「いやーーーーーーーーっ! ごめんなさいごめんなさいごめんなさいママーッ!」
ゾウくらいの大きさはあるオオカミに似た魔物に追いかけ回される。
動きが早くて回避は間に合わない。自分に結界を纏って攻撃を無効にしてなんとか凌ぐ。結界4枚張ったのにもう残り2枚になってる。
●中規模災害クラスで霊草生える ●あーあ ●デッッッッッ ●デカくて草 ●防げて偉い ●ガード早っ ●アホほど動き早くて笑う ●しれっと結界で防いでて草 |
「水琴さん落ち着いてください! この魔物は知性が高いので下手なことは逆効果――」
「知性高いってどんくらい!? 言葉理解できそう!?」
「えっ、あ、多分理解できそうです!」
じゃあ霊術よりこっちのが早い!
武器庫から取り出したそれはメガホン。これは私の能力に合わせた改造をしてある異能武装だ。
私の『サイレン』は私の声や出した音に興味を抱く。そして、その効果が高ければ高いほど好感を持ったり、友好的になりやすい。
逆に言えば言葉を理解できない相手にはただ他よりも気を引く音でしかない。
この魔物は知性が高いなら効く可能性がある。
助手が能力を使うことに気づいたのか、用意していた耳当てで音を遮断する。
「すぅ~……"止まれッ"!!」
自分でも耳が痛くなるほどの大音量。メガホンで自分の異能効果を増幅させているため、知性があれば私の声に従うしかない。
耳当てをしていた助手も一瞬止まったが、音を遮断していたおかげでそこまで強い影響は出ていない。そもそも『助手への言葉ではない』からそこまで強い強制力もないはず。
魔物は困惑したように唸ったかと思うと動きが止まった。
その隙を狙って助手は魔眼で魔物の核を見抜き、無防備な状態を撃ち抜いて完全に魔物を停止させた。
●びびった ●配信越しでも通るの怖 ●フリーズしてたわ ●配信でこれはテロだろ |
霊術よりも疲れないしこっちのほうが発動早いんだからいいじゃない。
問題があるとすれば直接ダメージには繋がらないという点。あくまでこういう足止めか、気を引いたり、従わせたりするもの。
主任、やっぱり私のこと嫌いなんじゃない? だって普通こんな能力で探索とかさせる?
しかもどっちかといえば対人向きの能力なのに敵はほぼ知性がなさそうな魔物ばっかとか。
「水琴さん……周囲には気をつけましょうね? あと声を出しすぎないようにしないと。水琴さんの声通りやすいんですから」
「あい……」
●ママ…… ●助手くんいなかったらもう死んでるぞ ●助手、お前室長やれ ●助手っていうか上司だろこれ |
助手ばっかり褒められる。私だって頑張ってるのに。死ぬほど働きたくない中頑張ってるのに。
オオカミの爪と毛皮が素材にできそうだったので爪を回収してから毛皮をどうしようかと助手と顔を見合わせる。
デカいんだよね……毛皮を剥ぐのも一苦労……。
「どうします? 全部は諦めて少しだけ持ち帰ります?」
「そうだねぇ……丈夫そうなとこ――」
「ぴこーんぴこーん」
急に気の抜けるアラームをレスリーが口頭で鳴らすからびっくりした。
「なんだか危険な気がするセンサーが反応していますよ、マスター」
「なんでそんなアバウトなわけ!?」
アバウトすぎてどう備えたらわからない。
となると爪は回収できたし、毛皮は諦めてさっさと帰ったほうがいいかもしれない。
あとは霊草の苗木を――
「……え?」
振り向いたらまだ遠くだが複数の巨人のような魔物がこちらに向かってきている。
どれも図体がでかいせいで鈍いが、そのぶんズシンと重みがある一歩に、攻撃されたら死ねることを確信した。
え、嘘でしょ。5、いや7……10匹!?
ヤケクソみたいな数に自分の目を疑うがそんな余裕すらない。
「撤退しますよ水琴さん」
いつの間にか苗木を回収した助手に言われて黙って頷く。
魔物の対応は本来1匹に対して3人は必要と政府は言っている。当然、2人で今探索しているのはかなりギリギリだ。
そんな中10匹を2人で対応なんて、正気ならやるもんじゃない。
レスリーも読み上げ機能を止めさせてさっさと逃げるよう入口の方へと走る。
というか……というか……。
さっき私が能力使ったときに大音量出したから気づかれたんじゃ――
余計なことを考えていると逃げた先に追いかけてきている巨人と同じタイプの魔物が2匹、緩慢な動きで立ちはだかった。
やば、結界――
自分と助手を守ろうと結界を張ろうとして、振り下ろされた巨人の手が思ったよりも早く、間に合わない。
咄嗟に体が動かなかった。その瞬間、脳裏浮かんだのはママの顔。
私も死ぬ――?
そう思った瞬間、突き飛ばされていた。
「水琴さん!
助手が突き飛ばしたおかげて軽傷で済んだが、代わりに助手が巨人の叩きつけを食らって吹っ飛んだ。余波でレスリーも吹き飛んだがそっちは無事なようでひょっこり起き上がっている。
助手は私と違ってさっきまでの結界が残っていたから致命傷は避けられたようだけど、それでもこのままだと死ぬくらいには怪我をしているのがわかった。
分厚いメガネがひび割れて、かちゃんとボロボロのコンクリートに落ちる音。
「う、嘘……」
腰が抜けた状態でいくつもの思考が頭を巡る。
致命傷は防いだけどすぐに動かせない。療術で治そうにも治療時間がかかるから目の前の状況で治して逃げるのもできない。
じゃあ助手を置いて逃げる?
できるわけ、ないじゃん。
――じゃあ、どうするのが一番”効率”がいい?
――――――――――
「ちょ……さすがにまずくないですか?」
「なにが?」
配信を見ていた主任と部下。主任の方は落ち着いた様子で空になったマグカップを置いて、お菓子をつまんでいた。
部下の方は危険な状況にいる助手と水琴を見て冷や汗が流れる。
向こうは読み上げを切っているからわかっていないがリスナーのコメントもさすがにまずいのではないかという動揺が滲んでいる。
「いいんですか? 彼女、一応あなたの弟子でしょう?」
「弟子だからわかってんだよ。あんなんで死んでたまるか」
パキッという音とともに主任がお菓子を咀嚼しながら画面を見て言う。
「お前にゃあいつが落ちこぼれの雑魚に見えてんだろうけど」
画面に立ち上がる水琴の背が映る。
顔が映らなくても、主任にはどんな表情をしているのかは想像できた。
「あいつは17歳の時点で公表されてる霊術を全てマスターしてるバケモンだよ」
公表されているものは正式に政府に認められた規格の霊術であり、当然、個人で改良した霊術や、独自の霊術も存在する。
しかし、それらは基本的に認められないだけの理由がある他、術の開発者がわざと伏せたままのものから実質禁術と呼ばれる危険な術まで様々だ。
それらを除いた、公表済みの霊術の数、現在おおよそ500。
イ段が約250。ロ段が約200。ハ段が約50。
それら全てを、榧杜水琴はマスターしている。
1つでも修得すれば上澄みとも言えるハ段術を、
「そして、あいつは
お菓子で画面の水琴を指し示して主任は眉をしかめる。
修得すら難易度が高いハ段の術を、自分で作ってしまうという才能に、主任は自分の眼すら疑ったものだ。
「こんな
リスナーも何人かは水琴の霊術について反応をしていた。わかるやつにはわかる才能。だが、それだけじゃ意味がない。
ひと目でわかる、水琴のヤバさを組織のやつらに認識させるのが主任の隠れたもう一つの目的。
要するに、榧杜水琴はとんでもない才能を持った化け物だということを、これから部下は理解することになる。
――――――――――
「四重……半径……短縮コマンド……トリガー…………」
ブツブツと途切れ途切れに、思考を整理するように呟いたかと思うと、総数12匹の魔物を前に水琴は霊力を研ぎ澄ませた。
「数だけ揃えて……なんだっていうのよ! こちとら――」
イ段術、跳躍。
今いる場所よりも高い場所へと移動してからメガホンの音量を最大にして巨人たちに叫ぶ。
「こちとらセイレーン様だああああああああああッ!
助手も、レスリーすらも反応するほどの強い力が働く。
知性が低ければそう効果はない。だが、知性が低くとも、音を出した水琴に注意が向くのは確定している。
自分へ
この高さならすぐに襲ってくることはできない。
数が多いなら広範囲攻撃。でもそれだと
だったらそれまで各個対応して時間を稼ぐ!
さすがに久しぶりのロ段術3つとハ段術並行処理はきついものがある。
ロ段術は行動阻害、最前列の魔物押し止めるための攻撃、あと万が一の自分と助手への結界。
そして大規模範囲攻撃のハ段術。
並行処理をしているときの一歩ミスれば頭があっぱらぱになりそうな負荷をじりじりと感じながら四重で自分と助手の結界を張り直す。助手への軽減度合いを見ても一発で4枚以上は飛ぶから実質1回までしか安心して防げない。
「『我、精霊様に奉る』! 以下省略にて御勘弁!」
詠唱省略で20秒のタイム短縮。
行動阻害とノックバックで指定位置に10匹全部ロックオン。
「死ぬのは――あんたらよッ!」
死にたくない。こんなところで死にたくないし、もう目の前で誰も死んでほしくない。
だったら死ぬのは
範囲内に人間なら即死クラスの霊力爆発を起こす。10匹もいれば爆発が連鎖してその威力は通常の5倍が期待できる。
全員に
2匹耐えたのを確認してすぐさまロ段術を二種類構えた。
複数対象に取れる術は威力が下がりがち。無差別は威力はあっても助手を巻き込みかねない。
だったら一匹にそれぞれ別の術を使って仕留める。
「ロ段、
動きの早い方をぶった切って先に仕留め、続いてもう一匹!
「ロ段、
残り一匹は火炎に包まれ、やがて雄叫びが途切れ――完全に倒したことをはっきりと確信した。
勝った――。
数年ぶりの霊術連発に指先がピリピリする感覚を、拳を握って誤魔化す。
「はああああああああ……」
その場にしゃがみこんでなんとかなったことに安堵するが、ハッと助手のことを思い出して慌てて下に降りた。
「生きてる!?」
額から血が流れているが、止血はしたのか患部を押さえながら上体だけは起こした助手が、メガネのない素顔でへらへらと笑っていた。
「水琴さん、ほら、落ち着けば大丈夫――」
へらへらした様子から、自身のことをどうでもいいと思っている助手の考えが透けていて、腹が立った。
怪我をしている相手にするべきではないと頭ではわかっているが、掴みかかってしまう。
「ばかぁ! なんで無茶すんのよ! あんたが死んだらあたしがトラウマになるとか思わないわけ!?」
突き飛ばされたとき、庇われたと、嫌な想像ばかりしてしまった。
死んじゃったらどうしよう。また失敗した。
そんな考えばかりに支配されて、一歩間違えれば冷静さを失っていたかもしれない。
「えーっと……その……それは、心配かけて、申し訳ない、です」
「バカバカ超絶バカスケ! 二度とあんなことしないでよ……!」
本当に、冷静になれたからよかったものの、もしかしたら自分のせいで誰かが死んでいたかもしれないと思うと、怖くて、助手にしがみついてしまう。
助手は困ったように手を浮かせて降参したように両手をあげる。
「水琴さーん……あの……」
「あんたは私の助手でしょ!? あんたが死んだら誰が私の世話と雑用やるわけ!?」
ほとんどやつあたりだ。
自分でも不思議なほどに、助手が死んだら嫌だと思っていることをこんな状況で自覚するなんて。
「…………その、すみませんでした……あの……」
「わかったらいいのよ……」
手の行き場に悩んでいた助手の手が、恐る恐るというふうに片方だけ背中に添えられた。ぽんぽんと子供をあやすように、優しく撫でる手付きにじわっと安心感で涙が出る。
「その……水琴さん……非常に言いづらいのですが……」
「何よ! 文句あるわけ――」
「えー……配信……続いているので……一旦離れた方が……………………」
秒で頭が冷えた。
勢いよく振り返って見れば、満面の笑顔で私のことを見ているレスリーが「ぶいっ」とピースサインをしている。
慌ててレスリーを引っ掴んでから持ち込んでいた端末で自分の配信ページを確認すると、一部始終を見ていたリスナーのコメント欄が大変なことになっていた。
●ハァ?????? ●急にラブコメ時空始まるじゃん ●抱けーッ!抱けぇーっ!! ●みこっちゃんはようじょ ●茶番やってないではよ撤退しろ ●ゴチです ●(中指を立てる) ●助手くんの素顔イケメンで大草原 ●帰ってくるまでが探索だぞ |
生暖かい声が3割、キレ気味なのが3割、残り4割がカスだった。
つまり……さっきまで助手にしがみついてたところとか、ちょっと泣いてしまったところとか、恥ずかしい発言を全部配信されて――
「あああああああああああああああああああああああああああああああ」
こうして、絶叫で始まり、絶叫で締めた最初の侵蝕地探索は無事とは言い難い放送事故で幕を閉じた。
――今日の成果――
・凶オオトカゲの鱗 ×5
・凶オオトカゲの尻尾 ×1
・霊草の苗木 ×1
・魔オオカミの爪 ×3
・巨人の目玉 ×6