"にわか"は言う「だから『推しの子』だって言ってんだろ!」   作:あるミカンの上にアルミ缶

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第94話

 B小町の解散、アイのアイドル引退ライブ当日。

 半年前に今日で引退と会見した際は、SNSがありえない程に荒れた。

 B小町の解散を、アイの引退を悲しむ声が大多数。惜しむ声が大多数。

 引退に関して怒りの声が少数。

 それらを全てメンバー全員で受け入れ、認識した上で今日まで準備を進めてきた。

 一切の後悔が無い様に、最高のパフォーマンスをすると。

 なので、ここ二か月くらいは他の仕事量を減らし、レッスンに専念してきた。

 他のメンバーも同様に、様々な仕事へと道を進めていたが今回の解散ライブに合わせて、まるでデビューして間もない頃の様に集まって練習をした。

 それがすごく新鮮で、久しぶりに皆とこんなに話をしたような気がする。

 改めてメンバーとの絆を深められて、最高の状態で解散ライブへと挑めることが嬉しくて仕方なかった。

 

 朝、早くに目が覚めてしまった。

 それは今日が、アイドルとして最後の日になるからだろうか。

 B小町として最後の活動となるからだろうか。

 それとも今日の解散ライブが――七年前と同じドームでのライブだからだろうか。

 社長たちが迎えに来るのは、まだ何時間も先。

 けれど、眠気は全くなかった。

 隣で寝ている子たちを起こさない様に、静かに寝室を出てリビングに行く。

 今日で……アイドルとしてのアイは終わる。

 ただのアイとして生活できる。

 そして、カズヤと結婚できる。

 カズヤの妻になる、星野アイ独身最後の日。

 故に、アイドルとして最後の日だという寂しさはあるけど、今はそれ以上に大きなわくわくが私の中を占めていた。

 今日のライブが終わったら、改めてカズヤに結婚を申し込む。

 そして、了承の返事をもらい、晴れて夫婦となる。

 明日は休みにしており、カズヤも休みを取ってもらっていた。

 だから……明日、婚姻届を一緒に提出する。

 まだ書いてもらってないけど、私の部屋の引き出しの中には、既に私の名前と捺印した婚姻届がしまってある。

 それを今夜、カズヤにも書いてもらって、佐藤社長にも書いてもらいたい。

 私とカズヤの結婚の証明を、してもらいたいから。

 結婚についてはまだ誰にも言ってないけれど、カズヤのことなら絶対に全員祝福してくれるはず。

 私とカズヤ。

 世界で一番お似合いの夫婦だから。

 まずはアイドルとして、しっかりと仕事を終えるのが先決。

 女としての幸せは、それをしっかりと完了してから。

 

 ふと窓から見える空に目を移す。

 青空が広がり、まるで今日という日を祝っているかのよう。

 けれど、思い出すのは七年前のあの日。

 あの日も、今日みたいに快晴の一日だった。

 あの時のドームライブは大成功。

 だから、今日の引退解散ライブも大成功しそうな予感。

 でも、その日の朝はそれ以上に印象が深い。

 あれは一生忘れはしない。

 私が本当の愛に気付いた朝。

 カズヤが、気付かせてくれた愛。

 今、私がこうしていられるのも、間違いなくカズヤのお陰。

 カズヤに生かされて、カズヤに支えられて私はここにいる。

 カズヤは私のために、ずっと愛を、時間を捧げてくれた。

 だからこれからは、私もカズヤの為に愛を、時間を捧げたい。

 お互いがお互いの為に愛と時間を捧げる。

 それは、想像するだけで幸せが溢れそうになる。

 

 もしかしたら、カズヤが来てたりしないかなっ?

 ふと、そんな事を思った。

 前もドームライブの時にカズヤは来てくれたし、あの時は私のストーカーを追い払うためだった。

 何であの日ストーカーが来るのが分かったのかは、未だに知らない。

 聞こうとは思ったけど、やめた。

 だって、カズヤが私を守ってくれようとしてる事には変わりないんだから。

 だから知る必要がなくなった。

 カズヤが私を守ってくれる、その事実だけ知っていればいいから。

 そして今日は、カズヤが命を懸けて守ってくれた私のアイドル人生の最終日。

 だから、カズヤがもしかしたら来てくれてるんじゃないかと思った。

 いや、来てくれるといいなと思った。

 スマホを確認するが、カズヤから連絡は来ていない。

 でも、二年前にカズヤの家に私がサプライズ訪問した事もあるし、カズヤがそれをしてくる可能性だって十分ある。

 だって、いっつもデートの待ち合わせの時に後ろから声をかけてきたり、私をびっくりさせるのが好きだから。

 だから、今からカズヤがサプライズで来てくれても、おかしくなかった。

 ううん、来て欲しいと思ってた。

 そうすれば、子どもたちに明日からパパになる人だよって、紹介してもいいしねっ。

 まっ、本当は生まれながらのパパなんだけど。

 それに今日はアイドルとしての最終日だし、今までもあの一回しか無かったから、ストーカーなんて来ないだろうし。

 今住んでるとこも違うし、そこは何も心配していない。

 だから、七年前のあの日のカズヤからの愛を感じたくて、いつもの変装をして家を出た。

 下に降りる最中、色々と考えが過る。

 もしこの先にカズヤがいなくても、建物が変わり道路も変わった景色だけど、同じ行動をする事で心の中であの日のカズヤの愛を思い出せる。

 そして本当にカズヤがいたら……嬉しくて抱きついちゃうかもしれない。

 そんな想像をしている内に、エントランスに着き、外へと出る。

 一応慎重には進みながらも、外の道路が見えてきた。

 

 そして目を見開く。

 

 そこには、カズヤがいた。

 

 

 

 

 私のマンションの前で、ナイフを片手に立っていた。

 

 

 

 

「…………カズ、ヤ……?」

 

 彼も私に気付き、目を見開いた。

 なんで、そんなものをもってるの……?

 その言葉が、脳内を占める。

 なんでカズヤが、なんで私のマンションの前で、ナイフを持って立ってるの。

 周りには誰もおらず、カズヤ一人だけ。

 通り過ぎるでもなく、目の前で立っている。

 血もついていないナイフは、まるで未使用のようで。

 

「……それ、どうするの……?」

 

 ――これから使う為に持っている。

 そんな風に思えてしまった。

 そんなはずないっ。

 そう思う気持ちが胸中に膨らむ。

 だが、何故か違う考えが浮かんでしまう自分もいた。

 カズヤは私の視線に気付いたのか、自分の手を見る。

 

「ん? あっ、いや、これは」

 

 何やら少し慌てた様な声を出したが、それは何かを隠すようで。

 少しづつ私の疑念が芽生えてきた。

 七年前の記憶がフラッシュバックする。

 それは、ナイフを持ったストーカー。

 ナイフを持って、ここにいる。

 新品のナイフ。

 これから使うのかもしれない――。

 だれに……?

 心臓に激しい痛みが走った。

 

 

「わた、し、を……殺す、の……?」

 

 

 その考えが脳にこびりつき、離れなくなった。

 けれど、そんな言葉を出した自分を信じられなくて、すぐに自分のそんな思考を排除しようとする。

 

「は?」

 

 私の言葉に、彼は驚いた様に声を上げた。

 ほら、やっぱり違うっ。そんなことありえないっ。

 だが――。

 

 

「……そうだ、って言ったらどうする?」

 

 

 カズヤは表情に笑みを貼り付けて、そう言葉を返した。

 その声に目も見開く。

 心臓が再び悲鳴を上げた。

 カズヤが、私を、ころす……?

 その事実を受け入れられなくて、上手く考えがまとまらない。

 そんなの、ありえない。だって、カズヤは私を愛してくれてるんだもん。

 何かの間違いだよねっ? 絶対そうに決まってる。

 

「うそ、だよね? カズヤはそんなこと、しない、よねっ……?」

 

 だから訊く。

 だって、これからカズヤとの幸せな結婚生活を送るんだもん。

 二人で末永く愛し合うんだもん。

 そう思う心の隅で、現実が邪魔してくる。

 でも、カズヤはナイフを持って、私の前にいる。

 私を殺すって、言ってた。

 なんで? なんでっ?

 そんな要領を得ない疑問が脳内を占める。

 カズヤが私を殺す理由。

 私が、ここで死んだ方が良い理由――。

 ハッとした。

 ハッとしてしまった。

 気付いてしまった。

 気付きたくなかった。

 だって。

 だって――。

 

 

 ――私と結婚したくない、って、こと……?

 

 

 結婚したくないって、そんな訳無いよね?

 だって、お互いが認め合ってるしお互い支えていけるもん。

 それに大前提としてお互いに愛し、あ、って――。

 

 

 

 

「――わたし、を…………あいし、て、ない、の……?」

 

 

 

 

 ありえない現実を口にしてしまった。

 何をバカな事を言ってるんだ、内心ですぐに思考を追い払おうとする。

 けれど、ありうると心のどこかで思ってしまった。

 私を、愛してないから、結婚できない。

 カズヤはナイフを持って、私を殺すって言ってる。

 愛してないから、痛めつけようと……殺そうと、してる。

 そんな事はありえない。すぐに思考を訂正する。

 だがどうしても、現実の光景を、何故か否定しきれない自分もいた。

 心臓の痛みが、先程から強くなる。

 そんなの、ありえない。

 ありえないよ。

 だって、私を一番分かってくれて、誰よりも愛してくれるのが、カズヤなんだもん。

 ぜったい、嘘。

 私の言葉に、カズヤは目を見開いていた。

 その表情を見て、やっぱり嘘なんだと思った。

 やっぱりカズヤは私の事を愛して――。

 

 

「やっと、気付いたんだ」

 

 

 ――えっ。

 そう告げたカズヤの表情は、笑顔。

 笑顔で、私を愛してない事を、肯定した。

 ウソ、嘘だよ。カズヤがこんな事いうはずがないっ!

 目の前にいるのはきっとカズヤの真似をした別人だッ!

 そう思う心。

 けれど、私の目と耳は誤魔化せない。

 正真正銘、目の前の人間がカズヤ本人だと、脳が認識していた。

 

「ホントはさ、もっと早くに言うつもりだったんだけどね」

 

 淡々と話すその姿は、まるで私に一切の興味が無いようで。

 

「あいの……いや、アイの姿を見てたら、滑稽で……つい、言うのが遅くなっちゃったよ」

 

 まるで聞いた事の無いカズヤの声。

 無関心。

 それが私に向けられていた。

 一切の暖かさが無い声色。

 そんなカズヤの声、聴きたくなかった。

 

「アイに言う事があるんだ」

 

 笑みを貼り付けた表情で、声色は存在しない。

 このカズヤの声は聴きたくない。

 そう思って耳を塞ごうとしても、身体が動いてくれなかった。

 しかし現実は待ってくれない。

 やめて……。

 私の想いとは裏腹に、カズヤの口が静かに開く。

 ……ねえ、神様。

 もしいるなら、どうにか――。

 

 

 

 

「俺はアイに今まで、一回でも本気で"好き"って言った事はあるかな?」

 

 

 

 

 ――この現実を、なかった事にしてください。

 

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