"にわか"は言う「だから『推しの子』だって言ってんだろ!」 作:あるミカンの上にアルミ缶
カズヤを抱きしめる。
演じる身体で、本心からの気持ちで抱きしめた。
そして、彼の体温が、彼の存在が私の心を温かくする。
ずっとこうしていたい。
そう思わせてくる、この上ない幸せを感じた。
彼の身体が僅かに身じろぎ、こちらへと振り返る。
「あい……?」
その言葉は驚きを含んでいるが、拒絶は皆無。
私に抱きしめられて驚いてはいるが、嫌がりはしなかった。
その事実に、更に心が暖まる。
「仕事中なんだから、やめといた方がいいぞ」
そんな事を言ってくる彼だが、私には分かる。
だって、言葉に対して、カズヤは一切動かないんだから。
やっぱりカズヤは私を受け入れてくれる。
当たり前の彼に、好きという気持ちが高まった。
彼に触れて、声を聞いて、先程カズヤが消えると思った感覚はやっぱり演技で、今こうして感じる温もりと耳に届く声が現実なんだと実感できた。
それをもっと感じたくて、抱きしめる力を強める。
もう離さない、絶対に傍にいる。
ずっと考えてきた演技は、やっぱりカズヤの前じゃ無理だ。
どんなタイプの女でもカズヤの一番になる?
直接彼に会って声を聞いて触れて、分かった。
いやだ。
……どんなタイプの女よりも、本当の私がカズヤの一番でいたい。
違うタイプの女を演じて彼の一番になる。
そうしたら、本当の私は、演じてる私に激しい嫉妬を覚える。
だから、彼の前で違う女の演技なんて絶対にしたくない。
そう思った。
「カズヤ」
声をかければ「ん?」という返しがくる。
そんな短い一声でさえ、今の私は心臓が高鳴ってしまう。
どうしようもない程に、カズヤが好き。
どうしようもない程に、カズヤを愛してる。
彼の一挙手一投足が、私にそれだけを強く思わせてきた。
「分かってると思うけど、今は本当の私だよ?」
そう伝えれば、間を開けずに「分かってるよ」と優し気な声で返ってくる。
……好き。
私の全てを分かってくれている彼に、そう思う。
「じゃなきゃ、こんな人目につきそうな場所で抱き付いてこないだろうしなあ」
ため息交じりにそんな事を言ってくる。
むっ。
ちがうよ? ホントはいつでもどこでもカズヤを抱きしめたいんだよっ?
そう言いたかったが、直前までの私を考えると、言えなかった。
確かに、これまでの私ではカズヤを抱きしめたいと思っても、人目を感じたら身体が動いてくれなかっただろう。
完璧で究極の
「でも、これからは人目を気にしないで抱きしめてあげるから」
その証拠と言わんばかりに、もっと抱きしめる力を強める。
「俺としては人目があるとこでいちゃいちゃすんのは苦手なんですが……」
「関係ないっ」
「せめて人いないとこでにしませんかね?」
「関係ないっ!」
言い合いが続くが、不快感は一切ない。
だって、嬉しいんだもん。
傍から見れば、いちゃついてる光景にしか見えないんだから。
どこからどう見ても、私たちはカップルに見える光景なんだから。
愛おしい言い合いは、彼のため息で幕を閉じた。
もうちょっと楽しみたかったのはあるけど、それはこれからいくらでも訪れるに違いない。
「あのね、カズヤ」
こちらから話題を切り替える。
彼を奪われない様に、引き離されない様にするために、私は本当の自分を演じてここにきたんだ。
そしてそれを成すには、言わなければいけない。
「ずっと……ずっと言いたくて、言えなかった事があるんだ」
彼の反応はない。
でも、それでいい。
「カズヤが刺されたあの時から、ずっと思ってたこと」
今の私は演じているのか分からない。
けど、どうでも良かった――。
「私の中で見つけた、カズヤの……カズヤだけの気持ち」
心の声をそのまま言えてるんだから。
「いつか言いたい、絶対に言うって決めてた言葉」
気付いたのは最近。
けれど、思ったのはずっと昔からなんだろう。
「ずっと言えなかった、やっと言えるようになった、私の本当のカズヤへの想い」
色々な事があった。
喧嘩して、仲良くなって。
でもまた喧嘩して。
そしたら命がけで私の事を護ってくれて、私の心を常に乱してくる。
「それを今、カズヤに言いたいんだ」
私の心を常に弄んでくる。
カズヤはそんな、酷い人。
「聞いてもらってもいいかなっ?」
でも、それがどうでもよくなるくらい――愛しい人。
カズヤの胸に寄せていた顔を上げれば、こちらを見下ろしている彼と目が合った。
目線が合う。
それだけの事なのに、やけに心音がうるさくなった。
それはあまりにも大きい音に感じて、身を寄せているカズヤに伝わってしまうのではと、心配になる程。
恥ずかしい……でも、聴こえて欲しい。
そんな二律背反な思いを抱きながらも、彼の顔を見上げ続ける。
「いいよ、聞かせて」
返ってきた言葉に、嬉しくなる。
カズヤなら絶対にそう言ってくれるのは分かっていたが、実際に言われるとやはり嬉しかった。
カズヤはどんな私でも、絶対に受け入れてくれる。
そう、私に思わせてくれるから。
顔が火照ってきて、赤らんでるのがカズヤにバレちゃったかも、と内心で恥ずかしがる。
嬉しいや幸せといった感情で溢れかえっている心が、顔に出ていないか心配になる。
カズヤの前だと本当の自分が出ちゃうから、変な顔になってないか心配。
でも、そんな私の顔も見て欲しいと思ってしまう自分に、もう彼なしでは絶対に生きていけないんだなと再認識させられた。
……今日は絶対に伝えるんだ。
「カズヤ」
一呼吸置く。
心臓が今までで一番うるさい。
「――愛してる」
ああ、やっと言えたっ。
カズヤに、愛してるって。
誰にも邪魔されず、夢でもない。
私は言えたんだ。
カズヤを愛してるって……!
言えた嬉しさが心の中で暴れまわり、それを堪える様に再び彼の胸に顔を埋めた。
カズヤ、愛してるっ……カズヤ愛してるっ!
心の中で何度も叫ぶ。
言えば言う程に、幸せが大きくなった。
「そっか」
不意に聴こえた彼の言葉。
それにハッとする。
私は言えた。
そうなると、今度は私に言ってもらいたい。
行動では見せてくれた、愛。
さっきのは演技でやってあげただけでしょ?
思い返すのは先ほどの撮影。
あれは、私だけの愛だったはず。
それを私じゃない女に届けた。
先程までの幸せがなくなり、心にまるでヘドロの様に醜い感情が濁り溜まっていく。
そんな感情を掻き消したくて、抱きしめる力を強めた。
「カズヤ、は……?」
さっきのは、私が動揺して分からなかっただけで、ただの演技だったんだよね?
本当に愛してるのは、私だけなんだもんね?
「カズヤは、どうなの……?」
出た言葉はまるで、不安だからこその確認みたいに思えて、そんな事を言ってしまった自分が信じられなくてカズヤの胸に顔を押し付ける力を強めた。
カズヤは私の事を愛しているんだから、そんなの聞かなくても言ってくれただろうから。
言ってくれるよね、カズヤ?
そう思う自分の心が許せなくて、イライラしてくる。
「――愛してるよ」
聴こえた声は、一瞬信じられなかった。
けれど、次の瞬間には理解する。
何故ならそれは、何よりも私が一番欲しかった言葉だから。
目頭が熱くなり、自分が泣いている事に気付いた。
言い表せない喜びと嬉しさと幸せが、一気に私の中に入ってくる。
「……だっ、だれをっ……あっ、愛してるのかなっ?」
嬉しくて幸せで、これまで感じてた以上の愛しさが暴れ回って、声をだしたら震えてた。
完全な涙声だった。
「……あいだよ」
心臓がまたしても高鳴る。
「……ちょっ、とっ、間がっ……あったっ」
「緊張しただけ」
何気無いやり取り。
それが堪らなく愛おしく、幸せを私にもたらす。
互いに愛を伝えられた。
なら、今度は関係性もはっきりと距離を詰めたい。
愛してるって伝えられて、愛してるって伝えられた。
そしたらもう、この距離感じゃ満足できないから……!
彼の胸に顔を強く押し付けて横に振り、涙を拭いた。
「カズヤが好きっ」
笑顔で見上げる。
カズヤとの関係性をハッキリとさせる。
絶対に奪わせない関係性へとするために。
「だから、私と付き合ってください」
もしかしたら、順番が違うという人がいるかもしれない。
だって、もうカズヤとの子どもがいるんだから。
だけど私からすれば、それは違う。
私の心は、これが正しい順番だから。
お互いに愛してる。
だけれども、互いに関係性を口にしなければ、それはいつまで経っても他人のままだから。
結婚は、まだお互いに色々とハードルがありすぎて、すぐには難しい。
だから、恋人という関係を彼と結ぶ。
それが今できる最大限の、カズヤを奪われない方法だから。
お互いに愛し合ってるんだから、もちろんオッケーだよね、カズヤ?
そしてカズヤの声が聴こえた。
「ああ。あいと付き合うよ」
私は、生まれて初めて母に感謝した。
私を産んで、カズヤと出会わせてくれてありがとうって。