"にわか"は言う「だから『推しの子』だって言ってんだろ!」   作:あるミカンの上にアルミ缶

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第30話

 心臓の鼓動がうるさい。

 けれど、振り向かなければ他のスタッフに怪しまれる。

 どうせ、どうせ彼女とは喧嘩別れしているんだ。

 彼女が俺の事なんて気にしないだろう。

 例え悪感情を抱いていたとしても、それを彼女はおくびにも出さない。

 微かに深呼吸。

 ……よし、行ける。

 

「……初めまして、カズヤって言います」

 

 今日はよろしくお願いします。何とか笑顔で言えた。

 振り返って、久々に実物で見た彼女は可愛いの中に徐々に綺麗が見え隠れしてきていた。

 俺の顔を見ても、彼女の表情は笑顔のまま変わらない。

 そしてその、美しい唇を開いた。

 

 

「初めましてっ、B小町のアイです! よろしくねっ――――カズキくんっ!」

 

 

 その言葉に、心が軽くなった。

 何度目か分からない割り切りが、心の中で行われた。

 ああ、ようやく。

 ――星野アイ(一番星)と赤の他人になれた。

 胸に小さく走る痛みは恐らく、自分の中に残る未練がましさ。

 それも、時が経てばなくなるだろう。

 だって俺は。

 彼女はスタッフから「カズキ君じゃなくて、カズヤ君だよ」と言われ「あはは、人の名前覚えるのが苦手でして……」と片手で自分の頭を軽く叩きながら可愛らしく舌を出している。

 

 もう、彼女(あい)の表情が本当なのか嘘なのか、見分ける事が出来ないんだから。

 

 さりなに対して心の中で謝罪する。

 君の事をあいより見抜けないと言ったが、やはり星野アイは次元が違う。

 誤魔化す誤魔化さないではない。

 今浮かべている表情や仕草が全て、それが彼女の思っている事にしか思えないのだから。

 面と向かって、再確認出来た。

 やはり彼女と俺では住む世界が違う。

 俺が低いんじゃない。彼女が高すぎる位置にいるんだ。

 彼女のデビューライブで味わった感覚が、どんどん呼び起こされる。

 これは決して挫折でも絶望でもない。

 ただの、現実の直視。

 だからすんなりと割り切れた。

 ……もう、落ち着けた、大丈夫。

 そう心に言い聞かせれば、自然と鼓動も落ち着きを取り戻す。

 台本に目を通し、セリフを覚えていく。

 分量は少しだけ多いが、それでも短時間で覚えられる範囲でしかない。

 監督から撮影の号令がかかるまで、俺は台本に目を落としていた。

 

 

 

 

 撮影はスムーズに終える事が出来た。

 グリーンバックで星野アイがこちらに、宣伝するペットボトルのドリンクを持って駆け寄ってくる。

 そして二人でセリフの掛け合いを行い、最後に二人で同じセリフを合わせて終わり。

 彼女が何度かミスをしてリテイクはかかったが、然程時間が延びる回数ではなかった。

 

 俺は監督とかに挨拶をして、マネージャーと一緒に帰路につく。

 星野アイもまた、マネージャーだろうか、金髪の少しいかつめなおっさんと共にスタジオを出て行った。

 外に出れば既に夕闇が空を覆っている。

 マネージャーの運転で家路を急いでいると、互いの空腹が重なり、途中で夕食を食べていく事に。

 ハンバーグ定食に舌鼓を打ち、食後のコーヒーでほっと一息。

 帰りに家電量販店に寄ってもらい、買おうと思っていたものをいくつか物色し、値段を見ていく。

 携帯電話コーナーを覗けば、初期の頃のスマホが僅かだが展示されており、時代がようやく前世に追い付いてきたと感動した。

 

 車を社宅であるマンションの入り口に横づけしてもらい、お礼を言って降りる。

 階段を上り、部屋へと向かう。

 明日も朝から撮影があり、無事に学校を休める。

 今日は色々あって何だか疲れたから、帰ったら早めに寝たい。

 そう考えながら外廊下を歩き部屋に近付くと、俺の部屋の前に人影が見えた。

 背丈は俺より低く、大人よりかは間違いなく子供に思える。

 恰幅が良いよりかは、明らかに華奢だった。

 暗闇のシルエットで見づらさはあるが、短髪ではなく長髪の可能性が高い。

 総合的に見て、男性よりも女性っぽかった。

 気付けばまた、心臓の鼓動がうるさいくらい高鳴っている。

 部屋の前まで辿り着いたところで、足が止まってしまった。

 

 ――何故、ここにいるんだ。

 

 

 

 

「おかえり――――カズマ」

 

 

 

 

 星野アイ(一番星)の視界に再び、存在しない人間が映ってしまった。

 

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