"にわか"は言う「だから『推しの子』だって言ってんだろ!」   作:あるミカンの上にアルミ缶

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第31話

「……何で、こんなところにいるんだ?」

 

 脳内に浮かんでいた疑問が、そのまま口に出た。

 しかしそんな疑問も。

 

「いいじゃん、別に」

 

 彼女(星野アイ)は意に返さない。

 中に入れてくれない? 表情は無く、そう言って部屋に入る事を催促してくる。

 帰れよ、そう言えば良かった。

 彼女は俺なんかを視界に入れず、認識しない方が良いに決まっているから。

 星野アイの未来に、俺の存在は不要だから。

 彼女の為を思えば、ここで帰してそれから一切会わないのが正しい判断。

 俺という存在を彼女の中から消える様に立ち回るのが一番。

 

 なのに。

 

 

「お邪魔しまーす」

 

 鍵を開けてしまったのは、俺が消しきれなかった未練のせいだろうか。

 それとも、彼女の質問は断定という刷り込みからだろうか。

 答えは分からない。

 部屋に入り、電気を点ける。

 なんて事は無い、普通の部屋。

 広めのキッチンダイニングがあり、引き戸の向こうには八畳程度の居間があるだけ。

 ダイニングにはテーブルと四脚の椅子が備え付けられていた。

 彼女へ、そこに座る様促す。

 座りながら、辺りを見渡していた。

 

「へー、いい部屋じゃん」

 

 そらどーも、なんて気のない返事をしながら、冷蔵庫からお茶のペットボトルを取り出し、コップへと注ぐ。

 二人分用意したそれを持ってテーブルに向かい、一つを彼女に差し出した。

 

「ありがと」

 

 受け取りながら言われたお礼に特段返す事なく、彼女の対面にある椅子を引きそこに座る。

 この動作までで、幾分か心境に整理が付いた。

 俺が出来るのは、そう。

 彼女のやりたい事に対して、背中を押す事だけ。

 それは例え俺がいなくとも、彼女自身で決定していた事。

 俺が答えても答えなくても彼女の意思は全てにおいて変わらない。

 故に彼女の、存在しない後押しをしてやるしかない。

 お茶を飲む彼女を見やり「それで」と声をかける。

 

「何でここに来たんだ?」

 

 俺の言葉に、彼女は飲むのをやめてコップをテーブルに置いた。

 

「なんとなく」

 

 久しぶりに話そうかなって思って、そう告げる彼女に次の質問。

 

「何でここが分かったんだ?」

 

「別になんでもいいじゃん」

 

 にべもなく返す彼女に、思わずため息を吐きそうになった。

 答えてくれそうにないので、もう気にしない事にする。

 一呼吸おき、話しかける。

 

「……アイドルは順調か?」

 

「うん」

 

 問い掛けに対し、返事は短的な一言。

 彼女は背もたれに身体を預け、多少だらけた様な姿をしている。

 アイドルとして、その姿は如何なものだろうかと思わせる。

 不意に声をかけられた。

 

「そっちこそ、役者してると思わなかった」

 

 彼女の言葉に、暫し考える。

 俺の職業は果たして役者なんだろうか。

 確かにCM撮影で演技をしているが、一般的な役者のイメージであるドラマや映画、舞台などには一切出ていない。

 かといってタレントだろうか、テレビ番組やイベントなどに姿を現した事はない。

 CM役者。これが一番しっくりくるが、何だろう……すごいしょぼく感じるのは。

 

「……あの時言ってた仕事って、これのこと?」

 

 かけられた質問に思い出す。

 やけに昔の感覚になりつつあるが、彼女と喧嘩別れしたのはまだ一年も経っていない。

 俺と彼女が正式に袂を分かった日。

 

「そうだよ」

 

 俺の言葉に「ふーん」という短い言葉だけが返ってくる。

 そしてまた静かにお茶を飲み始めた。

 

「そっちは」そう言って、一度言葉を止める。

 

 口をついて出してしまったが、一度考える。

 だがすぐに割り切った。

 何故かは知らないが、彼女はこうしてまた俺の前に姿を現した。

 けれどそれは特段意味の無い事。

 だって、俺が存在しない人間なんだから。

 つまりは彼女の人生において、これは何の意味も無い事。

 俺にはもう、目の前の彼女が今浮かべている表情が、言葉が嘘をついてるかなんて分からない。

 特段表情なく、視線を口元のコップに向けている。

 だから気兼ねなく言う事にした。

 

「嘘でも愛してるって言い続けて、何か分かった?」

 

 思い返せばここまで、妙な緊張が自分の中にあったのかもしれない。

 予想外の望まない再開を果たしたからだろうか、彼女と喧嘩別れして以来の再開だからだろうか。理由は分からない。

 だが俺は所詮、彼女にとって存在しない人間。

 故に気負うな、畏まるな、良く見せるな、悪く見せるな。

 つまりは、ありのままの自分でいろ。それしか許されない。

 そう思えば、肩の力が抜ける感覚が訪れる。

 やはり緊張していたらしい。

 俺の言葉を受けても、彼女は答えない。

 無言のままにコップをテーブルに置き、目を瞑った。

 

 

「分かんない」

 

 

 その言葉を言うのに、彼女の中では一体どんな葛藤があったんだろうか。

 それを知る術はない。

 彼女の体勢を真似し、俺もまた背もたれに身体を預けてリラックスする。

 やっと、本当の意味で気が楽になった。

 彼女から何か言葉を聞き出す、というのはもう俺の役目じゃない。

 

「まー、これからに期待ってとこだなー」

 

 だから存在しない人間は、日常の何気なくどうでもいい状況だけを作る。

 彼女から視線を外し、天井を見上げた。

 そこに「は?」という声が届き、視線だけを向ける。

 

「……なんかムカつく」

 

 上から目線みたいな言い方、そう僅かに睨み付けてくるが「へいへい」と軽口の相槌を返すに留め、再び視線を天井に向けた。

 暫くすると小さなため息が聴こえた。どうやら睨み付けるのを諦めたらしい。

 

 

「……嘘でも愛を言い続けたら、本当の愛ってホントに分かるのかな」

 

 

 不意に告げられた言葉に、僅かに逡巡。

 だが俺の答えは一つだけ。

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