【シン約】シン・サイレンススズカ.uni-verse   作:K氏

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劇・光 / 隣の芝生は青く見える

 私がトレーナーを始めたのがいつ頃からなのか――より正確に言えば、()()()()の事なのか、もはや思い出す事も叶わない。

 

 気づいた時には、私は既にトレセン学園の新人トレーナーとして、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()で。

 幼少期から思春期、というより、トレセン学園に所属するまでの二十余年の記憶を経ていないにも関わらず、である。

 

 加えて、私は幾度となくループを繰り返しており、いずれの周回においても、私はトレーナーとして新人らしからぬ功績を残してきた。

 それは、担当したウマ娘がいずれも高い素質を持ったウマ娘だったから、というのもあるだろう。

 だが……非常に奇怪なのは、私が担当した時とそうでない時で、それぞれのウマ娘が辿る運命に差異があった事だ。

 

 例えば、あるウマ娘を私が担当した時は特に怪我など無く三年間の契約期間を全う出来たのに対し、別の者が担当した際には怪我で休養を余儀なくされたり、場合によってはそのまま引退してしまう事もあった。

 他にも、私が担当した時は数多くのG1を制していたのに、そうでない時は1個か2個勝つ程度か、もしくは重賞勝ちに留まる、といった事もあった。

 

 傲慢と思われるかもしれないが、まるで私が全てのウマ娘にとっての特異点であるかの如く、私の担当になった者は総じて飛躍的な成長を遂げて行ったのだ。

 ……そうは言っても、如何なる周回においても最初の契約期間である三年間を終えると、強制的に三年前――つまり、誰も担当していない頃――に戻ってしまうので、誰も私の功績など知る由もないのだが。

 ついでに言えば――実に、実に不思議で奇怪極まりない話だが――時間が戻ると、私の経歴のみならず、性格にも多少変化が生じるらしい。

 経歴はともかく、私が私であるのに性格が変わるとはどういう事かと思うかもしれないが、実際そうとしか言えないのだ。

 上手く説明できないが、『私』という存在は確かに此処にいるのだが、今こうして回顧録のように振り返っている『私』と、ウマ娘や他の人間と会話をしたりする私は別のような感覚なのだ。言うなればロボットを操縦するパイロットのようなもので、私の肉体は決められた行動を自動的にこなすが、根幹である『私』は、ウマ娘のトレーニング等で適切な選択肢を選ぶだけ、といった具合だ。

 最初こそ『私』との乖離がある事に戸惑いを覚えはしたが、幾度も周回を重ねれば嫌でも慣れてしまうもので、およそ十回ループする頃には既に順応してしまっていた。

 

 だが、それがもたらしたのは何も良い事ばかりではない。周回の中では、時折過去に育成した経験のあるウマ娘を再び担当する、などという事もあった。

 そうして再び担当しても、多少辿る道程に変化――と言っても、会話で別の選択肢を選んだり、過去には無かった別のウマ娘との交流だったり――が起こる程度で、何か真新しい出来事が起こるのは極稀だった。

 加えて、私自身の良く言えばだれに対しても平等に接し、悪く言えば特定のウマ娘に対する思い入れが無い性質もあり、周回を経るにつれて慣れと共に飽きが来てしまっていた。

 ……こういう言い方をすると大変失礼極まりないが、しかしこのどうしようもない、心に開いた穴のようなものを埋める術を、私は知らず、得る事も出来なかった。

 このまま、惰性のまま生きるのだと、そう思い込んでいた。

 

 

 

 

 変化の兆しが表れたのは、ある周回の事だった。

 

 

 

 

 その周回にて、私が記憶している限りでは初めて担当したウマ娘と再会した。

 ……と言っても、彼女は既に別のトレーナーの元でトレーニングを受けていたし、私もその時は別のウマ娘を担当していた。つまり彼女と再会したのは、とあるレース、それもG1での事であり、厳密に言えば私は遠巻きに担当ウマ娘が彼女と話しているを見ていただけに過ぎない。

 だが……どういう訳か、その時の彼女は、私が担当していた時とは何かが違っていた。

 

 最初は小さな違和感でしかなかったが……都合が良い事に耳や目が良いおかげで、その違和感の正体……即ち、私が担当した時の彼女との相違点に気づけた。

 

 この世界の彼女が内に秘めた()()。「決して先頭は譲らない」という強固な信念。その為なら、()()()()()()()()()()()()()という覚悟。

 

 私の知る彼女には、走る事を楽しむ心こそあった。同様に『先頭の景色』へのこだわりも。

 しかし……レースをする者としてはあまりにも……優しかった。

 それこそ、負けた者の苦しみを知り、走る事を躊躇してしまう程に。

 

 だが……そこにいた彼女からは、レースで相対する者達への優しさも、情けも、容赦も感じられなかった。

 言うなれば研ぎ澄まされたナイフ、あるいは切れ味抜群の日本刀のようで。

 

 そしてそれは、走りにも現れていた。

 レースに関しては彼女の方が先輩ではあるものの、この辺りはいつもの周回通りと言うべきか、実力では当時の担当ウマ娘の方が僅かに上回っていた。

 だが……私の目は後方から期を待つ担当よりも、誰よりも先頭を突き進む彼女の走りを追っていた。

 

 確かにそのスピードは、私が担当していた頃の彼女よりも劣るように見える。しかし同時にその走りには、一切の打算が無いようにも見えた。

 そこには(過去)(未来)も無く、ただ(現在)があるのみ。そう言わんばかりの、一見して破滅的とすら思えるような逃げ。

 しかし翻せば、その走りに彼女が込めているのは「今この瞬間を全力で生き、全力で走る」という強い意志。

 

 ――いつか、誰かが言っていた。

 

『長く輝き続ける美学もあれば、刹那に輝き深く刻む美学もある』

 

『愛されるのは()()()()だが、心を焦がすのは()()()()()()だけだ』

 

 それがいつ、誰に言われた言葉だったか、今の私はもう覚えていない。

 だが……その言葉には、妙に惹かれるものがあると感じていた。

 

 実際、私は彼女の走りを見た事で、胸の内で燻っていた空虚な感情が満たされていくのを感じた。あの言葉は真実だったのだと知った。

 

――そうして、私は悟ったのだ。私が求めていたのは『長い輝き』では無く『刹那の煌めき』……即ち、瞬間瞬間に生命が輝かせる『(はげ)しい光』だったのだと。

 

 私は、あまりにも長い間周回し続けた結果、『長い輝き』に慣れ親しみ過ぎた。三年間を繰り返し続けた事によって紡がれた永劫にも思える時は、『長い輝き』を朽ちる事の無い『永久なる栄光』へと変化せしめた。余程の事が無い限り、私は決して失敗しなくなっていたし、死すら縁の無いものとなっていた。それこそ、疑似的な永遠の命と言えよう。

 言葉としては前向きな意味合いのように聞こえるだろうが……裏を返せば、私はただ安定していて平坦で……刺激の無い退屈な道を歩んでいるだけに過ぎない。

 

 つまるところ、私は停滞していたのだ。

 

 どんなウマ娘であろうと、そして何度同じウマ娘を育成しようと、最後には数多の栄光を得させられる光景を繰り返す。まるで周回前提のゲームをやっているかのように。

 作り物のような日々を流されるように生きる事に慣れ親しみ過ぎた私は、いつしか人生の本当の意味を忘れてしまっていた。

 

――そうだ。人生とは他人の為では無く……自分の為にあるのだ。もっと言えば、己の心を満たす事にこそ、人生の本懐があるのだ。

 

 例えば、誰かを助けるという、他者に対する行為。そこには利己的なものはないように見えるが、そもそも自分の心を満足させる為にそうするのだ。そしてそれは、決して悪ではない。

 そう。本来、自分の為の行動とは悪ではないのだ。だが、人としてのサガなのか、気づけば利己的である事への忌避感が生まれてしまい、無意識にそうならないよう振る舞ってしまうようになってしまった。

 

 最初こそ、担当を勝たせられた事に喜びを感じ、分かち合おうとした。

 

 だが……今はどうだ? 今の私はまるで、ウマ娘を育成する為に作られた奉仕ロボットのようだ。

 ただ彼女らを育てる行為を繰り返すだけのロボット。そこには、初めて担当したウマ娘が勝った時に感じた喜びも、敗北の悲しみも無い。そんなつまらない、機械じみた生き方を、私は望んだのか? ――否。断じて違う。

 

 私はまだ、生きている。いや、息を吹き返した。他ならぬ、彼女のおかげで。

 

 結局、レースを勝ったのは私の担当。彼女は敗北した。

 しかし……彼女の目からは、まるで闘争心が失われていなかった。

 

 彼女は口にする。「まだ、こんなものじゃない」と。

 「どこまでも目指せる。全てを投げ捨ててでも、もっと先へ」と。

 その時、久々に私は自らの望み……欲望の芽生えを感じた。

 

 ――嗚呼、叶うならば。

 

 命を燃やし走る彼女を、自ら育てたい。

 

 彼女の放つ劇しい光を、更に眩いものにしたい。

 

 そして、その光を間近で見て……全てを焼かれたい。

 

 彼女が全てを捨てて先へと進む覚悟を決めているのならば、私も、彼女への利となるもの以外の全てを捨てよう。

 必要とあらば――私自身すらも捨てて構わない。

 

 そう決心した私は、すぐに意識を閉じ……私である事をやめた(周回を終えた)

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