"にわか"は言う「だから『推しの子』だって言ってんだろ!」   作:あるミカンの上にアルミ缶

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第62話

 私は笑顔だ。

 完璧に笑えている。

 今だったら、ナノ単位で調整ができるんじゃないかって程に。

 それ程までに、笑顔を意識している。

 何故なら、気を抜いた瞬間に表情が逆転しそうだから。

 

 ――私は今、ものすごいストレスが溜まっていた。

 

 

 ドラマの撮影が順調に進んでいる。

 今日は、六話目の撮影を行っていた。

 この日の撮影で、作品に新たな展開が訪れる。

 それまでの話は、ユウキが働く病院に怪我をしたアイカが入院して、二人が再会。

 そしてチヒロもまた、ユウキと同じ病院で看護師を務めており、そこでようやく三人が一緒になる。

 ユウキはアイカの入院生活をサポートし、チヒロも話し相手になったりとまるで昔の様な関係。

 そんな中、アイカが退院してからは三人で集まる時間は中々取れなくなり、ユウキとアイカ、アイカとチヒロ、チヒロとユウキという様にそれぞれが集うという関係性が出来上がった。

 そして、アイカはユウキに、チヒロはユウキに恋心を抱く。

 いや、それぞれが以前から淡いモノを持っていた。

 二人きりで会う。それが彼女たちが持っていたユウキに対する気持ちを強くしてしまった。

 これが、あの日宣言した約束の崩壊を生む。

 

 そんな流れで進行してきたストーリーが、今回から急展開を迎える。

 それは、私が演じるチヒロが……カズヤ演じるユウキへの告白。

 結果は、フラれるという展開。

 ーーは?

 ストーリーは初回の撮影前にミヤコさんから聞いて、知っていた。

 そこでまずストレスが溜まった。

 そして今回の台本を渡されて、やはりというか、そう言った感想を抱いた。

 ユウキにフラれるという事は、演技だろうがカズヤの口から私をフる言葉が出るという事。

 ーーはあ?

 そしてユウキを演じるカズヤはその後、演技だろうがヒロイン役の女優の告白を受ける。

 ーーはあッ?

 演技だろうが、カズヤはヒロイン役の女優へと、恋心を抱くという事になる。

 そんなのは果たして許されるんだろうか。

 ……絶対に許さない。

 だから、最初から考えていた事を今日、実行する。

 それは、

 

 作品を食うという事。

 

 決して、展開を変えたりはしない。

 そんな事したら、ただリテイクとなるだけで何の意味もない。

 私がフラれて、ヒロインと付き合う。

 結果的にそうなる。

 けれど、違うのは見え方。

 ユウキは、本当はチヒロの事が好きなんじゃないか?

 それをほんの微かに匂わせる。

 演じる中でカズヤに、嘘の言葉で私の告白を断らせ、ヒロインからの告白は嘘の受け入れをさせてやる。

 演技だろうが、ユウキを演じるカズヤの口から、私じゃない人の告白を本心で受け入れるなんて事は言わせてやらない。

 一発で、リテイクなんてさせない程に、完璧に演じてやる。

 

「そろそろ本番行きまーす!」

 

スタッフの声が聞こえた。

 笑顔を浮かべながら、立ち位置へと歩き出したヒロイン役の女優を見る。

 誰にでも明るく笑顔を振り撒き、皆から愛される様なヒロインを演じる彼女。

 でも、私から見れば、その仕草は全然完璧じゃなくて。

 彼女の演技を見る度に、こう思った。

 ーーまるで私の劣化版を見せられてるみたいで虫唾が走る。

 そんな劣化版の私に、偽物の私に、演じるユウキの本心を他でもないカズヤの口から言わせてやるもんか。

 ……あんたなんかに、演技だろうがカズヤの口から本当の好きは、聞かせてあげない。

 演技だろうが彼の口から本心の好きは、私にしか言わせない。

 顔を逸らして、私もまた自分の立ち位置へと向かった。

 

 

「……ねえ、話があるの」

 

 そう言うと、隣を歩く男はこちらに顔を向けた。

 

「何だよ、藪から棒に」

 

 不思議そうな表情を浮かべる彼は、全く理解していないだろう。

 これから私が愛の告白をするなんて。

 

「昔からずっと一緒にいてさ、こうして今も一緒にいて思ったんだ」

 

 私の顔を見つめるユウキにそう告げた。

 カズヤとは、小さい頃からずっと一緒だった。

 時には私のせいで少し距離が空いた事もあるけど、今はまた同じ距離に戻っている。

 ……ううん、この距離でも満足出来ない。

 

「ユウキとずっと一緒にいて、このままずっとこの関係でいるんだろうなって考えてた」

 

 それは、カズヤの愛に触れる前の私。

 一緒にいるのが当たり前で、離れていきそうになるのが嫌だった。

 

「……でも、この関係を変えたいなって思ったんだ」

 

 彼の愛を知って、ようやく本当の愛が分かった私。

 そして同時に、カズヤの事が好きで、愛してるんだと知った私。

 今までなんか比じゃないくらいに、カズヤへの想いは日に日に強まる。

 そうなってしまったら、今の距離、今の関係で満足出来る?

 ……出来るわけがない。

 

「ユウキの事が好き」

 

 ーーカズヤの事が好き。

 

「ユウキが他の人を見ると苦しくなる。ユウキがアイカと話してるのを見ると悲しくなるっ。他の誰も見ないで、ずっと私だけを見て欲しいっ」

 

 チヒロのセリフは、まるで私の想いかの様にすらすらと出る。

 だから徐々に、チヒロとしてのセリフか私としての言葉なのか分からなくなってくる。

 ユウキは驚いた表情で私を見つめたまま。

 

「これは絶対に嘘じゃない、本当の気持ち」

 

 言ってから気付いた、台本と少し違った事を言ってしまったと。

 けど、絶対に押し通す。

 完璧に演じて、私の本気の言葉を知らしめてやる。

 涙が溢れてくるのが分かったが、気にしない。

 チヒロを演じながら、私の思いを口にする。

 ……本当は、最初に二人きりの時に言いたかったんだけどね。

 

 

ユウキ(カズヤ)、愛してるっ」

 

 

 二人の間を静寂が包む。

 これが撮影だって事を忘れてた。

 私はカズヤしか見えておらず、カズヤの瞳には私しか映っていない。

 それは、お互いがお互いの事しか見えていないかの様な、世界にたった二人だけになった様な感覚。

 チヒロの言葉じゃなく、最後は完全に私の言葉。

 でも今回は、それが私にとって完璧な演技だった。

 

「……チヒロ」

 

 彼が名前を呼んだ。

 これも台本に無い言葉。

 再びの沈黙。

 やがて、彼は言った。

 

「…………ごめん」

 

 その言葉に、僅かに胸の奥が痛んだ。

 やはり、演技でもカズヤにそう言われるのは辛い。

 だけど、今は我慢出来る。

 

 

「カットッ!」

 

 

 監督の声が響いた。

 撮影が止まったので笑顔に戻す。

 涙はもう引いた。

 不意に拍手が鳴り響く。

 

「いやあ、アイちゃん凄く良かった! 見てて鳥肌が立ったよ!」

 

 興奮した様に椅子から立ち上がり、今の演技を絶賛してくれた。

 ありがとうございますっ、と笑顔で返すが、内心では当たり前だと思っていた。

 絶賛されなければ、私の中にあるカズヤへの想いはそんなに軽いものだったのかと、絶望しただろうから。

 カズヤの方を見る。

 彼はこちらに背中を向けて、スタイリストに軽くヘアメイクされている。

 ……スタイリストが女性じゃなければ、もっと楽しい気持ちで見れたのに。

 だけど、今だけは許す。

 だってあの時、あの言葉を伝えた時に、彼は私を見てくれたから。

 チヒロっていうフィルターを消して、わたし(星野アイ)を見てくれた。

 カズヤには、ユウキはもしかしたらチヒロが好きなんじゃないかっていう疑念が混ざったはず。

 台本に書かれているから、今後の流れは変わらない。

 けれど、カズヤがユウキを演じる時に私の、チヒロの姿が浮かぶはず。

 そうなれば、彼は私だけが頭に浮かび、台本に書かれているから、ヒロインの告白を受ける。

 ヒロインの告白を受け入れるユウキの中にはチヒロがいて、カズヤはそれを思いながら、上辺だけの受け入れをするしかない。

 遠くから、笑顔の奥で私を睨みつける女優を視界の端に捉える。

 残念だったね、正式でお飾りなヒロインさん。

 いくら睨んだって、あげないよ?

 

 だって、カズヤの本当は……全部私のものなんだから。

 

 

 その後も滞りなく撮影が行われ、予定していた時間よりも早めに終わった。

 仕事終わったらカズヤに連絡して、今日の私はどうだったか聞いてみよっかな?

 そんな事を考えながら、着替えて楽屋を出た。

 演技中とはいえ、私から初めてカズヤに言った愛してる。

 それを言われてどう思ったのか、聞かない訳にはいかない。

 初めて言ったんだ、カズヤは絶対に喜んでくれたに違いないから。

 思えば思う程に、彼からの言葉が聞きたくなってくる。

 なんとか時間を作って、メッセージじゃなくて電話にしよっかな……?

 そう思いながら監督に挨拶して帰ろうと思ったら、何やら監督とカズヤが話しているのが見えた。

 なに話してるんだろ?

 そう思い、彼らの背後で声の届く位置まで近づく。

 

「あのアイちゃんのあの演技、カズヤ君はどう思った?」

 

 監督が放った言葉に、心臓が大きく鼓動した。

 カズヤに、私がやった演技について聞いている。

 こ、これはカズヤの本音を聞くチャンスでは……?

 そう思い、しっかりと聞き耳を立てた。

 私が連絡すれば、カズヤは間違いなく褒めてくれる。

 それはきっと本心だろうし、嘘を言う必要もないから。

 だけど、私がいないと思っている所では、私の事をどう思っているのか気になる。

 期待と、少しだけある不安。

 でも大丈夫っ、そう自分に言い聞かせる。

 カズヤの声が聴こえた。

 

「あー、いや、すごいなあって思いましたよ」

 

 …………それだけ?

 

「やっぱカズヤ君もそう思うよね」

 

 ……それだけ?

 

「そっすねー」

 

 …………絶対に電話してやる。

 

「けどなあ」

 

 感情の乱高下に左右されていると、監督の声色が変わったのが分かった。

 

「あそこまでやってくれたなら、ちょっとだけシーンを変えようかなって思ってるんだ」

 

 えっ、どこかシーンを変えるの?

 あのシーンだけで終われる演技をしたはずだ。

 どこが間違っていたのか考える。

 

「ん? どこ変えるんすか?」

 

 カズヤも同じ疑問を持った様だ。

 やっぱり、私とカズヤは同じ事考えるんだね。

 そう思うと、少しテンションが上がった。

 

「あれだと、想定してたよりもヒロインを食い過ぎたから、軽い調整をしようかなって」

 

 アイちゃんは全然悪くないんだけどね、と苦笑で締めた。

 監督の言葉にカズヤはいつもの如く「ほーん」と返した。

 それでね、そう監督が続ける。

 

 

「来週までに、キスシーンは大丈夫か事務所と相談しといてよ」

 

 

 それ次第でシーンの追加考えるからさ。と監督。

 

 

 は?

 

 

 頭が、まるで沸騰した様に熱くなる。

 監督は今何と言った?

 キス、シーン?

 誰と誰が。

 カズヤと、ヒロイン役の女優。

 私は?

 私が相手じゃない。

 

 ……認めない。

 絶対にそんな事はさせない。

 カズヤが私じゃない誰かとキスをする……?

 そんなの想像すら出来ない。

 想像してしまったら、死にたくなるから。

 カズヤにキスシーンはさせない。

 

 

 今日、繋がるまで絶対に電話をかけまくってやるっ。

 

 

 なにやら朗らかに話を続けるカズヤを見ながら、そう誓った。

 

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