"にわか"は言う「だから『推しの子』だって言ってんだろ!」   作:あるミカンの上にアルミ缶

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第65話

「こんにちは」

 

 笑顔で声をかける。

 今日の撮影で特に重要となるシーンは、この作品の肝である、主人公が死ぬという場面。

 信号無視をした車に轢かれそうになる子どもを助けて、主人公が死ぬ。

 故にその子ども役が、この子なんだろう。

 二人で重要なシーンを撮るんだし、仲良くなれるならなりたいもんだ。

 台本をかぶりつく様に見ていた赤毛の幼女が、顔を上げてこちらを見る。

 

「あ、主役のおじさんっ」

 

 おじさんて……まあ、おじさんか。

 幼女は台本を椅子に置いて立ち上がり、俺へと身体を向けた。

 

「有馬かなですっ! よろしくお願いしますっ!」

 

 可愛らしい挨拶に対し、しっかりとしたお辞儀。

 すごく、礼儀正しい幼女だった。

 子役をするにあたって、色々と躾けられているんだろう。

 俺は躾けられてないけど。

 だからこそ、やはり違和感が見て取れた。

 礼儀正しくしなきゃいけない、そう必死に思っている様な、仕草のいびつさを感じる。

 それがまあ躾なんだろうが、子育てをした事がない俺からすればもっと歳相応で良いのにな、なんて思ってしまう。

 

「おじさんはカズヤって言うんだ。今日はよろしくね?」

 

 そう返せば頭を上げて「はいっ、よろしくお願いしますっ」と元気に返してくる。

 でも、いびつさは残ったまま。

 だから、思ってしまう。

 この現場で、俺くらいには遠慮せずに接してほしいと。

 所詮は自己満足。だからやる。

 

「かなちゃんはまだ小さいのに、しっかりとした子なんだね」

 

 そう伝えれば「いっ、いえっ」と殊勝に謙遜してきた。

 小さいのにホントすごくない、この子?

 

「じゃあおじさんが、大人の人にもっとしっかりとした子だって思われる大事な言葉を教えてあげよう」

 

「えっ?」

 

 俺の言葉にきょとんとした表情を浮かべたかなちゃん。

 まあ、そうだろうな。

 

「もっとしっかりとした子だって思われれば、もっと沢山のドラマや映画に出る事が出来る様になるからさ」

 

 知りたい? そう伝えれば、きょとんとした表情が変わり「はいっ、お願いしますっ」と元気に答えた。

 うむ、その向上心や良し。

 なるほど、そういうタイプね。

 ならば伝えよう、この言葉を。

 

 

「本日はお日柄も良く晴天晴れ晴れとした陽気の中、この様な場にお招き頂けた事、格別なるご厚情を賜り、誠に恐悦至極に存じます。さすれば貴方様の益々のご健勝とご活躍をお祈りさせて頂きたく、極々微力程度の不肖な身では御座いますが、更なる御発展の一助となれる様精進していく所存です」

 

 

「…………えっ?」

 

 ぽかんとした表情のかなちゃん。

 そりゃそうだ。

 

「はい、じゃあ言ってみて」

 

「えッ?」

 

 そう伝えればかなり慌てだした。

 あわあわとしながら、口を開く。

 

「えっ、えーと、ほ、本日はおひがらもよく、せいてっ……えっとっ、せいて、せいてん、はれ、はれっ、はれっとするそのっ、えっと」

 

 テンパりが服を着ている様な彼女の姿ににやりと笑う。

 

「まあ、難しいだろうから無理して覚えなく問題ないからさ」

 

「言えるっ、言えますっ!」

 

 俺を見てきて断言してくる。

 そしてまた、すげー序盤で言い淀み始めた。

 まあ、そらそーだ。

 適当に思い付いた、子どもが憶えづらそうな言葉を何となくそれっぽい感じにくっつけただけなんだから。

 

「かなちゃんってスゴイ子役だなって思って教えたけど、まだ無理だったかー」

 

 間延びした声でそう伝えれば、キッという目で俺を睨んだ。

 

「できるからっ! 私は天才子役なんだからできるのっ!」

 

 語気を強めて俺に叫び、再び呪文の様なセリフを言おうと頑張り出した。

 

「天才子役のかなちゃんは言えるのかなー」

 

「うるさいっ! いまやるからじゃましないでっ!」

 

「本日はお日柄もよく」

 

「なんでまた言うのっ! おじさんはだまっててっ!」

 

 かなちゃんが頑張って言おうとすれば、俺が茶々を入れてそれにかなちゃんが怒る。

 そんなやり取りが続いた。

 実に、大人げない大人に対して幼子が怒っている。

 俺の目にはそう見えた。

 

「はいはい、天才子役のかなちゃんなら言える言える」

 

「子どもあつかいしないでっ! ちゃんと言えるもんっ!」

 

 そう言ってまた、言おうと頑張り出す。

 だがすぐに詰まった。

 そりゃ仕方ない、俺だってもう一回同じ事言えって言われたら言えないし。

 

「天才子役ならもうすぐ言えるかなー」

 

「……いっ、いま言えるとこだったのっ! おじさんのせいで言えなかっただけっ」

 

「ごめんごめん、じゃあもう一回言ってみよっか」

 

 何とか言おうとムキになる幼女を見ながら思う。

 初めて幼女に勝てたのだと。

 これで幼女の不敗神話は崩壊した。

 かなちゃん、君に出会えた事に感謝を。

 何とか言ってやろうと、必死に俺の言葉を思い出そうとしている幼女を眺める。

 序盤で言い淀んで、それでも頑張って思い出しながら言葉を紡いで――、

 

 

「……い、えるっ……ちゃんとっ、いえるもんっ……」

 

 

 泣かせてしまった。

 

「……ほっ、ほんじ、つはっ……せいて、んでっ……」

 

 すんごい涙目になりながら、嗚咽交じりに何とか言おうとする。

 

「ごっ、ごめんねっ? そんなの言えなくてもかなちゃんが天才子役だってのは、ちゃんと分かるからさっ」

 

 罪悪感が天元突破し、すかさず謝る。

 おじさんが幼女を泣かせている絵。

 とんでもなく最悪なシーンであった。

 何とか泣き止んでもらおうと、焦りながら声をかける。

 しかしそれでも、彼女の目に浮かぶ涙が引っ込む事はない。

 

「やだっ……ちゃん、とっ、でき、ないとっ……またあの子、にっ……負けるからっ……」

 

 両腕で目をぐしぐしと擦りながら言った、かなちゃんの言葉に思わず声をかけるのを止めてしまった。

 彼女の言葉は、強く胸に響いた。

 それは恐らく、かなちゃんの本心からの言葉だったから。

 慌てていた気持ちが落ち着いてくる。

 

「その子もすごく演技が上手だったの?」

 

 俺の問い掛けに、かなちゃんは沈黙。

 だが、やがて静かに頷いた。

 

「……そっか。かなちゃんがそう思うくらい、すごい子なんだね」

 

 同意の言葉をかければ、再び頷いた。

 嗚咽が徐々に収まってきており、少しは落ち着いてきた様だ。

 かなちゃんがゆっくりと口を開く。

 

「……あの子……アクアの演技は、あのとき私にはできなかったから……くやしくて監督にもう一回やらせてってお願いしたけど、ダメだったの……」

 

 彼女の口から出てきた人物名に驚く。

 アクア。

 彼はかなちゃんと共演してたのか。

 というかまだちっちゃいのに役者としてデビューしてんのか。

 にわかのにの字も出ない程に原作の知識が薄れてしまった俺には、それが原作通りの流れなのかが分からない。

 だが、もし原作通りの流れではなかった場合、もしかしたら俺があいの近くに居た事で何かしら彼らの原作の流れをずらしてしまった可能性がある。

 そうするとどこかでいつか、原作の修正力がくるかもしれない。

 やはり、俺は登場人物たちと関わらない方が、彼らにとって安全なのではないか?

 そんな思いが過る。

 目の前の幼女、この子は果たして原作に登場する人物なんだろうか。

 だとしたら、俺が関わってこの子に不幸があってはいけない。

 だから、大人しく彼女に対しても存在していない方が良かっただろう。

 かなちゃんがもし登場人物なのだとしたら、天才子役でアクアをライバル視している。

 そういう子は決まって、大きくなってから主人公の前に再登場する可能性が高い。

 そしてもしかしたら、ライバル心が徐々に恋心に変わって、ヒロインとなる事も。

 ラブコメ脳を持ってすれば、この考えに至るなんて朝飯前。

 ならばこの子の為にも、アクアの為にも俺は関わらない方が良い。

 

「だから……次は絶対に負けないって、きめたのにっ……」

 

 再びかなちゃんの目に涙が浮かんでくる。

 そこから、痛い程に伝わる悔しさ。

 その小さい身体に秘めたその想いは、果たしてどれ程のものなのかは分からない。

 けれど、彼女はそれだけアクアを見ている事だけは分かった。

 彼女の言葉は、にわかの心にも響いた。

 ……ま、泣かせた俺がそもそも悪いからな。

 よし、決めた。

 

「じゃあさ、今日勝とうよ」

 

「……えっ?」

 

 俺の言葉に、久しぶりにきょとんとした顔をした。

 今日だけ、ちょっと関わる。

 関わりたいと、この子の言葉を聞いて思ってしまった。

 

「そのアクアって子に、私の方がすごいんだ、こんなに私は演技が出来るんだぞってとこをさ」

 

「……で、でもっ、わたし、ちょっとしか出ないし」

 

 しかし彼女は自信がないのか、俯いてしまう。

 確かに、かなちゃんの出番は少ない。

 かなちゃんの演技も、俺は観た事がない。

 けれど、間違いなく彼女は魅せる。

 

「ま、俺も主役やれるくらいは演技出来るから、遠慮しないで思いっきりぶつかってきてみなよ」

 

 じゃあ本番よろしくね? そう言ってかなちゃんの下を後にした。

 最後まで、言葉の意味は分からなかったろう。

 不思議そうな表情を浮かべていたかなちゃんの顔を思い出す。

 でも、そのシーンが来れば分かるからさ。

 かなちゃんは今後アクアとどう絡んでいくのかは分からない。

 彼女自身も今後、子役から女優へと華麗な転身をしていくのだろうか。

 俺は運良く、挫折をせずに俳優へとなれた訳だが、皆が皆子役から大人の役者へと華麗に転身出来る訳じゃない。

 俺の周りだって、今も役者として活躍を続けられている人の方が少ないんだ。

 彼女も何か挫折を経験し、違う道を歩むかもしれない。

 かなちゃんに対する知識がない俺には分からない。

 アクアというか雨宮先生も中々数奇な人生を歩んでいるお方。

 ファンであるあいの子として生まれ変わったが、色々と悩み、苦悩する事だってあるはずだ。

 かなちゃんは畏まったり、礼儀正しくする姿を見せたが、本当は途中で見せた様な無邪気な、天真爛漫な等身大の女の子なんだろう。

 そして負けず嫌いで勝ち気。

 色々と大変なせんせには、変に考え過ぎないよう、そんな引っ張ってくれる女性がお似合いなのかもしれない。

 だからさ、かなちゃん……?

 今日はヒロインとしてアクアに見せつけてやれ。

 今もきっとあいしか見ていないであろう、あのマザコンボーイに。

 

 星野アイ以外にも、貴方の目を奪う存在がいるって事を。

 

 かなちゃんがこのままアクアを好きになるのかは、全く分からない。

 そしてアクアたる雨宮先生も彼女を好きになるかは分からない。

 だからこれはお節介。

 さりなの時に考えていたのとは真逆のお節介。

 ……お節介で恋の応援をするくらいは、別にいいだろ?

 おっさんは若い子たちが青春してるのを見るのが好きなんだから。

 アクアたる雨宮先生は、内面は大人だが、外面は子ども。

 なら、傍から見てりゃ子どもの青春よ。

 今日は絶対にかなちゃんを、ヒロインに仕立て上げる。

 泣かせてしまったお詫びというのもちょっとある。

 こんな心境を誰かに聞かれたら、そもそもお前がそんな事出来る腕あんのか、とでも言われそうだ。

 確かにその通り。

 普段の俺なら、間違いなく思えない考え方。

 けれど、今日は違う。

 かなちゃんと共演するシーンだけは違う。

 それは、俺が演じる主人公がかなちゃん演じる少女を庇って、車に轢かれて死ぬシーン。

 死ぬ。

 つまりは、存在がこの世から無くなるという事。

 キャラクターが消えるという事。

 だから俺はやっと――、

 

 

 本気で演技が出来る。

 

 

 間もなく本番でーす、そう聴こえてくる声を耳にしながら、立ち位置へと向かった。

 

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