"にわか"は言う「だから『推しの子』だって言ってんだろ!」 作:あるミカンの上にアルミ缶
真っ暗な空間が広がっており、ここがどこなのか分からない。
自分の身体も闇に覆われており、見る事は出来ない。
あるのは思考のみ。
俺はもしかして死んだのか……?
そんな思いが湧き上がる。
そういや、あいのストーカーから刺されたんだったな。
漠然と、直前の記憶を思い出した。
同時に思い出す、最後の記憶。
あんなにも焦り、不安になり、恐怖した表情の彼女を見たのは初めてだった。
想定では、あそこにあいが来るはずがなかった。
彼女は何も知らずに幸せな日常を送り続ける、存在しない人間が存在しなくなった事など知らずに。
そんな計画だった。
立つ鳥跡を濁さず、それが俺の目指した事だった。
何故、あそこにあいが来たのか分からない。
ライブ会場へは保険として雇ったSPを殆ど配置し、アイが家を出てから追跡する人も置いた。だからそちらでの問題は、俺の時に比べて無いに等しいだろう。
そして佐山さんは優秀だから、間違いなく俺の意を理解してくれる。
だからこそ、彼女に目撃された事。それがただ一つ残った後悔。
けれども、別れ際にあいは笑っていたから……きっと俺の事なんて割り切って、前を向いてくれるに違いない。
彼女には愛するファンがいて、愛する子どもたちがいる。
俺なんか忘れて、今ある幸せに全力を注いでくれるだろう。
暗闇に包まれたまま、自分の死について考える。
不思議と、恐怖や焦りはなかった。
それは覚悟していたからなのか、目的を達成出来たからなのか分からない。
思えば十数年、これを核に生きてきた。
前世から、にわかとはいえ星野アイについて知っていた。
今世で実際に出会い、接して、やはり彼女を何とか助けたいと強く思った。
だから、悲願が叶って満足したのかもしれない。
所詮は自己満足だったんだから。
今や、星野アイが刺される以降の知識なんてほぼ憶えていない。
けれど、ここで死んだんだから、それでも問題無かった。
ああ、でも一つだけ心残りがあったわ。
……星野ママに会えなかった。
これは確かに心残り。
一目、一目だけでも良いから、見てみたかった……!
だって星野アイの母親だぞ? 今でもずっと変わらず綺麗なままに違いないんだから。
思えば十数年……あいと同じだけ、星野ママについても想い焦がれてきた。
これが所謂、叶わぬ恋というやつなんだろう。
うーむ、思えば思う程……心残りが強くなってきてしまった。
不意に、カラスの鳴き声が聴こえた。
「――なら、思い残すことが無いように、物語を続けてみたらどうかな?」
俺の耳に届くは、少女と思しき声色。
その声には既視感を抱き、やがて思い出す。
俺が死ぬ前日に出会った、カラスを従えた謎の幼女。
視界には何も映らないが、くすくすと笑う声が聴こえた。
「あれ? もしかして君は、自分が死んだとでも思ってる?」
愉快そうな声色。
……ん? 俺って死んでないの?
そんな疑問が思い浮かぶ。
「君が死んだのか死んでいないのかは、君が決める事だよ」
ちょっと、何を言ってるのか分からない。
「……じゃあ、生きたいって思えたら生きれるって事かな?」
声を出してみたら、出た。何だ、喋れるじゃん俺。
じゃあ、やっぱり死んでないのか?
けれど、存在していない人間が生きていて良いのか、そんな思いにもなった。
疑問が疑問を呼び、悩んでしまう。
――生きるべきか死ぬべきか、それが問題だ。
いつから俺の思考はシェイクスピア的になってしまったんだろう。
ハムレットもこんな心境だったのかな、なんて観た事も無い作品について漠然と思いを馳せた。
再び聴こえた微かな笑い声。
「答えたところで答えは君しか知らない。何故なら、ここにこうして存在しているのも、君の深層心理で思い浮かべた幻覚だっていう可能性もあるんだから」
愉しそうに告げる言葉を考える。
これは俺の深層心理が生み出した世界。
確かに、言い得て妙である。
そう言われてしまえば、俺にそれを否定する材料なんてないんだから。
……だけど。
「俺が深層心理で思い浮かべるのは、他の誰でもなく君なら……俺は何よりも君の事を想ってるって事……?」
真っ先に考えたのが、それだった。
あいでもなく星野ママでもなく、さりなや雨宮先生、その他今まで接してきた人たちの中から唯一選ばれたのが、この美幼女。
この子が、数多の人たちの中から、俺の目の前に現れた。
だとしたら、この子には悪いが、ショックだった。
俺は、ロリコンだったのかッ……!
まさに、驚愕の真実。
昔、雨宮先生をからかった言葉が、自分に返ってくる。
ブーメラン、とは正しくこの事だった。
俺はロリコンじゃないッ、と思いつつも、目の前の幼女の姿を思い出せば、確かに可愛い子だった。
けれどそれは絶対にキッズとしてただ可愛いだけ!
そう強く自分に言い聞かせるが、現にこうして俺の前に美幼女が現れてしまっている以上、自分でも説得力が乏しいと思ってしまった……。
先程よりも少し大きな笑い声が聴こえる。
「面白い事を言うね? まあ君がそう言うのなら、そうなのかもしれないよ?」
「やめて、肯定しないでお願い」
再び笑い声が木霊する。
くっ、この子は一見クールそうに見えたが、中々どうして小生意気なメスガキだったらしい。
俺は一生、幼女に勝てない人生なのか……。
ロリコン疑惑は、俺の心を重くした。
「存在しない人間が、主要人物の窮地を救う。これって、実は存在しない人間が物語の主人公だった、っていう可能性はないのかな?」
不意の言葉。
それを内心で笑う。
「登場人物に成り得ないからこそ、存在しない人間なんだから、存在しない人間は存在しない人間でしかないよ」
俺が登場人物になる訳がなく、なれる訳が無い。
分不相応。そういう事だ。
だから俺は、登場人物たちが起こす流れのまま、存在しないでいる。
良い事も悪い事もしない。ただありのままに、存在しない。
俺が物語にとって存在する人間になってしまったらきっと、原作の修正力が牙を向くだろう。
それが俺にだったら良い。
だけどそれで、幸せになって欲しい人たちが不幸になるかもしれないなら、俺は存在しないままが良い。
「君が思う物語は、他でもない君の手によって改変された。なら、今後の展開はどうなるのかな?」
少女の言葉に、即答する。
「物語における負の原点を無くしたのなら、その物語の今後はハッピーエンド以外あると思う?」
質問に質問で返せば、少し遅れて微かに笑われた。
だって、そうだろ?
復讐物の作品から復讐という要素を取り除いたら、そこに残るのはほのぼのとした日常コメディーだけ。
復讐という点でしか悲劇が起きないのなら、復讐が無ければ悲劇はもう起きないんだから。
故に、残るはハッピーエンドしかない。
登場人物たちで幸せな結末を迎えられる。
けれど、そこに本来は存在しない人間が交わってしまったら?
復讐劇とは違う物語となってしまう可能性があり、日常コメディーにならない可能性が出てくる。
だから、不穏分子は登場しない方が良い。
「ここからは物語の、君の知るシナリオがズレた世界線で、この世界は動き続ける。それは君の言うようなハッピーエンドに向かうのであれば、負となったはずの部分が形を変えて現れる可能性だってあるんだよ?」
「だけど、物語の根幹に該当する程大きな負にはならないはずだ」
少女の疑問に、思っている事を返す。
彼女の言わんとする事も理解出来た。
確かに、後々に負の部分として現れる展開が、改変された形で来ることもあるだろう。
けれど、それはきっと復讐の起点となる程に莫大なものではないはず。
あいを救ったから、主人公の復讐劇は始まらない。
日常コメディーだって、失恋や喧嘩したりと、小さな負はいくらでもある。
でもそれは、彼らで乗り越えられる程の負だろう。
登場人物たちは皆、最後は乗り越えられる強い人たちばかりだろうから。
そしてもし、俺が生きているんだとしたら、存在せずに助けてあげられるなら、助けてあげたいとは思う。
十数年も続けられてきたんだ、そういった生き方がきっと、俺には合ってるんだろうから。
だから万が一、抱えきれない負を持ってしまった人がいたならば、存在せずに助ける方法を模索したい。所詮は自己満足だけれども。
だけど今は、何よりも先に星野ママ見つけて、自分がロリコンじゃなかったって証明したい……!
「まあ、君がどう思っても自由だけど……確か偉い人が言っていたよね? この世界は三次元だって」
突然の少女の言葉に考える。
確かに、現実の事を三次元とも言ったりするな。
言ったのは偉い人なのかは分からないが、認識は合っているので頷く。
少女は続けた。
「でも他に四次元とかもあるんだって。でも、不思議だよね? あるって言ってるのに、三次元から四次元を見る事は出来ないんだってさ」
なんでかな? なんて言う少女に考える。
脈略なく話が変わったが、それについて深く考察してみた。
だって、ここでしっかりと説明できないと、またメスガキに早変わりして嘲笑われそうだから……!
分からないなんて言ったら「へー、大人なのに知らないんだね?」とくすくす笑われたら、メンタルが限界を迎えてしまう。
故に大人の話術を駆使した。
「三次元では見えないくらい大きな世界みたいだから、四次元の人は小さい世界の三次元の人を見る事が出来ても、三次元の人からはどこからが四次元なのか見る事が出来ないみたいだよ」
口八丁で言い切る。
合ってるかなんて分からない。
けど、それっぽくは言えただろう。
「中々面白い論説だね。だけど、もしかしたらそういう事なのかもね?」
納得した様な口調の少女に、内心で溜息を吐く。
どうやら紙一重で大人としての矜持は保てた様だ。
再び少女の言葉が聴こえる。
「どうやら、そろそろ君の生死の結果が分かるみたいだよ?」
少女の声が徐々に遠のいていく。
よく分からないが、どうやらこの時間も終わりみたいだ、という事だけは分かった。
「話し相手になってくれてよかったよ」
またなー、なんて告げるが返事はない。
これが結局、俺の深層心理が生み出した幻覚なのかは分からなかった。
徐々に思考もままならなくなり、やがて考える事が出来なくなった――。
――眩しい。
それが最初に思った感想。
目を開けようと思っても、瞳に入ってくる光の刺激が強すぎて、全く開けられない。
だが、同時に思った。
……生きてたんだ。
特に感慨もなく、ただ漠然とその言葉が浮かんできた。
光と格闘する事数分、ようやく目が明けられるようになった。
映る視界には真っ白な天井、目を動かせば今寝ているのがベッドであり、内装からして病室だと認識。
俺はどのくらい寝ていたのか。
そうは思うが、確認する術は無し。
不意に入り口の方から、ドアがスライドする音が聴こえる。
開いたドアが閉まり、足音が近付いてきた。
「木村さ――――あっ、目が覚めました!?」
目を見開きこちらを見つめる、如何にも看護師であろう若い女性。
歳の頃は同じか若干上だろうか。
……あ、可愛い。
それが目覚めて最初に、人に思った感想。