"にわか"は言う「だから『推しの子』だって言ってんだろ!」   作:あるミカンの上にアルミ缶

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第46話

 B小町のドームライブが明日に迫った今日。

 カズヤのスケジュールは、珍しく夕方までだった。

 今日の分の仕事を全て終え、佐山に自宅まで送り届けてもらった後、カズヤはそのままタクシーに乗り、移動していた。

 目的地付近に着き、タクシーを降りる。

 タクシーが走り去るのを見やり、彼は歩き始めた。

 

 歩く事数分、彼は目的地の前で足を止めた。

 その光景を眺めながら「思ってたよりも、小さかったんだな」と、感想を口にする。

 カズヤが呆然と眺めていれば、目的地である建物から人が出てきた。

 その人物もまた、カズヤの存在に気が付く。

 

「おや、カズヤ君じゃないか!」

 

「おばちゃん、久しぶり」

 

 嬉し気な表情へと変えてカズヤに駆け寄った。

 おばちゃん、カズヤにそう呼ばれた女性は彼の肩を親し気に叩く。

 

「いっつもテレビで見てるよっ、大活躍じゃないかっ」

 

 笑顔でそう告げてくる女性に、カズヤは照れくさそうな笑みを返した。

 彼女の姿を見ながらカズヤは、記憶にある女性の姿よりも、目の前の女性は幾分か年を取った様に感じた。

 そんな女性を見ながら、カズヤは呟く。

 

「おばちゃん、ちっちゃくなったね」

 

 その言葉に、彼女は「違うよ」と嬉し気に返した。

 

「カズヤ君が成長したんだよ」

 

 もう八年も経つからね、そう言って懐かし気な表情を浮かべながら目を瞑った。

 

「もう、そんなに経つのか……」

 

 カズヤもまた、過去を思い出す様に目を瞑った。

 眼前にある建物、施設で育った思い出が鮮明に蘇ってくる。

 そんな彼の耳に「あ」という声が届いた。

 

「そういや、アイちゃんとはちゃんと仲直り出来たのかい?」

 

 質問を投げかけてくる彼女に、カズヤは目を開けて苦笑を返す。

 

「中々、お互いのタイミングが合わなくてね」

 

 そんな彼の言葉に女性は「……そうかい。まあ、お互い忙しくなったからねえ」としみじみ呟いた。

 

「だけど、ちゃんといつかは仲直りするんだよ?」

 

 その言葉に、カズヤは懐かし気な笑みを浮かべて頷いた。

 

「機会があったら、必ずするよ」

 

 彼の言葉に女性は満足げに頷き、やがて何かに気付いた様な表情を浮かべる。

 

「そういや、今日はどうしたんだい?」

 

 姿見せるなんて珍しいじゃないか、そう伝える女性にカズヤは僅かに沈黙した。

 やがて口を開く。

 

「……いや、久々におばちゃんの顔が見たいって思ってさ」

 

 そう伝えれば、

 

「なんだい、嬉しいこと言ってくれるじゃないかっ」

 

 女性はカズヤに対してからからと笑った。

 

「そんなことを言う様になったって事は……またどっかで女の子を泣かせてるんじゃないかい?」

 

 からかい気に笑いながら告げる女性の言葉に、カズヤは再び苦笑を浮かべる。

 

「……ま、ぼちぼちってとこかな?」

 

 そんなカズヤの言葉に、女性は溜息を吐いた。

 

「いつの間にか、悪い男に育っちまったもんだねえ」

 

 女性に対してカズヤが「ごめんね」と返せば、間を開けずに「いいさ」と返答が聞こえる。

 

「カズヤ君の事だ……ちゃんと最後は笑顔にしてあげてるんだろ?」

 

 優し気な口調で告げた女性に、カズヤは笑いが堪えられず軽く噴き出した。

 

「……そうだったら良いな、っては思ってる」

 

 カズヤの呟きに「なら問題ないさ」と女性は笑顔を浮かべた。

 互いの間に僅かな沈黙が訪れる。

 やがて、カズヤが口を開いた。

 

「……じゃあ、そろそろ行くね」

 

 その言葉に、女性が頷く。

 

「今日は久しぶりにカズヤ君の顔が見れて安心したよ」

 

 テレビでは毎日見るんだけどねえ、と話す女性は、そのまま言葉を続けた。

 

「体には気を付けるんだよ?」

 

「うん」

 

「辛い事があったら、いつでも連絡していいからね?」

 

「分かった」

 

「いつかアイちゃんと一緒に、顔見せにきておくれよ?」

 

「……頑張るよ」

 

 じゃあいってらっしゃい、その言葉にカズヤは頷いた。

 踵を返し、歩き出す。

 彼は振り返りはしなかったが、路地を曲がり姿が見えなくなるまで女性が見てくれていた事は、なんとなく背中に感じる視線から把握していた。

 施設も、女性の姿も見えなくなってから、カズヤは足を止める。

 意味も無く顔を上げれば、彼の視界には間もなく夕闇が訪れるであろう空模様が目に入った。

 

「……また、おばちゃんに会いたいなあ」

 

 その言葉は、誰に届く事無く夕空へと霧散していく。

 

 

 

 

 タクシーが捕まりやすい大通りを目指して路地を歩く。

 辺りは大分夜の帳が降り始めていた。

 カズヤは特に何を考えるでもなく足を進めていたが、突如足を止めた。

 近くで音が聴こえたからだ。

 何の音か。

 

 カラスが鳴く音。

 

 カラスなんて日常生活の中で紛れる生活音の一つとして、社会に溶け込む程に都会であっても人間にとって身近な存在。

 カズヤもまたそれに違わない感覚を持っているが、何故かこの時ばかりは足を止めてしまった。

 彼の周りに、カラスが徐々に集まり始める。

 羽音を鳴らし、一枚、また一枚と抜けた羽が宙に舞った。

 辺りにはカラスの鳴き声だけが木霊し、他は一切の静寂に包まれている。

 まるで世界から切り離されたみたい、その光景を眺めながら、漠然と彼はそう思った。

 

 

「存在しない人間」

 

 

 不意に聴こえた声に、カズヤは振り返る。

 そこには笑みを浮かべた黒い服の幼い少女がいた。

 先程まで辺りで鳴いていたカラスの群れは一斉に、少女の元へと飛び立つ。

 カラス達が、彼女の周りで揺蕩い、カズヤを見つめた。

 

「……きみは」

 

 不可思議な光景を眺めつつ、呆然とカズヤは口を開く。

 

「存在しない人間が、物語の舞台に現れてしまった。そして、その人は舞台には立たずに、物語のシナリオを書き換えようと奔走する」

 

 少女から放たれた、主体性の無い言葉。

 しかし、それを聞いたカズマの目が見開いた。

 彼の姿を見た少女は、くすくすと小さく笑う。

 

「驚いてるね、お兄さん。まさか、自分の事だったりするのかな?」

 

 少女の言葉に、彼は驚愕のままに固まるばかり。

 再び小さな笑い声が響いた。

 

「舞台上に立つ演者は星野アイ、雨宮吾郎、天童寺さりな。彼らの物語に君のキャスティングは存在しない」

 

 さらに、そう続ける。

 

「存在しない存在からの(せい)は、果たして存在の出来る生なのかな? 存在しない者に魂は当然、存在しない。なら、必然的に生まれる命に魂は存在しない」

 

 少女の一人語りをカズヤはただ、聞く事しか出来ない。

 

「星野アイは確かに君とまぐわい、二つの存在が誕生した。けれど誕生した存在に、存在しない人間の成分なんて入り込む訳がないよね?」

 

 ここにきて初めて、カズヤが変わった。

 だが彼の変化など、微塵も気にすることなく少女は続ける。

 

「だから物語は誕生した二つの存在に、補填として……既定路線という必然を与えた」

 

 もう分かったかな? そう少女は彼に問いかける。

 カズマの反応を待たずに、まるで答え合わせの様に、少女は再び語り出した。

 

 

「つまり、"雨宮吾郎"と"天童寺さりな"という二つの魂が入ったあの双子は、星野アイと木村カズヤの子でありながら、きみの子ではない」

 

 ――あの双子は君にとっては赤の他人だよ。

 

 

 そこで少女の語りが終わる。

 僅かな沈黙が訪れた。

 

「……なら」

 

 不意に、声が空間に響く。

 今まで沈黙の聞き手に徹していたカズヤが、口を開いた。

 

「なら……俺はもう彼女に関わる必要はないんだよね?」

 

 カズヤの言葉。

 少女の表情が、僅かに変わった。

 

「不思議な事を言うね? 君は関わる必要がないって言いながら、星野アイに関わろうとしている」

 

「関わらない様に関われれば問題無いからね」

 

 少女は黙り、カズヤもまた口を閉じる。

 今度こそ、正に静寂が訪れた。

 否、カラスの羽音のみが、この世界を支配していた。

 

「君がシナリオを改変しようとすれば、必ずどこかでその物語に齟齬が発生しない様に進める為の手直しが入る。それが物語における必然だよ」

 

 少女の言葉に、カズヤは頷く。

 

「だったら、物語の中で一つの展開が無かった事になれば、その展開はもうその物語の中では起きなくなるって事でしょ?」

 

「例えそれで、その皺寄せが全て君に来たとしても?」

 

 問いに対して、彼は再び頷いた。

 

「存在しない人間に皺寄せが来たって、物語の登場人物がハッピーエンドになれば、観客は気にしないからね」

 

 笑顔で告げたカズヤに対して、少女は暫し彼を見つめる。

 やがて当初の様な笑みを浮かべた。

 

「なら、その物語を観客が観られるように動いてみなよ」

 

 少女の言葉に、カズマは不敵な笑顔を浮かべる。

 

「楽しみにしときな」

 

 アカデミー賞獲っちゃうかもよ? おどけた口調で話すカズヤに、少女はくすくすと笑った。

 やがて少女は踵を返し、彼に背を向ける。

 

「それじゃあ、もう会う事は無いかもしれないけど、君の物語を見せてもらうよ」

 

 歩き始めた少女に、カズヤが声をかけた。

 

「遅いし送ってこうか?」

 

 その言葉に、少女の足が止まる。

 

「こう見えても、誘拐や補導はされた事がないからね」

 

 微塵も不安を感じさせない声色に、カズヤは「ありゃりゃ、振られちゃった」と苦笑しつつ片手で頭を掻いた。

 再び、少女の笑い声が響く。

 歩みを進めた少女に、カズヤが声を届ける。

 

「またなー」

 

 その声に少女は振り返り、カズヤを見た。

 

「その機会を楽しみにしておくよ」

 

 そして歩き出したのを見送り、カズヤもまた、少女とは反対方向に歩き出す。

 何か不思議な感じだったなあ、なんて考えながら、大通りに出てタクシーへと乗り込んだ。

 

 

 

 

「彼の言う物語は確かに、この世界の物語」

 

 一人の少女が、暗闇の中で話し出す。

 辺りには誰もおらず、彼女一人のみ。

 

「けれど、存在しない人間がこの世界に存在した事で、その物語は存在しなくなった」

 

 暗闇だけが存在する漆黒の空間を見上げながら、少女は語る。

 

「そして世界はその代償を払う事となる。存在しない人間が現れた事で、本来存在した筈の人間が一人……存在しなくなった」

 

 やがて少女は、くつくつと笑い出した。

 

「存在しない人間が今や誰からも認知されて、本来の一番星よりもこの世界で輝きを放っている」

 

 周りを飛んでいるカラス達が一斉に、空へと飛び立っていく。

 

「なら、この世界は」

 

 

 

 

 ――誰が主役の物語なんだろうね?

 

 

 

 

 そんな少女の言葉は、誰に聞かれる事無く闇夜に紛れた。

 

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