"にわか"は言う「だから『推しの子』だって言ってんだろ!」   作:あるミカンの上にアルミ缶

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第74話

 さて諸君。

 俺は今、警察署から出て帰っている途中だ。

 別に何か悪さをして捕まった訳じゃない。

 二年前のあの日、あいのドームライブ当日の殺傷事件。

 それについて任意の事情聴取を受けていた。

 理由としては、二年前に俺が刺されて佐山さんに秘密裏に病院へと運んでもらったが、あいのマンションの前の道路には、鼻血程度じゃ済まない血が、こびりついていた。

 それを警察は捜査していたらしい。

 そして犯人と思しき人物は、あいのドームライブと同一人物である事が判明。

 ドームライブでのアイドルのストーカーと思われる人物と、あいのマンション付近の防犯カメラに映る怪しい人物の服装が一致したからだ。

 その人物は多数の防犯カメラによってあの日の朝、アスファルトにこびりついた血があった道路へと歩いていくのが確認され、更にはそれほど時間が経たずに、慌てて元来た道を走り去って行くのも捉えられていたとの事。

 そしてその姿から、この人物がアスファルトに残された血の持ち主ではないと断定。

 容疑者として捕捉し、続いては被害者探しが始まる。

 同じ方向の防犯カメラでは被害者らしき人物が確認できず、反対方向にある防犯カメラを隈なく調べ、同時刻に、容疑者と同じ道へと歩く人物を探した。

 候補に挙がったのは一名、俺だけ。

 当初はドームライブの件とは別の事件として捜査されており、調査と確認に時間がかかり現在まで至ったとの事。

 ほんとお疲れ様です……。

 

 警察には、俺が刺された事については正直に白状した。

 併せて入院した病院にも連絡を取り、裏付けを完了させる。

 俺からすれば、俺が刺された時に、あいはそこに居なかったという事だけを立証出来れば良かったから、これ以上余計な詮索を入れられない為にも、俺が被害者で目撃者はいないという事にしておく方が良かった。

 刺された原因としては、こちらは分からない。通り魔ではないかと伝える。

 相手がふらふらと歩いていたので、すれ違う時に肩がぶつかり、急に刺されたと。

 あの場所に俺がいたのは、友人がそこの近くのマンションに住んでて久々に遊びに行く途中だった。

 故に犯人とは一切面識がなく、理由も心当たりがないと。

 そして佐山さんも事情聴取に同席しており、彼に頼んで秘密裏に病院に連れて行ってもらったと、警察には正直に伝える。

 佐山さんも話を合わせてもらい、国民的な有名人が刺されたというスキャンダルを出す訳には行かなかったので、被害届も出さなかったと言ってくれた。

 そして事務所への確認として広報部に連絡してもらい、広報部長から同じ旨の内容が警察に伝えられて、ようやく事実と断定してもらえた。

 俺も佐山さんも、あいの関係については話さず、事情聴取が終わる。

 

 そしてせっかく刑事的な人と話しているんだし、警察の人に雨宮先生の事について聞いてみる。

 本来なら関連している可能性が高い案件だから、そちらも状況が分かると良いなという思いで。

 俺の質問に刑事さんは驚いていたが、数年前まで仲良くしてもらっていたお医者さんで、その人が亡くなったという記事を見たからと伝えれば納得。

 宮崎で洗い出した防犯カメラの映像や犯人の飛行機を使った移動経路の履歴から、恐らく同一人物が犯人だろうと伝えられる。

 そして刑事から、犯人が雨宮先生を殺す動機に心当たりは無いかと聞かれたので、雨宮先生もアイの熱狂的なファンだったんで、ファン同士で何か問題でも起こったんじゃないかと曖昧な回答を行い納得してもらった。

 こうして、一日がかりの事情聴取はようやく幕を閉じた。

 

 警察署から帰宅。

 いつも通り佐山さんが運転し、後部座席に俺が座っている。

 二年前に急に追加のマネージャーだと紹介された天使ちゃんは、流石にここにはいない。

 俺の、追加のマネージャーとなった彼女だが、基本的に俺の仕事の管理は佐山さんが全権を握っている事は変わりなく、天使ちゃんに裁量はなかった。

 天使ちゃんのお仕事内容。

 佐山さんの運転で、俺と一緒に後部座席に乗り、現場に向かう。

 俺が撮影中は、佐山さんの隣で一緒に見ている。何やら真剣にメモを取っている姿もたまに見受けられるので、関心する。

 仕事が終われば、行きと同じ状態で車に乗って帰る。

 仕事のマネージャー業は、一切行っていなかった。

 けれど、彼女の仕事は、俺のスケジュール以外の時。

 俺の隣の部屋に住んでいる彼女は、俺に朝ごはんと晩ご飯、そして現場に移動中の昼食を作ってくれている。

 そして彼女の作る料理は、栄養バランスが非常に良くめっちゃ美味かった。

 バイタルサポーター。

 俺の健康をサポートする、その肩書きに不足はなかった。

 

 自室でコーヒーを飲みながら寛いでいると、チャイムが鳴る。

 現在は夜も更けた時間帯。

 普通なら来客など、絶対に無い時間帯。

 そう、普通ならば。

 だが今の俺には、この時間にだって部屋に訪れる人がいるのだ。

 玄関の鍵を開けて、ドアを開く。

 

「あっ、カズヤさん、夜ご飯お持ちしましたっ」

 

 我らがバイタルサポーター、天使ちゃんである。

 どぞどぞ、と中に促して入ってもらう。

 彼女は「はいっ、お邪魔しますっ」と明るい挨拶をして、手に持ったお盆に気を配りながら、靴を脱いで入ってきた。

 そう、俺はこれから晩御飯なのだ。

 事務所に言われて、今日は昼過ぎから警察署へ行き事情聴取を受けてきたので、今帰ってきたばかり。

 故に晩御飯を食えていなかった。

 俺は被害者側なので、途中で晩御飯を食うタイミングはあったが、天使ちゃんの顔が浮かんで諦めた。

 だって、俺がご飯は大丈夫って言うと、すんげー悲しそうな顔で「……わ、分かりましたぁ」って言うんだもん。

 本人は笑顔で言ってるつもりらしいけど、明らかに意気消沈としててこちらに罪悪感が強烈に植え付けられる。

 それに天使ちゃんの料理は美味いから、他で食うよりこっちで食った方が良いってなったりもする。

 天使ちゃんはダイニングテーブルに、持ってきたお盆を置く。

 それはいつも俺が座っている椅子の前であり、俺も自分の指定席に腰掛けた。

 テーブルを挟んだ反対側の椅子に彼女は座り、笑顔で俺を見てくる。

 この光景が二年近く続けば、流石の俺も笑顔で見つめられながら食事するというのにも、すっかりと慣れてしまった。

 

「いただきます」

 

 手を合わせてそう告げる。

 

「はいっ、召し上がれっ」

 

 嬉しそうな声でレスポンスが返ってきた。

 これもいつも通り。

 お椀を手に取り、味噌汁を口に含む。

 濃すぎず薄すぎず、正に俺好みの味。

 野菜を食えばシーザーサラダだが、ドレッシングの味が市販のとは何か違う。

 天使ちゃんお手製、俺専用配合のシーザードレッシングとなっていた。

 こちらを微笑みながら見つめる天使ちゃん。

 

「うん、今日も美味しいよ」

 

 感想を述べれば、

 

「ふぇっ、あっ、ありがとうございますっ……」

 

 途端に顔を真っ赤にして俯いてしまう。可愛い。

 まるで見守る様な雰囲気から、一瞬で縮こまってしまう。

 ポンコツ可愛い。これだから天使ちゃんはやめられない。

 味覚も視覚も堪能しながら食事を進めていれば、そう時間をかけずに完食してしまう。

 

「ごちそうさまでした」

 

 再び手を合わせてそう言えば、

 

「はいっ、お粗末様でしたっ」

 

 笑顔で、決まった返答をしてくれた。

 そして立ち上がり、俺の方へと歩いてくる。

 いつも通り空になった皿やお椀が入ったお盆を持ち帰ってくれるのだ。

 その為に彼女は今、俺の方へと歩いてきている。

 俺のすぐ傍まで来た時、

 

「きゃっ」

 

 彼女の身体が、俺の方へと倒れてくる。

 何もない所で足を縺れさせたのだ。

 そして倒れてくる彼女の身体を、俺の手が肩を掴む事によって支える。

 至近距離でお互いの瞳が見つめ合った。

 少しでも顔を近付ければ、その唇は触れるであろう距離。

 彼女の瞳が僅かに潤み、頬が上気する。

 

「あっ……ごっ、ごめんなさいっ」

 

 ハッとした表情を浮かべ、彼女は慌てて俺から身体を離した。

 胸の前で手を小さく握り、俯いては俺の顔に視線を寄越してを繰り返す。

 俺は、平常心だった。

 だって、ほぼ二年間こんな事ばっかで、寧ろ慣れてしまったに近い。

 この姿を毎度可愛いと見惚れていては、いつか天使ちゃんを支えるのが遅れて怪我をさせてしまうかもしれない。

 故に、彼女を怪我させない為にも、平常心にならざるを得なかった。

 

 そんなアクシデントも、二年間で日常になった俺の私生活であった。

 

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