"にわか"は言う「だから『推しの子』だって言ってんだろ!」 作:あるミカンの上にアルミ缶
憂鬱な気分のまま過ごしていれば、あっという間にその日が来てしまった。
何か方法はないか、ワンチャン飛んでしまっても良いんじゃないか等色々考えたが、行動に移せず仕舞いで、当日を迎えた。
だが、だが撮影場所に移動中の車内で俺に天啓が下った。
昨日も複数撮影があり、そのせいで台本はまだ読めてなかったが、いつも通り単品だろうし最後に回してもらう。
そしてそのギリギリに行けば良いんじゃないか、と。
閃いた瞬間、あまりの天才的発見に思わず自分に酔いしれてしまった。
急いで監督に電話し、到着が遅れるので撮影を最後に回してほしい旨を伝える。
相手はいつもの彼なので、慣れた様に「あいよー」と軽い返事が来たのでガッツポーズ。
これで彼女に会う確率は格段に低くなった。
仮に会ったとしてもすぐに帰るだろうから、認識される心配もほとんどない。
運転しているマネージャーに声をかけて、申し訳ないがどこかでギリギリまで時間を潰したい旨を伝える。
理由を聞かれたので適当に「アイドルと会うとか緊張しちゃってNG連発しそうで怖いからさ」なんてありきたりな回答で誤魔化す。
え、でも、なんて言ってくる彼に「いーのいーの」と受け流す事で、話を回避した。どうせ、事務所の皆がアイのファンだって言ってるから、会わなくていいのとか聞こうとしたんでしょ。
喫茶店に入り、ギリギリになったら出ようと伝え、コーヒーを堪能する。
目の前の席で、マネージャーである彼は何やらそわそわしている様だが、今日ばかりは気にしない。
もしかして彼も密かにアイのファンだったのか? だったら申し訳ない事をした。
だが我慢してくれ、俺の為に。
何杯目か忘れたコーヒーを飲み干した頃「そろそろ時間だよ」と催促がかかった。
それに頷き店を出る。
車に乗り込み再度向かい出せば、若干の緊張感はまだあれど、カフェインの過剰摂取で大分リラックス出来ていた。
然程時間はかからずに撮影場所へと到着。
マネージャーと共に中に入れば、そこにはいつもの監督。
演者っぽい人はどこにも見当たらなかった。
そこでやっと緊張感が解け、一度盛大にため息。
よし、これですげー気楽に出来る。
「おはようございます。遅くなって申し訳ありません」
とりあえず監督に挨拶。
俺に気付いた監督は、こちらを見ていつもの柔和な笑みを浮かべる。
「ああ、いいって。他のシーンは殆ど撮り終わったから、寧ろタイミングばっちり」
彼の言葉に再び安堵。
つまり俺以外の演者のシーンは全て撮り終えた様だ。
「台本はもう読んだ?」
「あ、時間がなくてまだちゃんと読めてなかったです」
やべ、他の事にずっと気を取られてて読むのすっかり忘れてたわ。
まあどうせ、いつも通り一言二言だろうからすぐに覚えられるか。
「今回のはちょっと、いつもよりセリフ量が多いから、早めに読み込んどきなよー」
おろ、そうなの?
まだ準備が残ってるから時間はあるからね、そう告げて監督は奥へと歩いて行った。
あれま、いつもよりセリフが多いとは参ったな。
そう考えながら背負っていたリュックを下し、中に入っている台本を探す。
その時、後ろの方から声が聴こえてきた。
「おはようございますっ! 今日はよろしくお願いしますっ」
その音に、心臓が大きく鼓動する。
同時に、額から汗が垂れてきた。
その声の主が、後方にいるスタッフに挨拶をする声が再び聞こえる。
「――B小町のアイですっ! よろしくお願いしますっ!」
名前を聞けばもう誤魔化せない。
何故。その言葉が頭を埋め尽くす。
もう他の撮影は終わったんじゃないのか、残るは俺だけなはずじゃないのか。
数多の疑問が脳に過っては、解決される事無く霧散していく。
その中で一つの可能性が湧き出て、弾かれた様に手に取った台本を開く。
そこでようやく答えが分かった。
監督が言っていた様に、確かに今回はいつもよりセリフ量が多い。
だって――。
「おはようございますっ!」
同時に、俺のすぐ後ろから声が聴こえた。