"にわか"は言う「だから『推しの子』だって言ってんだろ!」   作:あるミカンの上にアルミ缶

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第83話

「今日は甘口でを書いてます、吉祥寺頼子です。皆さんの演技で素晴らしいドラマになる事を楽しみにしています」

 

 そう言って頭を下げた吉祥寺先生。

 彼女が……彼女が、今日あまの生みの親。

 その姿をお目にかかれて、感動すら湧いてくる。

 ぜひとも、挨拶して話をしてみたい。

 今日あまの制作秘話や、どんな風にあの物語を思い付き生み出したのかなど、聞いてみたい事がありすぎる。

 そして、可能ならばサインをもらいたい……!

 そんな胸中の中、吉祥寺先生の挨拶が終わり、いよいよ撮影の為の最終準備が始まった。

 演者やスタッフはぞろぞろと離れていき、吉祥寺先生も一人でカメラ奥へと下がっていく。

 まだ本番ではなく、もう少し猶予がある。

 しかも俺の出番は少し先なので、カメラ前に行く必要はない。

 つまり、吉祥寺先生に挨拶出来る絶好の機会。

 ならば、行くしかあるまいて。

 吉祥寺先生に話しかける為に歩き出す。

 

「カズヤくんっ」

 

 誰かから呼ばれた気がするが、聴こえなかったフリをする。

 何せこれから、あの吉祥寺先生に挨拶出来る最大のチャンスなんだ。

 もしかしたら先生は、初回の撮影だから来てくれたのかもしれない。

 今日を逃せば、二度と挨拶が出来ないかもしれない。

 よって、今の俺には何よりも優先すべき事柄は一つしかなかった。

 すまんな、声をかけてくれた人。

 俺はとにかく吉祥寺先生に挨拶をするから、ちょっと待っていてくれ。

 内心で謝罪しながら、先生の下に辿り着いた。

 

「吉祥寺先生」

 

 声をかける。

 

「はい? あっ、か、カズヤさんッ?」

 

 振り返ってこちらを見た先生は、俺の顔を見て何やら驚いた表情を浮かべた。なにゆえ。

 けどまあ、特段気にせずこちらから話をする。

 

「……俺は、どうしても貴女に会いたかったんです」

 

「……えッ?」

 

 俺の言葉に、何やら過剰な反応を示す。

 

「どっ、どどどどうしてっ、私に会いたかったんです、かっ?」

 

 すごいテンパった声色で、俺に問いかけてくる。

 その様子を見ながら気になりはしたが、俺の気持ちは止まらない。

 先生に伝えたい、この想いを。

 俺はこの作品を……。

 

「愛していますから」

 

「…………きゅぅっ」

 

「せ、先生っ!」

 

 顔を真っ赤にして気を失ってしまい、地面に倒れそうになった先生をすんでの所で抱きとめる。

 危ない危ない、彼女の神の手に傷でも負って作品が描けなくなってしまったら人類の損失だ。

 腕の中で目を回している様に気を失っている先生を見下ろす。

 まあ先生は作家だ。

 今回が初のメディアミックスでドラマ化されて、初めて撮影現場に来たんだ。

 数をこなしている俺らと違って、緊張をしていたのかもしれない。

 そして、自分の失敗を悟る。

 こんな現場は初めてですか、とか雑談から入ってあげればよかった。

 そうすりゃきっと先生も落ち着いてきて、普通に話が出来たかもしれないのに……。

 気持ちばかりが先行してしまい、先生に気を遣えてなかった俺の落ち度だ。

 俺たちに気付いたスタッフの一人が駆け寄ってくるが、椅子を並べてもらうよう伝えて、背中と膝の裏を手で支えて先生を運ぶ。

 並べてもらった椅子の上に寝かせて、内心で謝罪する。

 俺がここにいても、先生が起きたらまた嫌な思いをさせてしまうかもしれない。

 スタッフに、先生が起きたら謝りたいから教えて欲しいと告げ、その場を後にした。

 ちゃんと謝って、俺の原作愛を先生に伝えたいと心に秘めながら。

 

 

 

 

 撮影が始まった。

 しばらくはヒロインであるあいのシーン撮りが続く。

 俺は彼女の演技を、カメラの奥から見ていた。

 ヒロインは過去の出来事から人間不信となり、拒食症となってしまう。

 それを演じているあいの雰囲気は、まるでアイドルになる前の彼女を彷彿とさせた。

 母親が自分の事を迎えに来ず、虐待の影響で白米を無意識的に拒んでしまう。

 姿は成長したが、あの頃のあいがそこにいる様な気がした。

 無論、それが素で演じているのか、素を演じているのかは分からない。

 俺にはあいの演技(ウソ)を見破る術がないんだから。

 けれど、彼女が現在カメラの前で演じている姿を見ると、つい昔を思い出してしまう。

 僅かな感傷を抱きながら、あいの演技を見続けた。

 

 シーンが切り替わり、あいが俺と出会うシーンの撮影。

 学生服着たのなんて、それこそ前回あいと共演したドラマ以来だ。

 自分では無理やり着てる感が出ている様に思えるが、天使ちゃんから「わぁっ、カズヤさんすごくぴったりですよっ」と目を輝かせながら言われたので、それを信じるしかない。

 本番前の準備が佳境を迎えている。

 俺とあいは立ち位置について待っている状態。

 

「カズヤくんっ、よろしくねっ」

 

 明るい笑顔のあいにそう言われる。

 ちらりと周りを見れば、皆慌ただしく動いており、俺らを気にする人はいない。

 

「こちらこそよろしくね、アイさん」

 

 さりとて人前だ。

 こちらも表の状態で挨拶を返した。

 あいは笑顔で歩き出し、俺の横を通り過ぎる。

 

 

「彼女の前で他の女とイチャイチャするんだぁ」

 

 

 耳元から聞こえた低く重い声色に背筋がぞわっとなる。

 俺とすれ違う瞬間だけ、彼女の雰囲気が変わった。

 俺の身体を盾にしたんだ、他の人からは分からないだろう。

 後方へと歩き去ったあいに振り返る事が出来ないまま、小さくため息を吐いた。

 人前で本当の自分を出すって、そういう意味もあんのかい……。

 それに、彼女の言い分であるいちゃいちゃしたという記憶がなく、困ってしまう。

 いつどこで誰がどのように、それらが全く記憶になかった。

 けどまあ、あいがそう言うんなら……そういう事なんだろう。

 三度目にしてやっと気楽に共演出来るかと思ったのに、やはり共演時は緊張感に包まれる撮影になってしまうのだった。

 

 あいとのシーンを撮影していき、そちらは順調に終わりを迎えた。

 そして今、他の演者のシーンを撮影している。

 その撮影を、俺は見ていた。

 カメラの後ろで、ただ黙って見ていた。

 あいと、他の演者が会話をするシーンの撮影。

 この男性は確かモデルだった様な気がする。

 何もシリアスを感じない、日常的なシーンの撮影。

 普通に話をしているシーン。

 そんな二人のシーンを見つめている。

 演者が変わり、別の男性若手俳優があいとのシーンを撮影。

 そこでも同じ様に会話をしたりと、あまり差を感じない。

 それを、ただ見つめていた。

 けれど、心にはしっかりと感情が芽生え、強くなってきているのが分かる。

 どんどんと、どす黒い感情が胸の内に広がっていく。

 気付けば、笑顔を浮かべていた。

 それはあいと同じく、自分の感情を隠すための笑顔。

 だが、内心に灯る感情は強くなるばかり。

 

 それは怒りだった。

 

 あいと共演している若手俳優が笑顔で話をしていた。

 それを見てイラっとする。

 あいがその男に話しかけ、男はそれに対して言葉を返していた。

 それを見てイラっとする。

 だけど、我慢する。

 この気持ちは、ここで暴れても何も解決しない。

 自分の問題であり、相手は悪くない。

 だから、我慢する。

 俺が我慢すれば、良いだけの話。

 そうすれば、何事も無く終わるのだから。

 そうする内に、このドラマの撮影は終わるんだから。

 なので、我慢する。

 この気持ち、この想いは……自己満足。

 自己満足でしかない。

 ならば、我慢するしかない。

 けれども、この光景を目にしてしまうと、どうしても内心の苛立ちが止まってくれない。

 まるで自分の思考と心が別になったかのように相反する状態になってしまう。

 許せない。

 けど、認めなきゃいけない。

 この光景を、そしてこの事実を。

 

 けれど、やはり許せない。

 認めたくない。

 

 そんな心境で俺はただ、目の前の光景を眺める。

 カメラの前であいと、共演する男たちを見続けるしかない。

 何故、何故こんなにも……、

 

 

 

 

 演技が下手なんだッ!

 

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