"にわか"は言う「だから『推しの子』だって言ってんだろ!」   作:あるミカンの上にアルミ缶

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第55話

 夜、病院を出て事務所に向かう。

 駐車場に車を停めて所内に入れば、まだ仕事をしている人がちらほらと見受けられた。

 

「あ、佐山さん。お疲れ様です」

 

 声をかけられた方へと顔を向ければ、内勤の社員の姿。

 

「ええ、お疲れ様です」

 

 挨拶を返せば、彼が話し始めた。

 

「カズヤ君、ライブ行けなくて残念でしたね……」

 

 至極悲しそうに呟く彼は、カズヤ君がデビューした頃から仲の良い男性社員の一人。

 カズヤ君の影響で、アイさんのファンになった一人でもある。

 彼の言葉に頷く。

 

「そうですね、とても落ち込んでいましたよ」

 

「……そっか。じゃあお見舞いとか行って元気づけてあげないと!」

 

 私の言葉に、やがて明るさを取り戻した彼に対して首を横に振った。

 

「やめておいた方がよろしいかと。B小町のドームライブに参加した貴方が行っては、カズヤ君がもっと落ち込んでしまう可能性もありますからね」

 

 そう告げれば「……確かに、俺でもそうなるかも」と、自らの境遇に置き換えて想像したのか、納得した様に頷いた。

 彼に合わせて、こちらも再び頷く。

 

「ええ。なので、カズヤ君が復帰したらいつも通り接してあげればよろしいかと思いますよ」

 

「……そうですね。分かりましたっ、なら皆にもそう言っとかないと!」

 

 それを最後に、彼は自分のデスクへと駆けていった。

 皆、とは恐らくカズヤ君と仲の良い残り二人の社員の事だろう。

 彼の後ろ姿を見やり、再び事務所内を歩き出す。

 彼らには昔から、今の様にカズヤ君の居ない所でよく話をしていた。

 カズヤ君から影響を受けて、アイさんのファンになった彼らと、仕事が忙しくライブに行けないカズヤ君。

 カズヤ君は彼らと話していると、どこかリラックスしている様に感じていたので、その関係が忙しさで崩れてしまうのは勿体ない。

 ある種の親心として、彼らとの関係維持を目的に"アイさんのライブに行きたくても行けない子"として認識させる様にフォローをしていた。

 カズヤ君がよく車内で「ファン代表って、違うのになあ……」なんて愚痴を溢していたが、そこは愛される代償として受け入れてもらうしかない。

 営業部、広報部の社員に外部からのカズヤ君への情報があるか確認する。

 どちらも今のところは特に無しとの事で、一先ず安堵した。

 あちらこちらでカズヤ君の容態を聞かれるので、その都度問題ないと回答する。

 

 カズヤ君の実情に関しては、社内でも一部の人間にしか知らされていない。

 社長、専務、営業部長、広報部長、経理部長、そして私。

 どこから情報が洩れるか分からない為、社内でも極秘情報として取り扱う事となった。

 しかし彼らにも、アイさんとの関係、アイさんのストーカーに刺されたという事実は伝えていない。

 本来は一社員として、正しい情報で報告連絡は必要だろう。

 だが、やはりある種の親心なのか、カズヤ君の隠したいという強い思いは裏切れず、報告出来なかった。

 その為上層部へは、通り魔に遭ったと伝えており、カズヤ君自身が通り魔に刺されたという事を公表しないで欲しいと言っている、という内容で報告のもと承認を得た。

 またその通り魔は、確認したらB小町のドームライブに現れた暴漢だったと伝え、犯人は亡くなっているので捜査も行う必要が無いとも。

 会社としても、そのまま公表するにはリスクがあり、被害届を出す事も出来ないので、どちらにせよ公表は控えるという流れだったから割合スムーズに話は進んだ。

 社内への広報としては、カズヤ君が体調不良で入院という触れ込みで統一され、退院次第復帰という事になっている。

 現在は、事前にカズヤ君から言われた通り、彼のスケジュールは一週間程度空になっており、外部にも公表せずに済んでいた。

 しかし目覚めても一週間で退院など出来る訳もなく、それは担当医からも告げられている。

 なので早朝に上層部と話し合い、まずは更に一週間スケジュールを空ける事が決定し、カズヤ君の見舞い以外の時間でリスケの調整を行っていった。

 ドラマや映画の撮影は入っていなかった為、助かった。

 CMの撮影は長年付き合いのある、カズヤ君のブッキング待ちのスポンサーばかりだったので、比較的容易に組み直しが行えた。

 バラエティー番組の収録については、うちの別のタレントをギャラを下げてキャスティングし直すか、キャンセルかを提案し、いくつか後日回答となっているが恐らく問題はない。

 

 

 事務所を出て車に戻る。

 運転席に座って、一息ついた。

 カズヤ君と、アイさん。

 彼らの事が頭に浮かぶ。

 昨日まで、カズヤ君とアイさんにプライベートな関係があるなんて、知る由もなかった。

 ……だが。

 思い返せば確かに不審な点が多い。

 まずは、彼自身が積極的にアイさんの活動を追ったり、話をしている姿を見た事がない。

 けれども、うちの社員をアイさんの熱狂的なファンにさせる程、彼女の魅力を伝えられた。

 それはもしかしたら、彼の才能も要因の一つだったのかもしれない。

 長年カズヤ君と接して、見てきた者からすると、彼の才能は"言霊"。そう言えるのかもしれない。

 誇張した表現に聴こえるかもしれないが、カズヤ君が話す言葉には、不思議と頭に残り続ける。

 だが条件があり、それは"彼が言葉に力を込めた時だけ"というもの。

 普段の彼は敢えてなのか、全くと言って良い程、言葉に力が籠らない。

 それは決して、平坦や抑揚が無いという意味ではなく、単に相手に伝えようという話し方をしないだけ。

 彼が"相手に伝えたい"と思って話すと、途端に変わる。

 例えば、普段のカズヤ君は受け身で殆ど反論する事は無い。だが、これは言いたいと思った事を口にすると、その言葉が強く印象に残り、時間が経っても何故か憶えている事が多い、

 代わりに、誰が言っていたかを思い出せない時がある。

 CMでもそうだ。

 カズヤ君の能力は、謂わば"最強のキャッチフレーズ"である。

 いつ、誰が言ったのか憶えていないが、言葉だけは時代を超えて残る。

 なのでCMとして印象付けたいフレーズを彼に言わせると、それは"誰が言ったか憶えてないけど、このフレーズを聞くとこの商品だ"という、CMを打ち出す企業にとって利益が上がりやすい。

 CM後は商品のポスターや広告を作る時に、CMの顔がキャラクターではなくフレーズになるので、カズヤ君の絵を使う必要がなく、広告費を大幅にカットしても、変わらない利益を出すという理想の展開になる。

 まあ、ここ数年はカズヤ君の顔も売れてきたので、CM以外でもカズヤ君の絵を入れて販促品を作った方が、更に利益は上がりやすくなってきた様だが……。

 

 思考が逸れてしまった。

 カズヤ君とアイさんの関係。

 他には、そうだ。

 彼らが初めて共演した時の事。

 八年前、あの時のカズヤ君は、撮影前から異様な行動だった。

 いつもは出番が最後でも、気にせず最初からずっとスタジオにいる彼が……その時ばかりは監督に遅れると嘘をついて自分のシーンを最後に回させ、しかもギリギリまで頑なにスタジオへ行こうとしなかった。

 その時に「アイドルと共演とか緊張するからさ」等と言っており、当時はまだ子どもだったのでそんなものかと納得したが、今思えば違かったんだろう。

 何せ他のCMで共演する綺麗なモデルや女優、歳の近い可愛らしいジュニアモデルとCMで同じ現場だった時も、彼は特段緊張は見せずにのほほんと待機していた。

 それが……あの当時から、ファン代表の肩書を取り消そうとしていたカズヤ君が、然程追っていないアイドルなんかに緊張するはずがない。

 今思えば、あの時は何か理由があってアイさんと会い辛かったのかもしれない。

 

 そしてもう一つ。

 彼が初めてうちのオーディションに来た時に、私と営業部長の前で言った、役者を目指した理由。

 ――友達の女の子がスカウトされて、アイドルになりました。

 それが、アイさんの事だったのではないだろうか。

 何せ彼の口からアイさん以外のアイドルの話、寧ろ女の子の話を聞いた事がない。

 他の情報を含め、私のカズヤ君に対する最初の記憶と、昨日今日で得た最新の記憶を照合すれば……。

 

 アイさんとカズヤ君が幼い頃からの知り合い、という結果に整合性が持てる。

 

 まるでバラバラだったピースが綺麗に嵌った様に、頭の中が整理される。

 昨日と今日、短い間だがそこで見えたアイさんの喜怒哀楽。

 そしてカズヤ君への異常なまでの執着心は、明らかに浅い月日で形成されるものではなかった。

 昨日、カズヤ君を病院に連れて行こうとした際に見せた彼女の姿。

 今日は病院で、彼女に思考を停止するなと言ったが、それが今となっては正解なのか確証が持てなくなった。

 普通、好きな人が命の危機に瀕したら、真っ先に助けようとするだろう。

 助けてくれる人がいるなら、頼み込むに違いない。

 けれど昨日の彼女は、私が強引に引き離さなければ……カズヤ君が死んでも、離さなかったに違いない。

 私によって引き離された時に一瞬だけ、こちらに向けた眼。

 深い闇の様に、一点の光も存在しないと錯覚させる様なあの瞳。

 それが私に、あの時のアイさんの心境に対して確証が持てなくなった理由。

 その光景を思い出し、ため息を吐いた。

 そして心の中で、カズヤ君に呟く。

 

 ――今まで彼女にどんな事をしてきたんだ、カズヤ君……。

 

 幾ら考えども、答えなど出る筈がない。

 思考を切り替える。

 アイさんは確かに、カズヤ君の事を愛している。

 それも、常人には計り知れない程の、深く重い愛を。

 だから彼女に対して後押しを行った。

 カズヤ君を愛で引き止めさせろ、と。

 

 背もたれに深く身体を預けて、天井を見上げる。

 ……俺も、カズヤ君とはまだ一緒にいたいんだ。

 彼とツーマンセルで仕事をしてきたこの八年間は楽しかった。

 仲良くなって、親しくなって……気付けば君の事を弟みたいに思う様になっていたよ。

 だから、君が離れるというのなら、俺は離れたくないと思わせる。

 ……知ってるか? 俺が敬語で喋らないのはカズヤ君、君くらいなんだよ?

 カズヤ君の才能である"言霊"。

 言葉は印象付けるが、キャラクターの存在が消えた様に感じる。

 それはやがて、君の言葉だけが世に残って、君の存在が完全に消えてしまう様にも錯覚させた。

 それが昨日の出来事で、現実味を帯びてきた。

 もしかしたらカズヤ君は、これからも何か考えている計画があるのかもしれない。

 そして、それはもしかしたら誰かを助けるのかもしれない。

 ……だが、申し訳ないがそれが叶う事はない。

 何故なら、カズヤ君が助けるかもしれない誰かより俺は、社員全員が、家族と思っているカズヤ君の事の方が大切なんだから。

 

 そしてアイさん……すまない。

 君の背中を押しといて何だが、君は君で頑張ってくれ。

 カズヤ君の事を、貴女の愛に全ベット出来る程、俺は君の事を信用しきれていない。

 何故ならカズヤ君が、貴女に悟られない様に今回の件を動いており、昨日偶然貴女があの場にいなければ、アイさんはこの事を一生知る事はなかったのだろうから。

 だから、俺は俺でカズヤ君がここから離れたくないと思う様に動く。

 カズヤ君が、アイさんの事を受け入れられない事情があるんだとしたら、他にも多様な相手を用意して選ばせれば良い。

 彼はきっと俺に、アイさんへの心情を吐露する事は無いと思っている。あれば、今回の件で何かしらアイさんに関しての情報を、俺に言っていたはず。命を落とす危険があったのだから尚更に。

 あんな契約書の文字だけで知らせるよりも、直前でもアイさんに関しての想いを何かしらこちらに伝えられていれば、彼女に対して我々が慮る確率が上がるのだから。

 ……今回の、俺の情を利用した計画であるならば、綿密に考えたのであれば、それも行っていないとおかしい。

 故に、カズヤ君がどんな形であれアイさんを大切に思っていても一緒に居られない、もしくは彼女の前に存在出来ないという理由があるんだろう。

 ならば俺からすれば、彼をこのまま引きとめてくれる存在は……アイさんでなくとも構わない。

 彼が留まっても問題ないと思える存在を、こちらで探した方が効率がいい。

 

 ――例えそれが、アイさんの愛の障害になったとしても。

 

 ポケットからスマホを取り出す。

 無数の連絡先から、一つを選択して電話をかけた。

 僅かな呼び出し音。

 やがて、電話越しに相手の声が聴こえた。

 

 

「お疲れ様です、夜分遅くに申し訳ありません。カズヤ君と一番仕事付き合いが長い貴方に、ご相談がありまして――」

 

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