"にわか"は言う「だから『推しの子』だって言ってんだろ!」   作:あるミカンの上にアルミ缶

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第95話

「…………えっ?」

 

 カズヤの言葉が、脳に刺さる。

 決して、私の耳は聞き流してはくれなかった。

 カズヤが、私の事、好きって言った事が、ない……?

 そ、そんなの嘘。

 嘘に、決まってる。

 

「う、うそ、だよっ……だ、だってっ……カズヤは好きだって」

 

 私の言葉は、途中で止められた。

 

「過去に二回だけね――でも、それは全て演技だよ」

 

 無機質なカズヤの声。

 私は、二の句を継ぐことができなかった。

 言われて気付いた。

 だって、その二回しか……カズヤから"好き"と言われた、思い出がなかったから。

 デビューして間もない頃の記憶。

 カズヤと初めてCMで共演した時の、セリフ。

 そして、カズヤを眠らせて本番行為をしたあの日。

 そのどちらでも、CMのセリフだった。

 ――君の事が好きだから。

 それが、カズヤから言われた"好き"だった。

 いくら思い返しても、それしかなかった。

 その事実を認識し、一瞬目の前が真っ暗になる。

 カズヤは、私の、ことが、好きじゃ、ない……。

 その現実に、嘘だと叫びたかった。

 けれど、カズヤが浮かべる無機質な笑顔と声色。

 それが私を思いのままに叫ばせてくれなかった。

 そんなわけない……。

 そう思う気持ちが、まだ私の中に大きくある。

 でも――。

 

 

「あの日……わたしを、助けてくれた、のは……愛してる、から、だよね……?」

 

 

「……あれは、結果的にアイが助かっただけだよ。アイの為じゃない」

 

 

 カズヤの話す全てが、本当に聞こえてしまう。

 それを認識する度に、これが現実なんだと自分で気付いていってしまう。

 頬を、何かが伝う感触。

 気付けば、涙が流れていた。

 あれは、あれは私がカズヤから本当の愛を知った出来事。

 カズヤが私の事を愛してくれていると確信出来た出来事。

 あれが……嘘、だったの?

 あんなに心が暖かくて、その暖かさで心が苦しくなって、苦しいのに放したくないあの気持ちが……うそ、だったなんて。

 だけど、もしそうだとしても、私には確かな事がある。

 

「で、でもっ……カズヤは、私に……愛してるって、言ってくれた、よねっ?」

 

 そう。

 カズヤは私に、愛してるって言ってくれたんだ。

 それは、間違いのない事実。

 好きって言ってくれてなくても、愛してるって言ってくれたから。

 だからカズヤは絶対、私のことを愛してくれてるはずっ。

 だってカズヤは何回も私に"愛してる"って言ってくれたんだから……!

 不意に、ため息が聴こえた。

 

「この際だから、言うね」

 

 無機質なカズヤの声。

 心臓が高鳴る。

 けれど、苦しい程に鼓動が痛い。

 それはまるで、これ以上は聞くなと警鐘を鳴らしている様な――。

 

 

 

 

「俺のは、別にアイだけに向いてる愛じゃない。他の人にも同じくらい向いてるんだよ」

 

 

 

 

「――ぁ」

 

 意識せずに、声が漏れた。

 これまで自分の中にあった何かが、粉々に割れた様な気がした。

 それはとても大切なもので。

 自分にとって一番大切にしてきたものだった気がする。

 ――カズヤの愛は、私だけに向いてない。

 その事実に、何も考える事が出来ない。

 私はカズヤだけを愛して、カズヤは私だけを愛する。

 それが当たり前で、普遍的なものだと思ってた。

 けど、実際は違かった。

 私はカズヤだけを愛してた。

 だけどカズヤは、私だけを愛してくれていなかった。

 でも、同時に思い浮かぶ気持ち。

 自分の中で、砕けた思いの中から出てきた、本当の気持ち。

 

 ――なんとなく、そうじゃないかと思ってた。

 

 決して知りたくなかった、自分の気持ち。

 それがこのタイミングで、出てきてしまった。

 カズヤは、私が愛して欲しいと言えば、愛してくれる。

 でも、カズヤから愛して欲しいなんて、言われたことがない。

 カズヤの方から先に"愛してる"って……言われたことがない。

 カズヤは、私の愛に合わせてただけ。

 カズヤから、デートの連絡が来たことがない。

 全て、私から。

 全て、私からカズヤに、愛を届けてただけだった。

 その現実を今、理解してしまった。

 その現実を今、受け入れてしまった。

 

 そして気付く。

 だから……カズヤがナイフを持っているのを見て、私は思ったんだ。

 私を殺すのかもって。

 それは、私の中で、カズヤの事を、信じ切れてなかったんだ。

 本気で愛してるって思ってたのに、私はずっとカズヤを疑ってたんだ。

 疑いながら、私は愛してるって、思い込んでたんだ。

 自分の中で、何かがズレた様な気がした。

 

 

 ――あはっ……じゃあ、私が思ってた本当の愛って、なんだったんだろうねっ?

 

 

 内心で込み上げる笑い。

 自分の中で愛だったものが、違う何かに塗り替えられていく様な感覚に苛まれる。

 今まで本当だと思っていたカズヤからの愛は、偽物だった。

 今まで本当だと思っていた私の愛は、嘘だった。

 本当って、なんだろうね?

 やっぱり私には、本当の愛を理解するのは無理だったんだ。

 だって、こんなに本気で愛してるって思ってたのに、嘘だったんだもん。

 こんなに本気で愛されてるって思ってたのに、嘘だったんだもん。

 本当に愛してたのに。

 本当に愛されてると思ってたのにっ。

 本当に好きだったのにッ。

 全部、全部、嘘だった。

 私の一人芝居で、彼はずっとそれを見て嗤ってたに違いない。

 私の気持ちは、全て彼に作られて弄ばれていただけ……。

 悔しさに、また涙が溢れた。

 もう、何を信じていけばいいのか分からない――。

 

 

「アイには双子がいるだろ? 今後はその子たちだけを本当に愛せばいいじゃないか」

 

 

 不意に聴こえた声にハッとする。

 それは……目の前の男からだった。

 笑みを貼り付け、無機質な声で告げてくる。

 アクア、ルビー。

 私の大切な子どもたちが、頭に浮かぶ。

 あの子たちは、愛してる。

 あの時に抱いた二人への思いは、今も変わってない。

 だからきっと、私に残った本当と思える愛は、きっとあの子たちだけにある。

 だけどそれを今、この男に言われるのは無性に腹が立った。

 

「……アンタに言われなくてもそうするから黙って」

 

 まるで私が気付いていない事を気付かせるみたいな言い方が、やけに頭に残ってしまう男の言葉が気にくわなかった。

 私の愛を弄んだ男。

 ずっと、ずっと昔から私がこの男に対して一喜一憂しているのを見て、内心で今みたく嘲笑ってたであろう最低の人間。

 思い返せば、この男の周りに女の気配を感じて苛立ち、激情した私。

 それすらもこの男が私の嫉妬を煽って、楽しんでいたに違いない。

 許せない。

 許せるはずがない。

 私の言葉に、軽く肩を上げて呆れてみせる姿に、更に苛立ちが増す。

 私の愛する子どもたち。

 その二人が、こんな男から産んでしまったんだと思うと、申し訳なさでいっぱいになる。

 そしてこんな男の子どもを産もうとした過去の私をぶん殴ってやりたい。

 復讐してやりたい。

 人の人生を弄んだ、この男に。

 ……だけど、我慢する。

 だって、復讐してもし私が捕まる様な事があれば、愛しいあの子たちが悲しむに違いない。

 だから復讐はしない。

 ずっと悩んできたけど、あの子たちにこの男のDNAが一切含まれてないのは、結果的に不幸中の幸いだった。

 私の愛する子たちを見て、この男を思い出さなくて済むから。

 

「今日アイドルの引退ライブなんだろ? そんなに泣いてて大丈夫か?」

 

「うるさいッ! 黙ってって言ってんでしょッ!」

 

 おどける様な言い方に、ただただ苛立ちが募るばかり。

 

「それで? 引退したら俺と結婚するんだっけか?」

 

 その言葉に、奥歯を強く噛み締める。

 本当に馬鹿な、さっきまでの私。

 何でこんな男と結婚しようなんて考えてたのか。

 今の私の答えは決まっている。

 

 

「アンタなんかと結婚するなら、死んだ方がマシ」

 

 

 それが本心だった。

 目の前の男は一瞬目を丸くしたが、すぐに笑みへと変わった。

 それが嘘か本当かなんて知りたくもない。

 だから顔を逸らす。

 

「あらら、すっかり嫌われたもんだ」

 

 何をいけしゃあしゃあとッ。

 そう言いかけたが、何とか我慢出来た。

 ここで口車に乗っては、この男の思う壺。

 だから絶対に乗ってやんない。

 なのでこちらから口を開く。

 

「……それで? 私を殺すの?」

 

 その手に持ったナイフで。

 だが、素直に殺されてやる気はない。

 死に物狂いで抵抗する。

 

 だけど、そうはならないと何故か感じていた。

 じゃなきゃ、ここまでこの場に留まっている理由はない。

 走ればすぐにオートロックのドアがあり逃げられる。

 だが、すぐに逃げなかったのは、自分でも分からなかった。

 私の質問に、男のため息が返ってくる。

 

「殺さねーよ。大事な大事なおチビちゃんたちと仲良く暮らしてりゃいいんじゃねーの?」

 

 は? この男は何を言っているんだろうか。

 

「じゃあ……何しに来たの。そんなの持って」

 

 そう言って男へと顔を向ければ、そこにはおどけた様な表情があった。

 

「ま、決別的な? もうアイとは二度と会わねえから、安心しなよ」

 

「私だって二度とアンタの顔見たくないから、助かるけど……」

 

 男の答えに、何か腑に落ちない感覚になりながらも、私としてもありがたい提案なので飲むしかない。

 言葉通り二度と会わなくて済むんなら私の精神衛生上、一番良いから。

 道路に佇む男を気にしながら、エントランスへと戻る。

 自動ドアが閉まる瞬間、男が何かを言った様な気がしたが、全く聞き取れない。

 オートロックのドアを潜り振り返ってみると、もう男の姿はなかった。

 結局、あの男が何をしに来たのかは分からない。

 けれど、あの男の本性が分かり、結婚なんてせずに済んだのは僥倖だろう。

 ――私は子どもたちだけを愛して生きていく。

 そう心に決める事が出来た。

 早く子どもたちの姿が見たい。

 そしてあの子たちの事を愛してるんだって確認したい。

 そうすれば……、

 

 

 理由が分からずに流れ続ける涙が、きっと止まってくれるに違いないと信じて。

 

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