私が何か悪いことした?
叫ばないとやってられないときってあるよね。
「ああああああああああああもう帰る! 帰るぅぁぁああ!」
「
「いいじゃんもう! リスナー! キモい魔物より私が平和に採取とかしてる絵面の方がいいいでしょ!?」
●悲鳴たすかる ●待ってた ●みこっちゃんのかっこいいとこはよ ●¥ 3,000 治療費 |
「バーカ! 治療費送るなら10倍は出せ!」
「水琴さん。中型魔物来ますよー」
「いやああああああああああああああ!」
――今日の成果――
魔物の爪×2
その他魔草数種類
なんで、どうしてこんなことに……。
――――――――――
魔物と呼ばれる怪物がいる。その存在は16年ほど前に世間に知られるようになり、同じ頃に東京の一部が入ることのできないエリアができた。
通称侵蝕地。若者やゲーム脳はダンジョンなんて呼んだりしている。
私の職場はその侵蝕地や、異能を持つ人々に関する研究をしていた。
「水琴さん。仕事しないんですか?」
小さめとはいえ自分の研究室の一角でクッションに埋もれながら貪るドーナツの魅力は筆舌に尽くしがたい。
しっとりした食感と、口の中の水分が奪われたのをペットボトルの紅茶で潤しながら阿呆な質問に返す。
「仕事~? 大丈夫大丈夫。どうせ今年もいつも通り、よその研究室も大して成果なんてないだろうしね。2人しかいない研究室だし上もたいして気にしてないっしょ」
追加のドーナツを頬張ると、この研究室のメンバーであり、たった1人の助手が困ったように微笑んだ。
私より少し歳上であるが立場上、私が上司となっており、それにも嫌な顔をしない。
分厚い瓶底メガネのレンズ越しに私をじっと見て、その視線がいつもと同じ「アレ」だと気づいて思わず顔をしかめた。
「僕は別に構わないですけどね。水琴さんが幸せそうだと僕も嬉しいので」
「キモ……」
目をキラキラさせながら私を見てきた助手に対する本音が思わず口から出る。しかし本人はそれをまったく気にした素振りは見せず、好きなものを語るときのように早口で捲し立てた。
「水琴さんが嬉しそうだとそれだけでオーラがキラキラして見てるだけで幸せな気分になるんですよ! ただでさえ綺麗な”色”してるのに感情や気分によっても更に輝くからついつい甘やかしたくなっちゃうんですよね。でも、落ち込んでたりするのもちょっとダークな色が綺麗だからそれはそれで興味深いっていうか、いや、水琴さんには笑顔が一番なんですけど、やっぱり色んな表情や色って見たくなるのが人間ってモンだと思うんですよね僕。水琴さんのオーラって本当に綺麗なんですよ写真とかに残せたら見せてあげたいくらいっていうか初めて見たときは精霊様かと思っちゃったくらいで」
「キッモ…………」
本日2度目の心からの罵声。早口気味にまくしたてる助手に若干引きつつもいつものことなので軽く流す。
だがこんなでも優秀な助手だし、見ているのは私のオーラだけなので変なことはしてこない。キモいだけで無害なのだ。キモいけど。
ドーナツを咀嚼し終え、名残惜しいクッションの感覚から体を離して体を伸ばす。
「たまには研究進めてもいーんだけどね。私の専門分野って今の御時世、あんまり予算が降りないからやる気がさ……」
そんなことを言っていると研究室に設置されている電話が鳴る。研究室ごとの部屋番号で直通の形式で、だいたいは研究室間のやりとりに使われるもので上層部からなどの連絡はメールなどが基本だが――
「この万年暇ルームにどこからだろね」
さすがにたまには室長らしいことをしなければと渋々受話器を取る。
すると、耳がおかしくなりそうな音量が飛んできた。
『てめぇ会議サボってんじゃねぇぞぶっ殺すぞ!!』
その声は助手にも聞こえていたのか、ぎょっとした様子が視界の端に映る。おかしくなりそうな声量につい受話器をズラしてしまった。
そして、クソデカ声の人物に気づいて慌てて「あ、えっと」という情けない声を漏らす。
『先週から言ってたよなぁ? 今日は全研究室長及び幹部、その他有力職員を集めた会議だって。お前、本部にいるんだから会議室にさっさと来い!』
「す、すみません……今……今すぐ行きます……」
意味もないのに受話器を持ったままペコペコ頭を下げている姿を助手はどう思っただろうか。心配そうな視線を向けるだけで特に何も言わない。
早く来いと再三注意され、受話器を戻すと久しぶりに大きいため息を吐く。
「うぅ……会議忘れてた……」
「会議あったのに忘れてたんですか……?」
「ぶっちゃけ適当に終わらすつもりだったからやる気なくて忘れてた」
「駄目でしょう、さすがに」
だいぶ私に甘い助手すらこうなのでかなりのやらかしだ。
頭が痛くなってきたが、この組織において研究室を持っているとはいえ、たいして強い立場でもない以上、上からの命令に逆らうわけにもいかない。
「まあ、さっさと頭下げて終わらせてくるよ」
「リモートじゃなくていいんですか?」
「私の『異能』は直接現場にいたほうが効くからね。まああの女が許さないかもしれないけど」
私の異能。それは『サイレン』。これだけではわかりづらいだろうが言い換えるとこうだ。
『セイレーン』
要するに、私の声を聞いた者や私が出した音は聞いた者の注意を引く。そして、ちょっと頑張れば軽くだが好感を持ちやすくなる。
正直こんなしょぼ異能とかハズレもいいところだがこういう言い訳をするときには役に立つ。ちょっと申し訳無さそうにすればちょろいもんよ。
そんな軽い気持ちで会議室で会議室にのこのこと向かい、演技でも申し訳なさそうに会議室の扉を開くと同時に異能を発揮する。
「”すみませーん、うっかり時間を……”」
ダンッ、と強く床を踏む音が響く。
「遅刻しておいて異能使ってんじゃねーぞボケカス。【セイレーン】の『役職』がなけりゃぶち殺すところだったからな」
不機嫌そうに椅子にふんぞり返っているその女は先程の電話の主であり、自分の上司とも言える相手。
「主任……そのー……これは場を和らげようとですね……」
「あたしの前でよく誤魔化そうと思ったな? お前思っていたよりアホなのか? アホだろ。さっさと席につけ」
まだ二十代前半だというのにこの組織の室長たちを統括をしている女。噂によると更に上層部、幹部陣のお気に入りだとか、後継者か何かで贔屓されているとかいう説もある。
椅子の高さを上げているから分かりづらいが成人女性にしては小柄であり、迫力に欠けるのだが……この場と画面の向こうにいる人物は全員彼女に逆らう気はないだろう。
おそるおそる椅子に座って彼女の言葉を待つ。他にも数人会議室に来ている室長や研究者がおり、それ以外は画面越しで参加している。何人か見知った人物はいるが世間話をするような空気でもない。
「遅刻した馬鹿がいるからさっさと本題に入るぞ」
タブレットを操作しながらそれぞれの端末にデータが行き渡り、会議室の一際大きなモニターにある映像が流れる。
『侵蝕地への侵入に成功……このまま調査に移る』
その音声にざわつきが起こる。
「こいつは先日、侵蝕地を覆う結界を突破した無人探査機の映像だ」
そう言って主任はそのまま次の映像に移る。
そこに映るのは荒廃した街並み。そして、人間ではない異形の怪物たち。映像に映っただけでも5体はいる。視点を切り替えれば姿は見えないが、不気味な鳴き声が聞こえてくる。
そして、しばらくして映像がぶつりと途切れ、映像が終わる。
「このように、結界内部に侵入は成功したが内部にいる『魔物』によって無人探査機での調査には限界がある」
会議に参加している数名は侵蝕地の話をした途端、ピリピリした様子だったが今は更にひりついている。
「なら探索隊を編成して――」
「大規模な探索隊はまだ駄目だ」
会議室にいた1人が言いかけた言葉を主任が遮り、会議室がどよめいた。
「そもそも結界内部に勝手に侵入したことが政府にバレたら問題になる。かといって調査探索しないわけにもいかないからな。やるにしても少人数で行ってもらう」
「魔物があれだけいる侵蝕地に少人数とか正気じゃないだろ!」
主任は声を荒らげた男にも動じず、ため息をついて言う。
「当然、少人数で調査をするなんて無謀な行為をしたいやつなんていねーだろうよ。それに、研究室はどこもそれぞれの研究や開発で忙しいだろうしな。だから、暇を持て余しているやつに任せることにした」
ゾッと背筋が凍る。暑くもないのに冷や汗がダラダラと流れ、今すぐクッションに埋もれて何も考えないでダラダラしたい衝動に駆られた。現実逃避を阻むように、主任の不機嫌そうな声が響く。
「
できるわけがない。なぜならこの1年、なあなあで毎回誤魔化してきたからだ。
他の研究室や開発室がそれぞれ……微妙なりに成果をあげている中、私の研究室はだいたい……サボっていた。
それでもそのまま見逃されていたのは自分が『役職』を賜ったから。簡単にクビを切ることができないと思っていたから。
私の無言に痺れを切らしたのか、主任が緑色の目でまっすぐ私を睨めつけてくる。
「
この会議はおおよそ会議ではなく、私の吊し上げ。
「金食い虫の豚はいらねぇんだよ」
きっと私にできるのは潔く研究室を手放すか、死の危険が満ちる調査探索の命を受けるかの2択しかない。
どうして……どうしてこんなことになってしまったんだろうね?
脳裏に助手の声が聞こえてくる。
――サボっていたからですよ。
非情な事実にくらっとしながら、死刑を言い渡される犯罪者ってこんな気持ちなのかなぁなんて考えながら主任の言葉を待つ。
「お前が自分で提示できない以上、あたしがお前に出せる択は2つ。ここを追放されるか、死ぬ気で探索調査をしてくるか。今、ここで、選べ」
追放ということは研究室を失うし、誰かの下についてあくせく働かなければならない。それは……それはすごく嫌だった。正直今更真っ当に働くとか嫌すぎる。しかも、異能者の就ける仕事なんてだいたい決まっているようなものだ。
かといって侵蝕地の探索調査なんてほとんど自殺と変わらない。
過去に政府所属の異能者が大勢犠牲になったというのにこの、たいしたことない異能の持ち主である私がそんなところにいったら……。
「し、死んじゃいますって……いくらなんでもあんまりじゃないですか……?」
「あ? お前ほど適任もいねぇだろ。なにも1人で行けなんて言ってねぇだろ。だいたいお前、助手が役職持ちだろうが」
「で、でもでもでも役職持ちとはいえ私の研究室2人だけなんですよぉ!」
「知るかよ。んで、どうすんの?」
この人、私のこと嫌いなのかな……私はあんたのこと嫌いだけどさ……。
「なにもタダ働きしろなんて言ってねぇよ。ほれ」
そう言って端末になにやら送信してきたのでふらふらになりながら確認すると、とんでもない予算額と権限が記されている。
「やるならその予算と権限な。調査探索をするたびに成果を持ち帰ればその分内容次第で上乗せ」
この予算があれば……
調査してないとき遊び放題じゃない……?
毎日ずっと調査なんてできるはずがないし、そこまでやれとも言われていない。
つまり……死にさえしなければ最高じゃん?
脳内電卓を走らせて、調査回数を最低限にしておけばいいでしょ。入り口付近でうろちょろしてればすぐに逃げられるし。
「やりまぁす!」
働かずに楽する方法はいくらでも死ぬ気で模索するのが人間ってもんよ!
予算をどう使おうか、脳内で想像を働かせていると主任は不機嫌さが少し低下したようで、他の室長たちを見渡す。
「侵蝕地探索はしばらく榧杜室長に一任する。で、当然気になるやつらもいるだろうし……」
ぐるりと室長たちを一瞥してから私を再び見る。
主任がハシビロコウよりも冷徹な顔でため息をついたかと思うと、私を指差して告げた。
「じゃ、自己紹介配信からやろうな」
「えっ?」
自己紹介配信って何?
「お前は今日からうちの組織専属の配信者だから。調査の様子を配信してもらう」
「……え?」
どうしてこうなったんだろうね?