"にわか"は言う「だから『推しの子』だって言ってんだろ!」   作:あるミカンの上にアルミ缶

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第50話

 ……カズマが、ナイフで刺された。

 その光景が、目に飛び込んでくる。

 だが理解出来ない。

 今、目の前で起きているのは何?

 思考が纏まらず、何も考えられない。

 ――あれはきっと、カズマのそっくりさん。

 そんな気持ちが大きくなってくる。

 けれど、それを私の心が否定した。

 私がカズマを間違うわけないッ。

 そして、やがて追い付く理解。

 

 ――カズマが刺された。

 

 心臓が先ほどよりも激しく鼓動する。

 さっきまでの暖かさは一切なく、とても冷たくとても痛い。

 何で? なんで? ナンデッ?

 そればかりが心を埋め尽くし、目の前で起きた状況を受け入れたくない。

 しかし、嫌でも視界には刺されたカズマの状況が目に入り続ける。

 身体がふらつき、腹を抑えながらもう片方の手を膝で支え、辛うじて立っている状態。

 満身創痍。

 それが今の彼に当てはまる表現だった。

 私は、気付けば自分が震えている事を知った。

 咄嗟に両手で肩を強く握る。

 早く震えを治めないと。

 震えを感じれば感じる程、これが現実だって受け入れちゃう……!

 カズマが手で抑えているお腹からは血が滴り落ち、アスファルトに付着する。

 その血が滴り落ちる程、彼の寿命がカウントダウンを始めた様に見えて、自身の震えが大きくなった。

 

 同時に、考えが纏まらない思考の中で、唯一認識出来た思考が大きくなってくる。

 ――カズマをこんな目に遭わせたのは誰だ。

 そう考えた時、身体の中を火で炙られた様に感じた。

 あの男が、私からカズマを奪おうとしている……!

 カズマに相対する男に目を向ける。

 その瞬間、一気に身体が凍てついた。

 

 気力でまだ二の足で立っているカズマに対し、情けなく地面にへたりこむ男。

 彼は、私には見覚えがあった。

 あれは、たしか、リョースケくん……?

 私のファンで、よく握手会に来てくれてた。

 なんで、彼がカズマを――。

 不意に、直前の言葉が蘇る。

 

 ――お前をッ! お前を殺せば子供を作ってファンを裏切ったアイへの復讐になるんだッ!

 

 身体に上手く力が入らず、崩れ落ちそうになる。

 理解、してしまった。

 元凶が一体誰なのかを。

 

 わたしだ。

 

 私が、リョースケくんに、ファンに対して嘘をついてしまったから、裏切る様な事をしてしまったから、カズマが刺された。

 リョースケくんが悪い?

 ううん……私が、カズマを刺してしまった……。

 眩暈がして倒れそうになる。

 私のせいで、カズマがこうなった。

 やっぱり、私が嘘でも愛そうなんて思ったから、こうなってしまった。

 

 私が、アイドルなんてやらなければ――。

 

 そう考えた時、カズマの声が耳に届いた。

 

 

「……お、いッ……お、れが、悪いん、だっ……アイの、こと、は……ぜったいに……恨む、なッ……!」

 

 

 深い底にまで沈んだ気持ちが、持ち上げられる。

 とても重く、とても強い言葉。

 

「ひぃッ」

 

 リョースケくんは、尻餅をついた体勢から飛び起き、多少よろけながらも私の前を走り去っていく。

 彼は恐らく私なんか目に入ってなかった。

 けど、今はそんな事どうでもよかった。

 頬を水滴が流れ落ちる感覚で、私は今泣いてることに気付いた。

 悲しい、苦しい涙。

 そんなはずなのに、どこか暖かくて。

 そこでやっと分かった。

 

 これが本当の愛なんだって。

 

 カズマはこんな時まで、私を庇ってくれた。

 ――命を懸けてまで、助けたいと思える気持ち。

 これが愛じゃなければ、何が愛だと言うのか。

 ……これが、カズヤの愛。

 涙が全然止まらない。

 気持ちが高まって治まらない。

 ダメだよカズマ……。

 

 ――こんな愛を向けられたら……わたし……カズヤのことしか考えられないよ……。

 

 途端に、胸の奥が軽くなる。

 えっ、私いま何を想ったの……?

 カズマの事。

 そして、カズマへの思い。

 今なら、言える。漠然とそう感じた。

 だってカズマが教えてくれたから。

 剥き出しなまでの、心からの愛を。

 だから言える。

 私はカズマを……ううん。

 

 

 ――わたしはカズヤを……愛してる。

 

 

 ああ、やっと言えたっ。

 これが本当の愛なんだ。

 私がカズヤに想う、絶対に嘘じゃない愛。

 そして、カズヤと目が合った。

 カズヤ……私、言えるよっ、言える様になったよっ。

 その瞬間――、

 

 

 カズヤの身体が、地面に崩れ落ちた。

 

 

「…………カズ、ヤ?」

 

 思考が追い付かない。

 同時に、激しく後悔が訪れる。

 カズヤは刺されていた、酷い怪我なのは間違いない。

 だが私は何を考えていた……?

 彼を助けようともせず、じぶんの気持ちの整理を優先していた。

 こんな時まで、カズヤの愛に甘えていたんだ。

 弾かれた様に、カズヤの元に走る。

 彼の横で、地面に膝をつけた。

 

「カズヤッ! カズヤぁッ!」

 

 応急処置なんて分からず、ただ名前を泣き叫びながら身体を揺する事しか出来ない。

 彼の反応はなく、まるで死んでしまったんじゃないかと、心に絶望が押し寄せる。

 それを信じたくなくて、ただ名前を呼んでは身体を揺すった。

 

「……あ、い……そ、れ……からだ、に……ひび、く」

 

 不意に聴こえた微かな声。

 

「カズヤっ!」

 

 彼の口から聞こえてきた声に、喜びの声を上げる。

 声が聞けた、それは生きている証。

 離ればなれにならないでいてくれるから。

 早くカズヤの、次の声が聞きたい。

 その一心で、彼の言葉を待った。

 

「……あ、い……」

 

 その言葉に、心臓が高鳴る。

 名前を呼んでくれた。

 彼に名前を呼ばれただけで、酷く気持ちが昂る。

 前はそんな事なかったのに。

 本当にカズヤを愛してるって気付けたからかな。

 

「……ドー、ム……ライ、ブ……がん、ば……れよ」

 

 その言葉にハッとした。

 そうだ、ドームライブがあるんだ。

 彼はそれを応援してくれてる。

 

 ……けど。

 

「…………ムリだよぉッ……」

 

 こんな調子でライブなんて出来るわけがない。

 カズヤの事が心配で、カズヤと一緒にいたくて、カズヤの事しか考えられないんだから。

 カズヤの事しか考えられない、けれどカズヤはライブを頑張れと言ってくる。

 思考がぐちゃぐちゃになり、彼に縋りつき泣き喚く事しか出来なかった。

 そこに彼の声が聴こえてくる。

 

「……おれ、の……こと、なん、か……さっ、さ、と……わす、れ、ろ」

 

 その言葉に心臓が大きく鼓動した。

 

「忘れられるわけないッ! カズヤのこと絶対忘れられないよッ!」

 

 なんで。

 なんで、そんな悲しいこと言うの……?

 まるで、いなくなる人みたいな――。

 慌てて口を開こうとすれば、ふと触られる感覚。

 

「……ぁっ」

 

 私の顎の下を、彼の指がゆっくりと撫でていた。

 それは小学校の頃の思い出。

 私が、カズヤの事を気になりだした出来事。

 記憶が蘇ってくる。

 

 ――子猫のアイの飼い主さんは、撫でるのがとっても上手ですにゃー。

 

 ――ほいほい、それじゃあずっと撫でて上げないといけないなー

 

 ――そうにゃ。ずっと撫でてくれないといけないにゃー

 

 

「……おち、つ、け……って……」

 

 あぁ……カズヤは。

 この人はずっと。

 私を愛してくれてたんだ。

 咄嗟に心臓の辺りを手で抑える。

 苦しい、苦しいよ……カズヤ。

 本当の愛って、こんなに苦しくもあるんだね。

 暖かいのに、とっても辛いんだ。

 けど、この苦しい気持ちも分かる。

 

 カズヤ……幸せすぎて、苦しいよ。

 

「……アイ、ド、ル……とし、て……ファン、を、あいし、て……こい、よ」

 

「……うん」

 

 そう言われたら、断れない。

 ――実は、ほんのちょっとだけ後悔してる。

 

「……はは、お、や……とし、て……こども、た、ち、に……あい、を……つたえ、ろ、よ」

 

「……わかったっ」

 

 あの子たちを、私は命をかけてでも守りたい。うん、今なら絶対に言える。

 ――本当の愛を知ったこと。

 

「……そし、て……しあ、わ、せ……に……なれ、よ」

 

 でも、今は。

 

「…………うんッ」

 

 必ず、あの子たちと幸せにしてみせる。

 ――失う事が、こんなに怖いなんて知りたくなかった……。

 

 ヤダよ、ずっとカズヤと一緒に居たいよ。

 でも、カズヤからの(願い)が届いた。なら、それに応えてあげたい。

 どちらも同じだけ強い気持ちとして、思考が上手く定まらない。

 涙でよく見えないけど、カズヤは満足げな表情をしている様に見えた。

 でも……愛してる彼だからこそ、安心させてあげたい。

 私は上手く笑え(嘘を吐け)ているだろうか。

 

「……ああ……よかっ、た……」

 

 その声を最後に、私の顎を撫でている指の感触が消えた。

 視界に捉える彼の身体は一切動かない。

 

「…………カズヤ?」

 

 声をかけるが返事は返ってこなかった。

 

「……カズヤ? ねえ、カズヤっ?」

 

 身体を揺するが、私の手に委ねられるままに揺れるその身体。

 心臓に強烈な痛みが走った。

 両手で彼の肩を強く揺する。

 

「カズヤ! ねえっ、カズヤってばッ!」

 

 何度呼びかけても、一向に反応は無く、ただ無心で彼の名前を呼び続けた。

 一瞬でも考え事をしたら、本当に何かを失ってしまう様な気がして。

 

 その時、目の前で一台の車が停車した。

 運転席から、スーツ姿の男性が降りてくる。

 

「カズヤ君ッ!」

 

 何てことだッ。カズヤの容態を見て、男性はそう続けた。

 その表情と声は切羽詰まっており、カズヤの前にしゃがみ、手を伸ばし、彼の身体に触れる。

 ――その手を、弾いた。

 

「カズヤに触らないでッ!」

 

 誰にもカズヤは触らせない。

 誰にもカズヤを取らせない。

 

「き、君は……アイさん!?」

 

 男性は私の正体に気付いたらしい。

 だけど、どうでもいい。

 カズヤの方が大事だから。

 ひと時も離れたくなく、彼にしがみつく。

 

「ああ……そういう事だったのかッ」

 

 男性の憤った声が耳に届くが、それは私ではない誰かに向けられたものだった。

 

「……失礼します」

 

 その声と共に、私とカズヤの間に男性の腕が入る。

 カズヤの身体が引っ張られ、離れそうになったのでカズヤの服を必死に掴んだ。

 男性を睨み付ける。

 

「カズヤを離してッ! 邪魔しないでッ!」

 

「カズヤ君を助ける為ですッ! そちらこそ邪魔しないでくださいッ!」

 

 口論になりながらも、男性の力には敵わず、車の方へと引き寄せられる。

 

「なんでカズヤを連れてくのッ!? 離ればなれにしないでッ!」

 

「助ける為って言ってんだろッ!」

 

 男の怒声が強まるが、私だって引けない。

 カズヤがどこかに行っちゃう。

 もう会えなくなる。

 それがとにかく怖かった。

 必死にしがみつくが、それでも力負けし「……少々手荒ですが、失礼します」その声と共に、腕を掴まれて後ろに押される。

 その勢いでカズヤから手が離れてしまい、少し離れた場所でたたらを踏んでしまった。

 その隙に、男性によってカズヤは後部座席に乗せられ、ドアが閉められた。

 

 走ってドアに近付き開けようとするが、ロックされているのか全く開かない。

 

「開けてッ、開けてよッ! カズヤッ、やっと……やっと本当に言える様になったんだよッ?」

 

 窓を叩けど、びくともしない。

 次第に腕が疲れてきて、力が入らなくなってくる。

 カズヤっ……カズヤぁっ。

 

「まだ……言えてないんだよっ……ちゃんと、言わせてよっ」

 

 カズヤからも言って欲しいよ……!

 縋る力もなくなり、ついには佇んでしまう。

 運転席の窓が開く音がした。

 

「……申し遅れましたが、私はカズヤ君のマネージャーをしている佐山と言います」

 

 この人、カズヤのマネージャーだったんだ。

 ぐちゃぐちゃな思考の片隅で、そう思った。

 

「……カズヤ君から、事前に伝言を預かっています」

 

 その言葉に、思考がクリアになる。

 カズヤからの伝言……!

 カズヤのマネージャーが口を開いた。

 

 

「ドームライブ、楽しみにしてる」

 

 

 必ず助けます、そう言って車は走り去った。

 呆然と、その方向をただ見やる。

 けれど心境は落ち着いていた。

 ……やっぱり、カズヤの愛は苦しいよ。

 空になったと思っていた涙が、またこぼれてきた。

 カズヤの愛に応えるには、ドームライブをやるしかない。

 そしてカズヤが言っていた様に、ライブに来てくれるファンを愛さなければいけない。

 そして、ドームライブを楽しんでもらうには……私自身がライブを楽しまないといけない。

 ……カズヤはズルい。

 私のことを分かりすぎてる。

 そう言われたら、私はやるしかないんだから。

 カズヤの愛に応える為には、そうするしかないんだから。

 私の心を乱して、弄んで……ちょっとムカつく。

 だけどそれ以上に――愛してる。

 

 涙を拭き、笑顔の確認。

 大丈夫、私はアイドル。

 それも……完璧なアイドル(大噓吐き)なんだから。

 ライブの時くらい、胸にぽっかりと空いた穴くらい、完璧に隠して見せる。

 それくらいやってみせなきゃ、カズマの愛を受け止めきれない。

 

 だからまずは、カズヤと約束した……。

 

 

 ――母親としての愛を、あの子たちに伝えて上げたい。

 

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