"にわか"は言う「だから『推しの子』だって言ってんだろ!」   作:あるミカンの上にアルミ缶

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第87話

 怒涛の一週間だった。

 まずは監督と吉祥寺先生とで話をまとめ、あいとかなちゃんに変更の連絡。

 あいからは「吉祥寺先生と二人きりでなにしてたのかなっ」と、額に怒りマークがついた様な声色で聞かれたので、素直に人生初の土下座してたと答えれば「へー、吉祥寺先生に初めてをあげたんだぁ」と、すんってなってて怖かった。

 かなちゃんはマネージャー経由で連絡先を入手し、連絡をすれば「これでまたアクアに勝てばいいんでしょっ?」って自信満々に言っていたので、そうだと答えたら元気に了承してくれた。

 そして佐山さんと分担してスポンサーへの連絡。

 と言っても、先方の上役に繋がったら俺へと代わってもらい話すって感じだけど。天使ちゃんはいつも通り。

 そして、CMに関して何個か条件を付けられたりもしたが、特段難しい注文はされなかったので、全て了承し承諾してもらった。

 予め情報を先出しされていた"今日は甘口で"ドラマ化という情報は早急に撤回を出し、別作品を撮る事になった旨へと各方面に上書きしていく。

 "今日は甘口で"ドラマ化撤回。カズヤが熱望した脚本でのドラマへと変更。

 そういった内容でメディアに発表した。

 それを受けてトレンドには"カズヤ ふざけんな"や"お兄様ご乱心"、"カズヤの乱"といったワードが急上昇したらしい。原作ファンの人、ホントにごめんね……。

 吉祥寺先生から脚本の原案が届き、監督含め制作チームで精査し、基本的に修正箇所はなく吉祥寺先生を含めて演出、構成、カット割りやカメラワークにエフェクトなど、撮影や編集に関する内容をまとめた。

 その間にもCM撮影や、バラエティー番組、ラジオのパーソナリティなどの仕事は継続。

 まさに不眠不休の生活が数日続いた。

 けれどそれは、天使ちゃんが涙目を覚えた事で終わりを迎える。

 あの子の涙目は、とんでもない破壊力を持った罪悪感として、俺の心に激突する。

 深夜に無言でその目で見つめられると、仕事を続けられる気分ではなくなるのだ。

 そんなこんなで少しは睡眠時間を取れる様になってから数日。

 いよいよ再編集したドラマの撮影が始まる。

 

 

 最初のシーンは、最初にして最後の場面。

 つまり最初からクライマックスという展開から始まる。

 現在の主人公が未来を見据え、笑顔で空を見上げるシーン。

 それを演じるあいの笑顔は完璧で前向き。

 しかしどこか思い出に浸る様な印象を、観る者に与えた。

 それが、吉祥寺頼子が選んだ演出。

 それを、あいは完璧に演じた。

 カットが入り、撮影が止まる。

 監督が吉祥寺先生を見れば、やや間があり頷いた。

 納得した様な微笑み。それを彼女は浮かべていた。

 

 続いて食事のシーン。

 食事に手を付ける瞬間、幼少期へと切り替わる。

 毒などというワードは使わず、幼少期に親から殺されかけており、その中でも特に印象に残っているのが食べ物。

 それにより普通の料理を食べられなくなり、食べ物以外で栄養を補給する羽目になってしまった。

 幼少期のシーンをかなちゃんが演じ、あいの演技に引っ張られてか、あいに引けを取らない芝居で演じきった。

 そんな中、主人公の人生を一変する出会いがある。

 そこで俺が登場し、出会いや経過を断片的に映していく。

 そして、主人公が恋に落ちた瞬間。

 

「カズヤくんっ」

 

 本番の直前、あいに名前を呼ばれた。

 なんだ、と思い顔を向ければ、そこには手招くあいの姿。

 

「ちょっとカメラの後ろに立っててっ」

 

 は?

 そう言いかけたが、止めた。

 彼女の行動を、理解してしまったから。

 あいは、俺に恋に落ちた表情をするつもりなのだと。

 目線で周りを確認。

 

「まあ疑似的に対象を置く事だってよくあるし、いいんじゃないかな?」

 

 そんな監督の声に、周りのスタッフも頷いていた。

 これはバレてない、のか……?

 疑問に思いつつも、言われた通りカメラの後ろに立つ。

 

「カメラさんっ、良いって思ったら勝手に撮り始めてくださいっ」

 

 あいが明るくそう言えば、カメラマンは首を傾げながらも頷いた。

 

「じゃあ、合図しないからそっちの判断で始めてね」

 

 監督の声に、あいは元気に頷く。

 そして彼女は目を瞑った。

 カメラマンが録画のスイッチを押すのが見える。

 

 やがてあいは目を開け――無表情になった。

 俺を見つめ続ける。

 俺もまた、彼女を見つめた。

 そして、あいの表情が徐々に変わり始める。

 頬が赤く染まり始め、口元が僅かに微笑む。

 ゆっくりと唇が開き、僅かに細めていた目が見開いていく。

 瞳を潤ませつつも、驚いた様な表情を浮かべた。

 それは俺にではなく、まるで自分に驚いた様な表情。

 自分の気持ちに気付いてしまった様な表情。

 ――あいは今、恋に落ちた。

 俺から見ても、はっきりとそう見えた。

 表情をそのままに、俺を見つめてくる。

 俺もまた、視線を逸らせなかった。

 見つめ合うだけの時間が過ぎる。

 

「カット!」

 

 監督の声が響き渡り、我に返った。

 慌てて振り返れば、満面の笑みを浮かべる監督。

 

「いいね! 素晴らしいよアイちゃんっ!」

 

「ありがとうございますっ!」

 

 テンション爆上がりの監督に、あいが元気に返す。

 監督はそのまま横を向いて、隣にいる人物に声をかけた。

 

「吉祥寺先生、どうですか?」

 

 しかし、先生は反応せず、目を見開いてあいを見たまま動かない。

 

「……吉祥寺先生?」

 

「…………えっ?」

 

 再度の監督の声で、ようやく我に返った様に返事をした。

 俺もその様子が気になり、声をかける。

 

「先生、大丈夫ですか?」

 

 そう言うと先生は俺の顔を見つめてくる。

 何も言わず、ただ俺と目が合う。

 やがて、先生は目を閉じた。

 

「……大丈夫」

 

 そう言って目を開いた先生は、微笑んでいた。

 

「アイさん、あなたにならこの役を安心してお任せできますっ!」

 

 あいへと顔を向け、そう告げた。

 それを聞き、あいの明るい声が返ってくる。

 

「ありがとうございますっ!」

 

 その声に、先生は満足げに頷いた。

 そして一瞬俺と目が合った気がしたが、すぐに逸らされた。

 先生は、そのまま背を向けて歩き出す。

 去り際に聴こえた「……少し口の悪い、優しい男の子のこともね」という言葉は、俺には理解出来なかった。

 ちなみに、かなちゃんもあいに触発されてか同じ表情を浮かべており、可愛らしかった。いつかそれがアクアに出来るといいね、かなちゃん。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ドラマのタイトルは"明日(あす)から(わたし)は"として放送された。

 吉祥寺先生と制作チームで決めたらしいが、幾分か原作に引っ張られている気もする。

 過去に色々あったが、これからは前を向いて進んでいく。そんな意味を込めたらしい。

 吉祥寺先生の脚本と演出、撮影チームの映像編集が合わさり、初回から最終話まで安定した視聴率を叩き出した様だ。

 最終話が、つい先程終わった時間。

 俺は佐山さんが運転する車内にいた。

 横にいる天使ちゃんが、スマホを見ながら嬉しそうにしているので理由を聞いてみると、どうやらドラマの最終話がトレンド入りしているらしい。

 顔を寄せて画面を覗き込む。

 天使ちゃんがちょっと慌てた表情をした様に見えたが、気のせいだろう。

 画面にはSNSアプリが表示されている。

 

『くそぅっ、こんな良いドラマじゃカズヤを叩けないッ!』

 

『カズヤの乱が大勝利しちまった……』

 

『叩かせろッ、叩かせてくれよぉッ……!』

 

『なんで(役で)カズヤすぐ死んでしまうん……?』

 

『あれ? "明日わた"見てから今日あま読むと余計に泣けてくるんだけど、なんでぇ……?』

 

『脚本家の青坂アオって誰だよ! 感動しちまったじゃねーか……』

 

 阿鼻叫喚、と言っていいのか分からないが、多種多様な感想で占められていた。

 というか、そんなに俺叩きたい人多かったのね……。

 恐らく原作ファンであろうその人たちに、内心で何度目かの謝罪をした。

 まあ俺は何もやってないから、そういった評価を貰えるのはあいやかなちゃん、吉祥寺先生に監督たち撮影クルーのお陰だ。感謝してもしきれんぞホントに。

 天使ちゃんにお礼を言って顔を離せば、外の景色が目に入る。

 時刻は間もなく夜、辺りは夜の帳が降り始めていた。

 今日は珍しく、これからの仕事は無い。

 今回、先生には迷惑かけたし、何かしてあげられないかなあ。

 なんて考える。

 けれど、金とかその辺りは先生から全て断られた。

 故に成す術無し。お手上げ状態である。

 ふと、景色の中にある建物が目に入った。

 ……ふむ。

 

「佐山さん、あのドラマのギャラってどんくらいだっけ?」

 

 俺の言葉に、佐山さんは運転しながらも答えてくれた。えっ、憶えてんの……?

 だがまあ、そんくらいにはなるのか。

 

「佐山さん、天使ちゃん。ちょっと寄り道していい?」

 

「別にいいけど、どうしたの?」

 

「私も大丈夫ですっ」

 

 二人の声を聞き、窓の外に顔を向けた。

 

 

「ちょっと、本屋巡りなんてどうかな?」

 

 

 そんな日常を繰り返していると、気付けば二年が経っていた。

 

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