"にわか"は言う「だから『推しの子』だって言ってんだろ!」 作:あるミカンの上にアルミ缶
私は、今の自分が幸せなのか分からない。
四歳の頃に病気が分かって、徐々に身体が思う様に動かなくなって、そして一二歳でこの世を去った。
けれど、入院している時に一人の男性と出会った事が、私の中でとても大切な思い出として今も残っている。
それは、雨宮吾郎先生。
当時の彼は研修医だったみたいだけど、私から見れば立派なお医者さんだった。
本人の口からは「サボりだ」と言っていたけれど、私含め色んな病室を回って患者さんと話をして、具合を確認したり話をして入院中の寂しさや苦しさを和らげようとしてくれてた。
せんせは私がB小町を知ってアイのファンになってからも、ずっと私の事も変わらず気にしてくれて、私がアイの話を沢山しても嫌がらず聞いてくれた。
結局、最後までアイのファンにはなってくれなかったけど……。
体調が良かった時は一度だけB小町のライブに行けて、それも私の大切な思い出。
結局、体調が悪くなって搬送されてしまったけれど、その時に手に入れたアイのキーホルダーはとても大切な宝物で、死に際にせんせにプレゼントした。
せんせに一度「一六歳になったら結婚してくれる?」と言ったが「一六歳になったら考えてやるよ」なんていじわるな事を言われた。
おかしいよね? 一六歳まで生きれる可能性が限りなく低いのに、現実的なプランなんて言っちゃってさ。
そしてその中で、出会ったもう一つの大切な思い出。
それがカズヤ君。
彼と接した時間は、せんせよりも全然短かったけど、大切な思い出と思えるくらい濃い時間だった。
ある日、いきなりせんせと一緒に入ってきた男の子。
せんせが来たから抱きついちゃったけど、その子がいる事に気付いて慌てて離れる。
あんな元気に抱きつく姿なんてせんせの前でしかやらなかったから恥ずかしくなったら、彼は「別に抱き付いたままでもいいよ?」なんて言ってきた。
慌てて弁明したけど、そんな中で彼に対して抱いた第一印象は"大人びた変わった男の子"。
見た事がないタイプの子だなって思ったのが、最初の感想。
そして彼はB小町のデビューライブから参加してる生粋のB小町ファンと知って、思わず遠慮してた態度をやめてしまった。
けれどそこから意気投合して、アイの話で盛り上がる。
せんせが仕事で出て行ってからも彼との話は盛り上がり、私をアイの一番のファンと認めて、元気になったらデビューライブチケットの半券をくれるという話になった。
流石にそれは遠慮したが、彼はどうしても受け取って欲しいのか「そしたら、きっとあいも『えーっ、こんなに可愛い子が最初からファンでいてくれたのっ?』って大喜びしてくれるからさ」とか、思わず固唾を呑んでしまう様な事を言ってきた。
だけど、嘘はダメ。
そう思って断ったが、彼の言葉で心境が一遍した。
――嘘はとびきりの愛なんだよ?
皆には内緒だけどアイのファンならこの言葉を憶えとくと良い、とか言いながら教えてくれた言葉。
その言葉に、心臓が高鳴った。
嘘はとびきりの愛。
そんな訳ないって思った。
だって、嘘なのにとびきりの愛になる訳がないから。
とびきりの愛は、やっぱり本当でしか手に入らないから。
天童寺さりなに唯一残っているとびきりの愛は、忙しい時間の合間に来てくれたお母さんが言ってくれた「愛してる」だけ。
それが嘘だったなら、私にとって愛とは何なのか分からない。
だって、親は子を愛すものでしょ?
それが当たり前なんだから、あの言葉が嘘な訳がない。
だから一瞬、カズヤ君からの言葉を聞いて、言葉が出なかった。
でもすぐに誤魔化せた。
笑って、ちゃんと誤魔化せた。
そんな訳ないと、アイに関する言葉を否定せずに済んだ。
大好きなアイについて否定せずにも済んだんだ。
けれど、カズヤ君には誤魔化せなかった。
そして彼は私に言う。
――だってさりなちゃんも嘘吐きだろ?
その言葉を言われた時、身体の中に何かが走ったのを感じた。
けれどそれはすぐになくなる。
再び、明るく元気なさりなでカズヤ君に答えられた。
けど、すぐにまたそんな姿は取り払われる。
――さりなちゃんが雨宮先生に思う好きって、どういう好きなのかな?
カズヤ君はせんせの事をおにいちゃんみたいと言った。
そして私に聞いてくる。
――異性としての好き、お兄さんとしての好き、はたまた他の理由で好き……色々あるけど、さりなちゃんはどれの好き?
心が激しく乱されるのが分かった。
せんせの事が好き、愛してると思っていた気持ちが揺らぐ。
彼に言われた分類で考えると、私がせんせに抱く好きという気持ちがどれに該当するのか、すぐには出てこなかったから。
好きで愛してるのは本当。
だけど、彼に言われたどの好きが即答出来ない自分がいて、まるでせんせに抱くこの好きが、この愛が嘘なんじゃないかと思った。
だから、泣いた。
怒鳴った。
普段の私じゃ絶対に見せない、隠してきた私の本性。
せんせにだって見せたことは無い。
それを、今日会ったばかりのカズヤ君には、見せてしまった。
本当の姿を見せてしまって恥ずかしい、悔しい、辛い。
そんなぐちゃぐちゃな心で彼に当たり散らかしたのに、彼はそれを受け止めて平然と流した。
ひどいよ。私を泣かせて怒らせて辛くさせて「そっか、じゃあ仕方ないね」なんて一言で終わらせるなんてさ。
悔しいやら他の感情が入り乱れながら、彼に大人ぶんないでと言った記憶がある。
そしてカズヤ君は急に、もし雨宮先生と結婚しないってなったら俺と結婚するとかなんとか言ってきてさ、彼の頭がおかしくなったのかと思った。
直前まであんな仕打ちしてきて、普通そんな事言える?
当然キライだから断った。
別にカズヤ君のこと好きでもないし、せんせのこと嫌いでもないから。
そしたら結婚指輪送るとか言い出して、意味わかんない。
いらないけど、売ればアイのグッズをたくさん買えるって言われて、渋々高い指輪を買ってもらう約束をした。
女の子に、大人びた彼が貢ぐのを、パパ活って言ったら諌められたのが懐かしい。
その後はアイの鑑賞会を二人で楽しんでたけど、夕方になってカズヤ君は帰っていった。
そこで連絡先を交換して、指輪以外のプレゼントも強請っておいた。
……結局はくれなかったけど。
その後も、電話やメールでアイやせんせとのツーショットを送ったり、プレゼントを強請る連絡をしたりとやり取りは続いた。
けれど彼の返事はいつも短文で返ってくるので、こっちが一人盛り上がってるみたいで許せなく、毎度それを指摘する。
次第にちょっとずつ返してくる文章量は多くなってきたけど、言わなきゃ出来ないんだから全くダメダメな男だった。
彼の結婚相手は相当苦労するなと思ったのが印象に新しい。
そして、私が死んだ日。
彼は時間を取って来てくれた。
直接会うのは二回目だが、全く緊張感はない。
私とせんせとカズヤ君。三人での面会だった。
以前よりも明らかに痩せ細った私を見て、息を呑んだ表情を彼が浮かべたのを憶えてる。
カズヤ君もそういう表情するんだなあって、漠然とそう思った。
けどそんな顔は見たくなくて、元気を装って話しかければ、彼も表情を和らげてくれる。
まるでそれは、嘘と分かって付き合ってくれてるみたいで嬉しかった。
そして約束の指輪を見せてくれて、五〇万すると教えてくれれば、微かにせんせが驚いた声を上げる。
でも、本当は五〇万なんて嘘だと思ってる。
せんせの反応みたいに、私を驚かせる為の嘘。
当時の私だって、お金の価値くらいはちゃんと分かる。
役者をしているカズヤ君でも、流石に五〇万なんて稼げないに違いない。
だから、この場を明るい雰囲気にする為の嘘。
私と同じく、明るく見せる為の嘘なのだ。
なので、私もそれに乗った。
初回のプレゼントがそんなに高価なんて愛が重すぎると。
本音も入っているが、彼のアイドルとしてそう言ってあげた。
そしてやはり、プレゼントもちゃんと金額のことを考えられないなんて、彼の結婚相手になる人はやはり苦労するなと思った。
彼が帰ってから少しして、せんせに看取られながら、私はこの世を去った。
そして今。
私は大好きなアイドル、アイの子どもとして生まれ変わった。
最初は信じられなかった、そして次第に生まれたのは感動。
アイの子どもなら、いつでもアイを見れてアイに抱きついたり色々出来ると。
そして色々やった。
めちゃくちゃ甘えたりおっぱい飲んだり褒めてもらったり。
全てが幸せで、ここが天国かと思った。
けど、アンチだけは許さない。
ママを叩きたいブスどもは、一遍まとめて地獄に落ちて地獄の釜や針の山で甚振られて、アイを貶した事を後悔と反省と懺悔した方がいい。
所詮はママの足元にも及ばない塵芥どもだ、寧ろ地獄から戻って来ない方が世の為かもしれない。
そんな感じで、ママに甘えてアンチとリプ合戦した幼少期。
ママという存在のお陰で圧倒的に幸せだった。
はずだった。
きっかけはドラマ。
カズヤ君が主演で、ママがヒロインじゃなくライバル役とかいうキャスティングしたやつ全員頭が湧いてるんじゃないかと思える作品。
カズヤ君は結構CMとかで見る機会が多かったので、生まれ変わった今でも友達として応援している。
その初回でママは学生姿で誰よりも輝いており、やっぱりヒロインにしなかった事をドラマ関係者に少なくとも小一時間は問い詰めたいと思った。
そして終盤で出てきたカズヤ君に、思わずどきりとした。
カズヤ君は医者の恰好をしており、眼鏡、髪型、表情、服装全てが、彼と違って見える。
違う人に見えた。
――せんせ。
だから、気付けば声に出ていた。
そして気になった。
カズヤ君はこうしてテレビに出てて見る事が出来る。
せんせは今も変わらず、あの病院にいるのかと。
まだいるのなら、いつか会いに行く事も出来る。
またカズヤ君と三人でも会える様になると。
だからママとアクアが寝静まった頃、ママのスマホで調べた。
せんせの名前と病院名。
検索結果の一つに、彼が死亡したという記事が表示された。
えっ?
思考が追いつかない。
きっと関係ない記事が出てきたんだ、もしかしたら検索する文字を打ち間違ったのかもしれない。
思考とは裏腹に、鼓動が速くなっていく。
そして目を背けようとしても、視線がその記事のリンクから離れない。
気付けば、記事のページを開いてしまった。
飛び込んでくる文字と情報。
せんせは病院近くの崖の下で白骨化した状態で発見された。
警察は殺人を視野に入れて捜査をする。
彼が、死んだ。
その事実を受け入れられない。
せんせとの最後の記憶が思い浮かぶ。
間もなくこの世から去る私を見ていてくれる、せんせ。
せんせが、死んだ。
心が凍てついた様に寒くなり、なんの感情も浮かんでこない。
無気力、まさにそれに尽きる。
私は再びこの世界に生き返ったけど、一六歳になったら結婚してくれるって言ったせんせがもういない。
なら私は何のために生き返ったのか、何を理由に生きていけばいいのか。
途端に分からなくなってしまった。
表のルビーには
前世のお母さんは
なら、
もう私の事を愛してくれる人は誰もいない。
その事実に、生き返らなきゃ良かったと思ってしまった。
神様、なんで私を生き返らせたの――。
けれども私の心境とは裏腹に、現実は進み続ける。
ドラマは既に終わり、CMが流れている。
目の前の画面に映る人物。
カズヤ。
それを再び目にして、ハッとする。
彼はせんせと同じく、私の大切な思い出に出てくる人。
そして私の大事な友達。
妙に大人ぶってたり、酷い事を言って私の心を乱してくるキライな人。
だけど、それ以上に……。
――だってさりなちゃんも噓吐きだろ?
彼なら、もしかしたら本当の
画面に映るカズヤ君を見つめる。
……そうだ。まだカズヤ君がいる。
彼なら、私の心を乱して本当を出させてくるカズヤ君なら、見つけてくれるに違いないっ。
――もし雨宮先生と結婚しないってなったら、俺と結婚する。
せんせはもういないけど、カズヤ君は一緒に居られる。
カズヤ君と会いたい。カズヤ君とお話したい。
そして早く、私を見つけて欲しい。