"にわか"は言う「だから『推しの子』だって言ってんだろ!」 作:あるミカンの上にアルミ缶
カズヤと連絡を絶って、約一週間が過ぎた。
何度も、何度も彼に連絡しそうになった事か……。
カズヤと繋がっていたい、彼の声が聞きたい。
一日の中でも幾度となくその思いに苛まれ、その度にそれを乗り越えるタイプの女を演じて切り捨てる。
そして再びドラマの撮影となった今日、ここまででほぼ全てのタイプの女を理解した。
今日がこのドラマで私が登場するラストの回。
これが終われば、仕事で彼との接点はまたなくなってしまう。
だから、ここで決める。
現場に着き、スタッフに挨拶。
「おはようございますっ、今日もよろしくお願いしますっ」
そう挨拶すれば、スタッフからも返事がくる。
「おはようアイちゃん! 今日も輝いてるねっ」
男性スタッフの言葉に、隣にいた別の男性スタッフも笑顔で頷いていた。
そんな彼らに、笑顔のままで僅かに困った様な声色に変える。
「えーっ、そんなことないですよぉっ」
若干の舌足らず感。
そして表情は笑顔だけど、数ミリだけ眉を下げる。
微かに前かがみになり、僅かに距離を近付けて上目遣い。
全て計算の元、所謂ぶりっ子を演じた。
「いやいやホントだって! なあっ?」
「そうそう! アイちゃんがいると、それだけで現場が華やかになるんだから!」
媚びを売るこちらに対して、媚びを返してくる彼ら。
いつもは挨拶くらいしか話さない私が、会話を続ける様な態度をしたから、この人たちは必死に私をここに繋ぎとめようと、気に入られようと媚びた事を言ってくる。
ここにはヒロイン役の女優もいるのに、聞こえる場所にいるのに私にそんな事を言ってくる。
彼らを実験台にして、違和感なく完璧に演じられている事が分かった。
そして、今日撮影する――ユウキが死ぬシーンも、これで耐えられる。
それにカズヤの演技は、ちゃんとしてるけどちゃんと出来てない。
どこか"芝居をしてます"という印象を私に与えるので、本当に死なないカズヤが嘘で、死ぬユウキを演じると分かっているから、そこまで動揺もしないだろう。
意識を、未だに私へと会話を続けるスタッフたちに戻す。
……もうこの人たちに関わる必要はない。
そう考えて会話を終わらせようとしたが、視界の端に映った人物を認識してそれを中断する。
カズヤだ。
一週間ぶりに会ったカズヤに、つい目を奪われそうになった。
彼の方に目が動いた瞬間に、顔を
カズヤの視線が一瞬、こちらを向いたのが分かった。
そして湧き上がる気持ち。
カズヤが私を見てくれてるっ。
カズヤが私を意識してくれてるっ……!
この感情を表には決して出さない。
今は引いてる時。
どうでもいい話をしてくるスタッフたちに表の演技で返しつつ、内心は今後の展開を考えていた。
この一週間でカズヤは間違いなく私の事だけを考える様になった。
だから、カズヤから私に挨拶という体で話しかけてくる。
それに対して私は当たり障りのない回答をすれば、またカズヤが話を続けてくる。
この一週間、私の事だけを考えているんだ。
私と話して、不安を解消したり話せる喜びを得たいに違いない。
それが、先週私が膨大なデータから学習した男の行動。
そして優しく私を包み込んでくれる彼ならば、更に行いそうな行動。
挨拶から話を続けて、雑談も行う。
今日一日だろうが、私とカズヤが二人で話をしているのが当たり前の光景にする。
更にはカズヤから話しかけられた事で、周りにはもしかしたらカズヤが
そうすれば、次に違う現場で会った時も、彼から話しかけられる様にすれば、怪しまれずに仕事でも話せるようになる。
決して抜かりの無い、完璧な作戦。
けど、いつまで経ってもカズヤが私の方に来る事はなかった。
なんで……。
なんで、私じゃなくて監督とずっとおしゃべりしてるの?
なんで、監督が離れて一人になったのに私のところに来ないの?
なんで、私じゃなくて……。
見ず知らずの女の子のとこに行くの?
周りにいるスタッフたちが相変わらず話しかけてくるが、邪魔な雑音だった。
意識すらしていない表の演技で口にする、感情の無い言葉に喜んでいる道化たちの姿を視界に収める事すら煩わしく、目の焦点を遠くに絞り視界からシャットアウトする。
今、私の視界に映っているのはカズヤ。
そして、彼に構ってもらっている女の子。
耳は良い方だが、流石にこれだけ離れていては声は聴こえない。
けれど感情は見える。
カズヤが何かしたんだろう、女の子が怒った様に彼に話している。
そんなカズヤはにやりと笑ったり、微笑ましそうに見たり。
――なんで私以外にそんなことするの?
私もここにいるんだよ? カズヤの愛を受け取った私がいるんだよ?
女の子が泣きだした。カズヤが焦った様に宥めている。
なんで本当に焦ってるの? 本当を見せないって言ったじゃん。
女の子が泣きながらも、カズヤに何かを言っている。
――えっ?
カズヤが女の子に伝えている。
女の子はきょとんとしており、恐らく彼の言葉が理解出来ていないんだろうと見て取れた。
カズヤがそこから少しだけ話をして、女の子から離れていく。
…………なんで。
なんで、何か覚悟した様な表情をしてるの……?
私じゃない女に、なんでそんな顔するの? 嘘じゃない顔しないでよ。
それは私だけに向けてくれるもののはず。
何故、なぜ見ず知らずの女の子に向けるのか。
「間もなく本番でーす!」
遠くからスタッフの声が耳に届く。
彼は更衣室がある奥へと姿を消した。
表の演技で、話しかけてくるノイズに別れを告げ、私は立ち位置へと向かった。
最初の撮影は、私とヒロインとの会話シーン。
カズヤの出番は夕方になってから。
今日の撮影で、一番最後に撮るシーンのみ。
すぐに出番が来ないのに、女の子から離れてから、あんなに真剣な表情を浮かべていた。
それは何か、良くない事が起こりそうな気がして。
スタッフに促されて立ち位置に立つ。
大丈夫だよね、カズヤ……?
気付かれない様に自然に胸の前に手を置いて、少しだけ心臓の辺りを抑える。
その思いは、監督が放った撮影開始を告げる声によって消えた。
今日最後のシーンの撮影が始まった。
夕暮れの中、カズヤ演じるユウキが道を歩いている。
そして目の前に信号待ちしている女の子。
歩行者用の信号が青になり、彼女は横断歩道へと走り出していく。
カットが入った。
歩道にクッションが敷かれて撮影が再開し、横断歩道にいる女の子の服を掴んで後ろの、クッションが敷かれた歩道へと投げ飛ばした。
再びカット。クッションが回収されて、女の子が地面に尻餅を着く場面を撮る。
ここでカットがかかり、次いでカメラが走る車を撮影。
横断歩道を通り過ぎ、すぐに停車。そこでカット。
フロントガラス越しに運転席をカメラで撮影して、再び走り出した車を斜め後ろから撮った。
残るは最後のシーンだけ。
車に撥ねられてユウキが地面に横たわる。そのシーン。
カット割りのお陰で、今のところは全く私の中で心境に変化はない。
後は最終盤のセリフのシーンを撮って終わり。
その準備をしているスタッフやカズヤを見ながら、仕事が終わったら電話して女の子と何話してたのか絶対聞いてやる、なんて事を考えていた。
そして、最後のシーンの撮影が始まる。
横たわるユウキ。
そこに、女の子が良い演技をしながら寄っていく。
そして台本通りのやり取り。
やがて、今日最後のセリフ。
「……きみ、を、助けられ、て……嬉しい、か、ら……痛く、な、いよ……おれ、は、お医者さ、ん……だか、ら、ね」
えっ……?
彼の言葉は台本通り。
だけど、何故か違和感を覚えた。
けど気のせい。
だってこれで、今日の撮影は終わりなんだから。
「…………おじ、さん……死んじゃう、の……?」
えっ?
続くはずがない言葉を、女の子が言い始めた。
ここからはもう、台本には書かれていない。
「……どうだ、ろ……おじさん、に、も……分かん、な、いや」
心臓が大きく鼓動したのが分かった。
なんで……カズヤも続けるの……。
それに、なんで、カズヤが本当に消えそうに見えるの。
速くなり始めた鼓動に対して、血の気が引いた様に身体が寒くなる。
「……きみ、は……俺の、こ、と、なん、て……忘れ、て……幸せ、に、生き、な、よ……」
――は?
フラッシュバックする記憶。
お腹を刺されて血まみれの状態のカズヤ。
地面に流れ出る血が、彼の中から命を減らしていく様に見えたあの光景。
忘れたくても忘れられない。
私が大切なものを手に入れ、大切なものを失いかけたあの日。
それは私だけのもの。
私だけに向けてくれた彼の愛。
なのに……。
何故その女に私だけの愛を向けてるの?
それは、それだけは絶対に奪われない私だけの愛だったはずだ。
絶対に奪われる訳にはいかなかった愛のはずだ。
「…………やだよ」
カズヤの隣で女が口を開いた。
「……おじさんのこと、忘れない」
そう言葉を続ける。
……もう、喋るな。
「……大人になっても、ずっとおぼえてるからっ」
今すぐその口を閉じろ。
――忘れられるわけないッ! カズヤのこと絶対忘れられないよッ!
脳裏に、あの時の私の言葉が蘇った。
「……そう、かっ……それ、は、嬉しい……な、あ……」
――……ああ……よかっ、た……。
私だけの愛が、その時の本当の笑顔が、そのまま私じゃない女に向けられた。
心が裂けそうな程に痛い。
カズヤの愛が、私から奪われた。
私だけの愛じゃ、なくなった。
同時に湧き上がる怒り。
……許せない。
だが、そんな思いは瞬時に消し飛んだ。
カズヤが、死んだ。
演技だというのは頭では分かっている。
だけど、心がそう思ってしまった。
あの日、カズヤが生きていたのは奇跡で、現実はこっちだと見せつけられている様に感じた。
駆け寄ろうとした。
けど、表の私が邪魔をして動けない。
私の心境とは別に、その光景をただ見せてくる。
「…………おじ、さん?」
彼女もカズヤが本当に死んだと錯覚したんだろう、呆然と呟いた。
――喋るな……そこにいて彼に話しかけて良いのは私だけだ。
「……ねえ、おじさん、起きてよ? もっと、お話ししてよっ」
目の前の現実が受け入れられない少女は、笑顔で話しかける。
――やめろ。それを言って良いのは私だけなんだから。
「ここで寝てると、じゃまだって怒られちゃうよ……?」
流れる涙を気にせずに、彼女は笑みを浮かべている。
――やめて。彼に泣いていいのも私だけなのっ。
「起きてよっ、起きて、おじさんっ……起きてッ!」
泣きながら物言わなくなったカズヤへと泣き付いた。
――離れてッ、縋りついていいのは私だけなんだからッ。
「ちゃんと良い子にするからッ! くるま見ないで危なかったのちゃんとママにごめんなさいするからぁッ!」
――私からカズヤをこれ以上奪うなッ!
「ねえおじさんッ! 起きてッ! 起きてよぉッ!」
――あっ……。
泣き叫ぶ少女の慟哭は、私の心を突き刺した。
そして、同時に浮かんだある感情。
それは……焦り。
そんな、バカな。
ありえない、そんなこと。
そう自分に何度も言い聞かせるが、思ってしまった。
一瞬、少女に私の存在が食われかけた。
それはつまり、私がカズヤの一番星というアイデンティティの崩壊。
私がカズヤにとって誰よりも愛してる人という、変わる事の無い事実が今、脅かされた。
監督からカットがかかり、何事もなかったかの様にカズヤは起き上がり、少女と何かを話している。
少女は明るく何かを彼に伝えたが、全く私の頭には入ってこなかった。
表で笑みを浮かべている奥で、本当の私は少女を見つめる。
いや、睨み付けた。
……あの女は危険。
私を脅かせるという事は、恐らく私と同じかそれに近いタイプに違いない。
カズヤはいつもののほほんとした表情で、メイクを落とすためだろう、更衣室へと向かった。
……カズヤを奪わせる訳にはいかない。
身体を動かそうとするが、表の私がそれを許さない。
笑顔で、完璧に魅える様に佇んでいるだけ。
どうしてっ、私のからだは動いてくれないの……!
焦り、本心からカズヤの下に行きたいのに動いてくれない。
そして気付いた――。
今まで愛される為に吐いてきた
その事実に愕然とする。
私の愛って、なんだったの……?
それが胸中を支配する。
本当に愛してるカズヤを追いかけられない私は、何のために今まで愛を言ってきたのか。
絶望が心の中に埋まってくる中、一つの解を見つけた。
演じれば、どうだ。
私は星野アイ。
何だって完璧に演じ魅せる事が出来る。
なら、自分すら演じられず何が星野アイだ。
……本当の私を演じればいい。
目を瞑り、すぐに開く。
身体を動かせば、動いてくれた。
いけるっ。
なりふり構わず、走り出した。
「ア、アイさんッ?」
後ろから驚いた様な声が聴こえたけど、気にしない。
今、私が向ける視線は、思考は、心は、愛は、カズヤにだけ。
カズヤを愛してる自分を演じているんだから。
カズヤの更衣室が見えてきた。
周りには誰もいない。
部屋の中を覗き込めば、カズヤがこちらに背を向けて洗面台に向かっており、他には誰もいない。
――奪われる前に、奪われない様にするっ!
そう心に言い聞かせて、カズヤを背後から抱きしめた。