"にわか"は言う「だから『推しの子』だって言ってんだろ!」   作:あるミカンの上にアルミ缶

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第92話

 玄関のドアが開き、それを片手で掴んで思い切り開け放つ。

 つられてカズヤがたたらを踏んでいたが、構わず横に押しのけて中に入った。

 ダイニングへと直進。

 ぱっと見た感じは、誰もいない。隠れられる場所もない。

 すぐに移動し、居間のドアを開け放つ。

 中に入り、ベッドやベッド下、クローゼットを覗き、隠れられそうな箇所を虱潰しに見ていく。

 ここにも見当たらない。

 次の場所へと移動する。

 居間の出口にカズヤがいて邪魔だったので押しのけてお風呂、トイレと全て確認。

 どこにも、女の姿はなかった。

 その時、思い出す。

 カズヤの部屋にはベランダがあると。

 足早に居間へと戻り、カーテンを開けて、窓にかかっていたロックを外す。

 窓を開けてベランダに出て、見渡す。

 ぱっと見た感じはいない。

 けれど、まだ怪しい。

 ベランダの柵から軽く身を乗り出し、両隣の部屋のベランダを見る。

 やはり少し見づらい。この時ばかりは小柄なこの身体が恨めしかった。

 けれど見た感じ、両隣の部屋のベランダやそれぞれ鍵のかかった窓に閉じたカーテン。

 いずれもベランダが少し荒れていたり、鍵のかけ忘れやカーテンが微妙に開いているなど、そちらに慌てて駆け込んだ様な痕跡は見当たらなかった。

 もしかして、私の勘違いだったのかな……?

 そんな思いが僅かに芽生えるが、最後はやはり本人に確認するしかない。

 窓とカーテンを閉めて居間からダイニングへと戻る。

 ダイニングに入ると、そこには椅子に座りながら呑気にコーヒーを飲んでいるカズヤの姿。

 流石にちょっとイラっとした。

 私がこんな気持ちになっているのに、なんでゆっくりコーヒーなんか飲めるの、と。

 テーブル越しに彼を見つめる。

 彼もまた、コーヒーを片手に私を見ていた。

 

「どこ」

 

 その言葉に、カズヤは僅かに首を傾げた。

 まあ、確かに端的すぎたかもしれない。

 

「女」

 

 そう続けるが、彼は困った様な表情を浮かべるばかり。

 察して欲しいと思うが、待ってられない。

 コーヒーをテーブルに置いた彼を見やり、言葉を続ける。

 

「……女、どこに隠してるの」

 

 この言葉でようやく理解したのか、彼が初めて口を開いた。

 

「どこにも隠してないけど……」

 

 僅かに困惑を含ませながら放たれた言葉に「ふーん」と返しながらも、カズヤを見つめ続ける。

 嘘は、見受けられない。

 けど、もしかしたら庇っている可能性もある。

 カズヤが庇うとしたら、誰?

 カズヤの身近にいる女なのかもしれない。

 一人の女が、頭の中に浮かんでしまった。

 

「……もしかして、あの天使とかいう女?」

 

「天使ちゃん?」彼の言葉にすぐ返す。

 

「二度とその名前言わないで」

 

 そう、カズヤに"天使ちゃん"なんて呼ばせてる(悪魔)

 二度と彼の口から聞きたくない言葉の上位に入る名前。

 あざとそうに彼の後ろにつきまとって気を引こうと愛想を振りまいている、生理的に無理な女。

 カズヤから愛を向けられていない、向けられるはずがないのにまるで羽虫の如く、カズヤにまとわりついている馬鹿で鬱陶しい女。

 あの女、だとでもいうのだろうか。

 

「あの子はここにいないよ」

 

 彼の言葉に、苛立ちが募る。

 

「へー、今度は"あの子"なんて優しい言い方するんだぁ」

 

 カズヤもカズヤでそんな態度だから、あの女は懲りずにカズヤに付きまとうんだよ?

 でも、今の言葉にも嘘はなかった。

 それならば浮かぶ、別の疑問。

 

「じゃあなんであの時、困った様な声だったの」

 

 私が、愛する彼女が来たんだ。

 決して困った様な声が出る筈がない。

 なのに、彼は出した。

 ねえ、なんで?

 

「朝飯が食えないなあって、ちょっと考えただけだよ」

 

 カズヤからすぐに言葉が返ってきた。

 僅かにため息が混ざったその声色にムッとなる。

 

「そう」

 

 思わず素っ気ない声で返してしまう。

 だが、思い返した。

 確かに今はまだ朝早く、もう少ししてからじゃないと色んなお店は開かないだろう。

 カズヤの事だから、私が来たら喜ばせようと、待たせない為にすぐ出かける準備をしたに違いない。

 だって昨日までの話で、お互いにデートに出かけるのが楽しみだって、言い合ってたから。

 なのでカズヤはまだ朝ご飯を食べてなくても、私とすぐに出かけようとしてくれたんだろう。

 そんなカズヤの気持ちに、心が暖かくなる。

 やっぱり、愛されてるなあ私。

 そんな気持ちが湧き上がる。

 だから、愛するカズヤを信じるのが、彼女たる私の役目。

 

「……まあ、嘘は言ってないから信じるよっ」

 

 そういって、カズヤの言葉を肯定した。

 疑っちゃってごめんね、カズヤ?

 でも、カズヤの事が大好きで仕方ないからこうなっちゃうんだよ? だから、カズヤなら許してくれるよね?

 胸中でカズヤに想いを届ければ、彼も柔和な表情へと戻してくれた。

 やっぱり私とカズヤは、心が通じ合ってるんだねっ。

 以心伝心の様なやり取りに、表情が緩んでしまう。

 

 でも、この際だからはっきりさせておかないといけない。

 私とカズヤの愛に、今回の様な僅かなすれ違いを発生させない為に。

 

「そういえばあの女、カズヤのマネージャーなんだよね? 昔、病院で看病したきりで終わりだと思ってたのに、まだカズヤに引っ付いて迷惑かけてるんだもんね」

 

 カズヤに"天使ちゃん"と呼ばせる女。

 あの女のせいで、迷惑をかけられた事が何度あっただろうか。

 あんなあざとい態度でカズヤに接して、それを見て何度腹が立っただろうか。

 あの女は、とにかく目障りだ。

 だから、カズヤに教えてあげなきゃ。

 

「カズヤは優しいから、我慢して一緒にいてあげてるだけだもんね? けど迷惑だってちゃんと言った方が良いよっ? ああいう女って自意識過剰だからカズヤに好かれてるってすぐ勘違いしちゃうんだからっ」

 

 強くて優しくてカッコいいカズヤは、絶対にモテる。

 でも私が彼女になって、その心配はなくなった。

 だって、彼氏は彼女だけに愛情を向けなきゃいけないんだもん。

 でもカズヤは優しいから、他の人にも施しを与える事がある。

 だからあんな能無しの女でも、カズヤに好かれていると勘違いする人間が現れてしまう。

 なので、この際にカズヤには認識してもらわなきゃいけない。

 

「しっかりと拒絶の意思を見せないとつけ上がってカズヤの彼女面してくるかもだしっ。私以外の女は愛してないってハッキリと言ってあげないと頭の悪い勘違い女って未練がましく付きまとってくるから優しいカズヤは美徳だし私も大好きだけどこうして私が勘違いしちゃってカズヤも私も悲しい思いすることもあるからきっぱりと言ってやって遠ざけた方が絶対いいと思うんだよねっ」

 

 私以外の女はこんなに醜くて、うざくて、厄介で、厚かましいんだよって。

 カズヤは、私以外の女を知らないから気付いてないんだと思うけど。

 でも、カズヤが愛してる女以外はこんなにも気持ち悪い存在なんだよって、彼女の私がしっかり教えてあげないと、それが原因で二人の足を引っ張られちゃ困るもんね。

 だから私の事しか見てないカズヤに、他の女になんて一片の施しすら与えると迷惑をかけられるんだよって事だけは言っとかなきゃ。

 

「私はカズヤの彼女だから優しいカズヤを見習ってこうして何も言わないできたけどさっ、やっぱりこうなっちゃうならこれからもあの女のせいでお互いにすれ違う可能性も無くはないかもしれないからマネージャー解雇して二度と会わないようにしてよ」

 

 私の為に全ての女を遠ざける。これもまた私への愛なんだからね?

 まあ、私にだけ夢中で他の事が無頓着なカズヤも可愛いんだけど……。

 でも、今後の結婚とか考えたら、この部分はハッキリさせないといけないから。

 決してカズヤを責めたくてこんな事言ってるんじゃないよ?

 カズヤの為を思って言ってるんだからねっ?

 カズヤなら、絶対に私の言うこと聞いてくれるもんねっ。

 だから……さっさと、あの女の顔を二度と見せないでね。

 あ、そうだっ。将来の話をしてあげれば、今話した内容がもっと分かるよね。

 

 

 そうして私は、アイドル引退と、結婚について話す事にした。

 

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