"にわか"は言う「だから『推しの子』だって言ってんだろ!」 作:あるミカンの上にアルミ缶
カズヤ君とアイさんが共演するドラマの撮影が終わり、三か月が経った。
カズヤ君は入院前と同じ状態まで、仕事のスケジュールを戻している。
現在は彼を自宅まで送り届け、一人で帰宅している最中。
そして思考は、そのドラマの撮影の事。
あの撮影で、カズヤ君とアイさんは付き合う様になった。
彼女が撮影が終わったと同時に、カズヤ君が向かった更衣室へと走り出す。
それを驚きの表情と声で見やる、周りの人間。
そんな中、俺は落ち着いていた。
何せ、直前に撮ったシーンとカズヤ君が本気で演じた姿は、俺にもあの時を如実に思い出させた。
故にアイさんがカズヤ君を追いかけて走り出しても、然程驚きはない。
動揺が走る現場を無視して、カズヤ君の更衣室の前に立つ。
ちらりと中を覗けば、カズヤ君を後ろから抱きしめているアイさんの姿。
……こんな大スキャンダル、見せる訳にはいきませんね。
スライド式のドアを、音を立てずに閉めた。
スタッフが何人か心配そうにこちらへ来たが、更衣室の奥にはトイレがあり、そちらに行きましたと誤情報を流し、彼らを下がらせる。
そしてカズヤ君が着替え中なので、入らない様にと釘を刺しておいた。
全く、貴女はそれだから信用出来ないんですよ……。
内心で愚痴を吐きながら、小さくため息を吐いた。
そして、彼女の告白が聞こえ、彼はそれを受け入れる。
こんな撮影の現場でよくやるもんだ、と思いつつもとりあえず二人は恋人同士になったのだと、頭の中を整理した。
二人の関係は、このまま上手くいくのか、それは誰にも分からない。
俺は、カズヤ君ともっと一緒に仕事がしたい。
そして事務所の皆はカズヤ君の事を家族と思っており、俺としてもずっと一緒にいたい。
だから芸能界を辞めさせる、事務所を辞めさせるわけにはいかないのだ。
やがて、室内から軽い足音が近付いてくる。
更衣室のドアが開き、出てきた人物に声をかけた。
「アイさん」
声に反応し、彼女がすぐ横にいる私を見た。
「あっ、田山さんっ」
明るい表情と声色はいつも通りの彼女。
その姿にため息を吐く。
「……やるなら、ちゃんとバレない様にやってください」
その言葉に「……あっ」と何かに気付いた様な声を上げた。
「流石はカズヤのマネージャーさんっ、頼りになるねっ」
そう言って軽く舌を出す。
全く反省の色が感じられない。
これだから貴女は……。
そう思わざるを得なかった。
「とにかく、貴女は奥のお手洗いに向かったと伝えておりますので、戻ったらそれに合わせて話をしてくださいね」
「はーいっ」
呑気な声で明るくそう言い、彼女は皆が集まっている場所へと戻っていった。
その姿に思わず眉間を指で揉んでしまう。
「佐山さん」
横からかけられた声に振り向けば、メイクを落としたカズヤ君がいた。
「ごめんね、尻ぬぐいしてもらっちゃって」
申し訳なさそうに謝りを入れる彼に、再びため息がこぼれる。
「いや、これがバレた時に比べれば軽いもんさ」
俺はどうしても、カズヤ君に対して甘くなってしまう。
そんな自分に対してのため息。
俺の言葉に彼は苦笑いを浮かべた。
「確かに。佐山さんいなかったらアウトだったろうね」
そう言って彼もため息を吐いた。
とにかく、彼にはまず確認したい事がある。
「それで、アイさんとは今後恋人として付き合ってくのかい?」
「まあね」
俺の言葉に、間を開けずに彼は答えた。
まあ、カズヤ君がそう言うなら仕方ない。
「とりあえず、スキャンダルだけにはならないでくれよ?」
そう訊ねれば、
「まあ、大丈夫っしょ」
そんな軽い返事が返ってくる。
呑気な言葉に思わず本当に大丈夫か気になったが、聞くのはやめた。
俺はどうしても、カズヤ君に甘くなってしまうから。
そうならない様に、こちらで気を付けてあげればいい。
そう、思い直した。
あの時の光景を思い出して、一人車内でため息を吐く。
彼らの交際は認知したが、どうなる事やら。
現在で約四か月程度が経っている。
今のところは問題は起きておらず、週刊誌にすっぱ抜かれるという事もなかった。
たまにカズヤ君にアイさんとの様子を伺えば「良い感じだと思うよー」なんて呑気な返事。
けど、そんな呑気な返事が平和な証なんだろうと思う事にした。
そこで一旦思考を区切り、運転しながら、別の事を考え始める。
それは、今後について。
彼らがこのまま交際を続けて何年後かに無事ゴールインを果たすなら、それはそれでいい。
まあ、その為には炎上を避ける為に、アイさんにはアイドルを卒業してから結婚してもらいたいもんだが……。
そして仮に彼らが上手くいかなかった場合。
その時の為の準備も、やはりしておかなくてはいけない。
アイさんに関しては知らない。
カズヤ君に対して。
仮に別れて、カズヤ君のモチベーションが下がり、それが仕事に影響を出してしまっては元も子もない。
だから、彼が気になる子がいれば、すぐに乗り換えられる様にするのが最優先。
傷心はさせない。
家族が悲しんでるのを見るのは、こちらも悲しいだろ?
アイさんと交際中だって構わない。
カズヤ君がアイさんよりも良いと思った人がいれば、それに乗り換えた方が良いから。
それはカズヤ君の浮気ではなく、貴女に魅力が足りなかったという事だけですからね。
付き合ってはいるので、こちらから積極的に女をけしかける、なんて事は流石にしない。
けれど、カズヤ君がいつアイさんから心が離れても良い様に、彼の周りに女を配置する。
そしてその女が、アイさんと付き合っているのにカズヤ君を奪いたいと思うなら、それは好きにすればいい。
カズヤ君、君を決して悲しませたりしないからな。
それと、先に芸能界以外のカズヤ君の思い出もちゃんと清算させとかないとな。
そう考えて、カーナビの画面を操作し、目的の人物へと電話をかけた。
駐車場に車を停めて、事務所に入る。
カズヤ君とアイさんの関係は事務所に報告はしない。
どちらも未成年ではなくなったんだ、そこまで事細かに事務所に伝える必要はなくなった。
来賓用のソファーには、一人だけ座っている人物がいる。
「申し訳ありません、お待たせしました」
声をかければ、座っていた人物が慌てて立ち上がる。
「そんなにお時間は取らせませんので、お座りください」
慌てた様に挨拶をしてきたその人物に着席を促し、テーブルを挟んだ向こう側のソファーに私も座る。
対面した人物に、話しかけた。
「本日はお時間を頂き誠にありがとうございます。以前からお話させて頂いておりましたが、この度はお受け頂けた事感謝致します」
そう告げれば、その人物は慌てて両手を振って、私の口調に遠慮を見せた。
「業務内容としては、以前からお伝えしておりました内容と何ら変化はありませんので、慣れるまでは大変かと思いますが、分からなければ私か、カズヤ君でもいいので聞いて頂ければと思います」
内容の再確認を行えば、相手はバッグからメモ帳とペンを取り出し必死で書き始める。
メモを取るとは感心関心。
目の前の相手の評価を僅かに上げておく。
「カズヤ君とは明日、顔合わせを行いたいと思いますが、ご都合は如何ですか?」
そう聞けば、問題ない旨の回答が返ってきた。
会社の承認は既に得ており、私がここに来るまでに書類手続きも完了している。
なので、後はカズヤ君への紹介だけだ。
「明日は、朝にまたこちらに来て頂ければと思います。私がカズヤ君を連れて参りますので」
明日の行動を伝えれば、慌てて元気な返事が返ってくる。
今日は、これ以上の話はもうない。
「それでは、明日から……カズヤ君のバイタルサポーター件マネージャーとして、よろしくお願いしますね」
カズヤ君の驚く顔が目に浮かぶ。
彼女が、私と分担してカズヤ君のマネージャーになる。
「ふぇっ、はっ、はいっ。こっ、こちらこそよろしくお願いしますっ」
カズヤ君から"天使ちゃん"と呼ばれた女性は、そう言ってこちらに頭を下げた。