"にわか"は言う「だから『推しの子』だって言ってんだろ!」   作:あるミカンの上にアルミ缶

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第90話

 今日は、すごく久々のカズヤとのデート。

 子どもたちも今は小学校では中学年になり、元々手がかからなかったけど、更に心配がいらなくなってきた。

 カズヤと丸一日休みが揃うなんて、約二年ぶりだ。

 それまでは、短時間だけ会ってとかはあったけど、今日は丸一日一緒にいられるから、昨日の夜から楽しみで仕方なかったのを憶えてる。

 一秒たりとも無駄にはしたくないから、朝からデートする予定。

 カズヤともメッセージで、どこ行くとかなに食べるとか今日の日程を話していて楽しかった。

 けれど、やはりこうしてデートを行える日のどきどきに比べたら、明らかに違う。

 カズヤとデートが出来る。

 それが私にとって、何よりも幸せだった。

 

 朝、子どもたちの朝食を用意しといて、いつもの変装をして外にタクシーを呼んで乗り込む。

 目的地はもちろん、カズヤの家。

 今も住所が変わっていないのは、前から聞いていた。

 カズヤとは昨日、もう少し遅い時間から現地に集合と話していたが、どうしても我慢出来なかった。

 早くカズヤに会いたい。

 会って抱きしめて、好きって言いたい。

 付き合い始めてから年数は経ったが、この気持ちはあの頃から一切変わらなかった。

 カズヤの驚く顔が見たいから、連絡も我慢してる。

 早くカズヤの家に行って、私が来たよって喜ばせてあげたい。

 タクシーに乗っている最中、その想いが溢れない様に抑えるのが大変だった。

 

 

 タクシーから降りる。

 目の前にはカズヤが住むマンション。

 もうすぐカズヤに会えるっ。

 何回も会っているのに、そう思うといつでも酷く心臓がどきどきと高鳴ってしまった。

 彼の部屋に続く外階段を上る。

 第一声は、なんて言おうかなっ。おはようっ……は、ありきたり過ぎるし、私がきたよっ……は、なんか違う感じもする。

 最初にインターホンを押すから、ドア越しに声をかけなきゃいけないよね……?

 あっ。「だーれだっ」って言うのいいかもっ! それなら絶対に私だって気づくはずだもん。だって私の声を一番聴きたいのも憶えてるのもカズヤだもんね。それに……デートの時は、いっつもカズヤに驚かされるから、こっちから仕返しもしてやりたいしっ。

 その挨拶で行こうと決め、カズヤがどんな反応を示してくれるか、頭の中で思い浮かべる。

 でも、きっとカズヤのことだから、すぐに私だって気付いちゃうよね。だって愛してる人の声だもん、一瞬たりとも忘れるわけがないし。だから、特に驚いてくれないかも……。

 しかしそんな事を考えながらも、心臓の高鳴りは収まらない。

 結局、カズヤが私のことを愛してくれてて一番に想ってくれてるから、私がどこにいても受け入れてくれるってことだもんねっ。

 嬉しさと幸せが胸中を埋め尽くし、階段を上る速度が自然と早くなる。

 早くカズヤに会いたいっ……。

 その想いばかりが、やはり強くなった。

 

 階段を上りきり、通路を歩き彼の部屋を目指す。

 ここに来るのは何年ぶりくらいかなぁ。

 そんな感想を抱いた。

 前に来たのは確か、私が子どもたちを産んでから少ししてアイドルに復帰した頃だったっけ?

 そう考えると、もう九年くらい経つのか。

 二人とも大分歳を取ったなぁ、なんて思ってしまう。

 だけどその分、お互いに色々とありながらも歩み寄って、こうして付き合うことになった。

 だから無駄がない、九年。

 若い頃に戻りたいか? そう訊かれたら答えは一つ。

 ――ぜったいに、いや。

 私は今が一番カズヤを愛してるって断言できるし、カズヤも同じ。

 だからカズヤと付き合ってない、愛してるって言えなかった頃に戻りたいなんて、絶対に思わない。

 そして、今後はカズヤともっと幸せになるんだから、戻りたいなんてありえない。

 ここ数年で、自分の中で固まってきた想いが浮かんでくる。

 カズヤと今後、どうなっていきたいか。

 その考えが、最近やっと決まってきた。

 

 

 カズヤと結婚したい。

 

 

 それが、私の中にある絶対の目標。

 結婚したら、それぞれの想いだけでなく、法律という絶対的な縛りで、カズヤは私から離れることはなくなる。

 そして結婚したら、絶対に別れることはない。

 だって、普通の夫婦ってそういうものでしょ?

 結婚したのに別れる、離れるなんて考えられない。

 日本という国が、私たちの結婚を認めて、祝福してくれるということ。

 世界が、私とカズヤは絶対に離れないよと、認めてくれたということ。

 けれど私にはすぐに結婚出来ないハードルが一つだけある。

 

 それは、私がアイドルということ。

 

 結婚とは、本当の愛を互いに向け合い続けるということ。

 だからカズヤの愛に応えるためには、私には余計な愛はいらない。

 ファンのことは本当に愛そうとしてきたけど、カズヤと結婚するのなら、カズヤ以外に愛を向けたくない。

 私の中にある愛を全て、カズヤに向けたい。

 子どもたちも賢いし、このまま成長してくれるから問題ないと思ってる。

 けど、アイドルとしての仕事は、今いっぱい入っててすぐには辞められない。

 B小町のメンバーにも、佐藤社長たちにも迷惑はかけられないから。

 だから、前もって決めておく。

 後、二年。

 

 

 二年後、私はアイドルを引退しようかと思ってる。

 

 

 引退したら、そのままカズヤに結婚を申し出て、晴れて入籍する。

 カズヤがそれを断るわけがないから。だって私の事を愛してるから。

 そしたら、木村アイになるのかな、それとも星野カズヤかなっ……?

 最近はそんな想像をして、楽しみが膨らんでいる。

 メッセージアプリでカズヤの名前をそうしているのも、それを見る度に密かに、カズヤの奥さんになったんだって思えるから。

 どちらの苗字になっても、私は構わない。

 ……でも、子どもたちの事を考えたら、星野姓の方がいいのかな?

 なんて事を考えつつ、気づけばカズヤの部屋の前まで来ていた。

 インターホンを押す指が僅かに震える。

 少しだけ緊張。だけどそれ以上にわくわくしていた。

 だって、目の前にカズヤがいるんだもん。

 こんな朝早くから彼女が訪れるんだ、カズヤにとっても楽しい一日になるのは間違いない。

 上げた指で、彼の部屋のインターホンを押した。

 チャイムの音が鳴り響き、胸の高鳴りが最高潮になる。

 だが、すぐには反応が無かった。

 もしかして寝てるのかな?

 そう考えて、もう一度押した。

 しばらく待ち、やがてインターホンから声が聞こえてくる。

 

 

『…………あい?』

 

 

 あっ、そういえばこのインターホン、カメラついてるじゃんっ。

 もうっ、これじゃあせっかく考えてきたサプライズが台無しだよぉ……。

 でもまあいっか、私が来たこと自体がサプライズだもんねっ。

 

 そんな考えが浮かんだが、一瞬で消えた。

 彼の声。

 それは、間違いなくカズヤの声。

 だけど、カズヤの声。

 それが私が思っていたのと違う。

 いや、それだけじゃない。

 今のカズヤの声、なんで?

 私が、愛する彼女が来たんだよ?

 なんで驚いた様な声色の中に、困った様なニュアンスを感じるの……?

 驚くのは、まだ分かる。

 いくらカズヤでも、このサプライズは驚いちゃうかもしれないから、許す。

 でも、なんで困るの?

 困る必要はないよね? 愛する彼女が来てるんだもん。

 愛する彼女が来て困るって……なに?

 

 

 女か。

 

 

 腕を上げて、拳を握る。

 インターホンの横にある、玄関の扉に向けて軽く振る。

 こんっ。

 そんな音がした。

 その音を続けて出す。

 こんこんっ。

 扉の向こうにいる人物を呼ぼうと音を出しているが、未だに反応は無い。

 気付けば徐々に、腕を振る力が強くなっていた。

 擬音としては"こん"ではなく"ごん"に近い。

 ドアから悲鳴の様に鈍い音が繰り返されるが、私の耳には入って来ない。

 開けろ。

 ドアを叩き続ける。

 早く、開けろ。

 ドアを叩く力が強まる。

 そんな事はないだろうが、このままドアを叩き続けたら、壊れちゃうんじゃないかと思った。

 でも、その方が都合が良い。

 反応の無い中の人物に知らせる為に、ドアを叩き続ける。

 

 

 

 

 やがて、鍵が開けられる音が聴こえた。

 

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