"にわか"は言う「だから『推しの子』だって言ってんだろ!」   作:あるミカンの上にアルミ缶

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第85話

「…………え?」

 

 吉祥寺先生の微かな声が耳に届いた。

 俺の言った言葉が信じられない。

 彼女の声は、その様な印象を抱いた。

 無理もない。

 ドラマの撮影はスタートしてる。

 なのに、そのタイミングでただの役者でしかない俺がいきなりそんな事を言ったんだ。

 意味が分からないのが当然。

 悪いのは全て俺だ。

 

「もう一度言います。このドラマを、無かった事にさせて下さい」

 

 責任は全て俺が引き受ける。

 必要な責務も全て果たす。

 だから、今回だけは俺の我儘を通させてもらいたい。

 それが例え、原作者である貴女の意に反していたとしても。

 そこで、ふと気付く。

 ああ、全く……。

 俺も、あいのストーカーと同じだ。

 原作はこうじゃない、こうであるべきだ。

 原作者の想いなんて考えず、ただ自分の感情だけで動いている。迷惑をかけている。

 酷いもんだよ、全く。

 けれども、所詮俺はこんな人間だ。

 自分の自己満足を得たいが為だけに、行動してる。

 相手の事なんて考えず、ただ自分が納得出来ればそれでいいと思っている。

 そんなクズだ。

 けれども、それが性分なんだ。

 決して自己肯定する訳ではないが、どうしても変えられない部分。

 故に、反省する資格も後悔する資格も無い。

 俺は、そんな人間でしかない。

 沈黙が、室内を支配する。

 

「…………どうして、ですか?」

 

 やがて、先生が声をかけてきた。

 その声色は、信じられない、信じたくない。そう言っている様に感じた。

 どうして、か……。

 俺の想いを、先生に伝える。

 

「俺が、このドラマでは"今日は甘口で"と呼べない。そう思っただけです」

 

 自分勝手な意見。

 だが、これ以外の理由がなかった。

 原作をリスペクトしてるから、とかそんな理由でも良かったのかもしれない。

 それもまた本当の想いな訳だし。

 けれど、それは言えなかった。

 それは、原作を愛してるという言い訳で自分の責任を逃がそうとしているから。

 原作はこうじゃないと、考えを作者に押し付けているだけだ。

 だからそんな事は口が裂けても言えない。

 俺は今日あまという作品を愛する程にハマったが、この行動はファンの域を超えている。

 なにせ原作者が了承した事に対して、反旗を翻しているんだから。

 故に俺の口から、原作を愛している、吉祥寺先生の作品が好きだ、なんて言ってはいけない。

 自己満足だからこそ、自分以外を言い訳にしてはいけない。

 それが、クズである俺の中にある唯一ある、最低限のルールだから。

 先生は喋らず、僅かな静寂が流れた。

 俺から、改めて話を続ける。

 

「俺は、今回のドラマ化を承認して頂いた先生の想いを無下にします。もしかしたら先生が期待していたかもしれないドラマ化を、無かった事にします。俺にキレても良い、罵倒しても良い、悪く言いふらしてくれても構わない。それに対して一切を無条件で受け入れます。お金の面で補償など必要であれば何でも言ってください。必ず払います」

 

 これを聞き、先生がどう思うかは分からない。

 身勝手な俺の意見。

 そして、これだけは伝えておかないといけない。

 

「けれどこれは俺の一存で、このドラマに関わっている他の人間は全て、このドラマを作ろうと必死になっています。他の誰一人、貴女の作品を悪く作ろうなんて思ってない。それを、俺一人のせいで無かった事にするつもりです」

 

 他の誰もが悪くない。

 それだけは、はっきりさせておかないといけない。

 これは俺の独断専行。

 俺以外の誰もが、こんな事思ってない。

 演技が下手な彼らだって、悪くない。

 彼らはオファーが来て、それを受けただけ。

 決して、演技が下手だけど今日あまにだけは出たいんです、といった考えはないはずだ。

 なので、彼らは彼らの仕事を果たしているに過ぎない。

 故に、俺一人の責任。

 そうであるべきだし、そうしなければならない。

 このドラマの制作に対する原作者の、世間からの悪感情は全て俺に向けなければいけない。

 

「……カズヤさんは、どうしたいと思っているんですか?」

 

 やがて耳に届いた、吉祥寺先生の声。

 それは先ほどよりも、落ち着いている様に感じられた。

 先生は、優しい人だ。

 恐らくはまだ色々な感情が渦巻いているだろうに、こうして俺の話を聞こうとしてくれている。

 優しくて、強い人。

 ふと、今日あまの主人公が頭に浮かんだ。

 逆境でも苦しくても決してめげずに他人を思いやり、自分の人生に光を灯してくれた最愛の男の子が亡くなっても折れずに強く生きる――。

 ……この人だから、あんな素晴らしい作品を描けるんだな。

 漠然と、そう思った。

 この人の人間性、そして卓越した知識や才能があるから、今日あまという作品が生まれたんだろう。

 妙に納得してしまった。

 思考を切り替えて、吉祥寺先生の質問に答える。

 それは俺がここに来るまでに、考えていた事。

 

「二通りのパターンを考えていました。一つは、このドラマを文字通り無かった事にする……つまり、制作させない」

 

 先生の、微かに息を呑んだ音が聴こえた。

 俺には、この方法が可能だった。

 何故ならこのドラマのスポンサーはほぼ、俺が出演する事が出資の条件という企業ばかり。

 故に俺が出演を辞退してしまえば、必然的にスポンサーもこのドラマから手を引く。

 そして予算が足りなくなれば、ドラマは作れない。

 それを彼女に伝える。

 

「このドラマのスポンサーは殆ど、俺が出るなら出資するという会社ばっかりなんですよ。なので、俺が出演辞退をスポンサーに伝えれば、いくら今日あまという作品が面白いとしても、ドラマの制作は不可能になります」

 

「えっ……」

 

 吉祥寺先生の声。

 微かな声だが、明らかにショックを受けている印象。

 なにせこのドラマ化が、先生の作品を認められての話ではなく"俺が出るなら今日あまという漫画をドラマにしてもいい"という話なのだから。

 決して、認めたくない事実だろう。

 そして、いくら何でも俺も悪く伝えすぎかもしれない。

 だが責任は俺にあり、スポンサーには無い。

 故に吉祥寺先生の敵になるのは、俺だけでいい。

 

「そして、もう一つの考えですが」

 

 彼女の反応を待たずに、淡々と別のパターンを伝える。

 

「今日あまという作品ではなく、別の作品として脚本を再編集して"今日は甘口で"というタイトルは付けずに放送する」

 

「えっ」

 

「そしてその場合、その脚本を書いてもらうのは――貴女です、吉祥寺先生」

 

「なッ……!」

 

 俺の言葉に、彼女は声を上げた。

 それも、怒りの声。

 それはそうだろう。

 タイトルは"今日は甘口で"ではなく、別の名前になる。

 そして、ドラマ化の話がなくなった"今日は甘口で"の作者に、後任の別ドラマの脚本を書けと言っているんだ。

 怒りも当然だろう。

 

「その条件を飲めないのなら、今回のドラマは打ち切りにします」

 

 にべもなく伝えた。

 額を床から離すことなく、彼女の反応を待つ。

 俺の言葉は言い終えた。

 だから、後は彼女からの感情を受け入れるだけ。

 不意に、ため息が聞こえた。

 

「……まあ確かにドラマ化とかしたら、私だけの判断で決められない事も多いから仕方ないわよね。作られたドラマが面白くなかったっていう事もあるだろうし、それは私がどうにか出来ることじゃないし。原作とは別の作品に変わる事だってあるかもしれない……だけど、それは仕方がないこと」

 

 先生の言葉を聞き続ける。

 彼女の言葉は、まるで原作者のメディアミックスに対する宿命を受け入れている様に感じた。

 確かにドラマ化、実写化で失敗する作品なんて過去にたくさんある。

 

「原作を改変した脚本を求められる事だってあるのかもしれない」

 

 そして、僅かな沈黙。

 

「……そんなの」

 

 吉祥寺先生の声。

 

「……そんなのっ、出来る訳ないでしょッ!」

 

 突然の怒声。

 だが、それは覚悟していた。

 

「私の作品がダメで他の作品の脚本を書けってッ? ああ、そうでしょうねえッ! 私は誰よりも面白いと思える物を描ける自信があるし、今までも描いてきた! きっとオリジナルの脚本を書いたって面白く出来る自信もある!」

 

 先生の怒り、その叫び。

 それは彼女の持ち得るプライドであり、確固たる自負。

 そして紛れも無い事実だった。

 吉祥寺先生が脚本を書いたなら、間違いなく面白いドラマになるだろう。

 それ程までに、彼女の演出や構成といった能力は、漫画を見る事で如実に分かっていた。

 

「……けど」

 

 これが彼女の作品に対する愛。

 

 

 

 

「私の作品が、"今日は甘口で"という作品が面白くないと自分で認める行為だけは死んでもしないッ――――人を舐めるのもいい加減にしろッ!」

 

 

 

 

 吉祥寺先生の荒い息遣いが聞こえる。

 彼女の心の叫び。

 それを目の当たりにし、思った。

 やっぱり、このドラマにしたくないと。

 そして。

 ……やっぱり、彼女が脚本のドラマを観てみたいと。

 自己満足、それが自分の中で強くなった。

 

「それで、先生はどちらの方がよろしいでしょうか?」

 

「はあッ? さっきの話聞いてたッ? 違う脚本を書くくらいなら、もうこのドラマには関わらないわよッ! そっちの好きにすればいいじゃないッ!」

 

 拒絶の言葉。

 つまりはドラマ化を無しにするという事。

 先生が歩き出し、外へと向かう足音が聞こえる。

 ドラマ化を無しにする。

 それも、俺が考えていた方法の一つ。

 それでも問題なかった。

 でも……。

 

 

「――本当にいいんですか?」

 

 

 俺は、吉祥寺頼子が脚本のドラマを観てみたいから。

 俺の言葉に、先生の足音が止まった。

 彼女の言葉を聞いて、人間を知って、俺の自己満足が増大した。

 故に、俺の中では一つめのパターンは既に無し。

 二つめのパターン、ドラマの再構成に舵を切っていた。

 

「……何がよ」

 

 先程よりも離れた位置から、先生の言葉が聞こえる。

 

「俺は、貴女の脚本で作られたドラマを観てみたい」

 

 俺はクズだ。

 

「このドラマを、貴女にしか書けない別の作品にしたい」

 

 自己満足な事しか出来ない。

 

「だからッ、やらないって言ってるでしょッ!」

 

「いいや、やってもらう」

 

 自己満足で、人に迷惑をかける。

 

「いい加減にしなさいよッ! しつこいわねッ!」

 

 自己満足でしか、納得できない。

 

「別作品の内容ですが」

 

「勝手に話を進めるなッ! いくら言われてもやらないわよッ!」

 

 自分勝手で、我を通す事しかできない。

 彼女の描く"今日は甘口で"という作品を愛してる。

 彼女の書くドラマを観てみたい。

 

 

 

 

「――"今日は甘口で"では描かれない部分を、今回のドラマにしたいです」

 

 

 

 

「……えっ」

 

 俺は、クズだ。

 

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