"にわか"は言う「だから『推しの子』だって言ってんだろ!」   作:あるミカンの上にアルミ缶

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第64話

 前回のあいの狂演から一週間が経った。

 ある意味、一週間単位で言えば、入院前後の一週間と同レベルな程に、メンタル面でハードなウィークであった。

 前の撮影が終わり、佐山さんと事務所の社員の仲間と飲みに行っていれば、鳴りやまない電話。

 その相手はもちろん『星野』という名前が表示されていた。

 しかし目の前では仲間たちによる、あいが如何に素晴らしいか談義が過熱しており、ファン代表に対してとっかえひっかえにマシンガントークを繰り広げられている。

 酒の力もあるだろうが、そうなっている彼らに対して何かあいの電話に出て一人だけ喋るのも申し訳なくなりつつ、けど彼らにあいの連絡先を知ってるなんて言える訳も無いから、ジレンマでただそこにいた。

 それに、こんなにもアイの素晴らしさを語られた直後に、現実のあいに直面するとなると、とんでもない温度差で俺の頭がどうにかなる気がしたってのもある。

 今の俺は寝ているか、どうしても電話に出られない状況ですよー、手の中で震え続けるスマホに心の中で語りかけた。

 

 解散になり、タクシーで家に帰る。

 玄関を開けて中に入り着替えを済ませれば、そういやスマホを見ていなかったと思い、テーブルに置いていたスマホを手に取り、画面を点けた。

 すっかり慣れてしまったこのスマホを、ほろ酔い気分で操作する。

 電池残量を見ると、残り五パーセントだった。

 バッテリーが切れる前に帰って来れて良かったと安堵。

 居間へ移動し、スマホに充電器を挿す。

 そこでやっと安心して、アプリを開いてメッセージの確認が出来た。

 一番上に表示されている最新の送り主は『星野』。

 その横に表示されている未読の件数は九九九件。

 

 そっと画面を消した。

 

 スマホを居間のテーブルに置いて、その横で胡坐をかきながら目を瞑る。

 酔いがすっかりと醒めた。

 今見た光景は現実か? 思わず疑ってしまうが、再び見る勇気がない。

 しかも数字の横になんかプラスマークがついてなかったか。

 その意味を考察しようとすれば、脳が拒んだ。

 ……とりあえず寝よ。

 明日は明日の風が吹くに違いない、そう自分に言い聞かせて。

 

 翌朝目を覚ます。

 いつもの癖で、ベッドに横になりながらスマホを手に取り画面を点けて、連絡が来てないか確認。

 現実を思い出し、そっと画面を消した。

 一瞬で覚めた眠気で、悩む。

 見るか見ないか……。

 けれど、見なければそれだけ危険度が増すに違いない。

 見るしか、ないのか……。

 覚悟を決めるというか、腹を括るというか、諦めるというか。

 見る事にした。

 けれど、自分から見るのはやっぱり怖い。

 だから俺は、目を瞑りスマホを持ったままに手をベッドから垂れさせる。

 親指の位置は『星野』の名前の真上すれすれに置いた。

 何も考えずじっとしていると、徐々にベッドの外に出した腕が疲れてくる。

 スマホの上に浮かせた親指が勝手に揺れてくるのが分かった。

 

 そして、指が画面に触れてしまった。

 

 ……あーあ、画面に触っちゃったよ。

 これはきっと彼女とのチャット画面が開いてしまったに違いない。

 そこまで見るつもりはなかったんだけどなあ。

 開いちゃったなら、ちらっとだけでも見てみるしかないか。

 垂らしてた腕を上げて、顔の前に持ってくる。

 瞑っていた目を僅かにだけ開くと、スマホの画面が徐々に見えてきた。

 

 まず出てきたのは全て着信の通知。

 とりあえず開くというミッションを達成出来たからか、緊張が解けてきた。

 親指を画面に当てて、ゆっくりと下から上にスライドさせていく。

 着信の通知がずっと続いた。

 めちゃくちゃ電話来てるわ……。

 そんな事を考えながら、どんどんと指で最新の通知を目指す。

 未読が残り半分を切った頃、着信の通知が途絶えた。

 

 

『なんで出ないの』

 

『だれかいる?』

 

『おんな?』

 

『でて』

 

『はやく』

 

『おんななの?』

 

『おんなでしょ』

 

『ゆるさな』

 

 背筋がぞわっとした。

 勢いよくスライドさせまくって、着信通知を流し見してた途端、いきなり現れた短文の羅列。

 言葉を最後まで打ててない文字がたまにあるのが、更に恐怖を増す。

 この様な短文が数百に渡り、続いていた。

 そして、昨日電話に出れば良かったと後悔。

 後悔先に立たず。言い得て妙だった。

 既読をつけてしまった以上、何か返さないとまずいだろう。

 だが、何を返せば良いのか、全く分からない。

 普通に、寝ちゃってて返せなかったとかどうだろう?

 いや、それが実は罠な可能性もある……。

 思い付く文言全てに、疑心暗鬼になってしまう。

 しかし何か返さないとまずい。

 そして堂々巡りとなった結果、一つの結論を出した。

 

 もういっその事、電話するか。

 その考えに至った理由としては二つある。

 一つは、単純にテキストで一つ返して、十の返事が来る可能性がありそうだから、怖いけど電話して平謝りして一回で済ませるという事。

 もう一つは、現在は朝で、仕事に行ってないなら家で子どもたちがいるだろうから、彼らがいる場所では無機質トーンにならないんではないかという期待。

 意を決して、電話のアイコンを押した。

 呼び出し音が鳴る。

 コール音が鳴り続ける。

 やがて、一定時間が経ち呼び出しがキャンセルされた。

 スマホを耳から離し、しばし逡巡。

 ……まあ、忙しいんだろう。

 一回電話をした事で、今度はこちらが待つターンになったと、心持ちが軽くなる。

 とりあえず、あいから折り返しがあればすぐに出れば問題ない。

 そう思い、スマホをベッドに置いて立ち上がろうとすれば、聴こえた通知音。

 電話ではなくメッセージの音だった。

 スマホに目を向ければ、そこには『星野』の文字。

 アプリを開き直し、内容を確認する。

 

『キスシーンはダメ』

 

 その文章が表示されていた。

 キスシーン。

 少しだけ悩み、やがて解決。

 ああ、ドラマのやつか。

 昨日監督から相談されていた件の事だろう。

 同時に、納得した。

 あいから送られてきていた、あの膨大な連絡量の意味が。

 そこでやっと、本当の意味で肩から力が抜けるのを感じた。

 俺、またなんかやっちゃいました? みたいな俺起因での鬼電ではなく、あい起因の執着心や独占欲が理由だったから。

 そして考える。

 キスシーンは大丈夫かどうか。

 俺的には全然問題ないし、綺麗な女性とキスできるならしたい。

 故に賛成一票。

 昨日飲みの席で佐山さんに確認してみたら、事務所としてはどちらでも問題ないとの事で、俺の判断で構わないと委ねられた。

 そして今、あいから届いたメッセージによって反対票が一票入る。

 よって、満場一致でキスシーンはダメという事が決定した。

 恐怖政治には勝てなかったよ……。

 

『あいよー』

 

 いつも通りの返事を送る。

 まあ、彼女もあの時まだ現場に残っていて、俺らの話が聴こえたのかもしれない。

 キス出来るならしたかったが、その一回で今後ずっと言われ続けるなら、流石に遠慮したかった。

 あいの言葉は絶対。もはや刷り込みされているのかもしれない。

 彼女はすぐに既読がついた。

 だが、すぐに返信は来ない。

 多分、何か他の事やってんだろ。

 そう思ってスマホを置いてシャワーを浴びに行く。

 今日も今日とてCM撮影なのである。

 

 

 

 

 そして一週間が経った今。

 現場に向かっている車内でも、俺は頭を悩ませていた。

 あいからの返信が全く来ないのだ。

 あれ以来、一切連絡がない。

 一日目は、気にする事はなかった。

 二日目から徐々に、何かがおかしいと感じ始める。

 三日目に、もしかして体調でも崩したのかと心配になってきた。

 けれどテレビで生放送の音楽番組に出ている姿を見て元気そうだと考える。

 四日目、五日目となり、いよいよあいに何かあったのではと、そわそわし出した。

 でも連絡して、迷惑になりそうなら嫌だから送れない。

 いや待てよ、もしかして俺はまた嫌われちゃったんじゃないか。

 確かにいつもなら、なんだかんだ鬼の様な連絡が殺到している中、気が進まなくてもリアクションは返していた気がする。

 けれど今回は一晩スルーした。

 何気に初めてではないだろうか。

 故に、嫌われてしまったんじゃないかと考えてしまう。

 この一週間、俺はずっとあいの事ばかり考えていた。

 

 撮影現場に着けば、そこにはスタッフや演者が揃っており、あいの姿もあった。

 何やらスタッフの人たちと楽しそうに話しており、一瞬目が合った気はしたが、こちらに反応する事はなかったので気のせいだろう。

 ならば俺からと考えるが……やはり話しかけづらく近寄れない。

 仕方なしに監督へと挨拶しに行く。

 監督が一人でいたので挨拶がてら話しかければ、笑顔で返してくれた。

 何やら今日の監督は、いつもよりも少し上機嫌な気がする。

 他に話す事もないので、それを指摘してみた。

 

「先週の初回放送、結構数字良くてね。そりゃ喜ばずにはいられないよ」

 

 なるほど。

 俺は観なかったが、そんなに観られていたのか……。

 まあ俺が主演で監督の評判が落ちなくて良かったわ。

 監督が笑顔のままに続けた。

 

「キャスティングも実力派が多く揃ってるから、初回さえ掴めれば、このドラマは失敗しないだろうからさ」

 

 ほーん。監督の言葉に相槌を打つ。

 よく分からんが、楽しそうで何よりである。

 監督がスタッフに呼ばれて、離れていった。

 去り際に「今日は重要なシーンが多いから、頼んだよ?」なんてプレッシャーを与えてくるので、最低限の頷きに留める。

 再び一人となり、ちらりとあいがいた方を見てみる。

 まだスタッフたちと喋っており、こちらに気付く様子はなかった。

 こっそりとため息を吐く。

 こりゃ、本格的に嫌われちゃったかなあ……。

 まあ確かに、連絡気付いてて返さなかった俺が悪いわな。

 そう考えて、軽く頭を掻きながら周りを見渡す。

 準備をするスタッフ、楽しそうに談笑している演者。

 俺がまるで存在していないかの様に、行うべき事、行いたい事をしている。

 一応主演なんだけどなあと思いつつも、まあこれが俺かと自己解決。

 この光景が、まさにあるべき姿なんだろうと思った。

 

 そんな中、俺と同じ様に一人でぽつんとしている人を見付ける。

 現場の中で唯一の子ども。

 アクアやルビーと同じくらいの頃合いだろう女の子。

 その赤い髪は果たして遺伝なのか、染められてしまったのか。

 一人椅子に座って、真剣に台本を読んでいる様に見える。

 小さいのに偉いなあと感心しつつ、その周りには親の様な存在は見当たらず、どこか違う場所に行っているのかもしれないと察した。

 本番までまだ少し時間あって暇だし、あの子と話でもしよっかな。

 あいに嫌われたからだろうか、一人でいる事に対して僅かな寂しさを憶えたので、その子の下に向かう。

 しかし一瞬足を止めてしまった。

 けれども再び歩き出す。

 歩きながらも強く自分に言い聞かせ続けた。

 

 

 ……俺は別にロリコンじゃない。

 

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