大昔、中世あたりは処刑が娯楽だった、みたいな話があるけど野蛮だなぁ。現代人からしたらありえないわ~なんて思ってた。
つまりこのリスナーどもは多分中世から来た薄汚い民衆だと思うんだよね。
●めっちゃ全力疾走するじゃん ●やっばwwww ●魔物の記録取りたいからもっと全体映して ●草 ●ちょうど悲鳴が欲しかったから助かる |
死ねぇ! 来世は蟻に生まれ変わってガキが巣に水を注ぎ込んで死んじまえ!
大トカゲの魔物が尻尾を叩きつけながら追いかけてくる。離れたところでレスリーがコメント実況してるのが聞こえてお前らこの野郎!と言いたいところだけど本当にそれどころじゃない。死ぬ、死ぬ死ぬ死ぬ。
大トカゲが鈍足でよかった。ずっと引きこもってた足腰を霊術で強化しても基礎体力が死んでるせいで長くは持たない。
「絶対こうなるから嫌だったのにいいいいい!」
「水琴さん、静かに」
少し離れたところで落ち着いた助手の声がする。
一瞬、そちらに視線を向けてみれば拳銃を構えた姿が見える。
2発の銃声ととともに弾丸が真っ直ぐ――ではなく、明らかにおかしい軌道で大トカゲの頭と前足に命中し、そこが爆発した。
助手の異能『必中の魔眼』。
自分が視た場所に必ず当たる、便利な能力。
着弾すると爆発したということは対魔物用の特殊弾を使ったんだろう。かなり効いているのかトカゲが足を止めた。
「水琴さん。トドメお願いします」
言われてハッとする。トカゲが止まってる今なら霊術を使う余裕が出た。
霊術は言ってしまえば異能者や霊力を持つ人間が使える『魔法』みたいなもの。
難しい術は才能が必要だとも言われるが、それでも異能みたいに決まった能力とは違い、やろうと思えば誰でも攻撃から補助までできるもの。
そして、私の専攻分野でもある。
イロハの3段階あり、イが初級、ハが上級といったように大雑把に分けられている。たいていの人はロ段術止まりとされている。
「ロ段、
2発の見えない刃が大トカゲを三等分にして、核を潰したことでなんとか大トカゲを討伐できた。
●祝、はじめてのとうばつ ●助手くん強くて草 ●意外と倒せるもんなんだ ●なんか術の発動早くなかった? ●助手くん魔眼持ちじゃん ●助手をリーダーにしろ ●キャリー乙 |
クソリスナーどもめええええ。
画面越しだから他人事だと思って……!
呼吸を整えながら、大トカゲの死体を見て、これから素材を回収しないといけないことを考えると……めんどくさ……という気持ちが湧く。
「レスリー、素材回収できたりしない?」
「ぴこーんぴこーん。レスリーはこの通り万能ぷりちーナビですが魔物解体スキルはありませーん。マスターがえっちらおっちらがんばってくださーい。ぱらりらぱらりら」
どうしよう。助手以外のすべてがムカつく。どうして何気ないやり取りですら若干神経を逆撫でしてくるの?
わざわざ効果音じゃなくて合成音声で効果音っぽいのを口頭で言うから癪に触る。
主任が微妙な反応だった理由の一つがこれ?
「ねぇ~手伝って~。素材になる部分どこか視て〜」
「はいはい」
助手を呼びつけて魔眼のもう一つの効果を使わせる。
魔眼とは異能の中でも特殊な能力の総称で、助手の先程の『必中』のように固有の能力に加えて、視たものの情報を得ることができるのだ。
ゲームみたいに相手のステータスとかアイテムの効果とかがわかる、とでも言えばいいんだろうか。
魔眼持ちってだけでかなり優遇されやすいくらい、便利な異能。なんで私の助手してるんだろうってくらいには食い扶持に困らないはずだ。
「えーと、尻尾の先端と、胸元のウロコは素材にできますね。ウロコ剥がせます?」
「どうやって剥がすの?」
「僕やりますね」
●姫プじゃん ●介護士助手くん ●ママだったかもしれん ●助手くんを解放しろ |
やかましいわ。こいつは好きで私の部下やってんのよ。
……でも、第三者から見たら私よりこいつの方が優秀だろうし、そう言われるのも仕方ない。
気持ち悪いけど優秀で、本当に私の部下やってるのが不思議で仕方ない男。
「とりあえず素材は回収してこちらに入れておきました」
素材収集袋。袋自体は小さくて軽いが、中は霊術によって拡張された空間となっており、見た目よりものが入る。
と言っても、生きているものは入れられないからこういう素材限定だ。
似たような方法で、別の空間にしまってある武器をすぐに取り出す召喚術なんてのもある。どのみち、生き物はできないため武器や道具、素材オンリーだ。
ようやく目の前のことが片付いて眼前に広がる侵蝕地を落ちついて観察できる。
そこは町並みこそ面影はあるものの、破壊され、あちこちに苔や植物らしきものが生え、完全に荒廃した光景。
おそらく、16年前の災害がなければここは東京の一つの町だったのだろう。
よく見ればコンビニの看板の残骸もあるし、自転車やら自動車が錆びて苔むしている。
「へぇ、まだ二十年も経ってないはずなのにここまで荒廃するんですね」
「うーん……」
というかなんかおかしいな。
漠然とした違和感はあるけれど、イマイチ言語化できない。
「リスナー、なんかここおかしいよね?」
カスどもではあるが、恐らく優秀な異能者か研究者が混ざっているはず。
●コンビニ前とその反対の建物の内部、あと道路っぽい場所と自動車の写真撮ってサーバーに共有しておいて ●空間の瘴気濃度知りたいけど機材ある?なければ食料品代用でいいから ●恐らく侵蝕地内部固有と思われる植物調べたいけどいくつか持ち帰れない? 雑に素材袋に入れちゃダメだよ。ちゃんと密閉処理して保管してから持ち帰ってね ●劣化速度に違和感あるし、経過時間がこちらと同様か確認したいから6ヶ所ほどチェックピン刺しておいて |
うわぁ! 急に真面目にならないでよ!
温度差で風邪ひきそう。
とはいえさすが研究者の集まり。分野がそれぞれ違うから色んな着眼点で調査したい場所が出るわ出るわ。
とりあえずレスリーに写真撮影機能もあるので、動画取りつつ必要な場所の写真を撮ってもらいながら他の作業も進めて、ようやく一段落ついたところで……休憩!
お昼食べよお昼。
「他に魔物はまだ見てないし、運がいいのか、結界近くだからなのかな」
「この結界、退魔の効果もあるようですしね。奥に進んだら多分もっといると思います」
嫌すぎるよ〜。
この結界はかつて災害が起こったときに政府が設置したもので、異界からの侵蝕を防ぐためのもの。
だから魔物だけじゃなく、この結界内部も独自の異空間化している。
「今日めっちゃ働いたしもう帰らない? どうせチェックのために時間置くほうがいいし……」
携帯食料で口がぱさつくのを水筒の水で中和しながらリスナーに問いかける。
●日和るな ●まだ1時間も経ってないぞ ●写真もっと撮ってこい ●サボるな ●そんなに主任怒らせたいのかよ ●逝ける逝ける! ●後もう一体くらい魔物狩って |
他人事だと思ってこいつら……。
「ちょっとだけ。ちょっとだけにするからね!」
「マイマスター、煽り耐性がひっく~い」
今のコメント読み上げじゃなかったでしょ
レスリーの頭をクレーンのように掴んで揺さぶると「きゃーーーーーーっ」と楽しそうにするレスリーになんの罰にもなっていないことに気づいてやめた。
●煽り耐性がひっく~い ●煽り耐性がひっく~いw ●読み上げちゃんカワユ ●煽り耐性がひっく~い ●みこっちゃん煽りながら食うパピコうめぇな ●煽り耐性がひっく~い |
「ここぞとばかりに煽ってくんなーっ!」
「水琴さん。大声出すと魔物が寄ってきますよ?」
●助手くんの言う事を聞けみこっちゃん ●助手様のお言葉やぞ、ひれ伏せ ●正論オブ正論 ●お に も つ で き た ね ●元気そうじゃん。早く探索しなよ |
この後、助手に宥められながら5分ほどリスナーとレスバをしてしまった。こんな危険地帯でレスバなんてしとうなかった。
――――――――――
「大丈夫なんですか?」
探索に二人と一機を送り出した後、主任は同じように配信画面をつけたまま自分の仕事をこなす。
それを見て彼女の部下は配信に映る水琴を案じた。
「何が?」
「榧杜主任ですよ。確かに、少し業務放棄はよくないですが……才能がない人間に危険な探索は――」
「へぇ。お前は
主任は鼻で笑って立ち上がるとコーヒーを淹れてまたデスクに戻る。
カップに口をつけてから一呼吸置いて、配信画面を見るとリスナーと喧嘩をしている様子が映った。
「ところでお前、霊術どんくらい使える?」
「は? まあ、割と得意ですが……ロ段でしたら20種くらいは」
「なるほどね。あたしはロ段は50種くらいだけどそこはいいとして……」
中級術のロ段は術をメインにするかしないかで修得数に差が出る。
ハ段術となると霊術をメインに運用する異能者でも1つか2つでも身に着けていれば霊術師として上位と言っていい。
そもそも、異能が強かったり便利であれば霊術なんて極論、サブ技能でしかない。ハ段術は異能に匹敵する強力なものもあるため、ハ段術を使いこなすとなれば話は変わるが――。
「今同接どんなもん?」
「だいたい600ですね。恐らく、研究室ごとで見ている場所もあるでしょうし、実際の人数はもっと高い可能性がありますが」
「初回はそんなもんか」
組織に所属している異能者は約5万人。非異能者の社員がここ東京以外の支社や関連子会社含めておよそ20万。つまりだいたい25万人の社員がいるが、現在は異能者社員のみに公開している。
期待値は低いのだろう、と主任は様々な思考を巡らせた。
「だが、今だけだ。別にあたしらがするのは一般向けの商売じゃねぇ。
「……本当に大丈夫なんですか?」
配信画面でリスナーのコメントとレスバしている水琴を見て、部下は不安になりながら、この先の探索を見守ることにした。
――――――――――
休憩を終えて10分ほど歩きながら各地をレスリーアイで撮影をしつつ、気になる調査ポイントを見つけた。
●右側にあった植物あれ欲しくない? ●あ? ●ん??? ●右側のやつ採取して採取!!!!!! ●止まれ止まれ ●そのまま右向いて苗木取れ |
うわ、急に指示来た。
慌てて右の方を向くと元は鉢植えだろうか? そこの土で育っている小さな苗木をリスナーたちに要求される。
「これ、何かあるの?」
「えーと……ああ、なるほど。これ霊草の一種ですね」
霊草って、霊具とか薬に使われる貴重なものだっけ。大半が名家とか政府とかが保有してるから、今あるものを頑張って増やそうとしているけどうまくいってないとか。
「これ持ち帰って上手く栽培できれば霊草が確保できるかも、ですね」
なるほど。そう考えると確かに欲しがるリスナーも多いだろうね。
「みんな~、これ欲しい?」
●水琴様、第9研究室でお茶菓子出しますよ? ●みことちゃん様のことずっとお慕いしていました ●みーこーちゃん!みーこーちゃん! ●肩揉もうか? ●第7研究室でVIP待遇でお待ちしています ●ハッパくれよ!なあ!ハッパくれよ! ●みこっちゃんって美人だと思うんスよね ●スパチャ実装してくれ。それで買う ●くれーっ! ●榧杜室長と友好的関係をですね |
わぁ、めっちゃ媚びてくる。
みんなそこまで言うなら仕方ないな~。第9と第7は名乗ってくれたしね。意地悪なんてしませんって。
「あっげなーーーーーーい! うちの研究室で育てまーーーーーーーす!!」
●死ね!!!!!!!!! ●寄こせニートカス女!!!!!!!!!!! ●豚に真珠、猫に小判、ミコに霊草 ●17研究室の場所教えろ。奪う ●今すぐあの女わからせろ ●後ろ魔物来とるで ●枯らすぞ!!! ●は??????? ●助手くんNTRぞ |
「負け惜しみリスナーの絶叫きもち~~~~~!」
「水琴さん」
助手が咎めるように声をかけてくるけど今この優越感に勝るものはない。
「アヒャヒャヒャ! 第9と第7にはあとで自慢しに――」
ぐるるる、という唸り声。
生臭い風。
ハッと振り向いて見れば巨大な獣型の魔物が私を見下ろしていた。
「ああああああああああああああああああああああああ!?」