"にわか"は言う「だから『推しの子』だって言ってんだろ!」 作:あるミカンの上にアルミ缶
年の暮れ。
学校が長期休暇に入るのを良い事に、俺も三連休が取れたので、これ幸いと宮崎に向かっている。
あいとの共演から、事あるごとに部長が「カズヤ君! アイと共演出来たから事務所辞めたりしないよな?」と言われるのに若干辟易してたのもあって、ちょうど良かった。
そしてあれ以降あいとの関係だが、頻繁にやり取りをする事となっていた。
基本はメール、たまに電話。
内容は特筆する部分も無い会話。
大抵は『ひま』『つかれた』といった短文でくる。あの子はツイートしなきゃ気が済まないのかと思ってしまう。
内容がないのでこちらも『まひ』『確かに』などと脳死で返せば、そこからしりとりが続きだす。
そしてたまに内容があるメールが来るが『今からここのパフェ食べたい』と雑誌の特集っぽい画像が貼ってあり、『食べてきなー』と返せば『奢って』とくるので『今から仕事』『休んで』『無理』『ムカつく』で終わる。中々に傍若無人っぷりを発揮していた。
休みを入れてもらい宮崎に行く事となったのは、一本の電話が大きかった。
それは珍しく雨宮先生から。
『さりなちゃんの為に、会いにこれないか?』
その言葉で、マネージャーに多少無理を言ってスケジュール調整しやっとの事予定を空けて貰い、こうして宮崎に再び足を運んでいた。
彼の電話での口ぶり。
それは言外に"さりなが風前の灯火である"と言っている様に感じたから。
確かに最近はさりなから連絡が来る事がなくなっていた。
そして何より、仕事にかまけてまだ、最初のプレゼントを渡せてすらいなかった。
以前電話で推し活代のプレゼントを配送でも良いかさりなに確認すると『えーっ、アイドルはファンから直接プレゼントされた方が嬉しいんだよっ』なんて言われてしまったので、今の今まで渡せず仕舞いだったのだ。
空港に着き、タクシーで病院に向かう。
休日なのに保護者代わりとして一緒に来てくれたマネージャーは、病院には来ず「カズヤ君が戻ってくるまで観光しとくよ」と、何かを察した様にそう言ってくれた。
病院に着いて、彼女が居る病室を目指す。
気付けば自然と足早になっていた。
以前と変わらぬ部屋に、彼女の名前はあった。
扉を開ければ、見えたのは壁際でパイプ椅子に、腕と脚をそれぞれ組みながら座る雨宮先生の姿。
彼も俺に気付き驚いた顔をしたが、声に出す事は無く手招きで案内してくれた。
その催促に則り、入室しては彼女が横になっているであろうベッドに近付く。
ようやく彼女の姿が見えた。
以前会った時の様な血色の良さは薄れ、手や首や顔から見える身体は明らかに瘦せ細っている。
あいにも匹敵する綺麗な笑顔は見る影もなく、どこか虚ろに天井を見上げているだけだった。
想定はしていたが、直面した現実に言葉が出ない。
「さりなちゃん、カズヤ君が来たよ」
俺の様子を把握してか、雨宮先生が彼女へと声をかける。
それに反応し、少女の目がゆっくりとこちらを向いた。
「……あ……推し、に……ぜんぜん、ぷれぜんとを持って、こない……カズヤくんだぁ……」
一切の力を感じない、酷く掠れた声。
笑顔を浮かべようとしているが、表情筋がほとんど動かず、ほぼ笑えていない表情。
見たくなかった現実が、そこにはあった。
彼女は俺が時折、プレゼントに関して電話で言っていた『
いや、この時にまで演技をしてくれていた。
力無くゆっくりと、僅かに彼女の右腕が上がる。
「……ふぁんから、の……ぷれぜんと……ちょおだい……」
静かに近付き、ベッドから僅かに浮き上がってはいるが、ふらふらと揺れ今にも落ちそうな不安定な右手を下から軽く支えた。
反対の手で、ポケットから小さな箱を出す。
親指でその蓋を開けた。
彼女に中身を見せる、銀色に光る小さな指輪を。
微かにらせん状の模様が二本、交差しているデザイン。
程よくシンプル、そんなシルバーリングだった。
それをみて、さりなは微かに微笑んだ。
「……これ……売ったら、いくらに……なるのか、なぁ……」
「五〇万したから、もしかしたらそのくらいかもよ?」
背後から「えッ!?」という驚きの声が聴こえたが無視。
まあペアリングだから、実際はその半額くらいなのかもしれないが。
俺の言葉に、少女は微かに笑った。
「あはは……わたしの、ふぁん、は……あいが、おもい、なぁ……」
そんな彼女に「それほどでも」と軽口を返す。
「これからちょろっと質屋に入れてこよっか?」
なんて聞けば「ふふっ」という微かな笑い声。
「……売らない、よ……ふぁんの、はじめての、ぷれぜんとだから……持っといて、あげる……」
そんな彼女の言葉に、つい笑顔になる。
「指輪、つけてみる?」
そう訊ねれば、微かに頷く。
指輪を取り出す為に一度彼女から手を放し、ケースから指輪を抜いた。
その時に聴こえた「あ」という微かな声。
「……ひだり手の、くすりゆびは……だめ……」
そう告げられる。
「このからだ、は……せんせぇに、あげるん、だから……」
その言葉に苦笑してしまう。
「全く罪な男だねー、せんせは」
俺の言葉に背後からの反応は無い。
彼がどう思っているのか分からないが、別にどうでもよかった。
今はただ、後ろにいる彼と目の前にいる少女。三人でいられるこの空間を楽しみたかったから。
「じゃあ、どの指につけよっか」
そう伝えれば、彼女の右腕が僅かに上下した。
「……とくべつ、に……みぎ手の、くすりゆび……あげる……」
あのジュエリーショップのおばちゃん店員ズからは、指ごとの指輪の意味も教えられた。
左手の薬指は結婚の象徴。
これが一般的な認識で、間違ってもいない。
では右手の薬指は?
こちらは"恋愛成就"なんて意味があるのは、彼女は知らないに違いない。
けれどこれは……言わぬが花というやつだろう。
そして薬指はもう一つの意味も持つらしい。
彼女の右手をそっと触れ、血色を欠き細くなってしまった薬指にゆっくりと指輪を嵌める。
「薬指はもう一つ……"心の安定"っていう意味があるんだって」
「……心のあんてい、かぁ……たしか、に……ちょっと、おちついた、かなぁ……」
そっと息を吐く彼女を、微笑んだままに見やる。
「それにしても、さりなちゃんは罪な女だなー」
空気を変える様に、明るく話す。
「俺と雨宮先生の、こんな良い男二人から愛されるんだから」
そして聴こえた微かな笑い声。
「……つみな、おんなじゃ……ないよ……」
天井を見上げたその瞳は、一体何を想っているのかは分からない。
だって、彼女はそう続けた。
「……あいどるは……みんな、から……あいされる、そんざい……なんだよ……?」
その時の彼女の表情は何よりも美しく、誰よりも本物のアイドルだった。
さりなが眠ってしまったので、雨宮先生と共に退室し、気付けばどちらともいわず屋上に足を運んでいた。
彼は以前と変わらず、フェンスに寄りかかる。
「まさか、五〇万の指輪とはね」
呆れ交じりの口調。
「嫉妬しました?」
なんて言えば「言ってろ」と短的に返ってくる。
「……カズヤ君は」
彼の言葉に、耳を傾ける。
「さりなちゃんを愛しているか?」
「愛してますよ」
即答。雨宮先生の驚いた顔が目に入った。
それを尻目に、彼の横で同じくフェンスに寄りかかり、あの頃と同じ様に空を見上げる。
あの時と同じく、夕焼けが世界を覆っていた。
「どんな形であれね」
そう呟き、目を閉じる。
さりなとは出会い、接して、こうして交流を持て、仲良くなれた。
俺の中にある色々な愛の種類のいずれかに、彼女が入っているのは必然だった。
僅かな静寂。やがて横から「そうか」という声が届く。
「せんせはもし、生まれ変わったさりなちゃんが目の前に現れたらどうします?」
顔を見ずに質問。
彼の中でどんな感情が渦巻いているのかは分からない。
けれど彼の本心に触れられるなら、今しかないと思った。
「……そうだな」
不意に聴こえる声。
「どんな形であれ……さりなちゃんの事を見届けてあげたいな」
……ま、それも一個の答えか。
その後は会話もなく、少しして俺は病院を去った。
雨宮先生からはもう少し居なくていいのかと聞かれたが、ここからはもう貴方たち二人の時間。
そう言って、訝し気な表情をする彼を尻目に病院を後にした。
俺の存在はもう、二人の間には不要だ。
日付が変わった頃、さりながこの世を去った連絡を雨宮先生からもらった。