"にわか"は言う「だから『推しの子』だって言ってんだろ!」   作:あるミカンの上にアルミ缶

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第88話

 カズヤの乱と呼ばれたドラマ制作から二年以上が経った。

 あの時から今までも、中々色々とあった気がする。

 まずは俺の所属する事務所が、所謂大手と呼べる規模になった事。

 俺含め、結構な人数が売れっ子としてテレビや映画などに出始めて、かなり安定しているらしい。

 上役の飲み会に参加した時に社長が「いよいよ我々もカズヤ君頼みから卒業出来たよ」なんて嬉しそうに言っているのを見て、こちらも嬉しくなった。

 今まで苦楽を共にしてきた人でもあるし、俺をこの業界に入れてくれた恩人。

 俺が活躍して、事務所が少しずつ大きくなって、所属するタレントや役者が増える。

 そして仕事の幅が広がり、会社がまた成長する。

 その流れの一員になれた事が誇らしかった。

 だが、俺抜きでも会社は安定しているが、筆頭の稼ぎ頭が俺であるのは変わらないのでこれからも頼むよ、と上機嫌で肩を叩かれたので「おけっす」と苦笑しておいたのは記憶に新しい。

 それと、最近は資産運用を始めた。

 銀行に用があった時に、行員の人から呼び止められて応接室みたいなとこに案内された。

 そこにお偉いさんみらいな人が来て、佐山さんと並んで投資信託の話をされる。

 俺には良く分からなかったが、佐山さんが面倒見てくれるならやると伝えた。

 佐山さんはしばし考えた後に了承の旨を伝え、銀行側と少し話をするから先に車に戻っていてと言われ、俺は部屋を後にする。

 久々に見た、佐山さんのすんげー真剣な表情。安心の代名詞である。

 そんな訳で、専用の口座を開設してそれを佐山さんに渡して運用して貰っている状況だ。いっつも迷惑かけてすまんね。

 今どのくらい増えているのかは全く分からん。けど、佐山さんなら大丈夫と放置している。

 

 そして、やはりと言えば良いのか天使ちゃん芸能界デビューの話が上がったりもした。

 まあ、あの容姿とスタイルの良さだ。寧ろ今まで良く我慢したなと思っていた。

 けれども、肝心の天使ちゃん。

 彼女は頑なに断りまくったらしい。

 何でも「カズヤさんのお世話ができないならやりませんっ」との事らしい。いやはや、愛されてますなあ俺。

 けど一応俺からもデビューしないのかと聞いてみたが「もしかして……今までごめいわくでしたかぁっ……?」と涙目で言われたので、会社には頑としてデビューは無しだと突っぱねた。

 そしてその話が無くなり大喜びしている天使ちゃんを見ながら、どんな表情を浮かべればいいのか迷った俺。

 とりあえず頭を撫でて、顔を真っ赤にさせて黙らせた。

 

 それと、もう一つのプライベートは相変わらずといった印象。

 あいとルビーとは怒涛のメッセージラリーを繰り返す毎日。

 すっかりと俺のフリック速度も成長してしまった。

 ほーん、なるほど、いーじゃん。

 この三語ならば、コンマの世界で打ち返せる程に。

 けれど、横で普通にスマホを弄っている天使ちゃんのフリック速度の方が全然速く、世界にはまだ上がいるのだと痛感させられた。

 相変わらずの日常である。

 

 

 あくる日。

 現在は、もうすぐ夕方という頃になるであろう時間帯。

 俺はあいの家の近くの、いつものカフェにお邪魔していた。

 そしていつもの個室。

 ここ数年で店長ともすっかり仲良くなり、事前に連絡すれば個室を確保してくれる様になった。

 そこで、コーヒーを飲む俺。

 

「それでねっ、今日も学校でその男の子がさ……って、ちゃんと聞いてるっ?」

 

 目の前にはパフェを頬張る金髪の幼女がいた。

 ルビーである。

 

「聞いてるよー」

 

「じゃあ、なんの話してたか言ってみてよっ」

 

 彼女の言葉に、コーヒーを一啜り。

 

「あれだろ? ルビーに学校の男の子がちょっかいかけてきてうざい五月蠅い鬱陶しいってやつ」

 

「それはっ……そう、だけどさっ……」

 

 ルビーはそう言って、苦虫を嚙み潰したような表情になる。

 そして俺を睨み付けてきた。

 

「そう、なんだけどさっ……もっと、ほらっ、なんかないのっ? 色々思うとこあったりするんじゃないのっ?」

 

 捲し立てる様に話してくる。

 ……ふむ。

 

「まあ、ルビーが可愛いから仕方ないね」

 

 俺の言葉に、彼女は息を詰まらせた様な顔を浮かべた。

 そして、俯いてしまう。

 

「…………それは、ズルいよっ……」

 

 何やら呟いているが、気にせずにコーヒーを嗜む。

 大人を舐めるでないぞ、小娘。

 相手を素直に褒める事に、こちらは何の抵抗もないのだから。

 縮こまっていたルビーだが、やがて顔を上げた。

 

「……せんせならきっと、もっとちゃんと褒めてたと思うけどねっ」

 

 そう言ってそっぽを向いてしまう。

 はいはい、せんせ大好きっ子め。

 

「そりゃあ、悪うござんしたね」

 

「せんせみたくちゃんと褒めないと許さないからねっ」

 

 そっぽを向いたまま告げられた言葉に、苦笑してしまう。

 こちらのお嬢様はもっとお言葉をご所望、と。

 

 

「アイドルになれるくらいさりなちゃんが可愛いから、つい男の子たちも構って欲しくてちょっかいかけちゃうのも良く分かるよ」

 

 

 俺の言葉に、彼女は俺の顔を凝視して固まる。

 瞳が僅かに潤み、頬が赤らんでくるのが分かった。

 やがて、ハッとした様に顔を逸らす。

 

「…………と、とくべつ、ゆるすっ」

 

 届けられた言葉に、再度の苦笑を浮かべてしまった。

 横を向いているが、耳が真っ赤に染まっているので隠せてはいない。

 せんせっぽい感じも上手く出せたかな?

 なんて、自分を褒めてみる。

 

「ありがたき幸せでごぜえやす」

 

 そう返せば、顔をこちらに向けてくれた。

 しかしまた俯いてしまう。

 

「ほれ、パフェ食べちゃいな」

 

 そう告げればこくりと頷き、再びパフェを食べ始めた。

 美味しそうで何よりです。

 俺と目を合わせない様に俯きながら黙々と食べ進める彼女を見ながら、俺は再びコーヒーを飲むのだった。

 

 パフェを食べるルビーを見ながら思う。

 彼女の姿は、今や初めて出会った頃のあいにそっくりだった。

 髪の色や瞳の色こそ違えど、それらを合わせてしまえば、十二分にあいに見える。

 やっぱ母娘なんだなあ、そうしみじみと感じてしまった。

 けれど、あいの幼少期とは環境が全く違う。

 母親から虐待を受けておらず、双子の頼れる兄もいる。

 そして前世の記憶がある。

 全く違う人物なのに、同じに見える。それが異様な不思議さを俺に抱かせた。

 同時に思い出す。

 そういや今、星野ママはどうしているのかと。

 

「あっ、そうだカズヤ君」

 

 不意にルビーから声をかけられ、意識を目の前に戻す。

 

「"今日あま"って、なんで撮らなかったの?」

 

 ずっと教えてくれないじゃんっ、と文句を言うルビーに苦笑する。

 あのドラマは俺と吉祥寺先生、監督たち制作チームの数人しか、真相を知らない。

 他には箝口令を敷いており、今のところ誰もバラしていないので、表向きの理由のみが独り歩きしている。

 俺が"今日あま"に対して別に関心がなく、もっと熱量を込められる脚本が見つかりそちらに変更した。

 そう世間では認知されている模様。

 そしてあのドラマは、真相を知る全員と話し合い、あれっきりだけの放送にしようと決まった。

 故にドラマを扱った局には再放送や他の展開は一切なし。

 サブスクリプション型の動画配信サービスへの配信も検討していたらしいが、却下させた。

 それをしたら俺は今後一切この局の番組には出ないと言えば、一発だった。

 一作品と今後の俺の価値を比較して、俺に重きが置かれた形だ。

 あれは、本来存在しない原作。

 なので一度きりの幻の作品にしたかった。

 故に、ルビーの質問に対する答えは決まっている。

 

「自己満足の気紛れって事よ」

 

「えー、なんか嘘っぽいもんっ」

 

 納得していない彼女を、コーヒーを飲む事で誤魔化す。

 まあ、嘘ではないんだけどなあ……。

 やがてルビーはため息を吐いた。

 

「"今日あま"のヒロインを演じるアイも観てみたかったのになぁ」

 

 そう呟いて、パフェと一緒に注文してあったジュースに挿さっているストローを口に咥えた。

 ちびちびと飲む彼女を見やる。

 ルビーの言い分は分かる。

 俺がドラマの内容を変えた時に、反対の声としてはやはり原作ファンが多く、次いであいのヒロイン姿を見たいという意見だった。

 それを、自己満足という俺の想いで勝手に変えてしまった。

 しかし原作通り進めていたなら、ヒロインの相手役として俺が演じた訳だが、ルビーは何も言わない。

 まあ俺に関しては友達だろうから、あいと共演して羨ましいという気持ちはあるかもしれないが、それ以外の感想は無いだろう。

 それにルビーには、あいとの関係は昔から共演する仲なので、たまに会ってたりするという話をしているので、こうして普通にあいの話をする事もあった。

 

「ま、もし次があるなら期待って事でいいんじゃないかね?」

 

「……あの時に見たかったもん」

 

 不貞腐れたルビーに笑顔を向けながらも、内心で謝罪する。

 それは、本当に申し訳ない……。

 スマホを取り出して、時間を確認した。

 

「もうすぐ、あいの出る番組始まるけど大丈夫?」

 

 そう告げれば「えッ?」と声を上げて、ルビーは慌ててスマホを確認する。

 

「やばっ、ホントだっ! なんでもっと早く言ってくれなかったのっ?」

 

 今から走って帰れば何とか間に合うのだろう。

 俺に文句を言いつつ、急いで帰り支度を始めた。

 カバンを背負って準備完了。

 

「カズヤ君もすぐ帰ってちゃんと番組観てねっ」

 

 じゃあねっ、そう言って風の様に去って行った。

 扉が閉められて個室に一人だけとなり、僅かに訪れる静けさ。

 まあ、あれ以上ドラマの件を掘り下げられても何も答えられないから、ちょうど良かった。

 とりあえず、あいの番組を見るかは定かではないが、俺ももう帰るか。

 そう考え、遅ればせながら帰り支度を始める。

 その時、静かに個室の扉が開く音がした。

 もしかして、何か忘れ物でもしたのか?

 そう考えて、扉に顔を向けた。

 そこには金髪の、子どもの姿。

 

 

 

 

「――カズヤ君」

 

 

 

 

 ……君らは、本当にそっくりだなあ。

 

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