"にわか"は言う「だから『推しの子』だって言ってんだろ!」 作:あるミカンの上にアルミ缶
あまりにも、演技が下手過ぎる……!
演技については俺も人の事は言えないが、とりあえず主役をやっても文句は言われない程度の力はあるつもりだ。
そんな俺から見ても、彼らの演技は下手過ぎた。
いや、下手と呼ぶのも烏滸がましかった。
寧ろ、何でそんな片言っぽく喋れるのか、棒読みに出来るのか。
最早、そういう演技を演じてるとすら思えてきた。
絶対に、そこら辺のエキストラの人の方が明らかに上手くやれるだろう。
それ程までに、彼らの演技は終わっていた。
もう、すんごいストレスが溜まる。
これが、俺がハマったあの今日あまなのか?
これを、あの素晴らしい今日あまと呼ぶのか……?
いや、呼べないだろ……。
自問自答と、ため息が内心で繰り返された。
あいはヒロインなのでまず間違いなく、完璧に演じられる。
このドラマは、彼女が一番輝く立場だから、彼女がどんだけ輝こうが作品としての質が上がるだけ。
そして俺も、原作の質を落とさない様に必死にやれば、ぎりぎり大丈夫まで行ける可能性はある。
だが、だが他の演者が終わっている。
それが、どうしようもない程の事実。
作品の流れを見れば、あいと俺の役さえちゃんと出来れば、良いドラマになるかもしれない。
しかしこれは、今日あま。
俺がハマった、あの素晴らしい作品が原作。
ヒロインの成長や恋模様、それらが大きな成分ではあるが、今日は甘口でという作品はそれが全てじゃない。
それらを取り巻く環境や、人間関係も大切な要因になっている。
だからこそ、このドラマを完璧にする為には、登場人物全員が原作のキャラクターにならなければいけない。
俺やあいだけが頑張っても、それは今日あまじゃない。
今日あまっぽいドラマになってしまう。
そんなドラマに"今日は甘口で"というタイトルをつけてしまっていいのか。
今回の脚本は、原作を忠実になぞっている。
故に、今日あまじゃないと言われる要因として残るのは、演技だけ。
全員の演技が完璧になれば、間違いなく今日あまと呼んでいいドラマに出来る。
カメラの奥にいる男性たちを見た。
だが、これでは……。
カットが入り、撮影が中断する。
映像のチェックを行う為に、演者は一時休憩だ。
映像を確認してる監督に視線を送る。
目が合った。
露骨に逸らされた。めっちゃ気まずそう。
でも、監督の下に行く。
未だに顔を逸らし続けている監督。
そして、俺は監督の前で立ち止まった。
「……いやあ、ほら、俺ってキャスティングには関わらないからさ」
俺はまだ、何も言ってない。
「色んなスポンサーとかとの兼ね合いで、こういうのもたまにあるしさっ」
逸らしていた顔を向けてきて、笑顔で話を続けてる。
何かめっちゃ汗かいてるけど。
「それにさっ、こういうのから後々のスターが誕生するっていう事もよくあるからねっ」
「だから、今日あまを踏み台に使うと」
「…………俺だって、こんなだとは思ってなかったよ」
俺、ウィン。
いや、実際は両者敗北だろう。
深いため息を吐いた監督に、同じことをする。
俺もちょうどため息が吐きたかったところだ。
「んで、どうするつもりっすか?」
「……どうしよっかなあ」
俺の言葉にそう返し、遠くを見ながら笑っている。
……まあ、俺も監督を責めにきたわけじゃない。
純粋に、どうしたらいいのか相談しにきたんだ。
「けど、まあ後々に期待するしかないって感じかな……」
監督の言葉に、内心で同意する。
彼らの演技は、一朝一夕で成長しない。
故に、この
……だが。
横目で、演者たちを見る。
出番が終わり、椅子に座りながらスマホを弄っている男。
マネージャーらしき人と楽し気に話している男。
あいに話しかけに行ってる男。
いずれにしても、向上心という姿はどこにも見受けられなかった。
本番中もセリフを飛ばしたり間違えたりでリテイクを重ねる。
撮り直しが無いのは俺とあい、それぞれのシーンだけ。
彼らはモデルであったり、芸能界に入ったばかりで偶々役者の仕事がきただけであったり、そもそもずっと役者をやっている俺とは違う。
だからセリフを覚えていなくても仕方ない。
最低限の演技が出来ないのもしょうがない。
そもそもこの作品に対する思い入れも違うんだから。
けど、この作品が見れるものになる気が、どうしてもしなかった。
様々な考えが脳裏を過る。
浮かんでは消え、消えては浮かんでくる。
もやもやとした心境が、ずっと残り続けたままだった。
……自己満足、か。
「……監督」
声をかければ、俺を見てくれた。
「……俺、やりたい様にやったら、怒ります?」
その問いに、彼はきょとんとした。
確かに要領を得ない話だ。
だが、彼は苦笑を浮かべた。
「好きにやりなよ。それでもし迷惑をかけたなら、一緒に謝りにいこっか」
彼の言葉に、頭を下げた。
俺は本当に、いい人に囲まれている。
あいの下へと歩く。
彼女は離れたところで一人、座りながら台本を見ていた。
近くには誰も居ない。
「あい」
彼女に話しかける。
「なに? カズヤ」
顔を上げてこちらを見た彼女は、笑顔だった。
でも、先程までとは違う印象を与えてくる。
一瞬の緊張。
だが、口を開いた。
「……あいはこのドラマ、どうしたい?」
「このドラマ?」
俺の言葉に、あいは首を傾げる。
要領を得ない言葉だ、それも仕方ない。
「んー」
首を僅かに捻ったまま、明後日の方向を見ている。
やがて、こちらに顔を向けた。
「カズヤに任せるよっ」
笑顔で告げる彼女に、俺もつられて笑ってしまった。
「なんで笑うのっ」
笑われたのが心外だったのか、微かに怒った表情へと変わる。
ごめんごめん、そう謝った。
面白くて笑ったんじゃない。
「ありがとう、あい」
そう告げれば、彼女はきょとんとした表情。
けれどすぐに。
「どういたしましてっ」
先程と同じ笑顔を浮かべてくれた。
吉祥寺先生が起きました、あいの所から戻ってくるとスタッフに声をかけられてそう言われた。
そうだ、先生には謝らないと。
それが今の俺の最優先事項。
先生の姿を探せば、監督の近くで、男性の演者が単独で映るシーンの本番を見学している様だった。
そこに向かう途中にカットがかかり「はいオッケー!」という監督の声が聞こえてくる。
次のシーンの準備で、僅かな空き時間。
先生の近くに行き、声をかけた。
「吉祥寺先生」
「はい? ひゃあっ、かっ、かじゅやしゃんっ……」
俺の声に振り向けば、すんげー噛み噛みで名前を呼んでくれた。
顔がこれでもかというくらい、真っ赤になっている。
先程、自分が醜態を晒してしまったとでも思っているんだろうか。
その姿に、罪悪感が止まらない。
けれど、先生には話をしなければいけない。
俺が伝えるべき事を。
「少しだけ、お時間よろしいですか?」
訊ねる。
「ひゃっ、ひゃいぃっ」
高い声色でどもりながらも、何とか了承してくれた。
さっき、俺が迷惑をかけたばかりに、本当に申し訳ない……。
先生のそんな姿は、やはり俺の罪悪感を強くした。
「では、ちょっと場所を移動してもよろしいですか?」
そう訊ねれば、慌てた様に何度も頷いてくれた。
そんな先生に、申し訳なさが募っていく。
歩き出せば、先生が静かについてきてくれる。
俯きながらで、表情は分からない。
目的の場所へと向かっている途中、ぶつぶつと「もっ、もしかしてもしかしちゃうのかなっ……」とか「いやっ、でもっ、でもっ、カズヤさんなら私はっ……」みたいな事を呟いており何の事かは分からないが、俺の名前が聞こえたりするので、それを聞く度に先生へと行ってしまった迷惑に心が痛くなる。
そしてこの後伝える内容を考えると更に。
先生を伴って、楽屋として用意された部屋へと入る。
中には誰もおらず、二人きりの状態。
室内に入った先生は「……やっぱりっ。えっ、てことは……?」みたいな事を呟いていたが、俺としては誰もいなくて良かった。
先生へと振り返る。
「吉祥寺先生」
声をかけた。
「ひゃっ、ひゃいっ、き、吉祥寺先生じゃなくて頼子って呼んでもらってもなんでも大丈夫ですッ」
早口で返されたが、ちょっと意味が分からなかった。
「先生に、お伝えしたい事があります」
「ひょえっ、やっ、やっぱりそういう事なのっ? 私にもいよいよ春がきちゃうのッ?」
何やらテンパっている先生を気にせず、行動した。
そう……土下座である。
「…………はぇ?」
気が抜けた様な声が耳に届くが、構わない。
俺は、先生に謝らなければいけない。
「先に謝らせてください。申し訳ありませんッ!」
「なんでか知らないけど、先手でフラれたッ?」
先生の驚く声が聞こえるが、話を続ける。
許してくれとは言わない、思わない。
存分に俺を恨んでもらっていい。
これは俺の自己満足だから。
監督は言った、後々に期待と。
けれど俺には、それすら我慢出来なかった。
俺が知ってる今日あまは、後から素晴らしい作品になったんじゃない。
最初から素晴らしい作品だったんだ。
だからこれは、自己満足。
自己満足で、俺は相手に迷惑をかける。
けれど俺は、それ程までにコレを今日あまと呼びたくなかった。
これを"今日は甘口で"というタイトルで世に出したくなかった。
いくら罵倒してくれたっていい、補償が必要ならする。
だって自分勝手で、どうしようもない程に身勝手な我儘だから……。
「このドラマ――無かった事にさせて下さい」
原作愛という自分本位の言い訳で、このドラマを消そうとしているんだから。