"にわか"は言う「だから『推しの子』だって言ってんだろ!」 作:あるミカンの上にアルミ缶
物凄い気まずい雰囲気のまま、彼女に引っ張られ歩みを進める。
その間、一切の会話はない。
目的の店に着いたのか、行列に並び、結構待ってから店内に案内される。
彼女が、座ったソファーを叩いて催促してきたので、対面ではなく横に並んで座る事になった。
その間、一切の会話はない。
彼女はパンケーキを注文し、俺はアイスコーヒーを注文する。
暫く待って商品が届き、彼女はスマホをかざして写真に収めてから食べ始める。
俺はちびちびとアイスコーヒーを飲んでいた。暇つぶしにスマホを弄ろうとすれば視線を感じ、お堅いネットニュースしか見れなかった。
その間、一切の会話はない。
パンケーキが食べ終わり食後のドリンクを飲んだ後、彼女は無言で伝票を渡してくる。
はい、払います。
外に出て彼女は手を上げてタクシーを呼び止め、一緒に乗り込まされた。
彼女が目的地の住所を伝え、車が走り出したので車窓の景色がどんどん映り変わる。
その間、一切の会話はない。
目的地に着いた、俺の家である。一回しか来た事ないのに、よく憶えてたね君。
はい、払います。
こうして、何故か彼女は俺の家にやってきた。
部屋に入り玄関の鍵を閉める。
中へと振り返れば、サングラスと帽子を外した彼女がいた。
そのまま、何も言わずダイニングの椅子に座る。
それを見て、とりあえずコップに冷蔵庫から取り出したお茶を入れる。
それぞれの前に置いて、ポケットから取り出したスマホもテーブルに置きつつ、俺も対面の椅子に座った。
そして、ずっと思っていた事を脳内で反芻する。
――俺、別に何も悪い事してないよな……?
まあ待ち合わせた相手が逆ナンされてたら、気まずいというのは分かる。
だが、ここまで何も会話なく、気まずい状態を続けられる程だろうか?
俺の悩みは尽きない。
考えても仕方なく、ただ彼女を見やりながらお茶を飲む。
目の前に置かれたコップに手を付けず、腕を組んで横を向いたまま。
さて、ここからどうすれば良いのか。
「あれなに?」
思考を巡らせている最中に声がかけられ、意識を現実に戻した。
彼女の表情や姿は先ほどと何ら変わりない。
「あれなに?」
もう一度かけられた言葉。
あれ、とは一体なんだろう……。
答えない俺に業を煮やしたのか、また彼女が口を開いた。
「……あの女たち、なに?」
その言葉で納得する。
逆ナンしてくれた彼女たちの事か。
「いや、待ってたら何か声かけられてさ」
「なんですぐ断んなかったの?」
息をもつかせぬ間に、言葉が返ってくる。
「いや、断ろうとしてたっていうか、もうすぐ断るとこだったってい」
「鼻の下伸びてたクセに?」
全てを言わせてもらえず、ぴしゃりと放たれた言葉に身体が大きく震えた。
それを見て彼女は顔をこちらに向けた。
「ほら、やっぱ自覚あるじゃん」
「えっ、いや、これは違くて」
「じゃあ何なのか言ってみてよ」
身体が震えた理由は、別に図星だからとう訳ではない。
だが確かにテンションが上がっていたのは事実。
故に真っ向から否定できず、言い淀んでしまう。
彼女が目を細めた。
「へー、やっぱあの子たちの方が良かったんだ」
「いや、違うって!」
「おっぱいもおっきかったもんね」
まあそれは確かに……い、いや違う!
「いや、だから」
「なに」
「……あの時はホントに、ちゃんと断ろうとしたんだって」
「ふーん」
その無表情ふーんやめて、怖い。
「私との予定がなかったら、遊んでた?」
「…………まあ、その時は遊ぶくらい」
「は?」
「いえッ、絶対に遊びませんッ!」
フリーな身だから、そりゃあひと夏のアバンチュールくらい体験してみたいもんよ。あ、星野ママ! これ浮気じゃないよ! 若気の至りで許して!
将来的に考えれば、俺は彼女の父親的ポジションになる。
何だろう、まるで娘に浮気がバレた父親ってこんな気分なのかと思ってしまう。
どう足掻いても逆らえない、不思議な力が彼女にはある。
「私とあの子たちだったら、どっちと遊びに行くの?」
「無論あい様です!」
誓う様に、宣言する。
ここで違う答えを言ったら、何されるか分かったもんじゃない。
「じゃあ他の子とは遊ばないって誓って」
「……え、いや、それは」
「は?」
「誓いますッ!」
怖い、怖すぎるよこの子……。
誰だこんな子にしたのは!
まあ誓ったところで、あいに会わなきゃバレる事はないし、別段困らない。
俺だって、折角若返ってるんだ、青春してみたい!
星野ママ、心配しないでくれ。未来は君一択だから。
「ふーん」
だからそれやめて……。
それ以降何も喋らず、彼女は俺を見つめ続けてくる。
め、めちゃくちゃ気まずい……。
と、その時俺に天啓が閃いた。
トイレに逃げて、少し時間を稼ごう。
少し時間を空けりゃ、それなりに落ち着いてくれるだろう。
「ちょ、ちょっとトイレ行ってくるよ」
「……いいよ」
何故か家主が来客に自宅のトイレの許可をもらう様な事態になってしまったが、特段気にはしない。
とにかくこの空間から逃れたかった。
そしてトイレに入り、ようやく一息つけたのだった。