"にわか"は言う「だから『推しの子』だって言ってんだろ!」 作:あるミカンの上にアルミ缶
B小町の解散、アイのアイドル引退ライブ当日。
半年前に今日で引退と会見した際は、SNSがありえない程に荒れた。
B小町の解散を、アイの引退を悲しむ声が大多数。惜しむ声が大多数。
引退に関して怒りの声が少数。
それらを全てメンバー全員で受け入れ、認識した上で今日まで準備を進めてきた。
一切の後悔が無い様に、最高のパフォーマンスをすると。
なので、ここ二か月くらいは他の仕事量を減らし、レッスンに専念してきた。
他のメンバーも同様に、様々な仕事へと道を進めていたが今回の解散ライブに合わせて、まるでデビューして間もない頃の様に集まって練習をした。
それがすごく新鮮で、久しぶりに皆とこんなに話をしたような気がする。
改めてメンバーとの絆を深められて、最高の状態で解散ライブへと挑めることが嬉しくて仕方なかった。
朝、早くに目が覚めてしまった。
それは今日が、アイドルとして最後の日になるからだろうか。
B小町として最後の活動となるからだろうか。
それとも今日の解散ライブが――七年前と同じドームでのライブだからだろうか。
社長たちが迎えに来るのは、まだ何時間も先。
けれど、眠気は全くなかった。
隣で寝ている子たちを起こさない様に、静かに寝室を出てリビングに行く。
今日で……アイドルとしてのアイは終わる。
ただのアイとして生活できる。
そして、カズヤと結婚できる。
カズヤの妻になる、星野アイ独身最後の日。
故に、アイドルとして最後の日だという寂しさはあるけど、今はそれ以上に大きなわくわくが私の中を占めていた。
今日のライブが終わったら、改めてカズヤに結婚を申し込む。
そして、了承の返事をもらい、晴れて夫婦となる。
明日は休みにしており、カズヤも休みを取ってもらっていた。
だから……明日、婚姻届を一緒に提出する。
まだ書いてもらってないけど、私の部屋の引き出しの中には、既に私の名前と捺印した婚姻届がしまってある。
それを今夜、カズヤにも書いてもらって、佐藤社長にも書いてもらいたい。
私とカズヤの結婚の証明を、してもらいたいから。
結婚についてはまだ誰にも言ってないけれど、カズヤのことなら絶対に全員祝福してくれるはず。
私とカズヤ。
世界で一番お似合いの夫婦だから。
まずはアイドルとして、しっかりと仕事を終えるのが先決。
女としての幸せは、それをしっかりと完了してから。
ふと窓から見える空に目を移す。
青空が広がり、まるで今日という日を祝っているかのよう。
けれど、思い出すのは七年前のあの日。
あの日も、今日みたいに快晴の一日だった。
あの時のドームライブは大成功。
だから、今日の引退解散ライブも大成功しそうな予感。
でも、その日の朝はそれ以上に印象が深い。
あれは一生忘れはしない。
私が本当の愛に気付いた朝。
カズヤが、気付かせてくれた愛。
今、私がこうしていられるのも、間違いなくカズヤのお陰。
カズヤに生かされて、カズヤに支えられて私はここにいる。
カズヤは私のために、ずっと愛を、時間を捧げてくれた。
だからこれからは、私もカズヤの為に愛を、時間を捧げたい。
お互いがお互いの為に愛と時間を捧げる。
それは、想像するだけで幸せが溢れそうになる。
もしかしたら、カズヤが来てたりしないかなっ?
ふと、そんな事を思った。
前もドームライブの時にカズヤは来てくれたし、あの時は私のストーカーを追い払うためだった。
何であの日ストーカーが来るのが分かったのかは、未だに知らない。
聞こうとは思ったけど、やめた。
だって、カズヤが私を守ってくれようとしてる事には変わりないんだから。
だから知る必要がなくなった。
カズヤが私を守ってくれる、その事実だけ知っていればいいから。
そして今日は、カズヤが命を懸けて守ってくれた私のアイドル人生の最終日。
だから、カズヤがもしかしたら来てくれてるんじゃないかと思った。
いや、来てくれるといいなと思った。
スマホを確認するが、カズヤから連絡は来ていない。
でも、二年前にカズヤの家に私がサプライズ訪問した事もあるし、カズヤがそれをしてくる可能性だって十分ある。
だって、いっつもデートの待ち合わせの時に後ろから声をかけてきたり、私をびっくりさせるのが好きだから。
だから、今からカズヤがサプライズで来てくれても、おかしくなかった。
ううん、来て欲しいと思ってた。
そうすれば、子どもたちに明日からパパになる人だよって、紹介してもいいしねっ。
まっ、本当は生まれながらのパパなんだけど。
それに今日はアイドルとしての最終日だし、今までもあの一回しか無かったから、ストーカーなんて来ないだろうし。
今住んでるとこも違うし、そこは何も心配していない。
だから、七年前のあの日のカズヤからの愛を感じたくて、いつもの変装をして家を出た。
下に降りる最中、色々と考えが過る。
もしこの先にカズヤがいなくても、建物が変わり道路も変わった景色だけど、同じ行動をする事で心の中であの日のカズヤの愛を思い出せる。
そして本当にカズヤがいたら……嬉しくて抱きついちゃうかもしれない。
そんな想像をしている内に、エントランスに着き、外へと出る。
一応慎重には進みながらも、外の道路が見えてきた。
そして目を見開く。
そこには、カズヤがいた。
私のマンションの前で、ナイフを片手に立っていた。
「…………カズ、ヤ……?」
彼も私に気付き、目を見開いた。
なんで、そんなものをもってるの……?
その言葉が、脳内を占める。
なんでカズヤが、なんで私のマンションの前で、ナイフを持って立ってるの。
周りには誰もおらず、カズヤ一人だけ。
通り過ぎるでもなく、目の前で立っている。
血もついていないナイフは、まるで未使用のようで。
「……それ、どうするの……?」
――これから使う為に持っている。
そんな風に思えてしまった。
そんなはずないっ。
そう思う気持ちが胸中に膨らむ。
だが、何故か違う考えが浮かんでしまう自分もいた。
カズヤは私の視線に気付いたのか、自分の手を見る。
「ん? あっ、いや、これは」
何やら少し慌てた様な声を出したが、それは何かを隠すようで。
少しづつ私の疑念が芽生えてきた。
七年前の記憶がフラッシュバックする。
それは、ナイフを持ったストーカー。
ナイフを持って、ここにいる。
新品のナイフ。
これから使うのかもしれない――。
だれに……?
心臓に激しい痛みが走った。
「わた、し、を……殺す、の……?」
その考えが脳にこびりつき、離れなくなった。
けれど、そんな言葉を出した自分を信じられなくて、すぐに自分のそんな思考を排除しようとする。
「は?」
私の言葉に、彼は驚いた様に声を上げた。
ほら、やっぱり違うっ。そんなことありえないっ。
だが――。
「……そうだ、って言ったらどうする?」
カズヤは表情に笑みを貼り付けて、そう言葉を返した。
その声に目も見開く。
心臓が再び悲鳴を上げた。
カズヤが、私を、ころす……?
その事実を受け入れられなくて、上手く考えがまとまらない。
そんなの、ありえない。だって、カズヤは私を愛してくれてるんだもん。
何かの間違いだよねっ? 絶対そうに決まってる。
「うそ、だよね? カズヤはそんなこと、しない、よねっ……?」
だから訊く。
だって、これからカズヤとの幸せな結婚生活を送るんだもん。
二人で末永く愛し合うんだもん。
そう思う心の隅で、現実が邪魔してくる。
でも、カズヤはナイフを持って、私の前にいる。
私を殺すって、言ってた。
なんで? なんでっ?
そんな要領を得ない疑問が脳内を占める。
カズヤが私を殺す理由。
私が、ここで死んだ方が良い理由――。
ハッとした。
ハッとしてしまった。
気付いてしまった。
気付きたくなかった。
だって。
だって――。
――私と結婚したくない、って、こと……?
結婚したくないって、そんな訳無いよね?
だって、お互いが認め合ってるしお互い支えていけるもん。
それに大前提としてお互いに愛し、あ、って――。
「――わたし、を…………あいし、て、ない、の……?」
ありえない現実を口にしてしまった。
何をバカな事を言ってるんだ、内心ですぐに思考を追い払おうとする。
けれど、ありうると心のどこかで思ってしまった。
私を、愛してないから、結婚できない。
カズヤはナイフを持って、私を殺すって言ってる。
愛してないから、痛めつけようと……殺そうと、してる。
そんな事はありえない。すぐに思考を訂正する。
だがどうしても、現実の光景を、何故か否定しきれない自分もいた。
心臓の痛みが、先程から強くなる。
そんなの、ありえない。
ありえないよ。
だって、私を一番分かってくれて、誰よりも愛してくれるのが、カズヤなんだもん。
ぜったい、嘘。
私の言葉に、カズヤは目を見開いていた。
その表情を見て、やっぱり嘘なんだと思った。
やっぱりカズヤは私の事を愛して――。
「やっと、気付いたんだ」
――えっ。
そう告げたカズヤの表情は、笑顔。
笑顔で、私を愛してない事を、肯定した。
ウソ、嘘だよ。カズヤがこんな事いうはずがないっ!
目の前にいるのはきっとカズヤの真似をした別人だッ!
そう思う心。
けれど、私の目と耳は誤魔化せない。
正真正銘、目の前の人間がカズヤ本人だと、脳が認識していた。
「ホントはさ、もっと早くに言うつもりだったんだけどね」
淡々と話すその姿は、まるで私に一切の興味が無いようで。
「あいの……いや、アイの姿を見てたら、滑稽で……つい、言うのが遅くなっちゃったよ」
まるで聞いた事の無いカズヤの声。
無関心。
それが私に向けられていた。
一切の暖かさが無い声色。
そんなカズヤの声、聴きたくなかった。
「アイに言う事があるんだ」
笑みを貼り付けた表情で、声色は存在しない。
このカズヤの声は聴きたくない。
そう思って耳を塞ごうとしても、身体が動いてくれなかった。
しかし現実は待ってくれない。
やめて……。
私の想いとは裏腹に、カズヤの口が静かに開く。
……ねえ、神様。
もしいるなら、どうにか――。
「俺はアイに今まで、一回でも本気で"好き"って言った事はあるかな?」
――この現実を、なかった事にしてください。