"にわか"は言う「だから『推しの子』だって言ってんだろ!」 作:あるミカンの上にアルミ缶
カズヤ君。
帽子とサングラスをかけてるけど、近い距離だから分かってしまった。
彼は、驚いた様な表情でこちらを見ている。
カズヤ君、
そんな疑問が浮かんだ。
会えて良かった、その気持ちも確かにあるが、今は疑念の方が大きかった。
不意にカズヤ君から、声が聞こえる。
「ありゃ、もしかして部屋間違えちゃったかな?」
えっ……?
彼の言葉に、耳を疑った。
カズヤ君の言葉は、声はまるで……赤の他人に話しかけている様な声色。
なんで、どうして。
そんな疑問ばかりが浮かんでくる。
私だよっ、カズヤ君の友達だったさりなだよっ。
そう言おうと思った。
けど、言えなかった。
何でかは分からない。
言おうと思っているのに、どうしても言葉が出なかった。
私は笑顔でカズヤ君を見つめている。
彼はこちらに首を傾げた。
「そんで、可愛らしいお嬢ちゃんは一体どこから来たのかな?」
優しい声色で、こちらに言ってくる。
そんな声、私に使ったことなかったじゃん……。
昔と同じように、さりなに話しかけてよ。
カズヤ君の言葉が、声がやはり私の心を蝕む。
確かに、今の私はどうみても
だけどカズヤ君なら、本当の私を見つけてくれた彼なら、
けれど、それは高望みだった様だ。
彼は等身大の
その中にいる
心の中に絶望が押し寄せる。
せんせもいなくなってしまったこの世界で、カズヤ君だけが私を見つけてくれると思ってたのに、信じてたのに。
……もういい。
諦めた。
本当の私を見つけてもらうなんて、人を不幸にしか出来ない私には分不相応だったんだ。
だから、望まない。
これからはちゃんと、
そうしたら
だから、ここでさりなは消える。
せんせもいない、カズヤ君にも気付いてもらえないこの世界で、私が生きていく理由がなくなってしまった。
「ふむ」
不意に聴こえたカズヤ君の声。
でも、どうでもいい。
私はもう
だから、カズヤ君の言葉は響かない。
「なあ、お嬢ちゃん――嘘って、とびきりの愛だと思う?」
えっ……。
彼の言葉に、反応してしまった。
まさか、その言葉を言われるとは思っていなかったから。
なんで急に、そんな質問を……?
頭の中に浮かんだ疑問を認識した瞬間、ハッとした。
……もしかして。
もしかして、カズヤ君は
急に、胸が高鳴り始める。
失ったと思っていたものが、まだ失わずに済むかもしれない。
そんな状況で、微かな希望が見えたかもしれない現状を認識し、心が僅かに暖まる。
やっぱり言おう。
カズヤ君っ、さりなだよって。
言わなきゃ失ってしまうかもしれない。
冷え切った心に灯った灯り。
その暖かさを失うのが、今はとても怖かった。
だから、私の正体をカズヤ君に明かす。
その一心で、口を開いた。
「うんっ、嘘はとびきりの愛! いい言葉だねっ!」
出たのは元気で明るい
そんな、こんなこと言うはずじゃなかったのにっ。
カズヤ君、さりなだよッ。
そう言おうとするが、口が開いてくれない。
何度も試すが、結果は同じだった。
私の身体なのに、
それはまるで、愛されるのは
笑顔で、その裏の絶望を覆い隠していた。
「そっか、良い言葉かー」
カズヤ君の声が聞こえる。
その声は、私の心臓を酷く痛ませた。
待って、なんで
今カズヤ君が見てるのは
彼の思い出から、
そんな風に思えてしまい、焦燥感が強くなる。
「うんっ」
明るく、歳相応の話し方で
ちがうっ、嘘はとびきりの愛じゃないッ!
それを認めてしまったら、
いない方が良いと、気付いてしまうから。
先程生まれた、心の小さな暖かさ。
それを失いたくない一心で、必死に否定する。
けれど、声には出てくれない。
「全く、天才的なアイドル様は良い言葉思い付くもんだ」
呑気な彼の声に、苛立ちと焦燥感が増す。
ねえっ、カズヤ君っ!
心でいくら叫べど、それが彼に伝わる事は無い。
「あっ、もしかしてアイの言葉なのっ? 流石完璧で究極のアイドルっ、言葉のセンスも天下一品だねっ!」
違うッ、何を白々しく!
表の私にそう思うが、やはりそれが心から出る事はなく、負の感情が溜まる一方。
どうにかしたいけど、どうしようも出来ないもどかしさに心が苛まれる。
だが、そこで気付いた。
気付いてしまった。
これは、
私は前世で一度も、本当の自分を、自分から出した事がない。
だから、そもそもこの心の叫びを、伝える事なんて出来なかったんだ。
思考がクリアになる。
今まで荒れていたあの心境は何だったんだと思う程に、落ち着いた。
最初から、無理だったんだ……。
諦念。
それが今の私の心境に、一番相応しい言葉。
本当の私の姿を、今まで出したことが無い。
カズヤ君なら、本当の私に気付いてくれる?
違う、あれはカズヤ君が気付かせてくれたんだ。
必死で、周りに心配をかけない様に良い子でいようとした嘘の私の中にある、本当を。
私が元々気付いていたわけじゃない。
いや、実際には気付いていたが、常に目を逸らし続けてきた。
だって、心配をかけない良い子じゃないと、愛してもらえないから。
けど、彼がそんな
剥き出しの、無様な私を見て、結婚しようって言ってくれた。
だから彼には本当の私に気付いて欲しい。
……でも。
私から誰かに本当の
そんな私がカズヤ君に気付いてもらえる訳がなかった。
以前までの
彼に気付いて欲しいなんて、前世以上に無理な話だろう。
だから、私はいない方がいい。
彼もルビーと楽しそうに話しているんだから、ここでさりなの存在を明かしたところで迷惑にしかならない。
ただいたずらに混乱させてしまうだけ。
なら……
「そういや、お嬢ちゃん……名前は?」
彼が私に名前を訊いてきた。
私の名前。
諦めがついた心で、本心を口にする。
「――ルビーだよ」
心に僅かに走った痛みは、きっと私が消える合図なんだろう。
でも、それで良かった。
消えてしまった方が、こんなにも悩まず、苦しまずに済むんだから。
「ほーん」
カズヤ君のいつもの返事。
これも、
どんどん、さりなだけの思い出がルビーに流れていく。
……きっと、これでいいんだ。
そんな思いが浮かんできた。
笑顔を見つめて、カズヤ君の姿を心に焼き付ける。
これからは、
そう胸中で呟き、考える事を徐々にやめる。
私が私じゃなくなる、そんな感覚が大きくなってきた。
これできっと、本当の私はいなくなれるはず。
「……全く」
彼が何か呟いたけど、気にしない。
私の本当の最期の看取りが、せんせじゃなくてカズヤ君だなんてね。
人生何があるか、分かったものじゃない。
けど、カズヤ君で良かった。
だってカズヤ君だったら、後悔が残らないから。
カズヤ君は、言わなくてもいい事言うし、考えなくてもいい事考えさせてくる……。
「――生まれ変わっても
ひとの、ここ、ろ、をっ……苦しく、させ、るっ……ひどい、ひとっ。