"にわか"は言う「だから『推しの子』だって言ってんだろ!」   作:あるミカンの上にアルミ缶

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第77話

 それから、カズヤ君とママが共演するドラマはもっと楽しみになった。

 カズヤ君の演じる姿はまるで、せんせみたいで。

 けれどカズヤ君もまたそこにいて。

 私は画面越しだが彼オンリーのシーンは、前世の時みたいに三人が一緒にいて、せんせとカズヤ君が私を見てくれている様に感じた。

 そしてママの演技もすごい。

 主人公に告白するシーンなんて、本当にノンフィクションのドラマじゃないのかと錯覚してしまった。

 演技を超えた演技。

 ママの演技を見て、そう思った言葉をアクアに伝えれば同意してくれた。

 あれは、どう見ても本当の気持ち、本当の告白だ。

 そう私たちに思わせる程の演技だった。

 

 ……だけど。

 心の底からは、ママの演技を褒める事は出来なくて。

 ママのセリフはもちろん演技。

 けれど、その言葉が本当に思えて。

 

 ――嘘はとびきりの愛なんだよ?

 

 カズヤ君に言われた、この言葉が脳裏を過ってしまう。

 ママの、本当に思える愛してるの言葉が嘘。

 それを認めると、(さりな)の中にある何かが崩れてしまいそうだった。

 演技を超えた演技って思ったのは本当。

 だってアイはそのくらい出来てしまう、完璧で究極のアイドルだから。

 でも、とびきりの愛は嘘じゃなくて、絶対に"本当"だから。

 本当がとびきりの愛。

 それが私を、大好きなママ(アイ)の演技を心から褒められない枷になっていた。

 

 そして、もう一つの気持ち。

 なんでママ(アイ)せんせ(カズヤ君)に愛してるって言うの……?

 そんな思いはすぐに掻き消そうとしたが、消えてくれない。

 せんせもカズヤ君も、私を愛してくれてるんだよ?

 私が言えない言葉を、なんでアイ(ママ)が言えるの?

 ずるいよ、そんな気持ちを抱いてしまった。

 ママ(アイ)の事は大好きで、彼女の悪口を言うやつはこの世から殲滅してやりたいと思っているけど……せんせ(カズヤ君)にだけは別。

 彼らにだけは、ママ(アイ)()で目を奪わないで欲しいと思った。

 けれど、アイは自他共に認める最強で無敵の天才アイドル。

 そんな願い、土台無理な話だった。

 ……だけど。

 不意に思い出す、前世の記憶。

 

 ――退院したらアイドルにでもなればいい、そしたら俺が推してやるよ。

 ――だってさりなちゃんもアイドルだろ?

 

 彼らは(さりな)アイドル(アイと同等)だと、そう言ってくれた。

 なら、私も願ったって良いのではないか。

 私だって、叶えられるのではないか。

 アイみたく、誰からも愛されるアイドルなんて無理かもしれない。

 でも、せんせとカズヤ君をアイではなくさりな(ルビー)のファンにする事は。

 こんな思いを抱いても許されるんじゃないか。

 アイ(ママ)は、カズヤ君(せんせ)に愛してるって言わないでって。

 漠然とだが、その思いは私の中で小さくこびりついた。

 

 

 そしてドラマのターニングポイントとなる、主人公が死ぬ場面。

 主人公が幼い少女を庇って、車に撥ねられた。

 シーンが切り替わり、地面に倒れるせんせ(カズヤ君)の姿。

 車に撥ねられ、殺された姿。

 その姿は、まるでせんせの最期の様にも思えて。

 車が走り去る映像が流れ、それを呆然と見つめる。

 もしかしてせんせを殺した犯人も、こんな風に逃げたのかな……。

 映像と想像が脳の中で混ざっていく。

 道路で、カズヤ君が死にかけで倒れている。

 崖の底で、せんせが死にかけで倒れている。

 痛いのかな、苦しいのかな……。

 せんせは、こんな風に血だらけで死んじゃったのかな。

 カズヤ君はこんなに血だらけで、死んじゃうのかな。

 彼の死に際の演技に引き込まれる。

 彼の死にゆく演技は、目が離せなかった。

 

 そして、せんせ(カズヤ君)が死んだ。

 

 その姿は、せんせでもありカズヤ君でもある。

 どちらも私の大切な人。

 たった二人の大切な人がいなくなった。

 画面に映る主人公はまるで、本当の亡骸を使っている様で。

 カズヤ君が死んだ。

 その事実だけが、このドラマの中の本当みたいに思わせてきて。

 心の中に、大きな穴が空いたのが分かった。

 寂しさ、悲しさ、悔しさ、辛さ、怒り、虚しさ。

 幾重もの負の感情がその穴へと勢い良く流れ込んでいく。

 まるで心の底から、その感情を満たす様に。

 やっぱり、私に関わった人間は不幸になるの……?

 そんな思いに苛まれる。

 せんせが死んで、カズヤ君も死んで。

 私は彼らの死も、画面の前でしか見られない。

 せんせは、時期的に私が生き返る前に亡くなってしまったみたいだから、悔しいけど立ち会えないのは諦めるしかなかった。

 けれど、カズヤ君には会えたはずだ。

 だってママ(アイ)と共演しているんだから、ミヤコさんに強く頼めばきっと連れて行ってもらえたはず。

 でも、このドラマの撮影はまだ連れて行ってもらったことがない。

 意識を画面に戻せば、横たわる主人公(カズヤ君)と幼い少女の姿。

 死んでしまったカズヤ君にしがみつき、泣き喚き、彼女だけが画面で唯一存在している。

 それを見て思う。

 ……なんで、あなたはそれが出来るの?

 私は画面の手前側で、こうして見ている事しか出来ない。

 今、作品を独占している少女が声を荒げる。

 

『起きてよっ、起きて、おじさんっ……起きてッ!』

 

 そんなの、私だって言える。

 ママについて行って現場に行けば、私の方がもっと本当に出来た。

 だって私の大切な人が死んじゃったんだから。

 ――カズヤ君(せんせ)の死に目に立ち会えるのが、羨ましい。

 

『ちゃんと良い子にするからッ! くるま見ないで危なかったのちゃんとママにごめんなさいするからぁッ!』

 

 良い子にするから? 良い子にしようとして、大切な二人を亡くした私の前で良くそんな事が言える。

 ママにごめんなさいが出来る環境にいるあんたより、絶対に私の方がちゃんと出来た。

 ――私だって、彼にしがみついて泣き喚いて本当の自分でみっともなく彼の最期を見届けたい。

 そうすれば、私が死んだらカズヤ君は、せんせはまた、私を愛してくれるから。

 やっぱり、私は不幸にする人間なのかもしれない。

 だって私が、きっと不幸にさせる人間なんだから。

 

『ねえおじさんッ! 起きてッ! 起きてよぉッ!』

 

 だから、こんなことを思ってしまう。

 少女の、本気で生きていて欲しいと望む叫び。

 演技とは思えない様な完璧な演技で慟哭する少女を見ながら――彼が生き返らなくて良かったと思った。

 だってこんな、演技っていう嘘の想いで彼が生き返ってしまったのなら、せんせに本気で生きていて欲しいと願っても叶わなかった自分の本当の想いは一体何だったのか分からなくなる。

 だから、カズヤ君が死んだままで、どこかほっとしている自分がいた。

 画面に映る、泣き叫ぶ少女(ヒロイン)を見やる。

 私がせめてでもやりたかった、死に目に立ち会う。

 それを目の前で成した少女に、やはり苛立ちを覚えてしまう。

 ……本物っぽく見せてるけど、どうせ嘘なんでしょ?

 そんな感想を抱いた。

 本物っぽく作ってるけど、何か人間味を感じない姿に思ってしまう。

 そう考えてしまうのは、やはり私の性格が悪いからだろうか。

 けれど、昔抱いた印象は変わらなかった。

 何か作り物っぽくて生理的に無理。

 やはり私は、この子の事が好きじゃない。

 

 気付けばドラマが終わっており、CMが流れている。

 やはりそこにいるのはカズヤ君。

 明るい笑顔で、画面に映っている。

 そこでようやく認識が追い付いた。

 さっきのはドラマで、カズヤ君は死んでいないと。

 カズヤ君はまだ、生きていると。

 だから、先程見た少女の嘆きは、作り物の彼に行った嘘だと。

 本当のカズヤ君は、あのドラマと関係なくこうして笑っている。

 あのドラマで見たのは、やっぱり主人公(せんせ)だったのだと。

 嘘で死んだんじゃない。やっぱり死んでしまったのだと実感させられた。

 けど良い。

 せんせ(カズヤ君)は、本当は死んでいる(生きている)

 それが真実。

 カズヤ君(せんせ)は、本当は死んでいる(生きている)

 そんな嘘を吐かれるより、よっぽどマシだ。

 せんせが生きていてくれたら、もちろんうれしい。

 だけど、現実には亡くなってしまっていて、その事実がもう戻ることは無い。

 そして、カズヤ君が死んだという嘘を吐かれたなら、私はもう生きる希望がなくなる。

 本当の(さりな)に残された、最後の本当。

 だからカズヤ君が生きているという本当が何より嬉しい。

 ……ああ、やっぱり。

 嘘はとびきりの愛じゃない。嘘はどこまでいっても嘘でしかない。

 本当じゃないと、とびきりの愛な訳がない。

 だから私は、本当が欲しい。

 

 

 小学生へとなり、ママに頼んでいよいよ自分のスマホを持たせてもらった。

 これまではママのスマホでアンチとリプ合戦を繰り広げていたが、ようやく本気を出せる。

 そしてこれまでと違い、小学生になってから自由行動の許容範囲が大きくなった。

 つまり、ちょっと一人で外に出てもいいとか、禁止される割合が少なくなったという事。

 やはり小学生という肩書は伊達じゃない。

 ママは二年くらい前から仕事の日はたまに、社長たちが迎えに来る前に家を出る様になった。

 アクアは呑気にそれを見送っているが、私の目は誤魔化せない。

 必ずスマホで何やら連絡を取っており、小まめにスマホを点けながら、何やら時間を見て外に出ている様に見受けられる。

 社長たちが迎えに来るのであれば、そんなに時間を気にするなら下に着いた旨の連絡があるまで寛いで待っていればいいはず。

 だって、今までのママがそうだったから。

 じゃあ、たまに浮かべるあの楽しそうな表情は誰に向けて……?

 そんなママの表情は、どこか既視感を覚える事がある。

 それはまるで私がせんせに――。

 

 ママ(アイ)に、好きな人がいる?

 

 もしかして、私とアクアの父親なのか。

 以前、ママが出かけている時に、アクアに父親について話された時に迷わず処女受胎だと言ったが、そうであって欲しいと思ったが、ママのあの表情を見るとどうしても気になってしまった。

 ママは完璧なアイドルなんだから、男なんているはずないよね? でもアイドルだって一人の人間なんだから、好きな人がいたって別にいい。

 ファンとしての気持ちと、さりなとしての気持ちがぶつかる。

 けれど、すぐにその考えを払拭した。

 だってママ(母親)(子ども)に隠し事なんてするはずがないもんね。

 そして今日も、ママは社長たちが迎えに来る前に家を出た。

 そこからすぐに、私も追いかける事にする。

 

「アクア、ママが出発するまでお話してくる」

 

「……もうすぐ登校時間なんだから、あまり遅くなるなよ」

 

 あと母さんがアイドルって分かる様な話はするなよ、なんてアクアのお兄ちゃんぶる態度にちょっと不満を感じつつ、外に出る。

 ママの変装は完璧だ。だから私がぼろを出さなきゃバレる事はない。

 アクアからも演技が上手いと言われる私だ、ママのことに関しては特にヘマなんてする訳が無い。

 小学生になってからはこうして、一人で行動するのもある程度は許されるので、今回初めてママを追いかける。

 もし、本当に私たちの父親がいたらどうしよう……。

 そんな不安が僅かに生まれながらも、ママが娘の私に隠し事なんてする訳が無いと頭の隅に追いやる。

 下に降りて小走りをすると、ママの背中が見えた。

 エントランスを出て、ママを追いかける。

 オートロックのマンションで鍵は持ってきてないけど、スマホは持ってきてるから帰りはアクアに電話すれば大丈夫。

 だから気兼ねなくママの後を追う。

 ママ(アイ)は、マンションを出て道路を歩いていた。

 ここで、社長たちを待たないんだ……。

 そんな疑問を持ちながらも、距離を保って追いかければ、ママは近くの喫茶店に入っていった。

 お茶でもしてから仕事に行くのかな……?

 なら家で飲んでくれればもっと甘えられるのに、僅かな不満を抱きつつも店外からガラス越しに中を覗き込めば、奥の個室っぽいところに案内されていた。

 アイ(ママ)と一緒にカフェでお茶を楽しめるなんて、最高じゃない?

 不意に浮かんだ思い。

 アイとカフェで、一緒にいられる。

 それはなんて優雅で至福の時間なんだろう……。

 よし行く。

 そう決めて中に入ろうとしたが、入り口の前にタクシーが止まって人が出てきたので断念。

 店外にある背の高い植木に隠れて、一旦見送る。

 タクシーから降りた男性は店内に入り、店員らしき人と話をして何やら案内されていた。

 そして奥の個室へと誘われた。

 ……え?

 そこは、ママが案内された個室だ。

 何で男性がそこに行くんだ。

 思考が停止し、店内に入ろうとした動作もやめてしまう。

 そんな中で、一つの考えが浮かび上がってきてしまった。

 

 アイ(私たち)(父親)

 

 その考えに、思わず身体が震えた。

 もしそれが本当ならば。

 ママが私に隠し事をしているんだから。

 ママの男じゃない、きっと店員が案内する部屋を間違えただけっ。

 そう思うが、ママも男性も全然部屋から出てこない。

 身体が固まり、ここから動く事が出来ない。

 それを見つめる思考だけが、悪い方へと傾いていく。

 男。

 その人がママの男なら、ママは何で黙っていたの? 私もアクアも、ママの幸せを願っているから、祝福できたよ?

 考えが浮かんでは、すぐに霧散していく。

 なんで、言ってくれないの?

 その疑問が、考え方を更に深堀する。

 私たちに言わないなんて。

 ……まるで、私たちを信用してなくて嘘吐いてるみたいじゃん。

 ママ、私に嘘吐いてないよねっ?

 私のこと愛してくれてるもんねっ? ドームライブの日に言ってくれた言葉は本当だもんねっ?

 隠し事なんて、愛してくれてるママがするはずない。

 そう自分に言い聞かせていると、店内からママが出てきた。

 声をかけようと思ったが、やめた。

 今は何故か、大好きなママに声をかけて甘えられなかった。

 ママがいなくなってから、店内に入る。

 私が小さいお陰か、店員に気付かれることなく、ママがいた個室の前に来れた。

 きっと、何かの間違い。

 ママが隠れて男の人と会ってるわけないもん。

 私に嘘を吐いているはずないもん。

 だから、確認。

 まだ中にいるであろう男性に、ママの男じゃないと言ってもらうための確認。

 

 静かに、ドアを開ける。

 まず見えたのは大人の男性の後ろ姿。

 あなたはアイの何なんですかっ?

 単刀直入に聞こう。

 そう思って口を開く。

 が、声が出なかった。

 扉を開ける音で、こちらに気付いた男性が振り返る。

 気付けば喋っていた。

 けれど、出たのは言おうと思っていた内容とは無関係の言葉。

 

 

 

 

「――カズヤ君」

 

 

 

 

 会いたいと思っていた人は、会いたくない形での再会を果たしてしまった。

 

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