"にわか"は言う「だから『推しの子』だって言ってんだろ!」   作:あるミカンの上にアルミ缶

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第53話

「私も断片的な情報を纏めただけなので、全てを把握した訳ではないですが……恐らくカズヤ君は昨日、貴女の所にカズヤ君を刺した人物が来るのを予測していたんだと思います」

 

 彼の言葉に目を見開く。

 カズヤが、私のファンだったリョースケくんが来るのを知っていた……?

 俄かには信じられない内容に、言葉が出ない。

 田山さんは話を続ける。

 

「カズヤ君の家はあの辺りではなく、あの場に貴女が居たという事は、貴女の家が近い可能性が極めて高い。つまり貴女関連の人物が犯人という事になります」

 

 彼の言葉に、今更隠すことはせずに頷く。

 暴漢か、ストーカーですかね。私を見てそう呟く田山さんの言葉に考える。

 ストーカー、確かに今思えばそうだったのかもしれない。

 

「そしてカズヤ君は昨日の朝、私を呼んであの場所の近くに待機させてました。『軽い問題が起こったら電話する。重い問題だったらメッセージで位置情報を送るから車で迎えに来て』そう言われていました」

 

 再度の驚愕。

 カズヤが田山さんに、そんな事を言っていたなんて初めて知った。

 

「それと『もし俺が怪我とかしちゃったら、誰にもバレずに内緒で病院に連れて行って欲しい』とも」

 

 大きく心臓が脈打つ。

 重い問題が起こったら位置情報を連絡する、車で迎えに来て欲しい、怪我をしたら誰にもバレずに病院に行ってほしい。

 それって……。

 昨日の光景の、そのままではないか。

 鼓動が早まり、うるさくなる。

 

「脈略の無さに最初は分からないまま了承しましたが……今となっては分かる」

 

 バラバラだったピースが、頭の中で勝手に完成していく。

 身体の震えが止まらない。

 呼吸が浅くなり、目がちかちかと明滅する。

 そ、それが本当ならカズヤは――。

 

 

「カズヤ君はナイフで刺されるかもしれない事を、知っていた」

 

 ――私にバレない様に、私が殺されるかもしれなかった未来を解決しようとした。

 

 

 なので貴女がいた事には驚きました、そう続けた田山さんの言葉は気にしてられなかった。

 なんで、どうして……。

 そんな言葉も思い浮かぶが、真っ先に思い浮かんだのは違う。

 やっぱり、私って最低だ。

 だって私のせいでカズヤがこんな事になってしまったのに、一歩間違えれば死んでいたかもしれないのに。

 どうしようもない程に……。

 

 ――カズヤが私の為にしてくれた事を嬉しく思ってしまった。

 

 カズヤに愛されてる、その想いが胸を焦がすのを止められなかった。

 私が原因なのに、真っ先にそう思ってしまった。

 最低、だけど仕方ない。

 私は心が弱いんだから。

 カズヤがいないと、何も出来ないんだから。

 だけど、何でカズヤが昨日ストーカーが私のところに来ると知っていたのか知りたい。

 

「そういえばネットニュースで見ましたが、昨日B小町のドームライブで暴漢が出て、取り押さえられたみたいですね」

 

 不意に告げられた言葉。

 それで思い出す。

 私がドームに入る時に、警備員によって取り押さえられてる人がいた。

 それは朝に見た、カズヤを刺した人と同じ格好。

 顔は見えなかったけど、多分リョースケくんなんだと思う。

 ファンを裏切った、私への復讐。

 

「その男は、警備員の拘束から逃げ出して……道路に飛び出した所で車に撥ねられて、死亡したそうです」

 

 彼の言葉に驚く。

 リョースケくんが……。

 けれど、それを受けて感じたのは小さなショックだけ。

 ファンは愛したい。

 だけど、それ以上に。

 私が愛するカズヤを傷付けるのなら……それはファンではなく、私の敵だ。

 私の幸せを奪おうとするなら、絶対に許さない。

 だからあの時、取り押さえられている彼を見ても、何も思わなかった。

 

「一緒に書かれていた内容では、本来配置されていない場所に偶然いた、二名の警備員がナイフを持った男を見て取り押さえたそうです」

 

 そうなんだ。

 なら、その偶然に感謝しないとね。

 

「ですが、ドームライブの警備を担当していた警備会社に確認した所……全員が配置場所におり、該当する警備員はいないらしいんですよ」

 

 …………えっ?

 

「おかしいですよね? なので調べました」

 

 そう言って田山さんは、手に持っていたカバンから紙を取り出した。

 覗いてみるが、色々と文字ばかりが書いてあったりしてよく分からない。

 

「これは、カズヤ君の部屋に置いてあったものです」

 

 といっても衣類と一緒にテーブルの上にですが、そう田山さんは続けた。

 ……そうなんだ、でもこれがどうしたんだろ?

 何の書類なのか分からずに、田山さんの言葉を待つことしかできない。

 

「この書類は契約書です。それで契約先を調べたら驚きました」

 

 そう言って一枚目の紙の、真ん中くらいに記載されているリストを指さした。

 

「ここのリストに記載されている六名。いずれも要人警護の職についていたみたいです。調べて出てくるくらいなので、恐らく業界とかでは有名な方々みたいですね」

 

 要人警護……つまりSPをやっていた人ってこと。

 そんな人たちと契約して、カズヤは何をしたかったんだろ。

 悩む私の反応を気にすることなく、彼は続けた。

 

「カズヤ君は彼らに、指定した人物の三方向、もしくは四方向の部屋の確保及び入居。そして指定人物宅へ不審人物と思しき人間が訪れた時のみ……指定人物に気取られない事を前提に、極力穏便に対処する。そういった業務内容が書かれています」

 

 入居交渉も含めた内容で、掛かる費用は全て彼が捻出するみたいです。田山さんが言葉を締めた。

 難しい話になってきたみたいで、少し頭が混乱してくる。

 つまり、田山さんは何を言いたいんだろうか。

 考えていると、田山さんは紙を捲り、二枚目を見せてきた。

 

「先程のは約三年前の契約書で、こちらは約三か月前に作られた契約書です」

 

 二枚目の紙も、一枚目の紙と同様でぱっと見では難しそうな事ばかり書いてあるので、よく分からない。

 首を傾げる私の反応を見たからだろうか、田山さんは要約する様に話し始める。

 

 

「こちらは昨日のB小町ドームライブの日に、その会場で警備員の恰好にて潜入。関係者用入り口付近で、指定人物がドームに入るまでの監視及び不審人物への声掛け、拘束という追加の契約」

 

 

「えっ……?」

 

 思考が追い付かず、ただ聞き返してしまう。

 けれど、頭に思い浮かぶのは……昨日の光景。

 会場に行った時、後ろの方で警備員に取り押さえられていた人。

 何故かその光景が、頭から離れない。

 田山さんが何度目かのため息を吐いた。

 

「……もうここまでくると、最早気持ち悪いですよカズヤ君」

 

 えっ……今、カズヤのこと、気持ち悪いって言った?

 先程まで考えていた内容が、頭から全て飛んだ。

 

「田山さん、何言ってるのかな。カズヤが気持ち悪い? そんな要素一切ないよね? ねえ、ねえ……教えてよ。カズヤの一体、どこが気持ち悪いっていうのかなっ?」

 

「おっ、落ち着いてくださいッ」

 

 笑顔で訊ねれば、何やら酷く焦った表情。

 続け様に「い、今のは言葉の綾ですっ」と言うので、特別に許す。

 カズヤを助けてくれた人だから、特別に。

 

「田山さん、仮にもマネージャーなんだから言葉には気を付けないとねっ?」

 

 私の言葉に、田山さんはため息を吐いた。

 

「……話を戻しますね」そう言って彼は佇まいを直す。

 

 なに話してたっけ。

 しばし考え、やがてカズヤの事かと思い出す。

 田山さんは真剣な表情を浮かべて、口を開いた。

 

 

 

 

「指定人物とは――木村カズヤの妻であるアイ。貴女の事です」

 

 

 

 

「…………えっ」

 

 再び、思考が止まる。

 私……?

 それに、田山さんは今なんて言った。

 ――木村カズヤの妻。

 私の事を、そう言った。

 心臓の鼓動が早くなる。

 何故か、急に顔が熱くなってきた。

 田山さんの言葉、それはつまりカズヤが言った事。

 

 ……カズヤが、私を妻だと思ってくれてる。

 

 そう思うと、鼓動が更に速くなった様に感じた。

 どうしよう、たまらなく嬉しい。

 顔がにやけてしまいそうになるのを、必死に抑える。

 

「まあ、貴女を妻と言った方が、先方にも業務に対して怪しまれる可能性は幾分か下がるので、もしかしたらそう言ったのかもしれませんが……」

 

 田山さんが何か言ってるが、頭に入ってこない。

 カズヤが、私を妻だと思ってる。

 ……つまり、カズヤは私の夫。

 心が、狂いそうな程に嬉しさに包まれる。

 だって、だって私が妻でカズヤが夫なら……カズヤの中で、女として本当に愛しているのは私だけって事に他ならない。

 強いカズヤは、私以外の女を絶対に愛さないんだから。

 早くカズヤに愛してるって言いたい。

 私の想いなど知る由もなく、田山さんは言葉を続ける。

 

「つまり貴女の事を護る為に、三年程前から貴女の住まいを調べて、その部屋の前後左右に住む住人に立ち退き交渉を行う。恐らくは金で解決したんでしょうが。そして、そこにSPを入居させ、貴女の部屋に暴漢やストーカーが訪れないかだけを監視させる。そして昨日のドームライブでも、貴女が安全に施設に入れるよう警護させる。貴女のプライベートは関係なく、ただ貴女が刺されない為の策を講じた――それも貴女にバレない様に」

 

 そして、そう言って田山さんは目を瞑った。

 静かに口を開く。

 

 

「恐らくですが……カズヤ君は、このまま貴女の前から姿を消すつもりだったのかもしれません」

 

 

 先程まで、心を埋めていた暖かさが、全てなくなった。

 田山さんが言った言葉を理解出来ない。

 

「……た、田山さんはもうっ、冗談がキツイなぁっ」

 

 カズヤが私の前から姿を消す?

 何を言ってるんだろこの人は、カズヤが私の前から姿を消すなんてありえるはずがないのにね。

 だけど、私の言葉でも田山さんは表情を変えない。

 

「……ここからは私の憶測ですが」

 

 そう前置きして、言葉を続ける。

 

「これは計画的であり、しかも綿密に練られたもの。けれど、それにしては昨日の出来事があまりにお粗末なんです。普通に考えれば、SPは要人を護る為に格闘技術だって、間違いなくカズヤ君以上に高いと思いませんか?」

 

 そこで彼は一呼吸置いた。

 確かに、田山さんの言う通り、SPの人は闘うのが強いイメージがある。

 やがて再び口を開く。

 

「先程も言った通り、こちらの書類はカズヤ君の自宅に置いてありました。テーブルの上に、まるで数日分の着替えの様な衣類のセットと一緒に」

 

 …………あっ。

 彼の言葉で、何かに気付いた。

 ヒントになりそうな事に、気付いてしまった。

 それを瞬時に、頭の中から振り払う。

 これ以上気付いてしまうと……知りたくない現実が、見えてしまいそうだったから。

 

「秘密裏に行うのであれば、この契約書は隠してないとおかしい……けれど、カズヤ君はそれを明らかに目立つ場所に置いていた。私が、彼の部屋に入る理由の隣に」

 

 田山さんの表情が僅かに歪む。

 それは、怒りだ。

 

「何故、昨日あの場にカズヤ君がいて、雇ったSPは一人もいなかったのか……それはカズヤ君が、あのタイミングを本命として知っており、自分で解決しようとしたから」

 

 田山さんの言葉は止まらない。

 

「つまり命の危険が間違いなくあるタイミングが昨日で、そこでSPが怪我をしたり命を失う事があれば……その事実をカズヤ君が隠す事は出来ないでしょう。何せ他人が怪我をしたら、その情報がどこから外部に漏れるか分からないんだから。けれど、カズヤ君自身が怪我をしたらその理由を隠せる。何せ彼は今や世間から非常に人気の高い俳優……刺されたなんて事務所が世間に公表出来るわけがない」

 

 …………やめて。

 

「そして、刺されたカズヤ君は予定通り秘密裏に、私によって病院に運ばれる。入院となれば着替えが必要で、私はカズヤ君の家にそれを取りに行かなければならない。彼がもし亡くなってしまった場合でも、孤児である彼の荷物の整理で私はカズヤ君の家に行く必要があった」

 

 ……それ以上、言わないで。

 

「どちらの状態でも、私はこうなった原因を知る必要があり、それを探したでしょう。だがそれすらも既に、私の見える場所に置いてあった。そして、その内容を見れば……カズヤ君は貴女を悪漢から護ろうとしていた。何故? それは貴女がカズヤ君の妻であるから? 国民的に大人気の俳優と、ドームライブを終えたばかりの大人気のアイドルのスキャンダルだ……しかも相手のストーカーから刺される――こんな事実、公表なんて出来る訳が無いッ!」

 

 田山さんの怒りに満ちた声に、思わず身体が震える。

 けれど彼は、私を見ていなかった。

 

「こんな事を世間に公表したらどうなるッ……最初は熱愛報道に目が行くが、いずれその目は必ず、ストーカーを生んだアイドルへと向かう! そうすれば間違いなくそのアイドルは世間から叩かれ、想像も出来ない程に大きく炎上してしまうッ! それがカズヤ君の妻だというなら……彼の事を大切に思う我々が、カズヤ君の思いを無駄にする事なんて出来ないに決まってる!」

 

 怒りから発せられる声で聞こえてくる言葉を聞きたくないと思うのに、身体が動いてくれない。

 そして、そう言った田山さんの声のトーンは幾分か落ち着いていた。

 

「……カズヤ君は今後、芸能界を引退するつもりなんでしょう。でなければ一緒に置いてあった書置きに『佐山さん、この事は墓場までお願いしますね? 俺ももう掘り返されない様にするんで』なんて書くはずがありませんから」

 

 そう締めた田山さんの言葉を最後に、辺りに静寂が訪れる。

 彼から言われた言葉は、頭の中で上手く整理出来ない。

 思考がまとまらず、何かが浮かんではすぐに消えていく。

 だけど、漠然とこれだけは思い浮かんだ。

 胸の辺りを手で抑える。

 ……カズヤ、やっぱり。

 

 

 ――あなたからの愛は、痛くて、苦しいよ……。

 

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