「水琴さん」
「はい……」
「予算に目がくらんで何してるんですか?」
会議が終わり、研究室に戻ってきてから助手に説明をしていると正座させられた。うん、反省はしているんだよ。
「人の下について馬車馬のように働くのが嫌だった」
「反省していませんよね?」
「でもね、死ななきゃめちゃくちゃお得だよ? ダンジョン攻略みたいなものって考えたらね、面白そうだしね? 私DRPGとか結構好きだし」
「反省してませんね?」
いや怖いし反省はしてるんだけど、逃げるわけにもいないし前向きに考えたほうがいいかなって……。
困ったように分厚いメガネ抑えて、助手はため息をつく。
「しかも配信って……どうしてそうなるんですか?」
「それがね……」
主任の主張はこうだった。
『他の室長や研究員たちも侵蝕地そのものに興味はあるんだよ。だからお前が現地でその様子を中継するほうが、リアルタイムで調査方針の希望とかも取れるし、専門知識が必要な場面で意見が役に立つ可能性もあるしな。何よりお前のサボり防止になる』
多分一番の理由は最後な気がする。どれだけサボると思われているんだろう。
『あとはついでにそっちの事業へ手を出そうかってお偉いさんも言ってるんだよ。配信つったって組織メンバーだけだし身内向けだから、ある種の実験。あと所属員の娯楽』
いやこの組織何人いるのよ。だいたい表の職員と末端まで含めたら万単位でしょうが。
侵蝕地に侵入するのは表向き禁じられている。だからわざわざ記録くらいはともかく、映像配信とかするわけないと思っていたら身内向けコンテンツにされてしまった。
「それで、いつからなんですか?」
「えっとね、自己紹介配信は4日以内にやれって。初探索配信はその後1週間以内に必ずやるようにって」
「わかりました。まず自己紹介配信は機材とか用意しつつ……探索に必要そうな資材や道具も僕が手配しておくので、水琴さんは当日まで体力つけておいてください。あと自己紹介のときのカンペ」
なんか……私が問題児みたいな扱いを受けている気がする。解せない。
――――――――――
【自己紹介】探索隊長の榧杜室長です【質問とか】
「えーと……これでいいのかな……」
機材の前に座りながら事前に用意した衣装であるペンギンパーカーを着てカメラの前で配信を始める。
●はじまった ●早くいけよ ●これいる? ●パンツの色教えて |
開幕カスのコメント治安でこの組織の将来が不安になってきた。
「えー、榧杜水琴、です。本社勤務、第十七室長やってます」
●17研究室ってマジであんのwwww ●超閑職やんけ ●完全に貧乏くじで草 |
このコメントしてんの、みんな組織の人間なんだよなぁ……なんか嫌だな……すれ違った職員がこの人もあんなコメントしてるのかなって連想しそうで。
考えると悪い方向にいきそうなので思考を切り替える。カンペをチラ見しつつ、自己紹介を進めよう。
「えーと、侵蝕地の調査探索を……来週からやる予定なんですけどー……質問とかある?」
●趣味は? ●なんでこんな仕事任されてんの? ●彼氏いる? |
「えー……趣味? カラオケとか……かな。仕事は……まあその……私が適任だったから」
嘘だけど。サボってた罰だけど。
「あと彼氏はいません。これいる?」
●絶対いる ●何の異能? |
おっと、聞かれそうな質問きた。思ったより遅かったので逆に聞かれてワクワクしてしまう。
「異能はねー、サイレンっていって言霊系の異能。音出すと引きつけられるんだよね。あれ? もしかして配信でめっちゃ向いてない?」
言ってからめちゃくちゃ配信で向いてるじゃんってことに気づく。これはもしかして一時代築いてしまうのでは?
●でも侵蝕地で魔物が寄ってくるじゃんそれ ●音の鳴る餌だこれ ●終 |
お通夜みたいな空気になってしまった――。
「だ、大丈夫だし! ちゃんと調整できるから! さすがに大声出したりとか焦りでもしない限りは……!」
まだ本格的な配信をしていないのにすごく不安になってきてしまう。はたして私は生きて健康に90歳くらいまで元気に過ごせるのだろうか――。
――――――――――
――探索当日。初日ということもあって主任の個人研究施設に集合している。機材とか、物資とか、本当は侵蝕地近くにやりたかったらしいけど、政府にバレると面倒なのでちょっと離れた場所から直接現地に転移して少しでも痕跡を残さないようにする方針となった。
「ねぇ~! 主任~! バレたら私前科つくんじゃないのこれ~!」
「うっせぇな」
すがりつく私を足で蹴っ飛ばして準備を整えた主任はゴミを見る目で言い放つ。
「給料泥棒のなっさけねぇ弟子に花もたせてやってんだ。感謝されるならともかくぎゃあぎゃあ喚くな。みっともねぇ」
「あ、すいません。配信機材なんですけど……」
助手が確認のためか主任を呼んでいる。嘆く私を無視して二人は準備を進めているので、こっそり逃げてもバレないんじゃないか?と思い始め、コソコソと移動した――先で躓いた。
機材の硬いものがぶつかる音が大きく響いて、多分2人も振り返ったことだろう。ああ、逃亡失敗――
「あうちっ! 痛覚がなくてこれ幸いってヤツです!」
崩れた機材の中からごそごそ音を立てながら少女のような声が聞こえる。
ひと呼吸置いてから崩れた機材の中から「ぷはぁ!」とわざとらしい声をあげてひょっこりと、手に乗るサイズの2頭身から3頭身くらいの少女が姿を現した。
「ノンノンッ。ちゃんと周りを見ないと本番でも大変なことになりますよ? あわてんぼうのマイマスター」
「うっわ、お前紛れ込んでたのかよ」
主任が近づいて来て、ミニマム少女の頭をクレーンゲームのアームのように掴んで持ち上げた。
金髪に青い目。ワイシャツと青いスカートに白衣を合わせ、うさぎのようなリボンカチューシャをつけたそれは見た目こそ可愛らしい。
「なんですか、これ」
助手も怪訝そうな目で少女を見た。まあ、このサイズでこんな流暢に喋るのは明らかに変というか、まともな生き物ではない。そもそも生き物じゃなさそう。
「こいつは……使えるかもって準備してるときに別の研究室のやつが持ってきたんだが……ろくなもんじゃねーよ。つーかレスリー、勝手に箱から出てんじゃねぇ」
「ちっ、ちっ、ちっ」
わざとらしく口頭で舌打ちのマネをするレスリーと呼ばれた少女はリズムに合わせながら指を横に振る仕草を見せつける。
「いけませんねぇ、実にいけません。私のことは――」
ばっとポーズを決めたかと思うと全身で何かを表すように大きく腕を動かした。
「あーる」
「いー」
「あいっ♡」
……英単語のつもりのポーズをしたかと思えば、アイでハートマークを手で作る姿は媚々だ。すごい、ここまでコテッコテなのは文化財でしょ。しかもエコーまでかけてるし。
「呼ばれてなくても飛び出る万能補助ナビ、レイちゃんですっ。レイとお呼びくださいマスター♡」
そっと箱にしまった。
なんか知らないけど生き物ではないみたいだし。
「んじゃ、そろそろ探索――」
主任も見なかったことにして探索の話に戻ろうと、逃げようとした私を引っ張る。
ちくしょう、やっぱり駄目だった。
「うぇいとうぇいと! そんな危険地帯の探索こそレイちゃんの出番でしょう!」
箱にしまったのに勝手に飛び出てきた少女に、私と主任はうわこれ面倒なやつだ……と珍しく心を一つにする。
「……」
助手がじっと謎の2頭身を見つめて「ああ……?」と不思議そうに呟く。
「これ、すごい多機能のロボット……みたいなものですかね? やけに癖の強いAIですが……」
「んまあ、そう。こいつ一体で撮影録画、
「じゃあこの子だけで配信に必要な機材が揃うじゃない」
手のひらに乗せてみたら思ったよりも軽い。ロボットのくせに重量問題まで解決してる。
試しにほっぺにあたる部分をつついてみるとそこそこ柔らかい。なんか「きゃ~マスターさんのえっちぃ」と楽しそうな子供みたいな反応してる。
「……まあ、色々と楽ではあるけど、こんなの連れ歩きたいか?」
こんなの、という言葉は主に性格のことなんだろうけど……機材複数持ち運んで助手に撮影任せるよりはよさそう。単純に自由に動ける頭数が増えるわけだし。
「ねぇ、レスリー、だっけ? 私のことマスターって言ってるけど……」
「はいっ! 製造者から『彼女は面白い配信をしてくれそうなので是非力になってあげなさい』と自己紹介配信を見ながら言われまして! その際に榧杜室長をマスター登録済みですっ」
よくわからないけどレスリーの製造者に自己紹介配信でなぜか気に入られたらしい。
正直、荷物も減るし、いいことしかないよね。
「主任、私この子連れていきますね」
「……あたしは止めたぞ? 後で文句言うなよ?」
なんでそんな念押しするのかな……。別に性能面に問題はなさそうだし、簡易説明書も箱にあったけど多機能かつ、声で指示するだけでAIがやってくれるから探索にもかなり便利そうなのに。
「末広がりによろしくお願いしますね、マイマスター♡」
「末永くはしないわよ。よろしくね」
早速組織の人間しか入れない社内向けページとレスリーを接続し、いつでも配信と読み上げができるようにする。
こんなわざとらしい身振り手振りの媚々キャラだけど、発声テストではかなり聞き取りやすい声だった。その技術、あと数年表の世界で流通させるのは早そう。
しかも変なコメントはAI判断でスルーしてピックアップしてくれるらしい。
……思ったより便利じゃん……なんで主任あんな渋ってたのさ。
予定とは変わってレスリー以外は探索に必要な物資だけにして準備完了。
あとは事前に主任とその部下が用意した転移装置を使ってすぐに侵蝕地へと移動する。
いざ、もうあと数歩歩いて結界の中に侵入したら侵蝕地、というところでお腹が痛くなってきた。
「ねぇ、帰っちゃダメ? 絶対こんなヤバそうなところ入ったら死ぬじゃん。主任って私のこと暗に死ねって思ってたりするのかな」
「暗にどころか直球で死ねって言ってると思いますよ」
だから苦手なんだよね、あのチビ。そう言葉に出さないだけまだ理性があった。
「マスター、配信始めますねっ」
「えっ、ちょ、まだ――」
勝手に配信始めたレスリーはレスリーの目がカメラになっているのか、助手が配信成功しているかのチェック用にスマホで確認していた配信ページに私の顔がもうしっかり映っている。
危なかった。主任の悪口言ってるところ配信されてなくて。
「名残惜しいですがコメント読み上げ集中モードに入ります。いつでもレスリーちゃんを呼んでくださいね、マスターッ」
そう宣言してからレスリーは一瞬ピタッと喋らなくなったかと思う、美少女然とした顔から……一瞬で表情が変わった。
●命日~www ●いい出棺日和やね ●はよ魔物撮影しろ ●さっさと入れ |
コメントの内容に合わせてAIで表情まで変えてやがるこのナビロボが……!
煽りの顔がムカつくんだけど?
「もうこうなったらダンジョン探索とでも思ってやったるわ!」
「ゲーム脳……」
気合を入れて、カスコメントと助手の哀れみのこもった一言をスルーしつつ結界のちいさな隙間から、ようやく目的の侵蝕地へと足を踏み入れた。
中で爬虫類みたいなおっきな魔物とコンニチワ。
すぐ出た。
●戻んな ●退室が早すぎる ●特性:ききかいひ ●放送事故だろこれ |
「待って待って待ってやばい怖い、デカすぎる」
「水琴さん。大丈夫ですって。確かに2階建ての家くらいはあるトカゲでしたけども。尻尾含めた全長はもう少しありそうですが」
「マジのダンジョンじゃん! やだー!!」
あんなデカイ魔物、緊急災害のときくらいしか直接見たことがない。しかも尋常じゃない霊力と瘴気。やばいって、絶対やばい。
「落ち着いてください。さっきの魔物とはまず目が合ってなかったですし、リラックス状態でしたから、まだこちらに気づいていないかと」
眼鏡をかけ直した助手が背中を軽く押す。侵蝕地の方へ。
「やだ~~~~! 帰る~! おうぢがえる~~!」
「……」
助手の雰囲気がなんか見覚えのある「かわいいなこの人」と思ってるときの様子だったのでキモさでちょっと落ち着いた。そんなセラピー方法ある?
「……本当にやらないとダメ?」
●いいから早く行け ●ぐだぐだすんな ●まだやってたの? ●主任ママに怒られるぞ |
野望が決まった。このカスのコメントしてるやつら全員暴いて一発殴る。
意を決して、本当は嫌だけど、死ぬほど嫌だけど中に再び入る。
もしかしたら移動してるかもしれないもんね。
そう、思って顔を上げる。
――目と目が合う瞬間、ドキドキしたけどこれって恋かな?
トカゲは私とバッチリ目が合ったあと、興奮したように尻尾をドンッと地面に叩きつけた。
「ぎゃああああああああ!」