"にわか"は言う「だから『推しの子』だって言ってんだろ!」 作:あるミカンの上にアルミ缶
「……それでね? カズヤ」
こちらを見つめてくる彼に、話しかける。
本当は、引退ライブの直後に、言いたかったけど。
でも、よく考えたら今だって全然問題ないよね。
だって、結婚の約束をするんだもん。
それって……婚約ってことだよね。
婚約。
その言葉の響きに心が暖かくなる。
カズヤと婚約。
その言葉の響きに鼓動が速くなる。
これからの二年間は、カズヤとの婚約期間。
それはつまり、恋人同士よりももっと上の関係。
――婚約者。
なんて甘美な響きなんだろう……。
カズヤと結婚を約束した者。
それが私。
早くその関係になりたいっ。
その思いで言葉を続ける。
「私、決めたんだ」
カズヤと結婚する為に、私が決めた事。
それは……。
「私、二年後にアイドル引退する」
カズヤとの結婚の枷になる、アイドルを辞める事。
佐藤社長とかはもっとアイドルとして続けさせるつもりみたいだけど。まっ、私ってまだ可愛いしねっ。
でも、私の心は決まってしまったから。
アイドルよりも、カズヤの妻になって今後の人生を歩みたいって。
アイドルを引退したら、今の仕事でもやってるし女優に転身かな?
なんて事も漠然と考えていた。
でも、アイドルを辞めたら恋に、愛に、結婚に嘘を吐かなくても良くなる。
アイドルとしてのアイを応援するファンは、ファンを愛するアイだけを求める。
だから、その愛に応えるためにも、アイドルでいる内はその
なのでアイドルの内は恋愛や結婚は全て隠し通さなきゃいけないから。
でも、カズヤとの結婚には……愛の結果には嘘を吐きたくない。
だからアイドルを引退する。
アイドルじゃないアイとして、大手を振ってカズヤと結婚生活を送りたい。
カズヤがいて、子どもたちがいる。
こんな普通の、この上ない幸せが待ってるから。
これが、カズヤの愛に応える為の私の選択。
私の言葉に、カズヤは驚いた様に目を見開いている。
まあ、そうだよね。
私の口からアイドル引退なんて聞くとは思ってなかったに違いない。
――……嘘でも愛してるって、言ってもいいのかな?
一二歳の時、佐藤社長にスカウトされた際に、カズヤに言った私の言葉。
――いいんじゃね?
――……いいの?
カズヤの軽い返しに、目を丸くしたのが懐かしい。
そして、カズヤは言ってくれた。
――あいが嘘でもいいから愛してるって言いたいなら、言っちゃえばいいよ。
その言葉があるから、アイドルになった。
スカウトされた時にも、なろうかなっては考えてた。
でも、カズヤに相談しないでアイドルになってたら、今の様になれていたかは分からない。
だから、本当の意味でアイドルになりたいって思えたのは、そのカズヤの言葉があったから。
嘘でもいいから愛してるって言いたいなら言えばいい、カズヤがそう言ってくれたから。
佐藤社長も似た様な事を言ったけど、やっぱり私はカズヤからその言葉を聞きたかったんだと思う。
その時はまだ、カズヤを好きっていう気持ちはなかったのかもしれないけど、私がカズヤに好意を抱きだしたのは多分そこから。
あの時からカズヤはずっと私と一緒にいてくれて、愛してくれて、欲しい言葉を言ってくれる。
だから私はこれまで頑張れた。
カズヤがいるから、完璧にアイドルをやってこれた。
私が嘘で愛を届け続けても、カズヤは私を本当の愛で包んでくれてるから。
例え嘘の愛が完璧じゃなくて皆が離れて行っても、カズヤだけは私を本当に愛してくれるから。
だから、何の迷いもなくファンに向けて嘘の愛を言い続けられた。
私の本当は、カズヤだから。
アイドルとしても、カズヤにファンになって欲しかった。
でも、結局デビューライブ以外は来てくれてないみたいだけど……。
けどそれで良かったのかもしれない。
だって、嘘で塗り固めた
だからカズヤには
そして母親としての愛。
カズヤとの子ども。
これを授かれた。
今後はカズヤと一緒に二人で愛を注いでいける。
父と母がいて、子どもたちも絶対に嬉しいに違いない。
そこで初めて母親としての愛も満たされる。
子どもの育児について夫婦で相談して、子どもたちの面倒を一緒に見る。
そして成長した子どもたちの姿を、見守る事が出来る。
その為には、やはり女としての幸せが必要。
カズヤと結婚して、夫婦となり、死がふたりを分かつまで愛し合う。
……ううん、死がふたりを分かっても愛し続ける。
カズヤの隣で、カズヤと同じ世界をいつまでも見続けたい。
彼の隣に私がいないなんて考えられない。
小さい頃からずっとそうだったし、これからもずっとそうなるのが当たり前。
だから、その為にカズヤと結婚をする必要がある。
永遠に切れる事の無い赤い糸。
その証明が結婚だから。
なので、私は……カズヤに想いを届ける。
「そしたら、私と結婚して」
言った、言ってしまった。
けど、心配はしてない。
こんなにも顔が熱く、心臓の鼓動がうるさいけど。
それは全部、カズヤへの愛が溢れてしまってるから。
だから緊張はなく、こんなにも気持ちが昂っている。
カズヤに伝えたい、私の最終目標。
それがやっと、言えた。
今すぐカズヤを抱きしめて、大好きって言いたい。
愛してるって言いたい。
頭を撫でてもらって「愛してるよ」って言葉を聞きたい。
カズヤに対する衝動を抑えるのに必死だ。
だって、こんなにも愛してるんだから。
でも、まだ我慢。
だって、カズヤの返事がまだだから。
カズヤの返事が聞きたいから。
なんて返してくれるかは、既に分かっている。
でも、カズヤの口から聞きたいんだもん……。
それまで、必死に我慢する。
我慢して我慢して、そして爆発させる。
私の中で溜め込んだ愛の全てを。
だから、カズヤ……早く言ってっ。
「ああ、その時はちゃんと答えるよ」
……えっ?
思ってた言葉は返ってこなかった。
だけど、カズヤの表情を見て、考えるのをやめる。
カズヤの表情は笑顔。
私に向けて微笑んでくれてる。
そしてその笑顔は……今まで見た中で、一番本当の笑顔だった。
そんな笑顔を向けられたら、見惚れるしかない。
鼓動がよりうるさくなるしかない。
顔から火が出ちゃうんじゃないかってくらい熱くなるしかない。
今までで上限だと思っていた愛おしさが、更に跳ね上がるのが分かった。
あぁ、ダメ……こんなカズヤを見たら、もうカズヤの事しか考えられないよ……。
思考の一切が、カズヤで埋め尽くされる。
アイドルの事も、子どもたちの事も。
全てがカズヤで塗りつくされる。
もうカズヤがいれば、何もいらない。
そんな気持ちになってしまった。
同時に、カズヤの表情から分かった。
彼の口調は答えの先延ばしだが、今の時点で答えを教えてくれていると。
だって、カズヤの表情から――はい、以外の答えが見当たらないんだから。
「カズヤぁっ!」
堪え切れなくなった衝動が限界を迎えて、テーブルを回り込み彼に抱きついた。
おっと、そんな声を漏らしながらも椅子に座ったカズヤは私を抱きとめてくれる。
「好きっ、大好きっ! 愛してるっ、愛してるのカズヤっ!」
思うままに言葉を叫び、彼の頬に自分の頬をすりすりと何度も当てる。
これでも収まってくれない、私の溢れ出した愛。
そんな私の頭に手を乗せて、カズヤが優しく撫でてくれる。
……やっぱり、カズヤといるのが一番幸せ。
その想いが、時間を追う毎に強度を増していく。
どうしようもない程に幸せで、どうしようもない程に手放したくない空気。
それが私たちを包み込んでいた。
しばらくいちゃいちゃしてしまい、気付けば昼前になってしまっていた。
もうお昼ごはんだねっ、なんて軽く舌をだしながら言えば、苦笑がてら頭を撫でてくれたカズヤ。
幸せのままに、私たちは予定していたデートへとでかけた。
そしてこのまま、二年後に晴れて結婚を果たす。
はずだった。
なのに、なんで。
私の引退ライブ当日の朝。
――私のマンションに、ナイフを持ったカズヤが立ってるの……?