"にわか"は言う「だから『推しの子』だって言ってんだろ!」 作:あるミカンの上にアルミ缶
俺の目の前には金髪蒼眼の男の子が立っている。
その右目には、見覚えのある星形のシルエット。
星野アクア。
確か本名はアクアマリンだったっけ。
アクアでしか覚えてないから、うろ覚えだった。
彼の中には、雨宮先生がいる。
原作通りの流れでそうなるんだろうとは認識していたが、今名前を呼ばれて確信した。
妙に懐かしさを感じさせる声のトーンが、彼を雨宮先生だと俺に教えてくれた。
それにしても、双子揃って全く同じ登場の仕方をするもんだ。
ならば、こちらも同様に。
「ありゃ、もしかして部屋間違えちゃったかな?」
俺の言葉に、彼は冷静な表情のままで僅かに眉を上げた。
アクアに関してもルビーと同様に、前世の人物として接して欲しいならそうするが、そうでないなら初対面として接するつもり。
彼が、口を開く。
「いや、さっき妹がこの部屋から出てくるのが見えたから、誰と一緒なのかなって思ってさ」
おけ、了解。
「あ、ルビーちゃんは君の妹なのか。確かに、見れば見る程似てるなあ」
初対面として、彼とは接する。
まあ普通に考えて、雨宮先生は大人だったんだ。
生まれ変わったよ、なんていきなり言ってしまえば相手に信じられなかったり、気味悪がられる可能性だってある。
故に、その対応は当然だと思った。
「まあ双子だしね」
アクアの言葉に頷きを返した。
情報を小出しにしてくれる感じだ。
「んじゃ、ルビーちゃんの双子なら、良かったら何か飲んでく? 奢るよ」
そう伝えて、空いた席に視線を送れば、アクアはしばし迷ってからルビーが座っていた席に腰掛けた。
「何飲む?」
「コーヒーでいいよ」
おっとなー。
「ブラックで大丈夫?」
「……砂糖とミルクは欲しい」
まあ、味覚は精神年齢じゃ誤魔化せないしね。
オッケーと伝えて席を立ち、カウンターへ。
比較的甘めの豆を選んでコーヒーを注文し、砂糖とミルクを用意してもらう。
出来上がった商品を受け取り、個室へと戻った。
「ほい、お待ちどうさま」
そう告げて彼の前にコーヒーとミルク、砂糖を置けば「ありがと」という言葉が返ってくる。
若干子どもを演じている雨宮先生が面白く、つい苦笑してしまった。
砂糖とミルクを混ぜてゆっくりと飲み始めたアクアを見やり、話しかける。
「そういえば君の名前は?」
「……星野アクア、です」
何やら名乗りに僅かな詰まりを感じたが、気にしない。
とりあえず俺の認識通り、アクアと呼べる様になった。
「んじゃアクアは、妹のルビーちゃんが心配でここに来たのかな?」
「……まあ、そんなとこ」
その言葉と共に、僅かに視線を逸らした。
とりあえず、今世でもシスコンは確定と。
そんな彼に、笑みを持って返す。
「ま、確かに可愛い可愛いルビーちゃんがこんなおっさんといたら、お兄ちゃんとしては気がかりで仕方ないかー」
「いや、別にっ……まあ、そんなとこかな」
一瞬慌てて否定しようとしたが、すぐに撤回し肯定した。
もしかしたら前世の雨宮先生に言ったロリコンという言葉を、結構気にしていたのかもしれない。
素が出そうになるが、何とか演技に戻した彼。
中身を知っているからか、アクア弄りがちょっと面白い。
微妙な表情を浮かべていたアクアだが、咳ばらいをした。
「そんな事より、ここにカズヤ……さんがいて驚いたよ」
どうやら話題を変えるらしい。
「さっきみたく、カズヤ君でいいよ」
言い辛そうにしていたので、訂正の言葉を伝える。
俺としても彼には、そう呼ばれた方が馴染みがあり違和感を持たなくて済む。
俺の言葉に、アクアは頷いた。
「カズヤ君は妹とはいつ頃知り合ったんだ?」
若干口調が前世に引きずられてる様に思えるが、俺は大人なのでスルー。
「んー、多分二年くらい前かな」
振り返れば、まだそんなもんかという感想を抱く。
なんか毎日メッセージでやり取りしてるし前世からの付き合いもあるから、個人的にはもっと長く感じていた。
しかし俺の言葉にアクアは「そんなに前から……」と、神妙な表情を浮かべる。
まあ、認識の違いだろう。
やがてアクアは、真剣な表情で俺を見てきた。
「……あの子は、君に何か変わった事を話してきたりはしたかい?」
おい、せんせ丸出しになってんぞ。
けどまあ、スルーしてあげよう。
恐らくは、それ次第で自分の正体を明かすか悩んでいるんだろう。
そして言い方的には、双子がお互いにそれぞれ前世の記憶があるという事は、共有済みなのかもしれない。
でも、その質問に何と答えようか。
俺としては別に、雨宮先生だと知っている事を伝えても何ら問題ない。
だが、ルビーの事を考えると、難しくなる。
彼女は、これまでの話しぶりからして、アクアに自分の前世の正体を明かしていない。
何せルビーが明かせば、アクアの中にいる雨宮先生も明かすはずだから。
そうなれば、せんせが生きてたとかそんな連絡が来てもおかしくない。
まあ、反対に実の双子になってしまったから、彼女の好意を向けられる訳にはいかないと、雨宮先生だけが隠している可能性は無きにしも非ず。
「変わった事って、どんな事かな? アクアが少し前までおねしょしてるってのは、聞いた様な気はするけど」
故に、確かめる。
俺の言葉に「……あいつっ、何でこの人にそんな事話してんだよっ……」と顔を赤くし俯いたアクア。
ブラフだったが、合っていたらしい。
ルビーからは双子の兄がいるという話すら聞いたことが無い。ごめんよせんせ。
……ま、とりあえず把握した。
「それ以外には……あいが大好きでめっちゃ応援してるとかって事くらいかなあ」
そう続ければ、彼は顔を上げた。
「他に、何か変わった事はあるの?」
「……いや、無いなら大丈夫だよ」
やや間を置いてアクアの声が返ってくる。
彼の言葉を聞いて確信した事。
それはこの双子が、互いの前世の正体をまだ把握していないという事。
理由としては、ルビーの場合はせんせがいる事が分かれば、俺に連絡してくるだろう。
何せ彼女の前世の正体を、俺は既に明かしたんだから。
なのでルビーがアクアの正体を知らないのは、今日まで接してきた反応で明らか。
そしてアクアに関して。
これは先ほどの彼の呟きで、はっきりとした。
彼の口から出た、ルビーの事を「あいつ」と呼んだ二人称。
それは一度たりとも、雨宮先生の口からさりなに対して、向けられた事はなかった。
そしてその直前に、ルビーの事を「あの子」と呼んでいる。
つまりルビーの事を、さりなと少し重ねながら見てはいるが、正体は知らない可能性が非常に高い。
そしてやはり、ルビーが前世の正体を彼に明かしていないのなら、俺の口から言う事は出来ない。
まあルビーの方から前世はさりなだよって話された訳でもないしね。
よって、二人がそれぞれの正体を明かし合うまで、俺からは何も触れない事にする。
そこは俺が関わっていい問題じゃないから。
「まっ、ルビーちゃんには俺と会ったって事、黙っててくれると助かるかな。今やってるあいの番組観てないのバレちゃうし」
「ああ……まあ、あいつなら確かに怒りそうだな」
俺の言葉に、げんなりとした表情で呟いた。
ご愁傷様アクア君、君もきっと帰れば怒られるんだろう……。
内心で、目の前の彼に両手を合わせておく。
そうだ、雨宮先生なら知ってるだろうけど、一応ルビーとしては知らないだろうから、言っておくか。
「アクア」
名前を呼べば、視線を合わせてくれる。
「ルビーちゃんは、きっとあいみたく嘘で本当の自分を隠しちゃう、本当の自分に気付けないかもしれないから……その時は助けてあげてね?」
そう告げれば、アクアはきょとんとした顔を向けてくる。
確かに、何の脈略もない話だ。
その表情になるのも無理はない。
だが、俺は知っている。
「……気が向いたら、考えといてやるよ」
さっすが、せんせ。
「頼んだよ、お兄ちゃん?」
そう返せば、無言でコーヒーを飲み始めた。
そんなアクアを見ながら、俺も残ったコーヒーを飲み干す。
子どものアクア、大人の俺。
随分と状況が変わったもんだ。
でも、変わらないものもある。
この部屋に流れる……昔、病院の屋上で感じた空気とかね。