"にわか"は言う「だから『推しの子』だって言ってんだろ!」 作:あるミカンの上にアルミ缶
――押してダメなら引いてみる。
その言葉を見つけた時、これが天啓なんだと思った。
私が作品を食う演技をした撮影の後、佐藤社長の運転で帰っている最中は我慢して、家に着いてから愛する我が子たちと触れ合い、夜ご飯をみんなで食べて落ち着いてから、私はスマホで電話をかけた。
呼び出し中の画面をじっと見つめる。
結局相手が出なくて、呼び出しがキャンセルされた。
呼び出し中の画面が切り替わり、チャットの画面が移される。
そしてまたすぐに、電話のアイコンを押した。
出ない。
かける。
出ない。
かける。
……出ない。
そんなやり取りを繰り返していたら、もう少しで私が出演しているドラマの初回放送の時間になってしまった。
気付いたら二時間も経っており、私が出るのを楽しみにしている子たちの気を紛らわせたくなくて、電話はやめてメッセージに切り替える。
『なにしてるの?』
『電話でてよ』
『もう家なんでしょ?』
『はやくでて』
最初は普通の内容を送ってたけど、全然既読にならないから怒りと不安が心の中で大きくなりだした。
なんで見ないの?
なんで返してこないの?
いつもはすぐ返すよね?
なんで今日はぜんぜん返さないの?
私に後ろめたい事でもあるの……?
疑問が徐々に疑念に変っていく。
愛してる私に後ろめたい事なんてないはず。
もし、仮にあるとするならば……女?
――は?
カズヤに限ってそんな事はない。
そう思う心も確かにあった。
けれど、電話に出ない、既読もつかない彼の態度に、その思いはかき消されていく。
女。
私のカズヤに手を出してくる、許せない存在は誰だ?
真っ先に思い浮かんだのは、あの
純朴そうな、か弱そうな雰囲気でカズヤから気にかけてもらおうとしていた……あざとい女。
悉く私の邪魔をしてきては、頑なにカズヤの傍から離れなかった。
彼に"天使ちゃん"なんて呼ばせていた、悪魔の女。
私にも見える表情のその裏は読めなかったが……陰で私の事を嘲笑っていたに違いない。
あの女か。
しかし、そこで私の脳裏に待てがかかった。
もし彼女がそうなのだとしたら、退院後以降も彼の口から天使ちゃんというワードが出ていてもおかしくない。
入院中、私の前であんなにその名前を呼ばされていたんだ、カズヤがそれをわざわざ隠す理由はない。
その名前が出たのは彼の退院初日に、仕事が終わって私が彼の現在地を確認しようとしたが、何故か表示されなくなってしまった時に、言い様の無い不安と焦りが生まれてカズヤに問いただした際に、メッセージの中で返された時だけ。
しかも彼はあの女と一緒に居る事を否定しており、すぐに送ってもらった現在地の動画を何度も何度も止めて拡大して確認したが、居なかった。
次の日に電話で詳しく情報を聞いたが、やはりそこには嘘はない。
そもそもカズヤは私に本当の事を言ってくれるんだから、嘘を吐いてくる必要がない。
だから……今は怪しさが再燃してしまったが、あの女で確定とは言えなかった。
なら、他に誰がいる?
次に浮かんだのは、現在も撮影が続くドラマでヒロイン役を演じる女優。
あの時彼女は役を食われた事で私を密かに睨んでおり、その影響で、ヒロインとして挽回する為に主演の彼とプライベートでも仲良くなり、演技中の関心を自分に向けて主人公とヒロインという完璧な演技でドラマを印象付けようとする可能性がある。
だけど、その考えをすぐに捨てた。
何故なら、あのシーンで
故に、あの女優ではいかに立ち回ろうとも、それを変えられる技量が無い。
だからあの女優の可能性はかなり低いという結論に至った。
どの女が、どういう女がカズヤにちょっかいをかけるのか。
いくら考えても答えが出ず、やがて一つの方法を思い付いた。
どの女を見ても、カズヤの中で私だと思う様になればいい。
カズヤと一緒にいるかもしれない女を探すんじゃない、私がカズヤと一緒にいるかもしれない女にもなればいい。
カズヤに送り続けていたメッセージを中断し、私もアカウントを持っているSNSアプリを開いた。
そこは多くの人の思い、叫び、恨みなど数多の感情が吐露され交錯する世界。
私はあまり、カズヤについてそこで調べる事は無い。
前にそのせいで彼に辛く当たってしまい、後悔したから。
そして、カズヤという人についてそこで知る情報がないから。
だって、彼の良いところやちょっとダメなところ、スゴイところやカッコよかったり可愛いところ……それを誰よりも知ってるのが私。
だから誰かが呟くカズヤのカッコいいところなんて、私からすれば取るに足らない。
寧ろ、そんな取るに足らない女がカズヤを意識してるってことに苛立ちだけが湧いて、見るだけ損しかないのだから。
なので見るのはカズヤの出ている番組のアカウントだけにしていた。
けれど、今日は久しぶりにカズヤについて検索する。
テキスト入力欄に"カズヤ"という三文字だけを入力し検索。
すると、取るに足らない呟きがあれよあれよと大量に表示された。
いつもは見る価値が無い。
けれど今回だけは、そこに価値を置いて見ていく。
私はカズヤについてSNSで検索した。
それはカズヤが、世間からどう思われているかを見るためじゃない。
カズヤを想っている、世間の女たちの存在を知るために見る。
検索結果の画面をどんどんと下にスライドしていく。
『あーカズヤお兄様が私の本当のお兄ちゃんだったら毎日が幸せなのに!』
『カズヤ君と幼馴染だったら今頃私の彼氏だった可能性が微レ存? あっ私はカズヤ君と同い年だから、日本っていう範囲を故郷にしたら……幼馴染って、ことぉっ!』
『カズヤきゅんカッコよすぎて毎日寝る前に、私に微笑んでくれてる画面にキスして寝てるっ』
『カズヤ様と一緒の空間にいられたら、それだけで妊娠する自信がある』
終わる事の無い、数々の脳書き。叶う事の無い夢物語が延々と続く。
……ああ、イライラする。
この場に子どもたちがいなくて一人きりだったら、間違いなく叫んでた。
――はあ? 死ねよッ、カズヤの本当の強さや優しさや愛を理解してない類人猿がッ!
――カズヤを語っていいのは、本当のカズヤを知ってる私だけっていうのは明らかでしょッ!
――彼の視線も心も全て私に向けられてるっていうのはもはや必然なんだけどッ!
――どうせ生きてる内は絶対に叶わないんだからッ! 死んで生まれ変わってからもう一回同じこと言ってみろッ!
ま、何回生まれ変わってもカズヤは私のものだけどねっ。
苛立ちが止まらない自分を律しながら、検索ワードをどんどんと変えつつより詳細に見ていく。
次の検索ワード"カズヤ 演技"。
その次"カズヤ かっこいい"、"カズヤ 幸せ"――。
検索をかけては、さらっと流し見る。
そしてまた次のワード。
それらを流し見しながらも、全てを覚えていく。
……私がカズヤの完璧になるために。
カズヤに対して甘える女。
カズヤに対して優しい女。
カズヤに対してあざとい女。
カズヤに対してめんどくさい女。
カズヤに対して見守る女。
カズヤに対して好きだという女――。
様々な女が次々とカズヤに対して憐れな願いを語っている。
その全てを学習する……。
彼の周りに存在する女のタイプ――その全てのタイプで私がカズヤの一番になるために。
下らない妄想が止めどなく続く画面。
徐々に目新しいタイプの女がいなくなってきた。
そろそろ大丈夫かな、そんな考えが頭に浮かぶ。
スライドする指を離してアプリを閉じようとした画面の一番下に、一つの呟きが現れた。
『カズヤお兄様を追いかける恋を想像するのも格別だけど、逆にカズヤお兄様に追いかけられる恋を想像するとキュンってなる! 押してダメなら引いてみるみたいな恋の駆け引きをカズヤお兄様としてみたいっ……!』
それは他と違わぬ、取るに足らない呟き。
けれど、何故か気になった。
カズヤに追いかけられる恋……?
それはどういう恋なのか。
考えてみれば、いつも私からカズヤに連絡するし、色々と彼を振り回してしまうのも私。
いつもカズヤに愛を伝えたくて、待っている彼に駆け寄るのが私。
カズヤが私を追ってくれる……?
想像してみた。
カズヤがやきもちを妬いて、そっけない態度や不機嫌になってるけどその全てに、私にだけ向けられてる愛がある。
彼からどこどこに何時とかって急にデートの連絡が来て、こっちの予定なんて気にしない酷い人って思いながらも準備をして、待ち合わせ場所に向かってしまう私。
――キュンってなった。
そんなカズヤ見たことないし、見てみたいっ。
絶対に可愛いし、もっと愛おしくなるに決まってる。
押してダメなら引いてみる。
それが、そういうカズヤを見れるようになる方法なのかもしれない。
そう思い、その呟きをタップすると、呟きに対しての感想が出てきた。
『わかる! いつもと違うカズヤお兄様にギャップ感じて絶対キュンってなる!』
『男がギャップに弱いというのは世界の理……ならば後は女の顔面偏差値のみッ……はぁ』
へー、男ってギャップに弱いんだ。
そんな情報を初めて聞き、SNSを閉じてブラウザで検索する。
押してダメなら引いてみる。
その情報が大量に表示され、サイトを開いては要点だけを知り閉じる。
次のワードで検索し直し、より詳細を深堀りしていく。
その作業を繰り返した。
やがてスマホの画面を消す。
そして"押してダメなら引いてみる"とは何か、"ギャップ萌え"とは何かを覚えた。
どの女のタイプでも完璧になって、更に駆け引きも出来るようになった。
これで完璧。
対カズヤ用人型万能天才アイドル、アイがここに完成した。
先程までの苛立ちは消えて、今後を思いわくわくする。
カズヤが私にやきもちを妬いたり、積極的に連絡をしてくれる様になるかもしれない。
そう思うと、不機嫌でいられるはずがなかった。
ふと意識を現実に戻せば、ドラマが始まっており私が学生姿で出ているシーン。
この子たちは、私が出るドラマを観るの楽しみにしてたなあ。
真剣に見てる子たちに思わず笑みが浮かぶ。
「どう? ママの演技すごいでしょっ?」
そう告げれば、ルビーがこちらを向いて笑顔で頷いた。
「うんっ! ママ以外の人の演技と存在感がミジンコレベルに思えちゃうもんっ!」
一切の嘘を感じられない表情と言葉に、ちょっとだけ笑ってしまう。
カズヤは除いてあげてね? そう言いたかったのは秘密だ。
まあ二人が大好きな、この天才アイドル様が演じているんだから、その感想も仕方ないのかもしれない。
「やっぱり溢れ出る才能がここでも光ってしまったかっ」
こまったこまった、と言えばルビーが嬉しそうにこちらを見ていて、それを見て私も嬉しくなる。
そんな娘に、アクアが「母さんが出てるドラマ観てなくていいのか?」と声をかけたら、ハッとした様に顔をテレビの方に戻した。
その姿にまた笑みを浮かべ、改めてスマホに目を落とした。
押してダメなら引いてみる。
その為には彼に、今は押しまくる。
再びカズヤへとメッセージを送り続ける。
それは、ドラマが終わるまで続いた。
翌日、起きて朝ごはんの準備をしている時、ポケットに入れているスマホの振動で着信が来た事に気付いた。
手に持っていた皿を置いて、スマホを取り出す。
そこに表示されている相手の名前は『木村 愛』。
待ち焦がれた、カズヤからの電話であった。
いつもの癖で応答しそうになったが、すんでの所で指を止める。
あぶないあぶない、カズヤはいっつも本当の私にしちゃうんだから……。
そんな事を考えながら、断腸の思いで着信通知画面を見つめる。
やがて、その画面が消えた。
訪れる寂しさ。
カズヤの声が聞きたいよ……。
だけど、今はダメ。
カズヤの全てで完璧になるために、我慢。
……あ、そうだ。
思い出して、カズヤにメッセージを送る。
『キスシーンはダメ』
これだけは伝えておかないと。
やや間を開けずに、カズヤから返信。
『あいよー』
いつも通りの返事。
それが堪らなく嬉しく、ここから会話を続けたくなる。
けど、我慢。
そうすればきっと、カズヤは私の事を、私の事だけをもっともっと考えてくれるはずだから。
……だから待っててね? カズヤ。