい以上だと思った。
嘘はとびきりの愛、その言葉を告げるまで、彼女の演技には全く気付けなかった。
偶然に出たその言葉で、ようやく目の前の少女が偽っていると認識出来たんだ。
あいとは関係の長さが違うから、さりなの方が分かり辛いと感じてしまうのかもしれない。
逆にあいと長年近くで接してきたからこそ、彼女の嘘に気付けた可能性が高い。
だが、俺にとってはさりなの
そして彼女が行っている事は、ある種の"強がり"ではないかと思う。
いつでも明るく、心配をかけない様にする。
そんな姿に思えた。
俺のにわか知識では、彼女の家庭環境や状況は全く分からない。
けれど"良い子でいようとしている"んじゃないかと、あの時初めて気付けた。
子供は子供らしく、いつも思うままに生きて良いと思うのは……大人のエゴなんだろうか。
「……できないよ」
俺の言葉にぽつりと返す。
「出来るよ」
「できないッ!」
俺の言葉に、顔を上げて怒鳴りつける。
「勝手なこと言わないでッ、なんにも知らないクセに!」
こちらを睨みつけるその姿は、
「私は心配させる訳にはいかないッ、迷惑かける訳にはいかないッ、愛してくれてる人に元気で明るいさりなを見せないといけないのッ!」
明らかに拒絶をしている様で。
誰も"存在しない"からこそ言える独白の様に思えた。
彼女の叫びを聞いて、何故か俺の心がふと軽くなった。
それはまるであの時と似た感覚。
そう、
ならばこの感覚の正体は何か。
割り切り。
自分の中で、また何かが割り切れた感覚だった。
ああ、やっぱり自分は存在しない人間なんだなって。
存在しないならば影響を与えられる訳がないんだって。
以前思い知ったはずなのに、自覚が足らなかった。
いや、自意識過剰だったのかもしれない。
存在しない俺如きが、主人公格様らに何かするのは土台無理な話なのだ。
ならば、ここからはもう纏めるしかない。
ストレスで、万が一でも彼女の病状が悪化したら最悪だ。
「そっか、じゃあ仕方ないね」
彼女の意見に肯定する。
俺如きが彼らに否定するなんて、烏滸がましい。
あいの時と同じく、断定だ。
「……なに、急に。分かったフリして大人ぶんないでよ……」
私が子供みたいじゃん、そう言ってまた俯いてしまう。
こちとら大人げないが、大人なんでそこは許してほしい。
「まあ、さりなちゃんがそう思うなら、無理強いする事でもないしね」
苦笑を浮かべそう告げれば、一瞬視線をこちらに合わせてすぐに下げた。
沈黙が室内を支配する。
「……もし雨宮先生と結婚しないってなったら、俺とでも結婚でもしてみる?」
予定空けとくよ? なんて空気を払拭する様に、軽口を叩く。
これは俺が、彼女の未来を知っているから言える事。
生まれ変わった後は、存在しない俺の事なんていずれ忘れるからこそ、言えた事。
顔を上げてこちらを見れば、やがて逸らされた。
「……やだ。だってカズヤ君の事キライだもん」
ありゃりゃ、振られちまった。
ま、知ってたけども。
「今度、結婚指輪でも送っとくねー」
「いらないっ」
「まあまあ、いらないなら売っちゃえばもっとあいのグッズ買える様になるからさ」
「…………じゃあ、もらっとく」
実に現金な子である。
まあ俺には星野ママがいるから良いんだけども。
……って、あれ? これ浮気になる?
待って! これは、そう、子供の頃の思い出だから! ちゃんと一途な男だからッ!
胸中でまだ見ぬ推しへと懺悔を繰り返す。
これは浮気じゃない、これは浮気じゃない……あれ、もしかして最低な考え方?
これから浮気をする夫や彼氏の様な考え方かもと思い、気分が落ち込む。
俺はクズでも、女性には一途なクズなのを自負していた。
そのアイデンティティが今、崩れそうな瞬間だった。
「……アイのグッズいっぱい買いたいから、安いのじゃ許さないから」
落ち込んだ俺にかかる声。
「おっけー、んじゃ楽しい推し活させるくらい、高いの用意するからなー」
まあ指輪売られたってその金であいを応援する事でさりなが元気になって、しかもあいの為にもなるなら、高いの買うのはやぶさかではない。
何か貢ぐみたいな感じになってしまったが、まあ良いだろう。
「カズヤ君はキライだけど、推し活させてくれるならキライじゃないかも」
不意に言われた言葉。
複雑だけど、ちょっと嬉しい。決してマゾではない。
あいのグッズは全て事務所の人から貰うので買った事はないが、目の前の現金なアイドルへお金を使い、それを推し活とするのならば。
彼女もまた、俺にとって推しの子となるのかもしれない。
さりなを見れば、僅かに首を傾げている。
「んー、こういうのなんて言うんだっけ……?」
考えながら、疑問を口にする。
やがて解決した様に表情が変わった。
「あっ……パパ活?」
「やめい」どこで覚えたの、そんな言葉……。
笑顔と苦笑が交差する病室を照らす窓からの灯りは、間もなく夕焼け色へと染まろうとしていた。