"にわか"は言う「だから『推しの子』だって言ってんだろ!」 作:あるミカンの上にアルミ缶
「どうしたの、木山くん?」
彼女の声に意識が現実へと戻った。
表情としては、長らく黙っていた俺に対する疑問といった感じ。
けれど状況に合った完璧な笑みは崩さない。
しかしそれでも俺には、やはりアイドルには見えなかった。
とりあえずこちらも動かねば。
「あいちゃん」
俺の声に彼女は軽く目を見開いた。
「あっ、名前で呼んでくれるんだ!」
うれしいなー、なんて言って彼女の笑みは今一度満点になる。
上機嫌な彼女に俺も笑みを浮かべる。
「ちょっとだけ、目を瞑ってもらってもいい?」
「えっ? うん、わかった!」
はいっ、そう言って俺の言葉通り目を瞑ってくれた。
そして訪れる僅かな静寂。
そこで自分の考えが合っている可能性が高いと認識出来た。
目を瞑ったその瞬間、極々僅かにだが、彼女は俺から距離を取ろうと本当に一瞬だけ、頭が後ろに下がった。
もし瞬きをしていたら絶対に気付かなかっただろう。
けれども彼女は確かに今の瞬間、俺から距離を取ろうとした。
また一つ、彼女の
上げていた腕を下し、彼女の顔の方へと寄せる。
そのまま首へと手を向かわせ――。
「そりゃっ!」
「――えっ」
彼女の顎の下を、慣れた手付きで撫で始めた。
必殺、猫撫で攻撃である。
猫の撫で方には一家言ある俺としては、これを人に使うのも意外と得意だったりする。
撫でポの様な特殊効果は決して無いが、とりあえず落ち着かせたりくすぐったくなく少しばかり心地よくさせる事は出来る。
前世の実家の猫を撫でる様にあいちゃんの顎を撫で続ける。
予想外の展開への驚きからか、閉じられていた目は見開かれ、再び星形のハイライトが俺を捉えた。
「よーしよしよし、あいちゃーん、気持ちいですかー?」
はっ、いかんいかん、完全に猫に対しての喋り方になってた。
「えっ、あっ、えっ……なんで」
常軌を逸した行動には、流石の彼女も咄嗟に反応出来ないらしい。
驚愕、それのみに尽きる表情を見せる今のあいちゃんは、俺から見ればアイドルの要素などどこにもなかった。あ、いや可愛いという点ではアイドルの要素あったな。
まあそれでも今見えている彼女の表情は可愛いけど完璧じゃない、見惚れそうだけど究極じゃない。
そんな素の表情で埋め尽くされていた。
そしてそんな彼女はとても魅力的だった。
うむ、やはりあいちゃんは凄い。
全然アイドルらしい表情じゃないのに、誰よりもアイドルに見えてしまう。
そして気付いてしまった。
突然だがこれまで数多の二次創作に触れてきたプロのにわかである俺は、原作の修正力というものを信じてる。
というか"あるんだろうな"と思っていないといけないと考えてる。
例えば、本編ではあいちゃんは念願のドームライブ当日、ストーカーによって刺されて命を落とす。
そこで考えてみて欲しい。
仮に俺か誰かが奇跡的に、ドームライブ当日に彼女をストーカーから護ったとしよう。
だが実はリョースケとかいうストーカー青年が、ストーカー四天王の中では最弱で、実際はドームライブが始まるまでにあいちゃんが何者かに殺されるという事でも、その後の流れとしては辻褄が合ってしまうのではないだろうか。
故に運命の日は最低限、ドームライブが始まるまでは一切気を抜いてはいけないという事に他ならない。
そして彼女が双子に対して心からの「愛してる」を言えるのは、その直前に死の要因となった"嘘吐き"という対比があるから。
個人的には本編のあいちゃんって、結局自分の死の間際でしか「愛してる」って言えなかったんじゃないか、と思ったりもしている。まあ、にわかの戯言である。
考察は一旦置いといて。
まずはあいちゃんの問うた疑問に対して返事をせねば。
「おー、あいちゃんの貴重な驚き顔が見れた」
答えになっていない解答をしつつ「可愛い可愛い」と続ければ。
「……えっ? あっ、ちょっとっ……ま、まって」
作れていない表情が恥ずかしいのか、微かに頬が赤らむ。まあそれでも可愛いは変わらないんだけど。
おー、こんな顔も出来るのか。とちょっと役得な気分になる。
これはこれでメスガキを分からせられたかな、なんて思いながら撫で続けていれば、やがて変化が訪れた。
――目の前では、俺の所業を受け入れようとしているのか、されるがままで目を瞑り始めた"アイ"ちゃんが、そこにはいた。
目を瞑った彼女が口を開く。
「にゃははー、気持ちいにゃー、木山くーん」
心臓が一際大きく鼓動し、顎を撫でる事を忘れた。
同時に背筋が凍り付いた様な錯覚を覚える。
彼女から目が離せない状況で、何とか思考だけが働いた。
……あれ、もしかして――。
原作の修正力というものがあるならば、彼女はアイドルとなり嘘の愛を振りまかなければならない。
そうなると必然的にアイドルでは"愛"ちゃんの出番だ。
夢を見せ続ける
「木山くーん、猫のアイはもっと撫でて欲しいにゃあ?」
これは間違いなく"愛"ちゃんだ。
けれど偽っていない"アイ"ちゃんもいる。
つまり"アイ"ちゃんの
――やっばい。
背中に湧き出る冷や汗が止まらない。
彼女は、
僅かにだが覚えてしまったのだ、"
ファンは"
それにプラスして"
「にゃー、はやく撫でて欲しいにゃー」
彼女から目が離せない、否応なく今の彼女にはどうしても目が奪われる。
別に猫の真似をしているのが良いとかそんな単純なものではなく、純粋に彼女という存在に惹かれてしまう自分がいる。
総てがどうしようもなく、魅力的に感じてしまった。
これが、星野アイ……!
彼女の"
この
にゃーにゃーと鳴きながら顔を揺らし、未だに動いていない俺の指に軽く触れてくる。
……俺は。
――俺はもしかしたら、とんでもない存在を生み出してしまったのかもしれない……!