"にわか"は言う「だから『推しの子』だって言ってんだろ!」   作:あるミカンの上にアルミ缶

98 / 182
第97話

 あいの引退ライブ当日。

 それは七年前と同じドームでの開催。

 同時に、運命の日の再来かと、俺には思えていた。

 原作の修正力。

 それが、ドームライブの日に星野アイが刺殺されるという事ならば、今回も見過ごす訳にはいかない。

 条件としては前回と同じ。

 何も起こらなきゃそれでいい。

 それに越した事はない。

 けれど、起こる可能性が僅かでもあるならば、俺はそれを最優先事項にするまで。

 何せ俺が今の人生で掲げた最大の目標が、ドームライブ当日に星野アイが刺殺されない未来にする、だから。

 それを七年前に達成していたと思ったが、違う可能性が浮上してきた。

 だから、準備をしてきた。

 半年前にあいがアイドル引退を発表し、その最後がドームライブと知ってから。

 その日から、天使ちゃんにはあいに関するSNSの投稿で、怪しかったり不穏そうな書き込みが無いか、探してもらった。

 その際に、理由として俺があいと付き合っているという話をすると、大層驚いていた。

 まあ、プライベートであいと会った時は変装してたしね。そんなに会ってないし、気付かなくても仕方ない。

 あいは七年前のドームライブで、ストーカーに襲われそうになった事があるから心配、と言えば「彼女さんの事を心配するのは当たり前ですっ。私もお手伝いしますねっ」と。

 そう言って、笑顔で了承してくれた。

 彼女は、こういう子なんだ。

 

 天使ちゃんは俺とタイプが似ている。

 それは、他人への愛し方。

 天使ちゃんは、ありがたい事に俺の事も愛してくれてはいる様で、それは付き合いたいよりも、純粋に幸せになって欲しいと思ってくれている。

 幸せにする存在が、自分じゃなくてもいいと。

 故に、あいと付き合っている事を知っても、陰りの無い笑顔で応援してくれた。

 見守る愛、それが俺らの共通点。

 ただ、俺と違う点としては、接する愛という事。

 接する事で、愛を届けられるタイプ。

 まるで母親みたいなイメージ。

 幸せになって欲しい、だから心配する。

 何かあったら助けてあげたい、だから近くにいないと心配。

 対象の人が幸せなのを見られなくなるのなら、その原因となった負には徹底的に対抗する。

 なので、いつぞやの天使ちゃん芸能人化プロジェクトに猛反対していた。

 そして職務に忠実であるという事。

 自分が任された仕事や役割には忠実に励む。

 そこにも愛を持って取り組む。

 故に、自分がやりたいからという思いで、俺のバイタルサポーターをしてくれていた。

 俺に彼女いると知って「もしかして私がお世話するのはお邪魔になるのでは……でも、私がしなきゃない事だから……」と悩んでいたのが懐かしい。

 その時は「いーのいーの」と流しておいた。

 近くで見守りながら、俺の幸せを願ってくれている。

 天使ちゃんは、どこまでいっても天使ちゃんなのだ。

 まっ、天使ちゃんには幸せになって貰いたいという俺の想いの方が上だろうけどなッ。

 あいにもし、天使ちゃんが俺の世話をしてるのをバレたら、その際の全ての負は俺が受ければいい。

 似たもの同士、それが俺と天使ちゃんの関係だった。

 

 そして佐山さん。

 彼には、正直に話した。

 あいの引退ライブで、また七年前の様な事態になる可能性があると。

 佐山さんとは既に秘密を共有している関係だし、原作の修正力が仮に発生するとしたら、俺だけで解決出来るかはやはり不安だった。

 それに、佐山さんの協力が得られれば色々とやりやすくなる。

 まあ、どうせ引退ライブ当日に休みを申し出る時点で、きっとバレたに違いないからというのもあった。

 あいの引退ライブに行きたいんだって言って「本当にそれだけかい?」って言われて頷いても、俺に関しての勘の鋭さが半端ない佐山さんが陰で動いてしまう確率が高かったので、それなら最初から協力者にした方が良いという判断。

 仕事が終わった後に家で、佐山さんに七年前の再来の可能性を伝えれば、ため息を吐きながらも了承してくれた。いつもすまんね。

 そして、仕事の合間に佐山さんと二人で作戦を練る毎日。

 やがて決まった、当日の作戦。

 俺があいのマンション前で、前回同様に張り込み。

 もし俺の前にストーカーが現れたら、犯人のターゲットを俺へと仕向ける。

 そして犯人が凶器を出したら、少し離れた所に停めた車の中で待機している佐山さんに証拠写真を撮ってもらう。

 やがて犯人が逃げたら、車が使える佐山さんが可能な限り追跡し、仮に逃げられても俺以上にしっかりと犯人の特徴や逃走ルートを把握してもらう様にする。

 それを後程警察に提出。

 七年前の事件で、事情聴取された刑事さんの連絡先は知っているから、そこに直電する予定だ。

 警察署とかに通報して、万が一大事になったら困るから。

 その刑事さんには事前に、俺の連絡先に登録されている人の番号が変わっていないかの確認という体で連絡を取っており、連絡先が変わっていない事、そしてまだ刑事を続けている事を確認済み。

 当日以降にその刑事さんに連絡をして、秘密裏に進められないか直談判する事となった。

 無理なら、次点で警察署である。

 俺らは警察じゃないので、現行犯として捕えても証拠が示せない、なので一度追い払ってから警察に任せるしかなかった。

 佐山さんは最後まで俺が矢面に立つ事を反対していたが、納得させた。

 俺が持つ声の力。

 それで犯人をあいから俺へと、憎しみの対象を確実に向ける事が出来るから。

 インナーに防刃性能の高い装備をする事を条件に、佐山さんは折れてくれた。

 そして、もう一つの保険についてもやり取りをお願いした。

 

 半年間、準備はしっかりと進めてきた。

 天使ちゃんからは、SNSの監視から怪しそうな投稿の報告をもらっており、それらを佐山さんにお願いしてリスト化し、継続的にそういった投稿を行っているアカウントを記録していく。

 あいの引退会見の時には、結構な件数でそういった投稿が見られたが、次第に極端に減っていく。

 

『今までアイにかけた金を返して欲しいわ』

 

『アイもどうせすぐ結婚とかするんだろ? 許せない……』

 

『アイドルの急な引退って、大抵男絡みだろ? ファンを裏切りやがって』

 

 そういった投稿は、大抵一度だけで終わるアカウントが多かった。

 二度三度、そして日を追っても変わらない投稿をしている者は非常に少ない。

 そして引退ライブ当日の明け方頃まで、断続的とはいえそんな投稿をしていたのは、一つのアカウントのみ。

 

『アイがいなくなるなんて……認められない……』

 

 それが、該当のアカウントによる最後の投稿。

 午前六時頃に投稿されていた。

 そのアカウントの持ち主が、ストーカーとして現れるかは分からない。

 そもそも、そんな投稿が皆無だったとしても、やる事は変わらない。

 けれど、警察に情報を提出する際に、もしかしたら有力な手掛かりになるのではないかと思い、集めていただけ。

 事前準備は全て終わり。

 後は原作の修正力によって、ストーカーが再びあいへと襲い掛かるのかを確かめるだけ。

 

「んじゃ、そろそろ近くで待機してるよ」

 

「言っても無駄だろうけど……無理はしない様にね?」

 

 ほーい、そう返して車から降りた。

 後部座席のドアを閉め、歩き出す。

 とりあえずサングラスをつけて簡単に変装をし、更に存在感を消してるからバレる事はまず無い。

 無理するかどうかは、原作の修正力が決める事だから、俺にも分からない。

 七年前のあの時とは場所が違う。道路も違う。

 建物も違う。

 けれど、俺には同じ空気が流れている様に感じた。

 今日は、仕事の関係上で夜からなら休みは取れたと、あいには伝えている。

 引退ライブに来てくれないのを残念そうにしていたが、夜は絶対に会いに来てと勅命を受けている。

 なので、今回はあいが外に出てくる事はないだろう。

 これはあいが知らなくて良い事柄だから。

 七年前の件は、少し前に佐山さんから聞いた。

 あいがいつの間にか俺のスマホに位置情報を送信するアプリを入れていて、多分それであいがあの朝外に出てきたのだと。

 そしてそのアプリは佐山さんが昔、削除してくれたらしい。

 それによって、一時期だがめちゃくちゃ居場所を聞かれる事が多かったな、という思い出の真相が判明した。

 そこからは、恐らく入れられてないとは思う。

 けれど用心を重ねて一昨日、スマホを初期化して連絡先とメッセージアプリ以外のデータを戻さない様にしたが、今のところあいから変わった連絡は来ていない。

 つまりは、その様なアプリは入っていないという事で間違いない。

 なので、今回はあいが外に出てくる事はありえない。

 二軒隣のマンションのエントランス部分に身を潜めながら、もしかしたら来るかもしれないストーカーを待つ事にした。

 

 

 しばらく待っていると、通りの向こうから人がやってきた。

 グレーのパーカーで、頭をフードで隠している。

 佐山さんには『あれかも』とメッセージを送り、様子を見た。

 その人物はあいのマンションの前で立ち止まる。

 手には何も持っておらず、凶器らしき物は見当たらない。

 けれど、七年前と同じく、今回も疑わしきは罰する。

 その精神で、身を隠すのをやめて道路を歩き出した。

 通りにはあの時と同じ様に、他に人は歩いていない。

 フードで隠された顔だが、あいの住むマンションの上の方を見上げているのが分かる。

 これがあいのストーカーであれば、前回と同様に、何かしらであいの居住地がバレたんだろう。

 それが前回と同じく事務所から追跡的な事であれば、そろそろあいが所属する事務所の社長と腹を割って話す必要があるかもしれない……。

 それをするにも、まずはこの怪しげな人物に話を聞いてから。

 

「おはよう、もしかしてファンの人?」

 

 マンションに入ろうとしたその人物に声をかける。

 俺が声をかけた人物は、かなり慌てた様子で、俺へと振り返った。

 

「……はっ、はあ? な、何の事か分かんないよ」

 

 うーん、如何にも怪しい。

 声色から男であると判明。

 

「ファンなんでしょ? 分かるよ、嫌だったんだよね?」

 

 優し気にそう伝えれば、その人物はやがてハッとした様に身体を震わせた。

 

「……おっ、お前も、もしかして、そうなのか……?」

 

 何か確認する様に問いかけてくる男に、頷いた。

 すると、男は焦った様な雰囲気から一転、嬉しそうな様子へと変わった。

 

「そっ、そうだよなっ! アイが引退するなんて絶対に許せないし、認められないよなッ!」

 

 はい、確定。

 とりあえずこの男がストーカーじゃなかった場合でもいい様な言い方をしていたが、もういいだろう。

 

「永遠にアイドルじゃないとダメだもんなあ」

 

「そうだッ、アイはずっとアイドルでいてくれるって俺に言ったんだッ! そんなアイが引退するなんて……俺を裏切って男が出来たに決まってるッ!」

 

 俺に近付き、フードの陰で隠れた顔から、声と共に唾が飛んでくる。

 それ程までに、彼にとっては強い感情なんだろう。

 それ程までに、アイを好きだったんだろう。

 

「だから、裏切ったあいを殺すのか?」

 

「ああッ! 俺を裏切ったアイを許せる訳が無いだろッ! これは裏切ったアイへの復讐だッ!」

 

 はい、ギルティ。

 

「なるほどなあ」

 

 そう呟き、彼を見据える。

 

 

 

 

「その男って――俺の事なんだよね」

 

 

 

 

「…………は?」

 

 間の抜けた男の声が聞こえた。

 彼は、俺の言葉が理解出来なかったんだろう。

 この男が、さっきまでの様に俺を仲間だと思って話したのには理由がある。

 俺の声の力。

 彼には、俺の言葉が強く残り印象付けられる。

 そう意識して喋ったから。

 だが、普通の人にそうして喋っても、言われた言葉を何でか憶えてる程度の力しかない。

 でも、普通じゃない人にとっては違う。

 普通じゃないというのは、精神面での話。

 何かに妄執したり、反対に自暴自棄になる程の、精神的に極端に不安定となった人には、かなりの効力を発揮する。

 自暴自棄になってしまった人に、俺が強く言葉を伝えれば、その言葉が道標となり安定しやすくなる。

 そして何かに固執している人に対しては、その思考に同意の様な言葉を与えると俺に対して、自分を肯定してくれる人という様に極端な仲間意識が芽生える。

 結果的にこの男は、裏切ったあいは殺されても仕方ない、という自分の考えを俺が全肯定してくれる仲間と認識して、ああいった態度を取ってきた。

 故に、その後の言葉は、言ってしまえば――極端な裏切り。

 彼は、信じた俺に裏切られたのだ。

 ため息を吐き、目の前の男に笑みを浮かべる。

 

「だから、あいの男って……俺なんだよね」

 

 そう伝えれば、男は大きく身体を振るわせた。

 そして、小刻みに身体を震わせ続ける。

 

「……は? そ、そんな訳……お前も、な、仲間だって……」

 

「それは勝手に、そっちが勘違いしてただけだろ」

 

 無表情に変えて、彼へと言い放った。

 故に、この男の感情はあいへの復讐よりも、一旦は俺の裏切りへと切り替わる。

 彼の考えの否定だけでなく、俺があいの男であるという、彼の動機の根本的原因だったという最大の裏切り。

 

「お、お前がっ……お前が、アイの男、なのかっ……」

 

 怒りが混ざり始めた声色を聞きながら、腕を上げる。

 かけていたサングラスを外し、存在感を消すのをやめた。

 俺を見ていた男が、驚きの声を上げる。

 

「なぁッ! お前、はっ……カズヤッ!」

 

 まるでアニメの様な驚き具合に、思わず笑ってしまう。

 だが、ちょうどいい。

 

「俺なら、あいの男として不足は無いでしょ?」

 

 そう告げれば、しばらく驚いていた目の前の男が、小さく身体を震わせた。

 

「……やっぱり、男が出来たから引退するんだな」

 

 男はそう言い、パーカーのポケットに手を入れる。

 そしてその腕を引けば、銀色に煌めく刃先が見えた。

 どうやら、俺をカズヤと知って、あいに男が出来た疑惑に確信を持った様だ。

 

「……アイを誑かしたお前は殺すッ! そして俺を裏切ったアイも殺してやるッ!」

 

 そう叫んで、ナイフを持った腕を勢い良くこちらに伸ばしてきた。

 身体を捩る事で辛うじて躱す。

 中に着ている防刃装備は、その性能を事前にチェック済みで安全だが、やはり怖いものは怖い。

 手首までの腕、胴体、下半身はそれで守られるが、両手と首から上は自力で守らなくてはいけないので要注意だ。

 顔に傷は仕事に支障が出そうだから、そこだけは死守しなくてはいけない。

 必死に躱しながらも、笑顔は浮かべ続ける。

 それが相手に、より俺への憎悪を増やさせる事になるから。

 男が叫びながらナイフを持った腕を振るい、俺が避ける。

 やがて、男が思い切り腕を後ろに引き、突き出してきた。

 腹を目がけたその一撃。

 それを見て、瞬間的に七年前の記憶がフラッシュバックした。

 あの時の衝撃、そして痛み。

 熱さ、そして冷たくなっていく感覚。

 それらの記憶が一気に身体を駆け巡ったが、必死に堪えて、立ち止まった。

 

 

 そして、男が振るったナイフが、俺の腹部へと到達した。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。