"にわか"は言う「だから『推しの子』だって言ってんだろ!」   作:あるミカンの上にアルミ缶

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第75話

『ねえ、朝ちょっとだけ一緒にいれない?』

 

 とある日、そんなメッセージから俺の一日は始まった。

 送り主はもちろん、あい。

 

『あいよー。どこで?』

 

 了承の旨を返して、彼女の返事を待つ。

 今日は久々に、午後から仕事なので俺的には問題ない。

 彼女とは付き合って二年半ちょい程度経つが、こんな連絡はたまにあった。

 あいは今日午前中から仕事だが、移動までの時間で会うつもりらしい。

 彼女から返事が届く。

 

『いつものとこでいい?』

 

 そんな内容に『おけー』と返し、準備を始めた。

 彼女の言ういつものとことは、あいの家の近くの個室があるカフェ。

 現在あいは、以前とは別の場所に住んでいるが、彼女の家は教えてもらっている。

 以前とそれ程離れてはおらず、事務所に近いままなので生活スタイルはそれほど変わらないらしい。

 アプリでタクシーを配車し、時間を確認してあいに連絡。

 

『二〇分くらいで行けると思うわ』

 

『りょーかいっ』

 

 そんな返事を確認し、彼女とのチャットを閉じる。

 続いて違う人物のチャットを開き、メッセージを送った。

 

『天使ちゃん! 悪いけどこれから急用入っちゃって、朝飯大丈夫だから!』

 

 エクスクラメーションマークを付けて、冷たい印象にならない様意識しながら文章を考えた。

 即既読。

 即返信。

 

『わかりました! お気をつけて行ってきてくださいね!』

 

 そんな内容が天使ちゃんから、返ってきた。

 文面は明るく元気そうに見える。

 だが、彼女の事だ。

 すげー寂しそうにしている可能性も高い。

 メッセージでは送ったが、悩む。

 タクシーはこちらに到着まで、後五分くらいかかる見込み。

 ……よし、憂いは絶っていこう。

 そう決めて外に出た。

 隣の部屋に行き、玄関をノックする。

 中から、すんげーばたばたとした音が聴こえた。

 そして鍵が開けられた音。

 僅かに開いたドア。

 

「かっ、カズヤさんっ、どっ、どうしましたかっ?」

 

 顔半分も見えない開き具合のドアの中から、そんな声がした。

 

「いや、朝飯もう作ってくれてたら悪いなあって思って、直接言いに来たんだよね」

 

 もしかしたら天使ちゃんは今メイクをしてないから恥ずかしいのかと思い、とりあえず彼女に会いに来た理由を告げる。

 彼女、ナチュラルメイクというかメイクしてんのか分からんくらい、普段から薄化粧で可愛いから、気にしなくてもいいのに。

 そう思うのは、俺がメイクをしない人間だからだろうか。

 

「あっ、いっ、いえっ、だっ、だいじょぶですっ」

 

 何やら、めちゃくちゃテンパってる様な声で返ってきたが、予想していた意気消沈ではなさそうなので、まずは一安心。

 言いたい事は伝えられたし、もうすぐタクシーが来るだろうから、下で待ってようと思考を切り替える。

 

「んじゃ、ちょっと出かけてくるね」

 

「はっ、はいっ、いっ、いってらっしゃいませっ」

 

 見送りの言葉を貰い、下に降りようと歩き出そうとしたが、不意に足を止める。

 なんだかんだ天使ちゃんとは、二年間朝昼晩を共にしてきたんだ。

 

「あ、そうそう。天使ちゃん素顔可愛いんだから、別にメイクしてなくても俺全く気にしないよ?」

 

「ふぇっ?」

 

 思った事を告げて、いよいよ彼女の部屋から離れる。

 少しして後ろから何やら叫ぶような声が聞こえてきたが、それを気にする時間はなかった。

 下に降りるとちょうどタクシーが到着しており、目的地を伝えて出発してもらった。

 

 

 

 

 目的地に到着し、タクシーから降りる。

 指定のあった店に入り、先に来ている人物の名前を告げて個室へと案内してもらう。

 このカフェは入り口からすぐはテーブルやカウンター席があるが、奥に数室だけ、個室がある。

 ボックス席ではなく、居酒屋みたいな感じの完全個室。

 大声では話せないが、視覚的にはプライベートが確立されている。

 故に、重宝させて頂いていた。

 案内された部屋に入れば、既に人が居る。

 

「あっ、カズマおはよっ」

 

 明るく挨拶してくるあい。

 

「おー、おはよー」

 

 呑気に返す俺。

 注文していた飲み物を店員が持ってくるまでは、互いに偽名で呼び合う。

 暗黙の了解で、気付けばそうしていた。

 そうしている内に店員が飲み物を持ってくる。

 俺はコーヒーで、あいはカフェオレ。

 最初、俺と同じ豆のブラックを飲もうとしたが、舌が合わずに諦めていた。

 なので今は同じ豆のカフェオレを飲んでいる。

 

「朝から仕事なんて大変だなあ」

 

 呑気にそんな事を尋ねる。

 呼び出してどうした、なんて事は聞かない。

 彼女には理由が無いんだから。

 強いているならば、会いたかったから。

 それが彼女の理由だろう。

 カフェオレを一口飲んだ彼女が口を開く。

 

「カズヤだって、いっつもはそうじゃんっ」

 

 嬉しそうな声色で返してくるあい。

 

「何時ごろには出なきゃないの?」

 

 気になっていた事を尋ねる。

 

「んーとねー」

 

 そう言って彼女はスマホを取り出し、時間を見た。

 

「後二〇分くらいかなっ」

 

「ほーん」

 

 あいの言葉に、呑気に返す。

 これだったら帰って朝飯食えたな、なんて事は考えない。

 それを考えると、目の前の彼女が何かを察知した様に目付きが変わる。

 なんでも、別の女の事考えたって急に思うらしい。

 実に、女の勘ってやつは恐ろしいもんだ……。

 

「そんで、今日はどんな仕事なんよ」

 

「これから情報番組の生放送で、その後ドラマの撮影があって、夕方からライブのレッスンやってから最後ラジオのアシスタントって感じかなっ」

 

「うわー、俺には出来んわ」

 

 実に過密なスケジュールである。

 

「カズヤはどんな感じなのっ?」

 

 彼女から質問された。

 今日の俺の予定かあ。

 

「まあ普通に、午後からCM撮影が四本あって、夜からバラエティー番組の収録で、深夜からいつものラジオの生放送を明け方までって感じだよ」

 

「そっちの方が大変すぎないッ?」

 

 珍しいあいのツッコミが炸裂する。

 いや、朝からの方がめんどくさいだろ……。

 そんな他愛もない話が、延々と続く。

 内容は関係なく、二人で会う事が重要。

 彼女がそれに重きを置いているから、俺もそれに合わせる。

 まあ、頻繁に連絡とってるから真新しい話がないから、助かるし。

 

「そう言えばカズヤって、将来のことって考えてるっ?」

 

 不意の質問。

 楽しそうな声色で、あいが訊ねてくる。

 

「将来の事?」

 

 そう聞き返せば、

 

「そっ、将来のことっ」

 

 笑顔で言い返された。

 将来の事かあ。

 暫し逡巡。

 

「……いや、今の事ばっかで全然考えてなかったなあ」

 

 天井を見上げながら、しみじみと呟く。

 将来かあ、まだ若いといってももう大人だしなあ。

 そんな思いが渡来する。

 

「私もね、まだ具体的には考えられてないんだ」

 

 あいの声に、顔を正面に戻す。

 

「でもね?」

 

 彼女と視線が交差した。

 笑みを浮かべて、あいは口を開く。

 

「……そろそろ考えてもいい頃なんじゃないかって、思うんだよね」

 

 彼女の言葉に、真剣に考える。

 

「……まあ、確かにね」

 

 そう伝えれば、嬉しそうな表情を浮かべた。

 

「だから……その時になったら、話聞いてくれる?」

 

 綺麗な笑顔。

 アイドルとしてではない、本当のあいの笑顔。

 そんな表情を独占しながら、俺は答える。

 

「あいよ」

 

 その回答に、彼女は満足そうに頷いていた。

 そんなあいを見て、俺も笑みを浮かべた。

 

 

 あいが時間となり、先に店を出て行った。

 俺は大体一〇分程度待ってから、外に出る予定。

 パパラッチ対策、いやはや面倒なものだ。

 そんな訳で、俺は今残ったコーヒーを飲みながら、個室で時間を潰している。

 とりあえず家に帰ったら、天使ちゃんに朝ごはんって残ってたりするか訊こうか考えながら。

 不意に、個室のドアがゆっくりと開く音がした。

 背後から聞こえるその音は、俺に店員さんが来たのだと思わせる。

 だが追加注文をした訳でもないのに、何故だと気になった。

 とりあえず確認の為に振り向く。

 

 

 

 

「――カズヤ君」

 

 

 

 

 金色の髪色、紅玉の瞳の内の片方には星形のシルエット。

 そんな幼い少女――――さりな(星野ルビー)が、そこには居た。

 

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