"にわか"は言う「だから『推しの子』だって言ってんだろ!」   作:あるミカンの上にアルミ缶

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第45話

 朝、一人の男が自宅であるマンションのドアを閉めて、地上に続く階段を足早に降りていく。

 降りた先から見える道路には、一台の黒いセダンが停まっていた。

 男は車へと歩み寄り、後部座席へと乗り込む。

 中には、運転席に人が居た。

 

「おはよう、カズヤ君」

 

 運転席からかけられた声に、後部座席のドアを閉めてから男が返した。

 

「おはよう、佐山さん」

 

 運転席に座るスーツ姿の男に挨拶を返した頃合いで、車が静かに動き出す。

 運転する、佐山と呼ばれた男性は、後部座席に座りスマホを見ている男のマネージャー。

 スマホを見ている、佐山からカズヤ君と呼ばれた男は俳優で、今日はCMの撮影にドラマの撮影、バラエティー番組の収録と過密なスケジュールになっていた。

 それまではCMにてある程度の地位はあった彼だが、少し前に放送された恋愛リアリティショーによって大ブレイクし、今や時の人となり人気俳優の仲間入りを果たした彼は、芸名をカズヤ。

 本名、木村カズヤは今日も今日とていつもと変わらず、マネージャーである佐山と共に仕事へと向かうのだった。

 

 

 午前中にCM撮影が一本あり、午後からはドラマの撮影。夜からバラエティー番組の収録を順番にこなす。

 収録の合間、カズヤはスタジオから離れ、電話相手と話していた。

 

「ああ、はい。それで大丈夫です。金額については別途、お会いした時に相談出来れば」

 

 通話をしている姿を、少し離れた場所からマネージャーの佐山が気付くが、彼は別段気にしない。

 カズヤは今まで、プライベートにおいてスキャンダルを起こす様な素振りは一切見せず、不祥事を起こす様な素行の悪さも皆無。

 子役時代から、誰に言われる訳でも無く謙虚さを持ち、他人を思いやり天狗になる事もなかった。

 故に、マネージャーであれど彼のプライベートに一切口を挟んだ事はない。

 佐山はカズヤを一瞥した後、番組のプロデューサーと今後の話をする為にスタジオへと戻った。

 それから少しして、カズヤの電話が終わる。

 

「……よし、まずはオッケーと」

 

 そう呟きながらスタジオに戻ればディレクターから「カズヤ君っ、もうすぐ収録再開するから」との言葉があり、それに笑顔で頷いていた。

 バラエティー番組の収録が再開し、カズヤは特段問題なくMCからの質問に受け答えし、最後に彼が出演しているドラマの番組宣伝を行う。

 その姿は正に、巷でSNS世代である若者がカズヤに対して呼ぶ"カズヤお兄様"にそぐわぬことのない、安心感があった。

 そんな一日を繰り返し、カズヤは今日も忙しく仕事に勤しむ。

 

 

 基本的に、深夜に帰宅する事が多いカズヤはすぐに寝る事はせず、電話やメールといった、誰かと連絡を取る事が多かった。

 

「……ああ、場所が分かりましたか」

 

 無理させてしまって申し訳ないです、そう朗らかに述べる彼に対して、電話口からは溜息が聴こえてきた。

 それに対して彼は軽い笑い声で返す。

 

「ま、その分お金は払うんで許してくださいよ」

 

 その声に、電話口の相手は特段反論する事はなく、軽口のみで許した。

 互いに緊張感も特段なく、落ち着いた雰囲気で話が進んでいく。

 

「……ええ、交渉の手段は都度お任せします。その際に金の話が出たら一旦、当初決めた金額を伝えてもらって、それで渋る様だったら希望金額を聞いて、それを教えてもらってもいいですか?」

 

 カズヤの言葉に、電話口の相手は了承の旨を返した。

 

「はい、じゃあそんな感じで、これからよろしくお願いします……あ、それとエスカレーションが必要じゃないって判断したら、こっちには細かい報告はいらないんで、そこら辺も裁量はそちらで自由にしてください」

 

 では何かあったらまた連絡ください、そう言って彼は電話を切る。

 スマホをテーブルに置き、ダイニングの椅子に座ったままで天井を見上げため息を一つ。

 

「……さて、まずはこれで一つクリアと」

 

 そう呟き、椅子から立ち上がって寝る準備を始める。

 居間へと移動し、部屋の一か所を見やってから、ベッドに横になるのだった。

 

 

 

 

 カズヤがそんな生活を始めて、三年が経過した。

 相変わらず過密なスケジュールをこなしつつ、合間を見て彼はよく、自身が所属する事務所へと足を運んでいた。

 彼の所属する事務所はあれから勢いを増して、当初の小さな事務所から中規模程度の事務所へと、業界内での評判が変わっていた。

 そこの看板タレントであるカズヤが事務所に良く立ち寄るのは、一つ理由があったから。

 それは、仲の良い事務所の社員たちと駄弁る為。

 それが彼にとってここ数年で唯一の息抜きとなっていた。

 彼が事務所に入れば、すぐに社員に気付かれる。

 

「あ、カズヤ君。お疲れ様」

 

 そんな社員に挨拶を返し、彼は事務所内にあるソファーに腰掛けた。

 次の現場に移動するにしても、まだ少し余裕があったから。

 カズヤに挨拶をした社員もまた、彼と共にソファーに座る。

 その社員がカズヤの目的であり、彼が子役時代からずっと仲の良い社員の一人だった。

 ソファーに腰掛け一息ついたカズヤに、社員の男性が話しかける。

 

「そうだ、カズヤ君はもう聞いた?」

 

 不意の質問に、カズヤは社員を見やった。

 

「え、何が?」

 

 そんな彼の返しに、男性は待っていましたと言わんばかりに笑顔を浮かべた。

 

「アイの……B小町のドームライブがとうとう決まったんだよ!」

 

 待ち望んでいた、そうとしか思えない笑顔の男性。

 

「え、マジで?」

 

 驚いた表情で言葉を返したカズヤに、男性は勢い良く頷く。

 そんな男性をしばらく見つめ、やがて顔を逸らした。

 

「ほーん」

 

 呑気なカズヤの言葉だが、男性は気にしない。

 二人の間柄は、ずっとこうだったから。

 気の抜けた様な表情をするカズヤに、男性は口を開く。

 

「いやー、やっとB小町が世間に認められたって感じがして嬉しいよ!」

 

 ドームライブ楽しみだなあ、未来を夢見る表情で男性がしみじみと頷く。

 そんな男性を、カズヤは横目で見やった。

 

「ドームライブって、やっぱそんなにスゴイの?」

 

 彼の何気無い質問に、男性はカッと目を見開いた。

 

「スゴイってもんじゃないよ! 全国的に知名度があって、集客力も確実で話題性も間違いないっていう、限られた人たちしか許されないんだよッ?」

 

 熱弁を振るう男性の勢いに押され、カズヤは「お、おう」としか返せない。

 気おされているカズヤを尻目に、男性を正面を向いて立ち上がった。

 

「俺たちが応援して、B小町がここまで来たんだから喜ばずにはいられないでしょッ!」

 

 男性の言葉はフロア内に響き渡り、それに呼応する様に遠くから「おう、そうだ!」「その通りッ!」というレスポンスが返ってくる。

 仕事に追われこちらに来れない、カズヤと昔から仲が良い社員たちからだった。

 彼らは夕方からある、B小町のライブに間に合わせる為に、必死で今日のタスクをこなしていた。

 そんな声も耳にしつつ、カズヤは男性に訊ねる。

 

「そんで、ドームライブっていつやんの?」

 

 彼の言葉で、男性は再びソファーに座り直す。

 

「まだ三か月後なんだけどね」

 

 日程はこれ、そう言ってスマホを操作し、カズヤに画面を見せる。

 そこには、B小町のドームライブに関する情報が載っており、開催日についても掲載されていた。

 それを見て、カズヤは笑みを浮かべる。

 

「じゃあ、せっかくのドームライブだし、俺も参加しよっかな」

 

『え!?』

 

 そう告げたカズヤに対して、驚いた声が返ってくる。

 目の前の男性だけでなく、遠くで仕事をしているはずの二つの声も一緒に。

 

「か、カズヤ君が、B小町のライブに……?」

 

 動揺し震えた声で男性が、カズヤに聞き直す。

 カズヤは頷いた。

 

「ま、皆と席は離れるだろうけどね」

 

 俺、有名人だし。ニヒルに笑いながら告げれば、次いで男性たちの歓喜の叫びがフロアに響き渡った。

 ファン代表がいよいよ出陣だ! なんて狂喜乱舞している男性に、カズヤは苦笑しながら立ち上がる。

 時間を見れば、そろそろ次の現場への移動時間だった。

 笑顔で見送りをしてくる彼らに手を上げて応え、カズヤは事務所を出る。

 外にはカズヤが見慣れた黒いセダンが停まっており、そのまま後部座席に乗り込んだ。

 運転席にはマネージャーの佐山。

 車が動き出してから少し経ち、カズヤは声をかける。

 

「B小町のドームライブの日、調整して休みにしてもらってもいいかな?」

 

 カズヤの言葉に、佐山は困惑気な声を上げたが、そのまま了承した。

 それと……。そうカズヤは続ける。

 

 

「申し訳ないんだけど、その日から一週間くらい休みにしといてもらえると助かる」

 

 

 その言葉に佐山は再び困惑気な表情を浮かべながら、現場へと車を走らせた。

 

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