"にわか"は言う「だから『推しの子』だって言ってんだろ!」 作:あるミカンの上にアルミ缶
ドラマの撮影当日。
俺は、佐山さんとテンションが上がっている天使ちゃんと共に現場に入る。
午前中にCM撮影を終わらせてからの現場入りだったため、スタッフや演者は既に集まっていた。
今回のドラマは学生ドラマなので、成人済みの俺が参加していいものか今の今まで悩んでいる部分はある。
だが佐山さんからは「まあカズヤ君は制服着れば学生にも見えるし、良いんじゃないかな」と、天使ちゃんからは「いえっ、カズヤさんならぴったりなので問題ないですっ」と謎に太鼓判を押されて今に至ってしまった。
天使ちゃん監視の元、台本は覚えたし原作も読まされた。
原作の漫画を読むのはかなりめんどくさかったが、彼女に促されながら読んでいく内に、ハマってしまった。
それはもう何回か読み直すくらいにハマったさ。
なんだろう、人間らしいというか、現実と青春の狭間を見せられる様な感覚になり、読めば読む程に同じセリフでも捉え方が変わってくる。
伏線という程あざとさはなく、しかしあの時の表情やセリフはそういった意味があったのかと妙に納得させられ、絵が上手いのは勿論の事、作中のキャラクターがその場で生きている。まるで実在する人物を現実で俯瞰しているかの様な感情の動きに、見ている者も翻弄される。
久々に素晴らしい作品に巡り合えたものだと感動してしまった。
佐山さんが運転する社内では、専ら天使ちゃんと共通の話題として盛り上がり、互いの見解が一致した時は天使ちゃんがすげー嬉しそうな表情で目がきらきらと輝くので、こちらも話が飽きない。
台本を読もうと決めてから二週間。
俺はこの作品の虜となっていた。
だが、同時に湧き出る疑問。
不安と言ってもいいかもしれない。
今回俺が演じる役。
まあメインキャストと言ってもいいのかもしれない。
そのキャラクターを俺が演じられる自信がなかった。
この男の子は俺なんかとは違い、存在感があり、ヒロインにとっても不足がない相手。
故に、こんなにも輝く役を演じられる気がしなかった。
そして、俺自身が原作にハマってしまった為に、そのキャラクターを演じる自分の芝居を認められるか不安だった。
なので今の今まで悩み続けている。
だがこれから撮影が始まるので、これ以上悩んでいても仕方ない。
とりあえず挨拶に行かねば。
まずはこのドラマを撮影する監督の下へ。
一人、台本を片手に目を瞑っている監督に話しかける。
「監督、おざますー」
かれこれ十年以上の付き合いとなった、いつもの人物だった。
俺の挨拶に、監督は目を開けてこちらを見る。
「あ、カズヤ君。今日からまたよろしくね?」
いつも通りの笑顔で、返してくれた。
「そういえば、今回の原作は読んだ?」
「はい、めっちゃ読みましたよ」
俺がそう答えれば、監督は驚いた様な表情を浮かべた。
「えッ……原作嫌いでお馴染みのカズヤ君がッ?」
まるで珍獣を見つけたかの様な反応をされた。解せぬ。
別に原作が嫌いなわけじゃない。
読むのがめんどくさいだけだ。
「……こりゃあ、今日の撮影は何かが起こるかもね……」
監督は遠い目で空を見上げた。
失敬な。俺を何だと思ってるんだ、全く……。
「この原作は読んだら面白かったんでハマったんすよ」
そう告げれば、監督は俺の顔を見て再び驚いた表情を浮かべる。
「へえ、カズヤ君がハマるなんて珍しい」
まあ、それは確かに……。
長年俺を見てるこの人の言う事だ。
流石の俺も、それに反論は出来なかった。
「じゃあこのドラマは珍しく、熱を入れて取り組めるわけだ」
その言葉に、頷く。
この人が監督で、あんなに素晴らしい原作なのだ。
悪い作品にする訳にはいかない。
「そっすね。原作愛がありますから」
俺の言葉に、監督は満足そうに頷いた。
「そっかそっか、なら良かったよ。このドラマはカズヤ君が出るのが条件みたいなスポンサーが多いみたいでさ、やる気出してくれればきっといい作品になるよ……」
彼の話した内容に驚いた。
は? なんで俺が条件なの?
というか、この原作読めば俺なんか関係なくドラマ化するなら協力したいって思うだろ常識的に考えて。原作知って心から出資しないって何なの? バカなの? 死ぬの?
「出資者の殆どが、カズヤ君をずっとCMに起用してる企業ばっかだからねえ」
舐めたクチ利いてスンマセンでした。
監督との話が終わり、今回撮影に参加するメンバーの紹介を行う事となった。
撮影準備もそこそこに、スタッフ含めて全員が集まる。
こうして集まると、めっちゃ人がいるのが分かる。
まずは監督が自己紹介を兼ねて挨拶。
続いて、演者が紹介されていく。
最初に紹介されたのは女性。
スタッフから名前が紹介された。
「ヒロイン役を演じるB小町のアイさんです!」
「B小町のアイですっ。良いドラマに出来るよう頑張りますので、よろしくお願いしますっ」
あい自身が改めて名乗り、そこら中から拍手が沸き起こる。
俺が到着した時から、彼女は既にいた。
だが、共演する男性モデルやら数名と楽しそうに話をしているのを見て、まあ後で話すりゃいいやと思い監督とずっと話していたのだ。
彼女は相変わらず完璧なアイドルの姿で、笑顔を浮かべている。
これがあいとの、三度目の共演であった。
しかし三度目の正直というべきか、やっと今回、変な緊張感に包まれる事無く彼女と共演を果たせる事となったので非常に気が楽である。
昨晩もあいから今日の撮影が楽しみだとメッセージが来ており、俺も楽しみだと返した。
気兼ねなく普通に共演できる。それがこんなにもありがたい事なんだと、初めて知った。
あいの紹介が終わり、次の出演者の紹介。
主役でヒロインのあい、その相手役となる男性。
それが、俺だった。
俺の名前が紹介された。
なので俺も口を開く。
「ご紹介に預かりましたカズヤです。原作がとても素晴らしい作品なので、それに決して泥を塗らないよう精一杯努めたいと思います」
そう言って頭を下げれば、拍手が返される。
今言った言葉は、宣言。
他の人に対してではなく、自分に対して。
原作の良さを消す演技は絶対にするな、少しでも原作からクオリティが下がる様なドラマを世に出すんじゃないぞ、俺。
発言する事で覚悟を決めた。
自分に後悔しない様にではない、原作者を、原作ファンを後悔させない為に必ずやり遂げる。
俺に続き、続々と出演者が紹介されていく。
だがしかし。
それにしても、皆イケメンばかりである。
まあ原作を考えりゃ、下手に中途半端な容姿の人を入れたら、そのキャラが好きなファンから文句も出そうだしな。
そして、俺がヒロイン役の相手で本当に良いのか、改めて疑問を抱いてしまうのは仕方なかった。
天使ちゃんからは俺がぴったりとは言われたが……果たしてどうなのか。
これが、プレッシャーなんだろう。
俺は、初めて仕事でプレッシャーを抱えたのかもしれない。
自分の中にある原作愛、そしてそれをメディアミックスで初めてドラマになる。
主人公はヒロイン役のあいだ。
だが、その相手役。
もう一人の主人公と言っても過言ではないキャラクターを俺が演じるのだ。
本当に出来るか、本当に俺でいいのか。
その悩みがいつまで経ってもなくならない。
けれど今日から撮影なので、悩んでばかりもいられない。
いつもより仕事への切り替えに時間がかかっている事を自覚しつつ、紹介されていく出演者たちを眺めた。
そして、この子もいた。
あい演じるヒロインの幼少期を演じる子役。
「有馬かなですっ。よろしくお願いしますっ」
アクアにライバル心を抱く幼女、かなちゃんだった。
今回も、ヒロインの幼少期というスポットでの出演だが、まあこの子の演技なら原作の質を落とす心配はないだろう。
そして、出演者たちの紹介が終わった。
本来はここで解散して、スタッフたちは撮影の為の準備に戻る。
だが、ここにはもう一人、紹介されるべき人物が残っていた。
「では最後に、このドラマの原作者である」
一人の女性が前に出る。
歳の頃は、俺やあいと同じくらいだろうか。
この人が……。
「吉祥寺頼子先生です!」
今日から撮影が始まるドラマ――"今日は甘口で"の原作者である。