"にわか"は言う「だから『推しの子』だって言ってんだろ!」 作:あるミカンの上にアルミ缶
最近、メッセージが来る量が倍以上になった。
同じ人からではない。
頻繁にやり取りする人が増えただけである。
一人は星野アイ。
彼女とのやりとりは以前からあまり変わらない。
『おはよっ! 今日も朝から仕事だよー……』
そういったやりとりから一日が始まる事が多い。
まあお互いに過密スケジュールで働いてるんだ。
諦めてもらうしかないな。俺はあんま朝からは仕事入れんが。
そして他には。
『今度いつ会えるっ? 私この日なら空いてるけど、カズヤはどうっ?』
デートに行く算段の確認連絡が結構来る。
しかし大抵の場合予定が合わない。
けれど彼女は大したもんで、一度予定が合わないと分かった日程でも、その当日になるまで毎日、空いたか確認してくる。
そして、当日にやはり仕事の旨を伝えると、
『……さみしいっ。かまってっ』
駄々を捏ね始める。
まあ俺も、スマホで相手する分には全く問題ないので、俺が仕事に入るまで基本的にやりとりは終わらない。
そしてもう一人の相手。
一年ほど前からやりとりを行う事となった人物。
星野ルビー。あいの娘だ。
しかし彼女は現在小学生。
つまり、学校以外の時の自由時間がめちゃくちゃある。
故に、あいと比にならない程に連絡が来る。
『今学校から帰ってきたっ。カズヤ君はまだ仕事?』
『今日同じクラスの男の子と、途中まで一緒に帰ってきたんだけど……』
『見たっ? さっきの音楽番組! アイのターンが芸術すぎてやばい! この冷めやらない興奮を誰かと語りたいっ。いま電話できる?』
撮影や収録が終わってスマホを開くと、ルビーからのメッセージが毎回溜まっている。
大抵すぐに次の撮影に移動で、その間に台本を覚えたりするため電話出来ない旨を連絡すると、
『……そっか、残念だけど仕事だもんねっ。また今度お話しようねっ』
めちゃめちゃ良い子である。
そして夜になると、俺のスマホは更に忙しくなるのだ。
何故なら、この二人ともが自由時間になるから。
文字通り、ひっきりなしにメッセージが飛び交う。
『ねえっ、次の私の休みカズヤも合わせられそうっ?』
『カズヤ君っ。これからアイが出るドラマ始まるよっ。絶対に見てね、後で語りたいからっ』
『返事遅いっ。電話してっ』
『きゃー! アイの演技やっぱすごくないっ? カズヤ君ももちろん見てるよねっ? 見てないなんて非国民なことするはずないもんねっ』
俺のチャットアプリの最上位を競うかの様に、常に表示順が入れ替わる。
故に俺は短文でしか彼女らに返信出来ないのだ。
ほーん、なるほど、いーじゃん。
俺の返信語録は基本これ。
けれど、彼女らの連絡は尽きる事がない。
『なんか反応薄くない?』
『アイの感想がそれって、ほんとカズヤ君ダメダメすぎっ!』
『もしかして私じゃない誰かの事考えてる?』
『もっとアイの良さを語ってくれないと許さないからっ』
別に彼女らから怒涛の連絡が来ても良い。
別に彼女らとやり取りをするのは嫌ではない。
別に彼女らのレスポンスが早すぎてコーヒーを飲む時間が取れなくても良い。
『何、私以外の女口説いてんの?』『へー、カズヤ君ってああいうアイドルの子がタイプなんだあ』
『今すぐ電話』『ちょっとお話出来ないかな?』
返答に困る連絡を同時に送ってくるのだけはやめてもらいたい。
何故か文章を見た瞬間に背筋がぞくってなるから。
それだけが、私の望みです。
こんな感じの日常を最近は送っていた。
別に辛くはないけど、プライベートが一番忙しいってどゆこと、っていう疑問は、とりあえずいっつも抱いてる。
彼女らの連絡は、基本的に日付が変わる前に終わる事が多い。
恐らくは一緒に寝てるんだろう。
そうなってから俺は、真のプライベートを堪能する。
優雅にコーヒーを飲み、スマホで動画を見たり、一人の時間を楽しませてもらっているのだ。
こんな生活が一年も続けば、最早俺のルーティンとなってしまった。
そして、たまに……、
『電話してっ』
『ちょっとだけ、話せないかなっ?』
どちらともなく、夜中にこんな連絡が来たりする。
それらが一緒に来る事はなく、必ず片方だけから連絡が来るので、対応に困る事はない。
そしてその連絡には了承の旨を返し、通話を繋ぐ。
三〇分だろうか一時間だろうか、はたまた二時間くらいか。
騒ぐ事のないトーンで、会話が継続していく。
それを、コーヒーを片手に話をするのも、最早ルーティンと化しているのかもしれない。
受話口から相手のあくびが聴こえたら、通話が終了の合図。
おやすみ。
互いに最後の言葉を伝えて、通話を切る。
相手から切られる事はないので、基本は俺が通話終了のボタンを押す担当。
こうして、俺の一日は終了する。
「もしかして俺って、睡眠時間足りてない?」
「そうですっ、このままだといつか倒れてもおかしくないので、早く寝るようにしてくださいっ」
「あいよー」
「またいつもの返事じゃないですかぁっ。そうやっていつもごまかしてっ。今日という今日は許しませんからっーーきゃっ」
これもまた、俺のルーティンであった。
「そうだ、カズヤ君」
あくる日、いつも通り佐山さんの運転で現場に向かっていると、佐山さんから声をかけられた。
「ん?」
返事をすれば、彼が言葉を続ける。
「今度出演するドラマって、もう台本は覚えた?」
佐山さんの言葉に考える。
今度のドラマ、それは恐らく再来週くらいから撮影が始まるドラマの事だろう。
台本か。
「いや、まだ見てないや」
俺の言葉に、彼は苦笑する。
「そうだろうなとは思ってたよ」
そんな事言ったってしょうがないじゃないか。
それまでにも他のCMとかの台本も覚えなきゃない訳だし。
夏休みの宿題は最終日にやる男、それが木村カズヤなのだ。
「今度のドラマは漫画が原作で、結構人気らしいから、役的にもセリフが多いしちゃんと役作りしといた方がいいと思うよ?」
告げられた言葉に再度考える。
原作が漫画だったのか。
という事は小説が原作の作品よりも、ドラマでキャラクターが何か違うと思われやすいんだろう。
何せ小説とは違い、漫画は絵がある。
故にキャラクターごとのイメージが読む人問わずに固まりやすい。
なので、実写にした際にちょっとでも違けりゃ、視聴者の不満が爆発する。
ハリウッド映画でもそうなのだ。
下手な演技は出来ないぞ、そう佐山さんは言いたいんだろう。
事務所的にもここでコケて俺のイメージを崩したくないんだろうし。
「あいよー。んで、ちょっとずつ見とくよ」
返事を返し、気は進まないがやるしかないと決意。
けど、原作読むのはめんどくさいし多分やらん……。
「あっ、あのっ、なんていう漫画なんですかぁっ?」
横から天使ちゃんの質問が飛んでくる。
俺もタイトルを覚えてないので答えられない。
佐山さんが答えてくれた。頼りになるー。
「えぇっ! とっても人気な漫画じゃないですかぁっ」
作品名を聞いた天使ちゃん、大興奮。
ほーん、やっぱ有名なのか。
わっ私も大好きですっ、と一人盛り上がる天使ちゃんを見ながら、そんな感想を抱く。
「らしいから、彼女の為にひと頑張りしてみても良いんじゃないかな?」
佐山さんの促しに、ちょいと検討する。
まあ確かに、天使ちゃんにはここ数年ほぼ毎日お世話になってる。
ならば、これで喜んでくれるなら、日頃の感謝として頑張っても良いのではないかと思えてくる。
ちらりと隣に視線を向ければ、瞳をきらきらと輝かせてこちらを凝視する彼女の姿。
……こりゃあ、やるしかないのか。
ため息を一つ。
まあ、やるしかない。
「へいへい、それじゃ天使ちゃんの為に一肌脱ぎましょうかね」
「ふぇっ? はっ、はいっ、応援しますねっ」
こうして俺の食事時に、天使ちゃん監視の元台本を覚えさせられるというルーティンが追加された。