"にわか"は言う「だから『推しの子』だって言ってんだろ!」 作:あるミカンの上にアルミ缶
表情を崩し、涙を流すルビー。
いや、さりな。
そんな彼女の手を引いて室内へ入れ、開けっ放しのドアを閉める。
流石に幼女泣かした大人の男性の構図は、他の人には見せられん。あれ、既視感が……。
ちょっと待っててと伝えた状態で俺は個室を出て、カウンターへ行き飲み物を注文。
さりなは何を飲むのか分からんので、とりあえず子どもが大好きなココアを頼んだ。
渡されたドリンクを持って個室に戻れば、未だに涙を流す彼女の姿。
「とりあえずココアにしたけど、飲める?」
そう訊けば、微かな頷きが返ってきた。良かった、これで飲めないとか言われたら恰好悪すぎた。
さりなは、先程まであいが座っていた場所に腰掛けており、飲み物をちびちびと飲み始める。
それを眺めながら、俺もコーヒーを一口。
「それで、ここがどうやって分かったのよ?」
そう訊ねれば、幾分か引いた涙の表情で答えてくれる。
「マ……アイを見つけてついてきたの」
概ね予想通りの回答。
あいとの関係は、流石に隠す感じね。
「なるほどなあ」
持っていたコーヒーをテーブルに戻し、相槌を返す。
正直、理由として考えられるとすれば、それしかなかった。
その他は、偶然という奇跡的な巡り合わせしかないのだから。
ココアを飲む彼女を見ながら考える。
本当は、さりなだとは知らないフリをしようと考えていた。
彼女も、俺の名前こそ言ったがその後は初対面といった態度で来たため。
だが、無理だった。
さりなは、話せば話すほどに嘘を吐いていったから。
いや、嘘なのかは正直判別出来なかったが、笑顔が段々と意味を変える様に感じたから。
笑顔なのに、笑っていない。そんな表情。
やはりこれも、あいを見てきたからこそ分かったのかもしれない。
笑顔で佇んでいるのに、何故か必死さを感じる。
だから、訊ねてみた。
俺が、さりなを知れた"嘘はとびきりの愛"という言葉を。
そして反応は、笑顔で肯定。
それが本当なのか嘘なのか、俺には判別出来なかったが、やはりこちらも次第に分かった。
多分それは、俺だから気付けたに違いない。
徐々に、笑顔のままの彼女の存在感が消える様に感じていく。
まるで俺が演技をする時の感覚に近いもの。
中身が無くなり、外側だけが残る様な印象を与える。
まさに、目の前で彼女が起こした事だった。
そして名前を訊いた時に言った「ルビー」という言葉。
そこで降参した。
今日会って、初めて彼女の表情が完全に笑顔だけに見えたから。
故に、このまま放っておくと何か取り返しのつかない事になりそうと判断し、白旗を伝える言葉を告げた。
そして泣き出し、今に至ると。
全く、やっぱ幼女には勝てなかったよ……。
目の前のさりなに意識を戻せば、涙はだいぶ引っ込んだ模様。
ならば、そろそろ会話をしようか。
「さりなちゃん、って呼んだ方がいい?」
そう訊ねれば、しばらく間が空き首を振られた。
「……ううん、ルビーでいいよ」
そう告げて彼女は、コップをテーブルに置いてこちらを見てくる。
「カズヤ君は、やっぱりすごいね」
不意の言葉に首を傾げる。
全く、意味が分からなかった。
「誰にも見せたことない、誰にも見せたくなかった本当の私を見せてくる」
幼女の見た目から放たれる落ち着いた口調にやはり違和感を感じながらも、黙って聞く。
「そして今日、わかったんだ」
ルビーは微かに頬を赤く染めながら、微笑んだ。
「カズヤ君だけが、私に残された唯一の本当なんだって」
彼女の言葉に、返す。
「ほーん」
ちょっと、何を言ってるのか分からなかった。
「いっつもそればっかっ」
文句の様に放たれた言葉は、随分と楽し気な声色で、
「あの頃からぜんぜん変わってないじゃんっ」
満面の笑みを浮かべる彼女に、こちらも笑い返した。
幼女と大人。
あの頃から姿形は互いに変わったが、気持ちはあの病室にいた頃の様な友人同士として話す事が出来た。
不意にルビーの表情が陰る。
「……せんせのこと、知ってる?」
その声色で、悟った。
彼女は、知ってしまったのだと。
故に、頷く。
「知ってるよ。犯人も死んじゃってて、捜査は打ち切られたみたい」
「……そうなんだ」
俺の言葉に、ルビーは俯いてしまった。
どうやら、犯人については知らなかった様だ。
彼女は犯人に対して今、どんな思いを抱いているのか。
「ルビーは、雨宮先生を殺した犯人について、どう思ってる?」
「恨んでるよ」
即答。
一切の間を空けずに、言葉を返してきた。
「恨んでないわけない。あんなに優しいせんせを殺した犯人が憎いよ。私の手で殺してやりたかった」
俯き、徐々に強まる語気。
「考えなかった日はない。何でせんせを殺したの? 何でせんせが死ななきゃなかったのっ? せんせじゃない他の人が死ねば良かったのにって、いっつも思ってたッ」
でも。そう続けた言葉は幾分か落ち着いていた。
「……その度にカズヤ君がいて、それを見て思い留まったんだ」
そう言って彼女は、顔を上げる。
そこには微かながらも、笑みが浮かんでいた。
「家でその事を考えると、決まってカズヤ君がテレビに映ってて、私を見てくる。いつでも私を見守ってるみたいに、悪い事を考えようとすると、カズヤ君が私を見てきてそれを思い留まらせるんだ」
ルビーの独白を、俺は聞く事しか出来ない。
「その内に、私が考えてることの方が間違ってるんじゃないかって、せんせは私に復讐なんて望んでないんじゃないかって思ってきてさ」
俺を見つめる表情の、笑みが増した。
「今日、カズヤ君に会ってせんせを殺した犯人が死んでるって知って……私も前に進まなきゃなって思ったんだよね」
彼女の話が終わり、しばしの沈黙。
俺は目を瞑り、天井を見上げた。
「なるほどなあ」
いつもの返しをすれば、くすりと笑う声。
「……いっつもそればっかっ」
「まあ、それが俺ですから?」
「ホントにカズヤ君はダメダメだなあ」
ダメダメだねっ、そう言って何がおかしいのか明るい声色で笑う彼女に顔を戻す。
ルビーは笑いながらも、俺から視線を外す事はなかった。
どうやら、彼女の中で色々と消化は出来たらしい。
恐らくまだ燻っているものはあるだろうが、復讐へと爆発するものではないんだろう。
その事実に、内心で嘆息。
彼女にはせんせの事件はバレないと思っていたが、何かの拍子にバレてしまった。
危惧していた事が起こり焦ったが、何とか自己解決してくれた模様で、俺としては一安心しかない。
ま、彼女の中でせんせをどの様に消化していくのかは分からないが、延々と引きずりそうな感じではなさそうに見える。
どうなるかは分からないが、それでも俺は彼女が幸せになってくれれば嬉しい。
そして、話の内容から鑑みるに、アクアが雨宮先生だとはまだバレてないっぽい。
けれどそれは俺が干渉する内容でも無いから、未来の彼らに任せるしかないな。
「んじゃ、いつかせんせの墓参りでも行こうかね」
そう訊ねれば、
「うんっ、せんせに元気な姿を見せてあげないとねっ」
その言葉に違わぬ声色が返ってくる。
元気そうで何よりである。
「まあ、無理はしない様になー」
気休め程度だが、言葉をかけておく。
「前世は、せんせがいてくれたけど……今はカズヤ君がいるから大丈夫っ」
無用な心配だったらしい。
「あっ、そうだっ」
思い出した様に、ルビーが声を上げた。
何やら嬉しそうな表情。
「昔、CMで聞いたセリフなんだけどさ」
ふむ。
「宮崎に行くって話で、思い出したんだ」
そう言って、彼女は目を瞑った。
やがてルビーの口から紡がれる。
「――家族、兄妹、夫婦、恋人、友達……どんな関係でも。一緒に来たい、愛してるあなたと」
言い終えて、彼女は目を開いた。
頬を赤く染めながら、微笑みを携えて俺を見つめる。
「この言葉……忘れないから」
見つめてくるルビーから、顔を逸らす。
何だか昔に聞いた事ある様な言葉。
だが……、
「なるほどなあ」
いつも通りに返した俺を、彼女は微笑みながら見つめ続けた。