"にわか"は言う「だから『推しの子』だって言ってんだろ!」 作:あるミカンの上にアルミ缶
恋愛リアリティショーの最終回収録が終わった。
俺は監督と自分の最終的な振る舞いを相談し、それに沿う様に展開していき、そして告白してきた三人の女子を振るという流れで締めた。
番組としては、途中から一組の男女に焦点を当てて、最終話で彼らが結ばれる、それを本流として捉え一組の真剣な恋模様をやきもきさせながら見せ、そして多数の女性から好意を抱かれる男性がどの様な選択に至るのか、固唾を吞んで見守るという二面性で話題を博し、本流の男女がめでたく結ばれるという納得の結末になった。
最終回の収録が終わった時、収録中はめでたく結ばれて幸せそうな表情を浮かべていた女子に呼ばれて、こっそり「これ、ビジネスだから安心してね?」と言われ、背筋が凍った。女って怖いと実感した。
俺は三人の女性を結果的に泣かせてしまい、女泣かせが直らない事を心の中で、おばちゃんに謝ったのが記憶に新しい。
だが、少なくともあいの運命の日までは、誰かと付き合ったりするつもりは一切なかったから、こればっかりは許して欲しい。
俺が死んで悲しむ様な人を、決して作りたくなかった。
そして、最終回の放送が今終わった。
時間は夜。
俺は観ていないが、時間的に丁度番組が終わった時間。
自宅のダイニングで椅子に座りながら、テーブルに置いたスマホに映し出されている画面を見つめていた。
電話の着信画面がしばらく続く。
そして切れる。
その直後、すぐに先程の電話着信画面が立ち上がる。
この光景が、かれこれ二〇分は続いていた。
…………出たくねえ。
早く出ないとまずい。けれど出たくない。
二律背反な思いがずっと、俺の頭の中で渦巻いていた。
そう考えていると、着信の嵐が止んだ。
心底ホッとした。
今、俺は疲れて寝ていたんだ。そうだ、だから電話に気付かなくてもしょうがない。
明日になったら、寝てて気付かなかったってメッセージを送れば何の問題もない。
そうだ、そうしよう。
大変な事は明日の俺に任せると決めて、心が少し軽くなった。
同時に、部屋に響いた通知音。
電話ではなく、メッセージだった。
スマホに映るロック画面には、その内容が表示される。
送り主の名前は、先程の着信画面と同じ『星野』の文字。
『電話してこないとバラす』
…………何が!?
バラすって、何か暴露されんの!? それとも俺の身体を物理的にって事!?
主語が無い言葉が、こんなに恐ろしいとは思わなかった。
意味は分からないが、少なくとも俺にデメリットがある内容なのは間違いないだろう。
そして彼女の場合、最悪自分も被害を被る事だって厭わない可能性がある。
思い返すのは一年以上前の、渋谷駅前での記憶。
俺が逆ナンされていた時、声をかけてきたあいは、ノー変装になっていた。
そして彼女はあの時の事を「イラっとした」と言っていた。
つまり、星野アイはキレると何をしでかすか分からない。
……年貢の納め時だな。
そう観念し、一度大きなため息を吐いてから、スマホを手に取った。
画面ロックを解除し、メッセージアプリを開く。
彼女とのチャットを開き、これで相手に既読がバレた。
同時に、先程までと同じ着信画面に切り替わる。
さて、彼女の反応が予想出来ない以上、どうなるか分からない。
もしかしたら、せっかく仲直りした関係が完全に壊れるかもしれない。
俺の事を双子の父親と認知させてきた事も含めて、無かったことになるかもしれない。
でも、それでもいい。
俺が出来るのは、星野アイの判断を肯定し乗る事だけ。
なる様にしかならないのだ。
もう一度ため息を吐き、電話に出る為にゆっくりと応答アイコンをスワイプする。
スマホを耳に当てた。
『遅い』
聞こえてきたのは、無機質な声。
「ごめん」
意味も無く謝る。
『そんなに私と話したくなかった?』
「……いや、そんな事は」
『じゃあ、すぐ出れたよね?』
仕事中じゃないんだから。えっ、何で知ってんの……?
彼女は最早、超能力者にでもなったんだろうか。
黙っていると、スマホから息を吐く音が聴こえる。
『それで』
淡々とした声色で、彼女は続ける。
『……あれなに?』
聞こえてくる声に、蘇る既視感。
電話越しに感じる謎の圧に、声が出せない。
『あれなに?』
二度目の言葉。
まるで最後通牒を叩きつけられているかの様だった。
『前に話した後に撮ってるよね?』
弾かれた様に声を出す。
「いやっ、その、あの時は最終回の収録残ってんの忘れてたっていうか」
『関係ない』
「けど、ちゃんと約束は守ったっていうか」
『関係ない』
平坦とした声色の応答。
まるで拒絶されている様な声に、言葉が返せない。
僅かな沈黙が訪れる。
『……二回』
不意に呟かれた言葉。
『二回、本当に笑ってた』
身体が大きく震えた。
そんなはずは……だって最終回の収録は、笑顔の時は毎回演じて笑顔を作る事を意識した。
決して、意識せずに笑った記憶がない。
混乱する俺をよそに、彼女は話を続ける。
『告白されてフッた女に「これからも友達でいてください」って言われた時と、カップルが成立して嬉し泣きしてる女を見てる時』
告げられた言葉に、声が出ない。
そのシーンも憶えている。
けどそこで、笑顔になっていた記憶がない。
けれど、彼女が言うのなら、そうだったのかもしれない。
これが彼女の嘘だって可能性もある。
だけど、俺には彼女を肯定する事しか出来ないから。
「……ごめん」
故に謝る。
そんな俺に構わず、彼女は続けた。
『あと、三人……いや、四人かな? 好きになられたままだったよね?』
その言葉に背筋が凍る。
それについても、きちんと終わらせないといけなかったのか。
番組としてはきちんとフッて、女の子たちが俺の事を好きという想いを断ち切らせて終わった。
それで彼女との約束は守られたと思っていた。
だが、それだけでは駄目だったらしい。
『カズマって、子どももいるのに好きになってくれた他の女もキープするクズだったんだぁ』
口調が変わり、まるで蔑んでくるかの様な声色。
軽口の様に『へー、流石はCM王子。やる事が違いますねー』なんて続けてくる。
「……ごめん」
『…………言ったよね?』
再度謝れば、変わる声色。
平坦ではなく、もっと重く低い声色。
『――二度目はないから、って』
その声に、何も返せない。
ただ黙るしか出来なかった。
『…………もういい』
不意に呟かれた言葉。
それは今までで、彼女から聞いた事が無い声色。
無機質、なんかよりももっと無の声色。
……いや、一度だけ聞いた事があった。
それは昔、施設に居た頃。
彼女と初めて喧嘩をした、あの時。
『――――カズマの事なんて、もう知らない』
その声を最後に、通話が切られた音が耳に届く。
失望。
その言葉が頭を過った。
通話が終わり、耳に当てる必要がなくなったスマホを離す。
画面を見れば、先程まで開いていた彼女とのチャット欄が映っている。
そこに映るやりとりが、まるで彼女との過去の思い出の様に感じた。
既に終わった関係。
そう言われている様に思った。
傍から見れば、彼女の言動を異常だと、自分勝手でありえない人だと思う人がいるかもしれない。
……だが俺からすれば、これが星野アイなんだ。
彼女が言った事を、やった事を受け入れる。
それがずっと続く、俺と彼女の関係。
他の人が何と言おうと、それが崩れる事はない。
故に、彼女が俺を嫌ったのなら、俺はそれを受け入れる。
嫌われた理由が何であれ、俺が悪い。
寂しさや罪悪感は特にない。ただ事実として受け入れている。
胸に僅かな痛みはあれど、関係を戻そうと縋る事はない。
それが、俺という存在しない人間の生き方。
それに、ちょうど良かったのかもしれない。
恋愛リアリティショーが放送されてから、俺はCMだけでなくバラエティーや他のドラマとか、仕事の種類が増えてきた。
既に埋まっているCMのスケジュール以外の時間が、徐々にそれらで埋まっていき、これからは文字通り分刻みのスケジュールになっていく。
嫌われれば、彼女からの関心がなくなれば、どんな仕事をしても彼女に影響を及ぼす事はなくなる。
だからちょうど良かった。
それに、ようやく貯金に関してもようやく目標の金額になった所だったから。
これからは色々と動き出して忙しくなる予定だった。
……数年後、それまでに完全に準備を済ませる。
だからちょうど良かった。
彼女が俺に関心を無くしてくれた方が、自由にやりやすいから。
俺は存在しない人間、つまり影ですらない。
彼女の見えない所で動き、認知させない。それが一番性に合ってる。
スマホをテーブルに置き、ダイニングから居間へと移動する。
居間の扉を開けば、まず見えてくるのは事務所の人たちから貰った沢山の、星野アイのグッズ。
気付けばここ数年でかなり増え、居間に人を呼べない程になってしまった。
だが、それだけ彼女が輝き、人を魅了し続けた証。
そして、これからも更に魅了し続ける証拠。
……だから、あい。
君は俺なんか忘れて、ファンを……子どもたちを愛す為に輝き続けてくれ。